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勇武津資料館

美術館・博物館

勇武津資料館 施設情報・クチコミに戻る

おじさんの話を聞いて、やっと資料館の深みがでる

  • 4.0
  • 旅行時期:2014/04(約12年前)
しそまきりんごさん

by しそまきりんごさん(男性)

苫小牧 クチコミ:71件

苫小牧の町外れの勇払にあって、付近での唯一の観光施設だと思います。苫小牧工業団地など、一部開発はされているものの、ヨシなどの生える湿地の広がる勇払原野がまだまだ残り、付近はどことなくうら寂しい寂寥感が漂います。
勇武津資料館は、1800年、北辺防備のために江戸幕府の直轄の家臣団、八王子千人同心の一隊が付近に入植しましたが、それにまつわる資料などを展示しています。当時、北海道には道南の松前藩が勢力を築いていたり、「場所」や運上屋、会所、番屋といった漁場や交易などの拠点があったりしたそうですが、そのほとんどはアイヌが住む未開の土地だったと思います。そこに、1792年、ロシアのラクスマンや1804年にレザノフが来航し、1806年、1807年には択捉島や利尻島の番屋を襲撃したり、イギリス船のプロビデンス号が1796年に室蘭に来航して、噴火湾(内浦湾)などを勝手に名付けてしまったり(Volcano Bay)、風雲急を告げる情勢にあったと思います。
夏暑くて、冬寒い盆地の八王子ですが、北海道に比べたら、南国の暖かさです。農家の次男坊などを集めるなどして、北国の暮らしを知らない人々が行ったのですから、その生活は大変だったと思います。周囲は湿地帯で、今でも資料館の北側には、明野川を挟んで、当時の原風景に近い勇払原野が広がっています。入植した人達は、ここから15kmあまり離れた、鵡川の汐見まで行って耕作などを試みたようですが、気候と食糧難などから4年で撤退してしまったそうです。そのため、資料館とはなっていますが、当時から残るものは、墓石くらいだそうです。展示されている物は、関連するものを他から収集してきているようです。また、資料館も当時の勇武津会所をイメージしているようですが、実際にはここよりも海側に建っていたそうです。
なお、資料館は八王子千人同心に限らず、近くにある明治になってからの開拓使の三角測量の基線の解説や、近くにある弁天貝塚からの出土品なども展示していました。
資料館には、学芸員のおじさんが常駐していて、近所の子供たちを相手したり(資料館は児童図書なども置いている)、訪れる人に資料館を案内したりしています。とても気さくな方で、勇払にまつわるいろいろな事を教えてくれます。墓石以外、千人同心入植当時からのものは何も残っていない資料館だそうですから、おじさんの話を聞いて、やっと資料館の意味があるといっても過言ではありません。展示品や説明パネルからでは分からない、詳しい話やおもしろい話を聞くことができます。

施設の満足度

4.0

利用した際の同行者:
友人
アクセス:
2.5
コストパフォーマンス:
4.0
人混みの少なさ:
4.0
展示内容:
3.0
バリアフリー:
3.0

クチコミ投稿日:2014/04/28

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