高島流砲術の祖
- 5.0
- 旅行時期:2014/04(約12年前)
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by bluejaysさん(男性)
長崎市 クチコミ:9件
高島家は長崎四家の一つで、代々町年寄として長崎の行政権を握っていた。秋帆は出島のオランダ人を通してオランダ語や洋式砲術を学び、私費で銃器等を揃え高島流砲術を完成させた。
1838年、大村町(現・万才町)にあった高島邸が大火で焼失したため、父がこの場所に建てた「雨声楼」という別邸に移り住んだ。原爆で大破し、現在は石段、石垣、土塀、弾薬庫、砲術練習場などが往時の面影をとどめている。
- 施設の満足度
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5.0
- 利用した際の同行者:
- 一人旅
- アクセス:
- 4.5
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- 見ごたえ:
- 5.0
クチコミ投稿日:2015/04/07
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