後白河天皇が院の御所として院政の舞台になった場所
- 3.5
- 旅行時期:2022/05(約4年前)
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by g60_kibiyamaさん(男性)
東山・祇園・北白川 クチコミ:163件
天台宗の寺院です。創建は10世紀末で、藤原為光の手によって建てられました。かつては北は七条、南は八条、西は大和大路に及ぶ広大な敷地を誇りました。その後12世紀末に「法住寺殿」として、後白河天皇が院の御所として引き継ぎ、院政の舞台に…。ほどなく木曽義仲の焼き討ちにあい、以後は天皇御陵を守る寺として江戸時代末期まで存続したようです。明治以後は御陵は宮内庁の管轄になったため、いったん号は大興徳院となり、戦後になって「法住寺」の名に戻りました。
- 施設の満足度
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3.5
- 利用した際の同行者:
- 一人旅
- アクセス:
- 3.5
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- バリアフリー:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 3.0
クチコミ投稿日:2023/05/03
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