内子で一番の木蝋豪商だった芳我家の分家は、木蝋資料館として公開されています
- 4.0
- 旅行時期:2020/07(約4年前)
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by ぬいぬいさん(男性)
内子 クチコミ:8件
江戸時代後期から始まった内子の木蝋生産は、明治から大正にかけて最盛期を迎え、内子には製蝋業者が23軒もあったそうです。
こちらの上芳我家は内子の木蝋生産の基礎を築いた芳我家の分家で、文久元年にここに店を構えたそうです。母屋は木蝋の最盛期の明治27年に建てられたもので、当時の豪商の生活レベルが窺えます。20名を超える職人を抱えていた上芳我家は炊事場だけでも30坪もあります。
奥には木蝋資料館もあって木蝋の生産工程などがわかりやすく説明されていました。
- 施設の満足度
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4.0
- 利用した際の同行者:
- 一人旅
- アクセス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- バリアフリー:
- 3.5
- 見ごたえ:
- 4.0
クチコミ投稿日:2020/07/12
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