沖縄県と兵庫県の深い繋がりの証です。
- 5.0
- 旅行時期:2016/06(約8年前)
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by たかちゃんティムちゃんはるおちゃん・ついでにおまけのまゆみはん。さん(非公開)
那覇 クチコミ:64件
奥武山公園、沖縄県のスポーツの聖地として有名な場所ですが、その一角に?沖縄・兵庫友愛スポーツセンター跡地?の看板が立っています。昭和20(1945)年1月に大阪府の内務部長から沖縄県知事に着任された?沖縄の島守?島田叡知事。沖縄県で今なお慕われている政治家のひとりです。兵庫県立第二中学・第三高等学校・東京帝国大学と歩まれたエリートであり、かつ野球の?花形選手?でもあった二刀流でした。残念ながら島田知事は大戦末期の混乱の中、行方不明となりその後の消息はわかっていません。しかし出身地の兵庫県、そして沖縄県民への祖国愛・同胞愛は間違いなく人の心を掴みました。
戦後沖縄は米軍の統治下で27年間不便な生活を余儀なくされました。その中には兵庫県へと移住を決意した方々も少なからずいたそうです。そのような密接な関係がある両県に於いて、沖縄の返還を間近に控えた頃兵庫県では沖縄の人々と苦楽を共にし、心のふれあいを深め、お互いに励まし合おうという素朴な願いが生まれ、次第に県民の共感と参加を得ながら野火のように広がり、全県的な友愛運動にまで発展しました。その結果昭和47(1972)年11月には両県知事によって兵庫・沖縄友愛提携調印式が行われ、ました。その後友愛運動は沖縄に青少年施設を贈るための友愛募金運動が活発になり、さらに沖縄を深く理解するための沖縄展の開催、友愛の船の派遣をはじめ、数々の事業や交流が行われるようになりました。そして兵庫県民すべての友愛募金が見事に実を結び、昭和50(1975)年6月18日沖縄・兵庫友愛スポーツセンターが完成し、沖縄県へと贈呈されました。残念ながら沖縄・兵庫友愛スポーツセンターは築後32年経った平成19(2007)年4月施設の劣化が進み閉鎖された後解体されました。しかしその思いを残すべく?沖縄・兵庫友愛スポーツセンター跡地?の看板が残され、付近には兵庫県の県木である?クスノキ?が植樹されて現在に至っています。
昨年平成27(2015)年6月には沖縄・兵庫友愛スポーツセンター跡地に?島田叡氏顕彰碑?が建立され、その功績を多くの方に知らせる役目を担っています。
何かと密接な繋がりのある沖縄県と兵庫県、その関係を生み出したひとりの慈愛に満ち溢れた政治家のことは一度その人物像を知った人なら誰も忘れることなどないと改めて思いました。
- 施設の満足度
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5.0
- 利用した際の同行者:
- 一人旅
- アクセス:
- 5.0
- 於く武山公園内にあります。
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- 平日の夕方では誰もおられませんでした。
- バリアフリー:
- 4.0
- 芝生敷きですが段差はありません。
- 見ごたえ:
- 5.0
- 両県の深い繋がりを肌で感じることができます。
クチコミ投稿日:2016/07/14
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