2009/03/14 - 2009/03/14
7848位(同エリア12020件中)
熱帯魚さん
復興公園から出て、思南路を歩きます。ここはフランス租界の街並みが非常に美しいエリアです。
思南路と香山路との交差点にあるのが、上海孫中山故居記念館です。孫中山が亡くなったのは1925年3月12日、ちょうど彼の命日の2日後に記念館を訪れることになりました。
◎ 上海孫中山故居記念館
◎ 中国青年編集部跡
- 同行者
- カップル・夫婦
- 交通手段
- 高速・路線バス
-
チケット売り場です。大人20元です。ここまで到着してなんとお財布に20元しかないことが発覚!急いでATMまでお金をおろしにいきました。
-
孫中山故居の隣は、孫中山文物館になっています。まずここから入って、孫中山の遺物などを見学します。孫中山が生まれてから、香港で医学を学び、日本人梅屋庄吉と知り合い親交を深め、日本に渡り、その後、中国に帰国してから中華民国を建国し、南京で亡くなるまでを紹介しています。
日本で撮影された宋慶齢との結婚写真、日本で使用していた食器も展示されています。彼の鉄道建設計画は、日本の三菱造船工場に見学に行った後、作られたものだそうです。ほかにも、彼のデザインした中山服や使用していたサーベル、ピストル、中華民国の開国コインなども展示されています。中山服は今見られる中山服とは少し違うような気がしました。 -
文物館をじっくり見学した後、隣にある故居に向かいました。孫中山と宋慶齢は1918年にここに入居しました。
-
孫中山故居です。一般公開されていますが、写真撮影禁止なので、外部のみ撮影しました。
1階は、リビング、キッチンがありました。当時のまま保存されています。
2階は、寝室や書斎があります。孫中山が生活している様子を思い浮かべながら、見学しました。 -
故居の裏はこんな感じです。
-
故居の庭です。
-
故居を香山路側から見るとこんな感じです。2階建てです。見学し終わったら、閉館時間を過ぎていました。なかなか見ごたえのある文物館と故居でした。
再び歩いて、重慶北路に戻ります。 -
淡水路で「中国青年」編集部旧跡を見つけました。中国青年は中国社会主義青年団(のちに中国共産主義青年団に改名)中央委員会の機関紙です。1923年10月20日、この場所で創刊されました。
-
中国青年編集部旧跡です。現在は、カフェとして生まれ変わっています。
-
白玉蘭の樹がありました。白い花のつぼみがついています。満開になったらきっととても綺麗でしょう。
こんな感じで、上海フランス租界街歩きは終了しました。
この旅行記のタグ
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
上海(中国) の旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
10