赤穂浪士が討ち入り後に報告に立ち寄ったと
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- 旅行時期:2023/04(約2ヶ月前)
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by ワンダラーさん(男性)
築地 クチコミ:16件
浅野内匠頭といえば江戸城松之廊下での刃傷事件で切腹させられた播州赤穂藩最後の藩主。
その後、赤穂浪士が討ち入りで吉良上野介を打ち取ったと報告に立ち寄ったとされる。
当時の明石町は、鉄砲洲の島状の武家屋敷地域で、本所吉良邸から泉岳寺墓地までは、夜間は人通りもつくなかったのであろう。
赤穂藩上屋敷は、西と南は運河に面しており、屋敷西側の石碑の前の道は運河であったのであろうと思いを馳せる。
- 施設の満足度
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3.5
- 利用した際の同行者:
- 一人旅
- アクセス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- 見ごたえ:
- 3.0
クチコミ投稿日:2023/05/25
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