平安時代は五条橋だったのね
- 3.0
- 旅行時期:2023/03(約1年前)
-
by 愛さんさん(女性)
東山・祇園・北白川 クチコミ:192件
松原通は平安時代には五条大路といわれこの橋は五条橋と呼ばれていました。それを説明する駒札が立っていますのでご確認くださいね。簡単に説明しますと、豊臣秀吉が方広寺大仏殿を造営した時に平安京の六条坊門小路(現在の五条通)に橋を架け替えて現在の五条橋になったようです。すなわち五条橋が南へ下がった、そう言えば現在の五条大橋・七条大橋間は距離短いですね。そして現五条大橋にある牛若丸・弁慶像がありますが、もしかしたら出会った場所は松原橋なのでしょうか。歩道はありませんので注意して渡ってくださいね。
- 施設の満足度
-
3.0
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 3.0
クチコミ投稿日:2023/04/04
いいね!:0票