現在沖縄戦終結とされる日である。
- 5.0
- 旅行時期:2023/06(約3年前)
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by たかちゃんティムちゃんはるおちゃん・ついでにおまけのまゆみはん。さん(非公開)
糸満・ひめゆり クチコミ:207件
昭和20(1945)年6月23日黎明の刻、糸満市摩文仁の第32軍司令部壕内で牛島満司令官と長勇参謀長が自決し、沖縄に於ける日本軍の組織的抵抗が終わったとされる。戦没者追悼式は沖縄慰霊の日制定後の1962年以降米軍政統治下の琉球政府が主催して行われてきた。その後昭和47(1972)年の日本国返還を経て、現在は平和祈念公園にて執り行われている。
現在の場所で執り行われるようになるまでは、最後の戦闘地となった摩文仁の丘界隈で行われてきた。この数年のコロナ禍に於ける規模縮小しての開催等、一部平和祈念堂内で執り行うようなこともあったようだ。
数年前までは講演中の首相や知事に対するヤジが、〝不快なもの〟として悪い意味で取り上げられることがあり、追悼の気持ちがない参列者がいることが日本全国に知れ渡ることとなった。規模縮小のこともあり暫く落ち着いていたようだが、元・現首相が暗殺や未遂となる事件が起こったことにより、通常開催となった本年に於いては〝来賓の身体警護〟が当たり前のように厳しくなっていた。
事件の影響はわからなくはないが、あくまで本追悼式の主賓は〝戦没者〟である〝来賓〟ではない。戦没者慰霊のために訪れた参列者に対し、〝警備上の理由〟から式典祭壇が外から見えなくなるまでの距離を空けることは、いったい〝誰のため〟の式典なのかわからなくなる。祭壇前テント下に入らず、外野から式の進行を眺めている多くの地元の方や戦没者遺族を含む観光客を蔑ろにすることは、追悼式の意味を成してはいないとしか思えなかったのが私の本音だ。
現役の首相に来て貰うことは今日この日に〝慰霊〟の気持ちを持って平和祈念公園を訪れた多くの方々が満足できないものにしてまで催行することに意味があるのかと玉城知事に聞いてみたいと思った私であった。
- 施設の満足度
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5.0
- 利用した際の同行者:
- 一人旅
- アクセス:
- 5.0
- 臨時駐車場からのシャトルバス有り。
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- 人は多い。
- 催し物の規模:
- 4.0
- 数万の人が集まる大きなものである。
- 雰囲気:
- 3.0
- 今年は…。
- バリアフリー:
- 3.0
- 逆に考えて会場は作られてはいないと思われる。
クチコミ投稿日:2023/10/07
いいね!:4票
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