思いのほか小さい家でした。
- 3.0
- 旅行時期:2021/09(約4年前)
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by 旅好者さん(男性)
天草諸島 クチコミ:205件
この藤田家を見た第一印象は思いのほか小さいなぁでした。ここの前に高浜村の庄屋だった上田家を訪れましたが、大層立派なお屋敷でした。上田家は大庄屋ではなく、途中から大庄屋格の扱いになった家です。藤田家は天草に庄屋制度が導入されて、始めは庄屋でしたが、20年後には大庄屋となっていますから歴史があるのですが・・・。樋島という平地の少ない土地柄も関係しているのでしょうかね。
天草は島原の乱の後、天領となりましたが、全体は86ヶ村(ほかに富岡町が1つ)に分けて庄屋を置き、それを10組(今でいえば郡の様なものでしょう)に括って大庄屋を置いています。この地域は砥岐(とき)組となり、姫浦、ニ間戸、樋島、高戸、大道、御所浦、浦、棚底、宮田の9村が属していました。藤田家は樋島、高戸、大道の庄屋も兼ねています。
島原の乱後の天草の人口は約36、000人だったそうで、およそ200年後の1831年(天保2年)には約140、000人と急増しています。その内、砥岐組は約17、000人で、藤田家が庄屋を兼ねていた樋島、高戸、大道の3村を合わせると約5、000人です。正に、大庄屋に相応しい人口数となります。
- 施設の満足度
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3.0
- 利用した際の同行者:
- 友人
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- 見ごたえ:
- 3.0
クチコミ投稿日:2021/12/14
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