香港返還19周年の日2★イギリス植民地時代の古き良き香港を求めて ~スターフェリーで天星碼頭から中環碼頭へ・ホワイトビアードフィッシュアンドチップス・郵政総局・旧中環街市・旧立法会大楼・皇后像廣場・匯豐總行大厦とライオン像~
2016/07/01 - 2016/07/01
8600位(同エリア20609件中)
熱帯魚さん
7月1日と言えば、そう香港返還の日。
1997年7月1日に香港が中国に返還されてから
気がつけば19年の月日がたちました。
あの日、代々木にある家でレポートを書きつつ
真夜中まで実況中継を見ていた私。
灣仔の香港会議展覧中心(香港コンベンション&
エキシビジョンセンター)から、午前0時に、
最後の香港総督クリストファー・パッテンが
イギリスに向けて去っていくシーン。
そして、人民解放軍が入ってくるシーン。
今でもとても印象に残っています。
香港返還19周年の今日は、イギリス植民地
時代の、古き良き香港を探して…
町歩きをしてきました。
スターフェリーに乗り九龍から香港島へ。
とにかく日が暮れるまで歩きました。
★★ 香港返還19周年の日 2016年7月1日 ★★
1★イギリス植民地時代の古き良き香港を求めて ~1881ヘリテイジ・尖沙咀鐘楼・香港最後の総督も愛した泰昌餅家のエッグタルト~
http://4travel.jp/travelogue/11146897
2★イギリス植民地時代の古き良き香港を求めて ~スターフェリーで天星碼頭から中環碼頭へ・ホワイトビアードフィッシュアンドチップス・郵政総局・旧中環街市・旧立法会大楼・皇后像廣場・匯豐總行大厦とライオン像~
http://4travel.jp/travelogue/11147604
3★イギリス植民地時代の古き良き香港を求めて ~旧中国銀行大楼・長江公園・終審法院・聖ヨハネ大聖堂・ダデル・ストリートのガス灯・外国人記者クラブ・藝穂會フリンジクラブ・ポッティンガー ストリート・旧中區警署・PMQ元創坊・香港YMCA青年會 ブリッジストリートセンター・香港医学博物館・孫中山紀念館~
http://4travel.jp/travelogue/11148172
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- グルメ
- 3.5
- 交通
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス 船 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
さて、スターフェリーに乗って九龍から香港島まで移動します。
○ 天星碼頭(スターフェリーピア) -
待合室。
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乗船★
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セーラーマン。
サングラスが渋かったです。 -
結構雲がいっぱいです。
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香港会議展覧中心が見えました。
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まもなく到着。
○ 中環碼頭(セントラルピア) -
中環(セントラルピア)では、フリーマーケットを開催中でした。
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もう15時半過ぎていたので腹ぺこです。
せっかくなので、今回はフィッシュアンドチップスを食べることにしました。
○ White Beard Fish n Chips -
メニュー★ニュージーランドのお店だそうです。
Signature fish and chipsっていうのにしました。 -
イチオシ
ディップソースは選べます。私はベタにタルタルソースにしましたが、サルサソースにした方がよかったかも…結構重くてフライドポテトは少し残してしまいました。
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中環碼頭には景色が眺められるところがあって、そこから景色を眺めました^^
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雲が夏の雲って感じがします。
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いつも観覧車の方ばかり撮ってしまうのでバスターミナル側も撮ってみました。
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○ 郵政総局
現在の郵政総局は4代目。1976年8月1日に落成しました。 -
○ IFCモール
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何をイメージ?
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通路にはフィリピン人のメイドさんがいっぱい。食べ物を持ち寄ってビンゴしたりおしゃべりしたり。なんだか楽しそう。段ボールでグループごとに区切っていて、子供の頃の秘密基地を思い出しました…
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イチオシ
○ 旧中環街市
1939年5月落成。建築は装飾のほとんどないバウハウス様式。日本統治時代には中央市場と呼ばれていたそうです。1994年には、中環街市の一番上の階が中区ショッピングアーケードとなりましたが、2003年3月に閉鎖されました。現在はヒルサイド・エスカレーターの起点となっています。 -
なんとなく質屋。
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今日も賑やかな中環です?
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ん?あれなんだろう?
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どうやら、返還19周年記念イベントが行われていたようです。
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イチオシ
○ 旧立法会大楼
1912年竣工。皇后像広場の隣、中国銀行大厦の向かいにあります。もともとは最高裁判所で、1983年まで最高裁判所として使われていたそうですが、1941年から1945年は日本統治のもと、香港憲兵隊本部として使われました。その後、1985年から1997年までは立法局大楼、1997年から2011年までは立法会大楼として使われていました。 -
修復工事が終わり、近づけるようになりました。
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-
○ 皇后像廣場
もともとは1880年代海を埋め立ててできた空き地で、中央広場と呼ばれていました。1897年、英国のビクトリア女王在位60周年を記念し、香港政府が中央広場にビクトリア女王像を建て、中央広場を皇后像広場と呼ぶようになりました。(本来であれば皇后像広場ではなく、女皇像広場と呼ぶべきだったと思いますが、当時、香港政府がQueen's Roadの中国語訳として皇后大道を間違えて採用し、広場も皇后像広場と呼ばれるようになったようです)
1906年、匯豐銀行総経理だった銀行家トーマス・ジャクソンの香港経済への貢献を称え、彼の銅像を皇后像広場に設置。1923年には、第一次世界大戦で亡くなった英国軍兵士を記念し、皇后広場に抗戦勝利記念碑が建てられました。また、当時広場には、イギリス王エディンバラ7世と王妃アレクサンドラ・オブ・デンマーク、イギリス王ジョージ5世と王妃メアリー・オブ・テックの銅像も置かれていました。
日本統治時代になると、皇后像広場の女王銅像は日本軍によって日本に運ばれましたが、第二次世界大戦後、女王像は香港に戻され、銅鑼湾に建設された公園に置かれ、公園はビクトリア公園と名付けられました。そのため、現在の皇后像広場には女王像はありません。 -
○ トーマス・ジャクソン像
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○ 匯豐總行大厦(香港上海銀行 香港本店ビル)
現在の匯豐總行大厦は第四代目。1985年5月20日に落成し、1986年4月7日に正式に使用が始まりました。同年12月に亡くなった第26代香港総督エドワード・ヨーダが開幕式を行ったそうです。 -
銀行ビルの前には、2匹のライオン像があります。匯豊銀行(HSBC)発行の香港ドルのお札にも描かれているライオンさんです。もとともは上海の外灘にある匯豊銀行に置かれたものが最初で、香港に置かれたライオン像は上海のそれを模したものだそうです。
2匹居て、名前があります。口を開いている方がステファンで、口を閉めている方ががスティット。当時の香港総行の総経理であったA. G. ステファンと、上海分行の支配人であったG. H. スティットから名前が付けられました。
こちらがスティット。 -
イチオシ
こちらがステファン。
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ステファンの紹介には第二次世界大戦時に受けた弾の痕が残っていると書かれていたので探してみたら、左足の付け根あたり(?)に見えました。
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こちらは銀行の裏手。大きなライオンの顔がありました。1935年竣工した第三代目ビルは12階建てで外壁の高いとところに巨大なライオンの顔をかたどった像が2つあったそうです。それがこのライオンの顔像で、記念として銀行裏手に置かれています。
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