破綻寸前の米沢藩を改革し立ち直らさせた江戸時代きっての名藩主の像です。
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- 旅行時期:2021/12(約4年前)
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by かるあみるくさん(男性)
米沢 クチコミ:8件
財政破綻寸前の米沢藩改革の為自らも倹約に努め、家臣団を削減し財務状況を改善させるとともに近代化を図った米沢藩だけでなく江戸時代の藩主の中でもきっての名君とされる上杉鷹山の像です。上杉家は名家だった事もありかつての風習のまま江戸時代中期にも入りそのせいで米沢藩の財政はガタガタになり上杉重定の時代には領土の返上を徳川家に相談するなど破綻寸前、というより破綻している状態でした。
高鍋藩主の次男として産まれ養子である鷹山は家臣団に猛反発を受けながらも改革を進め、自らも質素な生活を送り次第に財政状態を改善させました。とは言え米沢藩が完済したのは鷹山の没後の話でした。
その他にも藩校興譲館を再建させたり(現在の米沢興譲館高校の母体です)、現在で言うところの社会福祉を充実させたり藩は藩主の私物ではないという事や民は藩主の物ではなく藩のもの、という事などを家訓として後世に残しています。
江戸時代の名藩主の一人の像は参道を見守る位置に建立されていて参拝する場合はすぐにわかる場所にあります。
- 施設の満足度
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4.0
- 利用した際の同行者:
- 一人旅
- アクセス:
- 3.5
- 上杉神社内にあります。
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- 見ごたえ:
- 4.0
- 江戸時代きっての名君の像です。
クチコミ投稿日:2022/08/21
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