毛利秀元が1602年に安芸より移した神社
- 3.0
- 旅行時期:2017/11(約8年前)
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by tadさん(男性)
下関 クチコミ:143件
豊功神社は「とよことじんじゃ」と読むそうだ。毛利秀元が安芸の国から移したものが起源となっている。小高い丘の上にあり、ここ豊浦の地から満珠、干珠の島が見える。これらの地名は日本書紀にも表れる古くからの名だ。
長府庭園を見た後で、豊浦高校の長い立派な土塀の横を歩いて、ここにたどり着いた。櫛崎城跡を捜していて見つけた神社だ。この神社も初日の出を拝む有名な場所のようで、下関に半世紀近く住みながら来たことがなかった。もっとも、この神社の麓の海岸には数回来たことがある。昔はこの辺りは自由にあさりを掘ることができたからだ。今は入漁料がいるようだ。
- 施設の満足度
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3.0
- 利用した際の同行者:
- カップル・夫婦(シニア)
クチコミ投稿日:2017/11/20
いいね!:7票
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