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 紅葉の八瀬瑠璃光院から実相院まで紅葉を愛でながらハイキングしてきました。

紅葉の八瀬界隈散策

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2012/11/28 - 2012/11/28

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kubochan

kubochanさん

 紅葉の八瀬瑠璃光院から実相院まで紅葉を愛でながらハイキングしてきました。

旅行の満足度
4.5
観光
4.5
一人あたり費用
1万円未満
交通手段
私鉄
  • 叡山電鉄<br /> 八瀬比叡山口

    叡山電鉄
     八瀬比叡山口

  • 瑠璃光院<br /> 「八瀬」の地は、「矢背」とも記されるように、壬申の乱で背中に矢傷を負われた大海人皇子(天武天皇)が「八瀬の釜風呂」で傷を癒されてより、平安貴族や武士たちに「やすらぎ」の郷として愛されてきました。

    瑠璃光院
     「八瀬」の地は、「矢背」とも記されるように、壬申の乱で背中に矢傷を負われた大海人皇子(天武天皇)が「八瀬の釜風呂」で傷を癒されてより、平安貴族や武士たちに「やすらぎ」の郷として愛されてきました。

  • 三条実美公直筆の「喜鶴亭」 <br /> 本願寺歴代門跡もしばしば訪れたと記録に著され、明治の元勲三条実美公は、当時の庵に「喜鶴亭」と名付けて直筆の命名額を下されています。

    三条実美公直筆の「喜鶴亭」 
     本願寺歴代門跡もしばしば訪れたと記録に著され、明治の元勲三条実美公は、当時の庵に「喜鶴亭」と名付けて直筆の命名額を下されています。

  • 庭園<br /> 大正末から昭和の初めにかけて、一万二千坪の敷地に延二四〇坪に及ぶ数奇屋造りに大改築するとともに、自然を借景とした名庭を造営。建築にあたった棟梁は、京数寄屋造りの名人と称された中村外二、築庭は、佐野藤右衛門一統の作と伝えられます。その後現在まで、日本情緒あふれる名建築・名庭として多くの人々に親しまれ、囲碁本因坊位の対戦場となったことなどが知られております。 

    庭園
     大正末から昭和の初めにかけて、一万二千坪の敷地に延二四〇坪に及ぶ数奇屋造りに大改築するとともに、自然を借景とした名庭を造営。建築にあたった棟梁は、京数寄屋造りの名人と称された中村外二、築庭は、佐野藤右衛門一統の作と伝えられます。その後現在まで、日本情緒あふれる名建築・名庭として多くの人々に親しまれ、囲碁本因坊位の対戦場となったことなどが知られております。 

  • 紅葉した庭園

    紅葉した庭園

  • 紅葉した庭園

    紅葉した庭園

  • 紅葉

    紅葉

  • 崇道神社<br /><br /> 高野川北側、杉や松などが生茂る常緑樹の森に早良(さわら)親王を祀る崇道神社がある。早良親王は桓武天皇の実弟。延暦4年(785)、長岡京の造営長官だった藤原種継(ふじわらたねつぐ)が暗殺された事件に連座したとして乙訓寺(長岡京市)に幽閉されたが、親王は無実を訴え飲食を拒み淡路島へ流される途中憤死。屍は淡路島に配流された。その後、桓武天皇の近親者に死が続いたこと、また都に悪疫が流行しはじめると、貴族や庶民の間で親王の崇りとの噂さが広がった。桓武天皇は恐怖し、親王の怨霊を鎮めるため延暦19年(800)”崇道天皇”と追号し、さらに都の鬼門(丑寅・北東)にあたる高野村のこの地へ親王の御霊を祀る神社を創建。<br />

    崇道神社

     高野川北側、杉や松などが生茂る常緑樹の森に早良(さわら)親王を祀る崇道神社がある。早良親王は桓武天皇の実弟。延暦4年(785)、長岡京の造営長官だった藤原種継(ふじわらたねつぐ)が暗殺された事件に連座したとして乙訓寺(長岡京市)に幽閉されたが、親王は無実を訴え飲食を拒み淡路島へ流される途中憤死。屍は淡路島に配流された。その後、桓武天皇の近親者に死が続いたこと、また都に悪疫が流行しはじめると、貴族や庶民の間で親王の崇りとの噂さが広がった。桓武天皇は恐怖し、親王の怨霊を鎮めるため延暦19年(800)”崇道天皇”と追号し、さらに都の鬼門(丑寅・北東)にあたる高野村のこの地へ親王の御霊を祀る神社を創建。

  • 参道

    参道

  • 整備された参道

    整備された参道

  • 崇道神社近くの紅葉

    崇道神社近くの紅葉

  • 蓮華寺<br /> 山号を帰命山という天台宗の寺で、もと比叡山三千僧坊の一つであったらしいが古記がなくなり古い沿革は明らかでない。寛文年中(1661〜1673)に加賀前田家臣今枝重直が出家して宗二居士(そうじこじ)と号し、この地に一宇を構えて居住し、石川丈山、狩野探幽らと親しく交わり、晩年をここで過ごした。この孫近義(ちかよし)は宗二居士の徳を慕い、当寺を再興して延暦寺実蔵坊の末寺となった。一説には、この寺はもと時宗(じしゅう)で七条塩小路にあったのをこの地に移したともいう。<br />本堂には本尊として釈迦如来を安置し、境内には石造美術の好資料として有名な蓮華寺型の灯篭や、近義の祖父重直の碑がある。これは石川丈山の篆額(てんがく)、木下順庵の撰文になるものである。なお寺宝の山王霊験記二巻は室町時代の作と推定され、重要文化財に指定されている。庭園は江戸初期の豪華な石組を誇る名園である。<br />

    蓮華寺
     山号を帰命山という天台宗の寺で、もと比叡山三千僧坊の一つであったらしいが古記がなくなり古い沿革は明らかでない。寛文年中(1661〜1673)に加賀前田家臣今枝重直が出家して宗二居士(そうじこじ)と号し、この地に一宇を構えて居住し、石川丈山、狩野探幽らと親しく交わり、晩年をここで過ごした。この孫近義(ちかよし)は宗二居士の徳を慕い、当寺を再興して延暦寺実蔵坊の末寺となった。一説には、この寺はもと時宗(じしゅう)で七条塩小路にあったのをこの地に移したともいう。
    本堂には本尊として釈迦如来を安置し、境内には石造美術の好資料として有名な蓮華寺型の灯篭や、近義の祖父重直の碑がある。これは石川丈山の篆額(てんがく)、木下順庵の撰文になるものである。なお寺宝の山王霊験記二巻は室町時代の作と推定され、重要文化財に指定されている。庭園は江戸初期の豪華な石組を誇る名園である。

  • 落ち葉

    落ち葉

  • 紅葉した庭園

    紅葉した庭園

  • 紅葉した庭園

    紅葉した庭園

  •  左京区蓮華寺書院の東側から、清流を導いた奥行きのある池泉鑑賞式。亀頭石、舟石が池に表情を与えている。

     左京区蓮華寺書院の東側から、清流を導いた奥行きのある池泉鑑賞式。亀頭石、舟石が池に表情を与えている。

  • 建物の中から見た紅葉した庭園

    建物の中から見た紅葉した庭園

  • 三宅八幡宮<br /> 伝によると、推古天皇の時代(6〜7世紀)、聖徳太子の命により小野妹子が遣隋使として隋におもむこうとした折に、道中、築紫の辺りで病気になったところ、近くにあった宇佐八幡宮に祈願するとまたたくまに全快し、随に渡った後も、数々の危難を免れ、無事帰国することができた。<br />  聖徳太子の没後、上高野の地に移り住んだ小野妹子はその時の恩に報いるため、宇佐八幡宮を勧請し、八幡神をお祭りしたと伝えられています。

    三宅八幡宮
     伝によると、推古天皇の時代(6〜7世紀)、聖徳太子の命により小野妹子が遣隋使として隋におもむこうとした折に、道中、築紫の辺りで病気になったところ、近くにあった宇佐八幡宮に祈願するとまたたくまに全快し、随に渡った後も、数々の危難を免れ、無事帰国することができた。
      聖徳太子の没後、上高野の地に移り住んだ小野妹子はその時の恩に報いるため、宇佐八幡宮を勧請し、八幡神をお祭りしたと伝えられています。

  • 神様の使い−「鳩」<br /> 「三宅八幡宮」の鳥居前には狛犬ならぬ「狛鳩」が置かれ、境内にも鳩がいて参拝者はえさをあげることができます。又、拝殿の幕にも「鳩」が描かれ、石燈籠や瓦にも「鳩」の模様があり、絵馬にも「鳩」が描かれています。<br />神様の使い<br /> 宇佐八幡宮から石清水八幡宮へ八幡神を勧請した際に、白い鳩が道案内をしたと伝えられ、以来、八幡宮の 「鳩」 は 「神様の使い」 として大切にされてきたという言い伝えがあります。<br />

    神様の使い−「鳩」
     「三宅八幡宮」の鳥居前には狛犬ならぬ「狛鳩」が置かれ、境内にも鳩がいて参拝者はえさをあげることができます。又、拝殿の幕にも「鳩」が描かれ、石燈籠や瓦にも「鳩」の模様があり、絵馬にも「鳩」が描かれています。
    神様の使い
     宇佐八幡宮から石清水八幡宮へ八幡神を勧請した際に、白い鳩が道案内をしたと伝えられ、以来、八幡宮の 「鳩」 は 「神様の使い」 として大切にされてきたという言い伝えがあります。

  • 実相院<br /> 実相院は元天台宗の寺門派(天台宗には山門派と寺門派があります)の単立寺院で、ご本尊は鎌倉時代に作られたと伝えられる木造立像の不動明王です。実相院は昔から、岩倉門跡とか、岩倉御殿とも呼ばれています。その理由は実相院が門跡寺院であるからです。<br /> 門跡寺院とはその寺院の住職を天皇家の血を引く方々が務められていた、格式の高い寺院のことで、代々皇室から大きな支援を受けて栄えていました。とくに室町時代から江戸時代にかけては、天台宗寺門派では数少ない門跡寺院の随一とされていました。<br />

    実相院
     実相院は元天台宗の寺門派(天台宗には山門派と寺門派があります)の単立寺院で、ご本尊は鎌倉時代に作られたと伝えられる木造立像の不動明王です。実相院は昔から、岩倉門跡とか、岩倉御殿とも呼ばれています。その理由は実相院が門跡寺院であるからです。
     門跡寺院とはその寺院の住職を天皇家の血を引く方々が務められていた、格式の高い寺院のことで、代々皇室から大きな支援を受けて栄えていました。とくに室町時代から江戸時代にかけては、天台宗寺門派では数少ない門跡寺院の随一とされていました。

  • 紅葉した庭園

    紅葉した庭園

  • 紅葉した庭園

    紅葉した庭園

  • 紅葉した庭園

    紅葉した庭園

  • 紅葉した庭園

    紅葉した庭園

  • 枯山水の庭園

    枯山水の庭園

  • 紅葉した庭園

    紅葉した庭園

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