反射炉の基礎の部分が仙厳園の中に残されていました。
- 5.0
- 旅行時期:2018/02(約8年前)
-
-
by ナツメロ大王さん(男性)
鹿児島市 クチコミ:119件
幕末の頃、薩摩の名君島津斉彬は西洋式の技術を導入し、反射炉をここ仙厳園に作りました。今は基礎の部分だけが残るのみで、仙厳園入口から一段高くなった石造の段を上がると、そこから一段掘り下げた形になった反射炉の遺構が見学できました。「明治日本の産業革命遺産」として世界遺産にも登録されている貴重な存在です。西洋から遠く離れた日本で、こうした技術をいち早く導入することができたのは、徳川時代の謂わば連邦制のような地方分権体制により、諸藩の自由裁量の余地があったからだろうと、思いめぐらしながら見学しました。
- 施設の満足度
-
5.0
- 利用した際の同行者:
- 一人旅
- アクセス:
- 5.0
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- 見ごたえ:
- 5.0
クチコミ投稿日:2018/04/06
いいね!:0票
利用規約に違反している投稿は、報告することができます。 問題のある投稿を連絡する