かつての増田の繁栄を伝える場所
- 5.0
- 旅行時期:2017/04(約9年前)
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by masa8982さん(男性)
横手 クチコミ:7件
横手市増田地区にある古い町並みです。そこまで長い通りでは無く、端から端まで大体500mくらいです。最寄り駅は十文字駅になりますが、十文字駅からも大体5~6Km程度離れています。ですので、車で行くか、バスを利用して行くのが現実的です。バスで行く場合は十文字駅からバスに乗り、増田中町か四ツ谷角で降りればくらしっくロードです。バスの時刻は増田町観光協会のホームページで調べられます。
古い建物が多く、みな間口も大きく奥行きも長いです。また、外見は質実剛健です。ですが、どの家も中に内蔵を持っています。生活空間と蔵が内部で繋がっており、それを母屋の屋根が覆っている、という形をしています。このような構造にした理由は、豪雪地帯の為、蔵を野晒しにすると傷みが早い為だそうです。有料公開と無料公開のものがあるのですが、無料公開のものでもかなりのものです。蔵の駅と松浦千代松家を見学しましたが、どちらの内蔵も黒漆喰で覆われ、凄く豪華な作りでした。装飾が綺麗、というわけではないのですが、立派な木材が柱や梁にふんだんに使われています。有料のところも幾つか見学しましたが、そちらも同様に豪華で、外見とは対照的でした。
現代の視点からすると、なぜ交通の便の悪い田舎町にこれほどの建築物があるのか不思議ですが、内蔵が建造された明治期から昭和初期に掛けて、増田は秋田北部や山形、岩手を結ぶ交通の要衝だったそうで、物資の集積地でもあったそうです。また、養蚕やタバコ栽培、鉱山など、当時の主要産業が全て集まっていたそうです。そういう経緯で増田の商人は富裕で、銀行を設立したり電力会社を創業したりして、より財力を蓄えていったそうです。その結果が内蔵です。ただ、現在は鉄道も通っておらず、当時の主要産業も没落してしまい、寂しい田舎町に転落してしまいました。結果として再開発も行われず、内蔵だけが残った、ということのようです。どちらが良かったのか判りませんが、このような貴重な文化財が残されたのですから、それはそれで良かったと思います。ちょっと便は悪いですが、是非訪問してみることをお勧めします。
- 施設の満足度
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5.0
- 利用した際の同行者:
- 一人旅
- アクセス:
- 2.5
- 人混みの少なさ:
- 3.5
- 見ごたえ:
- 4.5
クチコミ投稿日:2017/05/20
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