捧英魂碑・下田部隊慰霊碑
名所・史跡
3.24
クチコミ・評判
1~1件(全1件中)
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嘉数の戦いに参戦した部隊犠牲者の慰霊碑である。
- 5.0
- 旅行時期:2023/06(約3年前)
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嘉数高台公園から車で数分走ったところにある特養施設ぎのわんおもと園。その隣の場所に捧英魂碑と下田部隊慰霊碑が建立されている... 続きを読む。
沖縄戦に於ける激戦地のひとつとされる嘉数の戦い。それに参戦した部隊が第62師団第64歩兵旅団独立歩兵第23大隊(大隊長山本重一少佐)と、予定では石垣島の独立混成第45旅団隷下の部隊となるはずが、沖縄本島の駐屯部隊数の絡みで急遽第23大隊を補完するための増援部隊となった独立歩兵第272大隊(大隊長下田直美少佐)の戦没者を祀るために捧英魂碑が昭和41(1966)年3月に、下田部隊慰霊碑は平成2(1990)年7月にそれぞれ部隊の生存者の手によって建立された。
捧英魂碑に祀られる第23大隊は、嘉数の戦いで多くの戦死者を出し、第22大隊に再編され後浦添の沢岻に転戦し、そこで山本大隊長以下将兵は玉砕する。また増補された下田部隊に至ってはどのように戦うかすら知らされないまま嘉数の戦いに挑んだ結果大隊長以下600余名の将兵は玉砕することとなる。両部隊とも多数の戦死者を出した場所としてこの地に慰霊碑を建立したとされている。
ぎのわんおもと園の隣とは言うがまさかこの場所がそうだとわかるには、知識がなければわからない場所である。事実前回のはじめて訪れた際は付近をグルグルと一時間程費やしてやっと見つけた次第である。そのため再訪となる今回は難なく来ることができたが、分かり辛い場所であることに変わりはない。また碑の建立時には部隊の生存者も存命だったが、数十年経った今日では流石に建立に携わった方も見つからず、沖縄県が発表している慰霊碑の中で管理者不明と記されていた。
ご近所の方々の好意で慰霊碑が確認できるレベルには手入れがされていることは、私のような者にとってはありがたい限りではある。慰霊碑の数の多さを踏まえると地方公共団体の手によって手入れをすべきだとも言えないのも事実である。今尚軍に対し嫌悪感を持つ者が多い沖縄県民だとは思うが、沖縄の歴史を残すという意味合いで、建立の由来が明確なものに対しては、保存対策をして貰いたいと改めて感じた私であった。 閉じる投稿日:2023/07/07
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基本情報(地図・アクセス・営業時間)
- 施設名
- 捧英魂碑・下田部隊慰霊碑
- 住所
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- 沖縄県宜野湾市嘉数4‐786
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- 大きな地図を見る
- アクセス
- 嘉数高台公園より車で3分、徒歩6分。
- 営業時間
- 24時間
- 休業日
- なし
- 公式ページ
- 詳細情報
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