日本三大水攻めの一つ
- 3.0
- 旅行時期:2013/06(約13年前)
-
-
by yoshimune-kunさん(男性)
和歌山市 クチコミ:65件
和歌山市出水地区にある「きのくに信用金庫」の駐車場の東隣に、こんもりと木の茂った小高い丘のような場所があります。
実は、これは太田城水攻めの際に秀吉軍が築いた堤防の遺構なのです。
豊臣秀吉は、天正13年(1585年)、総勢10万の大軍勢を紀州に派遣して雑賀衆の殲滅を図ります。
当時の雑賀衆の本拠地は現在のJR和歌山駅近くにあった太田城でしたが、秀吉の軍勢はわずか5,000余の兵力しか無い太田城をなかなか攻め落とすことができなかったことから、秀吉得意の「水攻め」に切り替えることとなりました。
このとき、秀吉軍は高さ約4~6m、総延長約7kmにも及ぶ壮大な堤防を築造したと言われ、約1か月間の攻防により物心両面で精根尽き果てた太田一族は遂に城を明け渡し、太田城の指導者であった太田左近ら53名が自刃しました。
この戦いは、備中高松城(岡山市)、武州忍(おし)城(埼玉県行田市)と並び、秀吉の「三大水攻め」としてよく知られています。(忍城については、2012年の映画「のぼうの城」で一躍有名になりました)
秀吉による水攻めの遺構のうち、現在も残されているのはこの場所のみであるとされています。
- 施設の満足度
-
3.0
- 利用した際の同行者:
- 一人旅
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- バリアフリー:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 3.0
クチコミ投稿日:2015/09/02
いいね!:0票
利用規約に違反している投稿は、報告することができます。 問題のある投稿を連絡する