2015/08/17 - 2015/08/19
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ちびのぱぱさん
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北海道の海岸で美しいのはどこかというと、それは道南の日本海側なのです。
道外からの人で、このあたりまで来る人は少ないだろうなあ。
そういう意味で、穴場であり、秘境なのかもしれない。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦
- 交通手段
- 自家用車
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大平海岸(おおびらかいがん)
札幌から車を走らせること3時間程で、これほど清らかなビーチに出会えるとは。
そう思わせるに足る美しい海岸だと思っています。
写真は今ひとつで、どうも残念です。
お盆明けの月曜日、人影もなく、透き通るような海水が美事な弧を描いて、かすかに波打ち際を洗っている。
ここを見下ろす高台に、リゾートホテルでも作ればすばらしく優雅な眺めになると思う。
ここは島牧村といって、北海道で言う後志地方です。
後志は「しりべし」と読みます。
後志の名付け親は、江戸末期の私設探検家、松浦武四郎だそうで、その由来はかの阿倍比羅夫にまで遡るという。
NHKのヒスとリアで武四郎のことが取り上げられるまで、あまりよく知りませんでした。
というより、誤解していたと言った方が良いか。
なぜか、薩摩あたりの小役人だと思っていた。
なんで、そう思ったんだろう…… -
背後の山地から流れ下る川が、清流のまま海に注いでいます
積丹半島から道南にかけての海岸は、奇岩に富み、見る者の想像力をかき立てます。 -
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大平海岸は、いつ来ても水が澄んでいますが、その理由の一つは波打ち際に敷き詰めたかのような玉砂利。
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小石を見ていると、実に宝石箱のようです。
島牧の海岸はメノウやジャスパーが豊富に見られるのだといいます。
この玉石のせいで、この海はいつも澄んで透き通っています。 -
小石拾いに夢中になれば、たちまち時間が過ぎ去ってゆく。
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国道229号線は、余市から始まり江差まで延々と日本海沿岸を走ります。
このあたりは、雷電国道と言うらしい。
大平海岸の少し先に、江ノ島海岸があります。 -
江ノ島海岸
この江ノ島とは、アイヌ語から来ていると聞きました。
湘南海岸の江ノ島とは、とくに関係はなさそう。
ただ、海岸には松の木が茂り、今日のような蒸し暑い日は、湘南の面影をかすかに感じます。
海辺で、二人の幼い子供を連れた夫婦が、オレンジ色のテントを張って海遊びをしていました。
ゴミ一つ無いかのような美しい海を独り占めです。
クラゲとお盆
お盆を過ぎた北海道の海辺は、とつぜん静かになります。
なんでも、お盆を過ぎるとクラゲが出るからだそうです。
本州では、たしかにそう言い習わされているけれど、北海道でも同じようにお盆明けと同時に、電気クラゲが出るのだろうか。
むかし札幌の奇麗な女性がそのお盆後クラゲ説を一心に唱えるのを聞いて、在庫一掃セール開始前のデパートの売り場の緊張を思い浮かべました。
「さあみなさん、まもなく始まりますよ〜。」という感じで満を持して待っている。
お盆になるとクラゲたちが一斉に配置につく。
それを口にしたら、その知り合いの女性は「ばかにして」と言ってかんかんに怒ってしまいました。
海水温との因果関係を考えると、本州と同じ時期に彼らがあばれまわるというのは、どうも考えづらいけどなあ……。
むかしは、漸く海水温があがってくるこの時期に、あえて泳ぎに来たりしたけれど、サウナの後の水風呂のように冷たい北海道の海で泳ぐ程には、海水浴に飢えていない。
海を漂う男
もう、15年くらい前のことですが、岩手県から訪ねてきた友人が綺麗な海を見たいというので、ここに連れてきました。
そのときも、海面に雲が映る程のべた凪。
彼は「泳がない」と言い張るので、私たち夫婦ともう一人の友人とで透き通るプールのごとき海で遊泳していると、うらやましそうに見ている。
周りからチャールズ皇太子に似ているといわれていた彼には、むかしからそういうところがあって、初物にはけして手を出さない。
そのくせ後からしきりと後悔を口にする。
私らが、量販店で買った二人乗りの安物ビニールボートを海に浮かべると、彼が服を着たまま「乗りたい」というのです。
「ムリだ」といっても聞かず、どちらかといえば大柄な彼がボートにうつぶせになり、両手両足がはみ出したガメラみたいな格好で、この海の上に漂い出ました。
そのまま彼は見守る人々があっけにとられる中、左右の手で器用に海面をかきながら沖に向かって進んでゆくのです。
不思議な人でした……
その後彼は、航海を満喫してすっかり上機嫌で岩手に戻ってゆきました。
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人が少ないから海が綺麗なのか……
北海道の海で、いちばん綺麗なのは道南の日本海側という調査結果があるのですが、その理由は意外です。
北半球の海というのは、様々なゴミが漂っています。
ほうっておけば、海辺は漂着したゴミですぐに汚くなってしまう。
そこそこの沿岸の人口があって、意図的な努力があって初めて海岸は綺麗に保たれるのだそうです。
いつしか、地球は狭くなってしまった。 -
難所 狩場山
相当な秘境ですが、島牧村と瀬棚町の堺に標高1519mの狩場山を主峰にいただく狩場山地があります。
春先などは真っ白な冠雪を頂いた美事な山容なのですが、そこがそのまま日本海にせり出して岬になっている。
その海は、積丹半島に負けず劣らず、コバルトブルーの海が広がります。
その先端近くに、一日に下り三本、上り二本のバス停があります。 -
バス停前の海岸
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難所の連続
今ではこのあたり、1000m〜5000mのトンネルがたて続けにあって、するりと抜けてしまいますが、昔はさぞかし難所だったことだろうと想像します。
陸の孤島だったんじゃないかな。
この白糸トンネルあたりが茂津多岬で、狩場山地からそのまま海に落ち込むダイナミックな地形に圧倒される。 -
白糸の滝
トンネルの上の方に見える白糸の滝。 -
狩場山地を擁する島牧村には、もう一つ賀老の滝という豪快な滝があるのですが、アプローチするのは相当に大変です。
かなり奥まで車で行き、車を停めてからもだいぶ山道を歩かなければなりません。
峡谷に隠れるようにしかし轟音を立てて流れ落ちる滝は美事です。
でも、もう二度と来ることはないだろうと思いました。 -
白糸トンネルの手前には、穏やかな海が広がっています。
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せたな町北島歌の漁港
島牧の海岸線を走る国道229号線は雷電海岸といい、せたな町に抜ける茂津多岬の長いトンネルを抜けると、江差ソーラン国道と名を変える。
トンネルを出た先に、北島歌の漁港があります。 -
ここにはちょっとした旅館もあります。
茂津多旅館といいます。
狩場山地に抱きかかえられたような、神秘的な漁港です。
地名は北島歌……
島唄は沖縄ですが、北島歌とは、どんな歌になるのだろう…… -
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ソーラン国道を南下する
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奇岩「窓岩」
せたな町にあと数キロと迫った頃、島歌という楽しくなってくるような集落があります。
その近くの海岸に、美事な窓岩があります。
ほんとうに、窓岩という以外に名前の付けようがない岩です。 -
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そして、瀬棚の象徴である三本杉岩の海水浴場に到着。
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瀬棚の海水浴場は人気で、かなりの数の親子連れなどで賑わっていました。
ちなみに、三本杉は上の写真の二つとこの写真のとで三本になります。
見る角度によって、三本並んで見えます。 -
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ドライブインに寄ってみる。
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324円のご当地カップラーメン。
味噌、醤油と塩があって、塩を買ってみました。 -
驚くことに、本格的なピザ釜があって、注文を受けて焼いてくれます。
明治の女医
瀬棚の市街地を抜けると、明治時代の女医の先駆けとなった荻野吟子がこの地で開業していた事を示す看板を見かけました。
以前に、彼女の生涯を描いた本を読んだことがありました。
男でさえ医者になるのが容易でなかった時代に、想像を絶する苦心の末に女医になった。
その動機はたしか、男性医師に診られることを恥じて医者に行こうとしなかった女性たちのために、また、自らもそのつらさを経験していたためだったと記憶しています。
ご主人がクリスチャンで、蝦夷地に理想郷を求めて渡ってきて、けっきょく瀬棚で先立たれてしまったんだったか。
最後は、札幌で開業していたんだったっけかなあ。
だいぶ記憶が曖昧になっている。 -
瀬棚の町を過ぎていったん海岸を離れます。
しばらく山道を進めば、ふたたびコバルトブルーの海が目の前に広がります。
もう少しで熊石町に入ろうかというあたりに、奇岩が目をひきます -
この岩、親子熊岩といいます。
窓岩もそうですが、だれが見ても親子熊の見立てになるでしょう。
そこには、少し哀しい物語が語り伝えられていました。 -
このすぐ先が熊石町ですので、熊石の名はもしかしたらこの物語と何か関係があるのか知らん。
と、思いましたが、熊石はアイヌ語のクマウシ(魚を乾かすところ)から来ているという。
ふ〜ん。 -
どっちが奥地なのか
熊石を過ぎると、乙部町に入ります。
このあたり、何となく歴史を感じさせる町並みになっています。
長く人の営みを経てきた町の空気を感じるのです。
ながらく札幌市民を続けていると、すべてを札幌中心に考えるようになるので、どうもこのあたりは奥地のイメージです。
長い歴史を見ると、日本人にとって北海道、つまり蝦夷地は渡島半島に始まり、そちらが表で、そこから次第に「奥地」に植民地を広げていったという図になるのでしょうか。
実際乙部町には、江戸時代から和人が住んでいたという。
阿部比羅夫は古すぎますが、15世紀のコシャマインの戦いのころは、このあたりも和人とアイヌの激しい戦いがあったのではないだろうか。
それはさておき、乙部には珍しい地形が随所に見られます。
一番簡単に見られるのは、この鮪の岬(しびのさき)。
鮪の背に見えるので、そう呼ばれているとか。
そういえば、このあたりの漁師がやっている民宿に泊まれば、宿の食事に鮪が供されることも少なくないとか。
そういうのを目当てに、このあたりの民宿のファンになっている人の話を聞いたことがあります。 -
美事な柱状列石。
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国道脇の駐車場には、サンプルが置いてありました。
層雲峡の物よりは、だいぶ細身のようです。
時刻は、昼を少し回ったところ。
もうじき江差ですが、朝が早かったせいかどうにもおなかが空いてしまいました。
ほんとうは、江差のニシンそばが有名なお店に行こうと思っていましたが、堪えきれずにコンビニ弁当に手を出してしまった。
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