2011/11/12 - 2011/11/12
232位(同エリア405件中)
滝山氏照さん
京王相模原線・小田急多摩線の多摩センター駅からバスで15分「小野路」下車、そこから徒歩約20分の小野路城(おのじじょう、東京都町田市小野路町)を訪問しました。
平安時代末期の承安年間(1171~1174)に現在の町田市大泉寺に小山田城を構えた小山田有重(おやまだ・ありしげ、生誕死没不詳)の息子である義重が築城し、支城としてその役割を果たします。
小野路交差点を右折すると小野神社があり参拝後、野津田公園の向かい側の路地から城跡へと進みます。
戦国時代では小田原北条氏の武蔵国進出し、滝山城主北条氏照(ほうじょう・うじてる、1542~1590))の支配下に置かれ、小山田城と共に小田原北条氏のネットワークに組み込まれていたと思われます。
然しながら小田原北条氏の関東支配が確立する後半においては小野路城の役割が次第になくなり廃城となったようです。
自分としては小山田城跡を先行訪問を考えていましたが、今回は多摩センターでの歴史資料館訪問を念頭に置いていましたので、順序が逆となりました。今後小山田城跡を実現したいと思います。
2023年5月5日追記
現場に建立の説明板によれば下記の通り掲載されています。
「 小 野 路 城 址
小野路城は、現在の大泉寺の場所に居城(小山田城)を構えていた小山田有重が築いた副城で、その子、二郎重義が守護にあたったという。
築城は永安年間(1171~1174)といわれ、都内の古城址の中でもとっも古いもののひとつである。
現在残っている地形から本丸を含む二つの郭(くるわ)と、それをかこむ土塁、空掘からなっていたと塑像される。 東 京 都 」
- 交通手段
- 高速・路線バス 私鉄 徒歩
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小野神社
972年頃の天禄年間に武蔵国司として赴任した小野孝泰(小野篁の7代後の子孫)が祖先の小野篁を祀ったのが始まりと言われています。 -
小野神社
神社から振返ります。神社が高台にあり、展望は開けています。 -
「図師小野路歴史環境保全地域」案内
天保年間製作の絵図によると小野路宿は交通の要地で小田原道・神奈川道・布田道・府中道・八王子道の5つの道路が交わっていたとされます。 -
案内地図
小野路城跡の位置が記載されています。 -
城跡への通路
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小野路城跡説明板
築城は承安年間(1171~1174)と言われ、都内の古城跡の中最も古いものの一つだそうです。
主郭を含む2つの郭とそれを囲む土塁と空堀とで構成されています。 -
土塁
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土塁
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神社
この辺りが主郭の中心地だったと思われます。 -
保全地域区域図
小野路城跡の位置が記されています。 -
主郭
思った以上に広々としています。 -
土塁
樹木の向こうは土塁が確認されます。 -
土塁
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空堀
自然を利用した長いなだらかな空堀となってます。 -
土塁
2段造りの土塁が見えます。北条氏による改修などがあったのでしょうか。 -
深い空堀
樹木の中はよく判りませんがかなり深くなっているかと思われます。 -
小町井戸
平安時代小野小町が病にかかり、この水で眼を洗ったところ全快したとい伝説があります。実際は小野路城跡にとっては貴重な水源であったと思われます。 -
小町井戸説明文。
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土塁
2段造りの土塁が確認されます。 -
小野路宿への方向
帰路は小野路宿へ採ります。 -
小野路への出口
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バス停留所
多摩センターへのバス停ですが便数が少なく利用時には予め時間を把握する必要があります。
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