2014/03/17 - 2014/03/17
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Weiwojingさん
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忘れえぬ1冊の本がある。それは『板東俘虜収容所物語 日本とドイツの国境を越えた友情』( 棟田博著、2006年発行 )という本である。この本で初めて知った「板東俘捕虜収容所」。興味を覚え、一気に読んでしまった。
1914年、ボスニアのサラエボでオーストリアの皇太子夫妻が暗殺された事件をきっかけにヨーロツパ全土で第一次世界大戦が勃発した。
当時ヨーロツパの強国は軍事的にも経済的にもその必要性からアジアの国々に進出し、植民地化していた。ドイツは中国 ・青島を領有し、イギリスも山東半島に租借地を有していた。イギリスはドイツに参戦布告し、ドイツの東洋艦隊から自国の商戦を守るため、日英同盟を結んでいた日本に協力を求めてきた。
日本はこれを中国に進出する機と捉え、1914年ドイツに参戦布告し、イギリスを助けるべく、青島に軍隊を派遣した。ドイツ兵5000人に対し、日本軍は3万人で対戦し、3か月でドイツ軍は降伏した。
青島にいたドイツ軍5000人もの人々が捕虜として日本に移送されてきた。最初日本全国各地に造られた12か所の収容所(*)に送られたが、後に生活環境の面から6か所にまとめられ、収容された。そのひとつが板東俘虜収容所である。
(*) 東京、静岡、名古屋、大阪、姫路、徳島、丸亀、松山、福岡、久留米、 熊本、大分
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徳島から板東駅へJRを利用した。最初バスで行く積もりでいたが、1時間に1本程度しかなく、あいにくよい時間帯のバスがなかった。そこで鉄道に変えて出掛けたが、板東駅を降りてからが大変難儀をした。
駅を出ると、バスもタクシーもない。歩いて行くしかなかった。歩くと目的地のドイツ館まで40分〜50分はかかるようだ。天気がよかったので、のんびり歩いて行った。 -
板東駅は日本風というかなかなか趣のある駅である。白い壁が真っ青な空に映えて美しい。
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板東駅は無人駅で、乗客も降りる客もごくわずかで、あっと言う間に誰もいなくなってしまった。待合室はこんな具合で、全く人の姿はない。
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改札口を抜けホームに出ると、ホームに鳥居があるではないか。驚いた。駅構内に鳥居がある駅は初めて見た。
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ホームには桜がちょうど美しく咲いている。この日は暖かく、歩くにはちょうど良いくらいであった。
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板東は四国八十八カ所巡りのスタートとなる第一番礼場の霊山寺、第二番礼場の極楽寺があるせいか昔から宿場町として栄えたようだ。その名残が随所に残されている。
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石柱に「四国第一番」と刻まれた文字が見える。この道を通って霊山寺へ向かった( もちろん現在も )のだろうか。
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道端にこんな古い石像がある。恐らく江戸時代中期の頃のものだろう。
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車も人も通らない道を歩いていくと、やっと目的地のドイツ館が見えてきた。中央の大きく、白い建物が「ドイツ館」である。左側の長く伸びた建物は道の駅「第九の里」である。
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第一次世界大戦中に建てられた旧板東俘慮収容所の兵舎(バラック)が1960年頃まで近くの農家の牛舎や納屋として使われていた。その後その一部がここに移築され、道の駅の物産館として使われるに至った。2004年国登録有形文化財に指定されている。
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道の駅物産館から少し歩くと、「賀川豊彦記念館」がある。賀川豊彦(1888〜1960)は地元鳴門の出身で、青少年期を鳴門で過ごし、後にキリスト教社会運動や作家活動を通して大正期デモクラシーの先頭に立った人物だった。
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若き日の賀川豊彦。これまで彼の著書は何冊も読んだ。彼は私の師と言ってもよい人物であった。大いに感動するものがあり、いつか彼の故郷を訪ねてみたいと思っていたので、今回図らずも訪問することが出来、何とも言えない思いに浸ることが出来た。
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彼の小説 『死線を越えて』 が映画化されて、2008年に上映された。その映画のポスターであるが、小生は残念ながらこの映画は見ていない。
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この記念館にはホールもあり、講演会や地元の方々のコミュ二ティ・センターとしての役割もあるようである。
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ベートーベンの像が丘の上に立ち、まるでタクトを振っているような様子だ。
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ドイツ風の建物がそびえ建っているが、これは「鳴門ドイツ館」という名称の記念館である。板東俘虜収容所と地元の人々との交流を後世に伝えるために1993年(平成5)に建設された。
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館内には旧板東俘虜収容所内でのドイツ人たちの生活は様々な資料や写真、模型などで紹介されていて、収容所がどんな風だったかを知ることが出来る。
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ドイツ館には大変興味ある事実がたくさん紹介されている。
この写真はドイツ兵たちが収容所内で第九交響曲を演奏しているものあるが、何と言っても圧巻だったのは、ベートーベンの第九交響曲が日本で初めて演奏されたのがこの板東の俘虜収容所だったということである。しかもアジア初演でもある。これは前から知っていたが、詳しくその資料や記録を見て、一層の興味を覚えた。
第9交響曲が演奏されたのは1918年( 大正7)6月1日。その時の様子が再現されている。第九が流れてくるような気がした。そうしたら、本当に聞こえてきた。ここでは1日に何回か演奏される時があり、ちょうどうまい具合に第4楽章冒頭の部分を聴くことが出来た。
地元ではこれを記念して毎年6月1日を「第九の日」として第九交響曲が演奏されている。1891年にスタートし、かの偉大なる指揮者カラヤンから第九演奏会へ祝の手紙が届いたそうである。 -
ドイツ館を出て大麻比口( おおあさひこ )神社に向かった。この神社にはドイツ人捕虜ゆかりの場所があるというので、何度も地元の人に尋ねながらドイツ館から20分位歩いてやっと辿り着いた。
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大きな神社であるが、参拝者は誰もいない。しかし、正月3が日には20万人の参拝客があるそうだ。
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大麻比古神社は阿波一の宮として、また「大麻さん」の名で親しまれている。
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神社の裏山の方に目指す遺跡があった。ドイたツ人捕虜たちが残していった遺跡は2つあるが、その一つはこの「めがね橋」と言われるものである。
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もう一つはめがね橋の近くに「ドイツ橋」がある。
どちらも石積みのアーチ橋で、モルタル等は一切使わず、石を積み重ねて造られている。 -
2006年に上映された映画『 バトルの楽園 』の撮影場所となった旧俘虜収容所のロケ地がこの地に移築保存されている。ここは「バルトの庭」という名前で、今もなお撮影時そのままの状態で保存され、一般公開されている。
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門をくぐると、当時の収容所が再現されていて、大正初期の姿を垣間見ることが出来る。
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昔の民家も造られている。
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松江豊寿( とよひさ )所長の写真である。
彼は可能な限りの配慮を捕虜に示し、自主的な活動や地元民との交流を許した。合津若松の出身、敵をも敬う合津武士道を信念とした軍人で、時には「捕虜に甘い」との上層部からの非難や警告を受けながらも、敗者をいたわるという信念を通した軍人であった。 -
ここは所長室で、中央が松江所長が執務に使っていたデスクである。
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副所長の高木繁大尉は外国語が堪能で、7か国の言語を話すことが出来たそうだ。特にドイツ語が得意で、松江所長の右腕となってドイツ兵とのコミュニケーションをとることができた。
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収容所内にはボーリング場まであった。収容所と言うと、何かと制限が多く不自由な面ばかり強調されるが、ここは違っていた。
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ここは洗面所で、捕虜たちが一日に何度も利用した場所である。
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捕虜を収容していたバラックである。
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そのバラックの内部である。
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部屋には2段ベッドや生活用具が備えられてあり、先ずは快適な生活は保障されていたようだ。
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ステージのある建物があり、いろいろなイベント等に使われていたのであろう。
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酒保(バー)もあり、捕虜たちは自由に何でも購入できた。ドイツのビールも販売されていたそうだ。
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その内部である。今は見学者が軽食を食べたり、お茶を飲んだりすることが出来る。パンが販売されていると聞いていたので、購入してみたいと思ったが、もう販売されていないようだった。
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バルトの庭を出て、最後に向かったのはドイツ村公園内にある「板東俘虜収容所跡」である。今は当時の姿を偲ばせるものはほとんどない。
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公園の中央に兵舎(バラック)の跡がわずかに残っている。土台のコンクリートのようなものが見える。手前に見える階段の一部も当時のものだ。
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ドイツ村公園は広々としていて、大きな池もある。
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池のほとりには亡くなった捕虜たちを悼む「慰霊碑」が1919年( 大正8)年に建立された。
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もう一つ記念碑があるが、文字が判読しがたく、どのようなものなのか分からない。しかし、これもドイツ人捕虜と関係のある記念碑あると思われる。
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この旅行記へのコメント (1)
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- Elliott-7さん 2018/03/29 09:47:44
- ドイツ館拝見しました
- コメントありがとうございます。早速旅行記拝見させて頂きました。ドイツ橋やロケ地跡へ行ってませんでしたので、興味深く拝見し参考になりました。
ありがとうございます。 elliott-7 より
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