1. ホーム
  2. 国内旅行
  3. 関東地方
  4. 東京
  5. あきる野・秋川渓谷
  6. あきる野・秋川渓谷 観光
  7. 広徳寺
  8. クチコミ詳細
あきる野・秋川渓谷×
旅行ガイド
観光
グルメ
ショッピング
交通
ホテル
旅行記
Q&A

広徳寺

寺・神社・教会

広徳寺 施設情報・クチコミに戻る

縁者が眠る、広徳寺の佇まいは好ましい。しかも山門を彩る、黄金色に色づく2本の大銀杏が見事だ。

  • 5.0
  • 旅行時期:2012/11(約13年前)
jijidarumaさん

by jijidarumaさん(男性)

あきる野・秋川渓谷 クチコミ:8件

東京都西多摩地方のあきる野市は1995年に秋川市と五日市町が合併して発足した。
広徳寺は旧五日市町の名刹である。

JR武蔵五日市駅からバスで檜原街道(国道33号線)の長い坂道を上がり、谷合の小さな街並みを行く。駅から檜原村に向かうバスの停留所数で3つ目の距離にある上町で降り、左手の秋川に向かう下り坂を行くと、秋川にかかる小和田橋?にあたる。これを渡ると、小和田地区に入る。右手にうかいする道から秋川丘陵に向かうとまたキツイ坂が左手にあり、それを上ると、広徳寺の山門(傍に広い駐車場もある)に至る。徒歩では結構大変である。

旧五日市町の街並みを見下ろす高台にある広徳寺は好ましい佇まいだ。
とりわけ秋の景観が良い。山門を彩る、黄金色に色づく2本の大銀杏が見事だ。

【広徳寺(こうとくじ)】
東京都あきる野市小和田234

秋川南岸の秋川丘陵の小高い場所に立っている。
臨済宗建長寺派、龍角山と称し、鎌倉五山建長寺の末寺である。
寺伝によると、室町時代のはじめ、明徳年中(1390~94年)に正応長者という人の妻(法名龍応智雲尼)が開基し、応永10年 (1403年)、前建長寺住職が開山したという。

天文年間(1532~55年)小田原・北条氏の氏康が寺領を寄進して再興した。
本堂客殿に5代にわたり関東八州に威勢をふるった戦国大名の後北条氏(ごほうじょうし=小田原北条氏の初代の早雲(そううん)・氏綱・氏康・氏政・氏直の各位牌を安置している。
江戸時代には幕府より40石の朱印地が与えられ、約1万2千坪の境内を保有していた。山門は江戸時代の建築の特長をよく表わして、見事な作りである。

本堂の裏手に都指定天然記念物の「カヤ」」(24.5m)と「タラヨウ」(19.1m)の大木があり、都下最大のものと云われている。タラヨウの葉の裏に傷を入れて文字を書くことが出来る。 ”葉書“の語源ともいわれる。

・・・・・

尚、広徳寺は高校教師であった叔父(母の一番下の弟)が婿入りした岸家の菩提寺である。だから叔父も寺の山門傍にある先祖代々の墓に葬られている。
その近くに親族の萩原家の墓があり、祖母の従姉で、母の御所奉公の際にお世話頂いた*萩原 タケ女史の墓がある。

*萩原 タケ(明治六年~昭和十一年、享年六十三歳)は日本赤十字社看護婦取締(監督)、国際看護婦協会名誉副会長兼評議員などを務め、大正九年(一九二〇年)に第一回フローレンス・ナイチンゲール記章を受賞した。
日本赤十字社はタケ女史の死に際して、看護婦としては異例の赤十字病院葬を執り行って、その死を悼んだ。
『聖女』とか、『看護婦の鑑』、『日本赤十字社の明星』などと讃えられた女史の胸像は郷土の偉人として、その功績を顕彰され、旧五日市町役場前に立っている。また、五日市郷土博物館に展示コーナーがある。

・・・・・・・・・・

施設の満足度

5.0

利用した際の同行者:
家族旅行
アクセス:
3.0
人混みの少なさ:
5.0
見ごたえ:
5.0

クチコミ投稿日:2021/12/12

いいね!:6

利用規約に違反している投稿は、報告することができます。 問題のある投稿を連絡する

PAGE TOP