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昨年はマレーシア旅行が当たり、今年は当たることもないだろうと思ってキャンペーン登録をクリックしたら、今度は沖縄旅行が当たりました!<br /><br />◇◇◇◇様と昨年のマレーシア旅行と同じ企業の〇〇〇様とのコラボ懸賞企画です。

今帰仁城跡と古宇利島へ

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2015/11/23 - 2015/11/25

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rio

rioさん

昨年はマレーシア旅行が当たり、今年は当たることもないだろうと思ってキャンペーン登録をクリックしたら、今度は沖縄旅行が当たりました!

◇◇◇◇様と昨年のマレーシア旅行と同じ企業の〇〇〇様とのコラボ懸賞企画です。

旅行の満足度
5.0
観光
4.5
交通手段
観光バス

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  • バスの集合場所の目印、この階段を上がって集合します。

    バスの集合場所の目印、この階段を上がって集合します。

  • バスに乗り込み、今帰仁と古宇利島へ行きます。

    バスに乗り込み、今帰仁と古宇利島へ行きます。

  • バスで20分くらいで今帰仁に到着です。<br /><br /><br />今帰仁城跡の歴史は古く、13世紀までさかのぼるとされています。堅牢な城壁に囲まれたその城は、標高約100メートルに位置し、やんばるの地を守る要の城でした。<br />正確にいつごろに誰によって築かれたかは、現時点では不明です。<br /><br />

    バスで20分くらいで今帰仁に到着です。


    今帰仁城跡の歴史は古く、13世紀までさかのぼるとされています。堅牢な城壁に囲まれたその城は、標高約100メートルに位置し、やんばるの地を守る要の城でした。
    正確にいつごろに誰によって築かれたかは、現時点では不明です。

    今帰仁城跡 名所・史跡

    琉球王国の歴史を勉強したくなりました by rioさん
  • 入口で何かやっています、工事?

    入口で何かやっています、工事?

  • いいえ、違います。<br /><br />発掘調査中でした。

    いいえ、違います。

    発掘調査中でした。

  • 発掘調査中の脇の入口、平郎門から入ります。<br /><br /><br />平郎門は今帰仁城の正門で、その名称は「琉球国由来記」に「北山王者、本門、平郎門ヲ守護ス」として登場します。<br />現在見る門は、昭和37年(1962)に修復されたもので、左右に狭間があり、門の天井は大きな一枚岩を乗せた堅牢なつくりとなっています。<br />

    発掘調査中の脇の入口、平郎門から入ります。


    平郎門は今帰仁城の正門で、その名称は「琉球国由来記」に「北山王者、本門、平郎門ヲ守護ス」として登場します。
    現在見る門は、昭和37年(1962)に修復されたもので、左右に狭間があり、門の天井は大きな一枚岩を乗せた堅牢なつくりとなっています。

  • 上まで頑張って上がっていきます。<br /><br />七五三の階段といい、3,5,7段づつの階段になっているので、大変上がりやすいです。

    上まで頑張って上がっていきます。

    七五三の階段といい、3,5,7段づつの階段になっているので、大変上がりやすいです。

  • 主郭(本丸)に到着です。<br /><br />城内の中心的な場所です。<br /><br /><br />この今帰仁城の歴史をよく読んでみると…。<br />「14世紀の中国の史書に琉球国山北王「はにじ」「みん」「はんあんち」の三王が登場します。<br />この頃の沖縄本島は北部地域を北山、中部地域を中山、南部地域を南山がそれぞれ支配した「三山県立の時代」でした。<br />北山王は沖縄島の北部を中心に支配下とし、中国と貿易をしていました。<br />しかし1416年に中山の尚巴志によって滅ぼされ、北山としての歴史の幕を閉じることになります。<br /><br />北山の敗北後、中山は北部地域の管理とし監守を設置され、1422年以後監守の居城としてグスクを利用します。<br />しかし1609年に薩摩軍による琉球侵攻にあい、城は炎上しました。<br />監守が住まなくなって以後は御嶽とし精神的拠り所として広く県内から参拝者が訪れました。<br /><br />監守が首里に引き上げたとされる1665年以後の今帰仁村は精神の拠り所として崇拝されてきました。<br />現在でも今帰仁城跡には火神の祠があり、その時代を垣間見る事ができます。」<br /><br />だそうです。<br /><br />

    主郭(本丸)に到着です。

    城内の中心的な場所です。


    この今帰仁城の歴史をよく読んでみると…。
    「14世紀の中国の史書に琉球国山北王「はにじ」「みん」「はんあんち」の三王が登場します。
    この頃の沖縄本島は北部地域を北山、中部地域を中山、南部地域を南山がそれぞれ支配した「三山県立の時代」でした。
    北山王は沖縄島の北部を中心に支配下とし、中国と貿易をしていました。
    しかし1416年に中山の尚巴志によって滅ぼされ、北山としての歴史の幕を閉じることになります。

    北山の敗北後、中山は北部地域の管理とし監守を設置され、1422年以後監守の居城としてグスクを利用します。
    しかし1609年に薩摩軍による琉球侵攻にあい、城は炎上しました。
    監守が住まなくなって以後は御嶽とし精神的拠り所として広く県内から参拝者が訪れました。

    監守が首里に引き上げたとされる1665年以後の今帰仁村は精神の拠り所として崇拝されてきました。
    現在でも今帰仁城跡には火神の祠があり、その時代を垣間見る事ができます。」

    だそうです。

  • 景色も大変いいですね。

    景色も大変いいですね。

  • 志慶真門郭(しげまじょうかく)。<br /><br />ここには4つの建物があったと言われています。<br />城主に仕えていた身近な人が住んでいたと言われている場所です。<br /><br />隣で見学していた方は、「ペーペーなのにいいとこ住んでたな」とぼやいていました。

    志慶真門郭(しげまじょうかく)。

    ここには4つの建物があったと言われています。
    城主に仕えていた身近な人が住んでいたと言われている場所です。

    隣で見学していた方は、「ペーペーなのにいいとこ住んでたな」とぼやいていました。

  • 一通りの見学が終わり、資料館へ。

    一通りの見学が終わり、資料館へ。

  • 沖縄の歴史の展示等があります。<br /><br />ここを出た場所で集合です。<br /><br /><br />次は古宇利島へ。

    沖縄の歴史の展示等があります。

    ここを出た場所で集合です。


    次は古宇利島へ。

  • だんだんと橋に近づいていきます。

    だんだんと橋に近づいていきます。

    古宇利大橋 名所・史跡

    うーん、海ほたるの方がダイナミックかな? by rioさん
  • 左の車窓。

    左の車窓。

  • 右の車窓。<br /><br /><br />バスだと橋の良さがわからないなぁ。<br />でも、個人的には、海ほたるへ行くアクアライン連絡道路のような感覚で走っているのかと認識しています。

    右の車窓。


    バスだと橋の良さがわからないなぁ。
    でも、個人的には、海ほたるへ行くアクアライン連絡道路のような感覚で走っているのかと認識しています。

  • 古宇利オーシャンタワーに到着です。<br /><br />入ってすぐにシェルミュージアムがあるとのことですが…、

    古宇利オーシャンタワーに到着です。

    入ってすぐにシェルミュージアムがあるとのことですが…、

    古宇利オーシャンタワー 名所・史跡

    シェルミュージアムは素敵でした by rioさん
  • たくさんの貝の展示があります。

    たくさんの貝の展示があります。

  • こちらは本物の貝殻だそうです。<br /><br />自然の発色で、色付けなどはしていないとのこと。<br />自然界から生まれる色とは思えません。

    こちらは本物の貝殻だそうです。

    自然の発色で、色付けなどはしていないとのこと。
    自然界から生まれる色とは思えません。

  • エレベーターでタワーの上まで行きます。<br /><br />あれが古宇利大橋なんですね。<br /><br />海ほたると変わらないかな?<br /><br />正直ちょっとガックリです。もう少しダイナミックだと思っていたので…

    エレベーターでタワーの上まで行きます。

    あれが古宇利大橋なんですね。

    海ほたると変わらないかな?

    正直ちょっとガックリです。もう少しダイナミックだと思っていたので…

  • 多分オクマビーチ方面でしょうか?

    多分オクマビーチ方面でしょうか?

  • オーシャンタワーの隣では、お菓子工場の見学ができました。

    オーシャンタワーの隣では、お菓子工場の見学ができました。

  • 海洋博公園・美ら海水族館・今帰仁城跡・古宇利オーシャンタワーと、回ってきましたが、とても効率よく周ることができました。<br /><br />次に来るときは、レンタカーで来ようかな?<br /><br /><br /><br />帰りのバスでは、ゆったりとした子守唄(睡眠がとれるようにと)をガイドさんが歌ってくださって、いい心地でお昼寝ができました。

    海洋博公園・美ら海水族館・今帰仁城跡・古宇利オーシャンタワーと、回ってきましたが、とても効率よく周ることができました。

    次に来るときは、レンタカーで来ようかな?



    帰りのバスでは、ゆったりとした子守唄(睡眠がとれるようにと)をガイドさんが歌ってくださって、いい心地でお昼寝ができました。

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