平泉―仏国土(浄土)を表す建築・庭園及び考古学的遺跡群の一部として、世界遺産に登録されている。
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- 旅行時期:2014/06(約12年前)
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by 阿蘇美忍さん(男性)
平泉 クチコミ:5件
毛越寺は、岩手県西磐井郡平泉町にある天台宗の寺院で有る。
開山は円仁(慈覚大師)と伝えられている。
現在の本尊は薬師如来、脇侍は日光菩薩・月光菩薩で有る。
寺伝によれば嘉祥3年(850年)、中尊寺と同年に円仁が創建したと言う。
その後、大火で焼失して荒廃したが、奥州藤原氏第2代基衡夫妻や、
其の子、第3代秀衡が壮大な伽藍を再興した。
中世の歴史書『吾妻鏡』によれば、「堂塔四十余宇、禅房五百余宇」があり、
円隆寺と号せられる金堂・講堂・常行堂・二階惣門・鐘楼・経蔵があり、
嘉祥寺その他の堂宇もあって、当時は中尊寺をしのぐ規模だったという。
金堂の円隆寺は、金銀、紫檀をちりばめ、その荘厳は『吾妻鏡』に「吾朝無双」と評された。
鎌倉時代には鎌倉幕府にも保護されたが、1226年(嘉禄2年)に火災に遭い、
戦国時代の1573年(天正元年)には兵火に遭って、長年の間、
土壇と礎石を残すだけとなっていた。
江戸時代は仙台藩領内となり、1636年(寛永13年)の伊達政宗の死去に際して、
当時の本尊の釈迦三尊が政宗の霊廟「瑞鳳殿」に隣接して政宗の菩提寺として創建された瑞鳳寺(宮城県仙台市)に遷された。
寛文年間(1661年~1672年) には本寺とその周辺は水田化された。
しかし、伊達藩により経済的援助や保護が行われた。
明治の後半には新しい本堂や庫裏を南大門の外側に建て、
1921年(大正10年)には伊達一関藩・一関城の大手門を移し、山門とした。
1922年(大正11年)10月12日、「毛越寺境内 附 鎮守社跡」として史跡に指定された。
一部、ウィキペディアより引用させて頂きました。
- 施設の満足度
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5.0
- 利用した際の同行者:
- 一人旅
- アクセス:
- 5.0
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- バリアフリー:
- 4.5
- 見ごたえ:
- 5.0
クチコミ投稿日:2014/07/06
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