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 ヨーロッパ文明、揺籃の土地ですけれど、長年のオスマン・トルコの支配下にあって、少し、コンプレックスが染み付いている為か、何処もかしこも、田舎のワリには、人々に「善良」とか「お人好し」と言う感じが、あまり無いのですね (どちらかと言えば、隣のトルコ人の方に、余裕があるかも知れない)、歴史ある文明国としての余裕よりは、ちょっと疑り深い、被害者意識の強いような、そんな気さえする、慎重な国民性が、少し気になります。<br /> マア、今のギリシャ人は、人種的にも、スラブ系やら何やら、いろいろ混ざっているようだし、トルコ以前の東ローマ帝国も、イスラムと似たり寄ったりの「宗教国家」であったし、2,000年以前の、デモクラシーや哲学者たちの、文明の影を求めるのも、そもそも無理があるのかも知れません。<br /> けれど、それでもやっぱり、ヨーロッパを考える上では、決して外せないところで、観光地としても一級品の、光り輝く、美しい土地であります。<br /><br /> 表紙の写真は、クレタ島にある「クノッソス宮殿」の遺跡 (ミノア文明・BC20世紀頃) です、城壁も城門もない、開放的な遺跡で、明らかに、平和な時代があったことを示す、そんな遺跡です、以降4,000年の間、戦乱と被支配の歴史が続いた事を思うと、信じられないような奇蹟の町です、文明と言うものは、決して、「戦争」や「競争」に起因するものでは無いという事を、証明する遺跡の一つでもあります。

1988年のヨーロッパ 32、ギリシャ編 (ロードス〜クレタ〜アテネ〜デルフォイ)

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1988/09/30 - 1988/10/06

77位(同エリア159件中)

3

30

ももんがあまん

ももんがあまんさん

 ヨーロッパ文明、揺籃の土地ですけれど、長年のオスマン・トルコの支配下にあって、少し、コンプレックスが染み付いている為か、何処もかしこも、田舎のワリには、人々に「善良」とか「お人好し」と言う感じが、あまり無いのですね (どちらかと言えば、隣のトルコ人の方に、余裕があるかも知れない)、歴史ある文明国としての余裕よりは、ちょっと疑り深い、被害者意識の強いような、そんな気さえする、慎重な国民性が、少し気になります。
 マア、今のギリシャ人は、人種的にも、スラブ系やら何やら、いろいろ混ざっているようだし、トルコ以前の東ローマ帝国も、イスラムと似たり寄ったりの「宗教国家」であったし、2,000年以前の、デモクラシーや哲学者たちの、文明の影を求めるのも、そもそも無理があるのかも知れません。
 けれど、それでもやっぱり、ヨーロッパを考える上では、決して外せないところで、観光地としても一級品の、光り輝く、美しい土地であります。

 表紙の写真は、クレタ島にある「クノッソス宮殿」の遺跡 (ミノア文明・BC20世紀頃) です、城壁も城門もない、開放的な遺跡で、明らかに、平和な時代があったことを示す、そんな遺跡です、以降4,000年の間、戦乱と被支配の歴史が続いた事を思うと、信じられないような奇蹟の町です、文明と言うものは、決して、「戦争」や「競争」に起因するものでは無いという事を、証明する遺跡の一つでもあります。

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  • ロードス島、ロードス市 (遠景)<br /> トルコのマルマリスから、ギリシャ(ロードス島)へ入りました。<br /> とても印象的な城壁と城門 (Marin Gate) が迎えてくれました。

    ロードス島、ロードス市 (遠景)
     トルコのマルマリスから、ギリシャ(ロードス島)へ入りました。
     とても印象的な城壁と城門 (Marin Gate) が迎えてくれました。

  • ロードス島、ロードス市<br />イポクラトゥス広場<br /> ロードス島がオスマン・トルコ領だった時代(1522-1912)の記憶を色濃く残す広場です、レストランが周りを取り囲んでいる、島一番の繁華街。

    ロードス島、ロードス市
    イポクラトゥス広場
     ロードス島がオスマン・トルコ領だった時代(1522-1912)の記憶を色濃く残す広場です、レストランが周りを取り囲んでいる、島一番の繁華街。

  • ロードス島、ロードス市<br />イポクラトゥス広場<br /> 同じく、トルコが残した噴水です、しかし、つくづく思うのだけれど、約400年もの長期にわたって支配していたわりには、トルコの残した文物は、この広場と噴水程度で、他には、殆ど何も無いのですね、いったい何のための支配だったのでしょうか?<br /> マア一番の目的が、聖ヨハネ騎士団の追い出しと、島民の搾取だという事は解かるけれども、それにしても、イスラム国家(文明)というのは、生産的で優れたものは、殆ど何も残さない、不毛の文明だという事が、この、支配された土地を見る事によっても、良く解かりますです・・・<br /> マア、広場は、地中海の明るい太陽に照らされて、それなりに美しい広場ですけれど・・・

    ロードス島、ロードス市
    イポクラトゥス広場
     同じく、トルコが残した噴水です、しかし、つくづく思うのだけれど、約400年もの長期にわたって支配していたわりには、トルコの残した文物は、この広場と噴水程度で、他には、殆ど何も無いのですね、いったい何のための支配だったのでしょうか?
     マア一番の目的が、聖ヨハネ騎士団の追い出しと、島民の搾取だという事は解かるけれども、それにしても、イスラム国家(文明)というのは、生産的で優れたものは、殆ど何も残さない、不毛の文明だという事が、この、支配された土地を見る事によっても、良く解かりますです・・・
     マア、広場は、地中海の明るい太陽に照らされて、それなりに美しい広場ですけれど・・・

  • ロードス市<br />騎士団長の宮殿 (入口付近)<br /> こちらは、聖ヨハネ騎士団が残した、騎士団長の宮殿、その近くの風景です、似顔絵屋さんが、ずらりと並んでいます。<br /> 1299年に、イスラエルのアッコンを追われた騎士団が、この島の支配権を握ったのは1306年、スレイマン大帝の大軍に追われるまで(1522年)約200年、この島を支配します。

    ロードス市
    騎士団長の宮殿 (入口付近)
     こちらは、聖ヨハネ騎士団が残した、騎士団長の宮殿、その近くの風景です、似顔絵屋さんが、ずらりと並んでいます。
     1299年に、イスラエルのアッコンを追われた騎士団が、この島の支配権を握ったのは1306年、スレイマン大帝の大軍に追われるまで(1522年)約200年、この島を支配します。

  • ロードス市、城壁の風景<br /><br /> 1522年、トルコ軍10万、聖ヨハネ(ロードス)騎士団軍5千、約20対1、五ヶ月の攻防が戦われた城砦です。

    ロードス市、城壁の風景

     1522年、トルコ軍10万、聖ヨハネ(ロードス)騎士団軍5千、約20対1、五ヶ月の攻防が戦われた城砦です。

  • ロードス市、城壁の風景<br /> <br /> 城壁の堀の下には、今も、当時の大砲の弾が、ゴロゴロと転がっておりました。

    ロードス市、城壁の風景
     
     城壁の堀の下には、今も、当時の大砲の弾が、ゴロゴロと転がっておりました。

  • ロードス市、城壁の風景<br /><br /> 城壁は、場所によっては、三重になっております。<br /><br /> この城壁と堀を間にして、どのような戦いが行われたかについては、塩野七生著「ロードス島攻防記」をどうぞ、ロードス島に、行ってから読むか?読んでから行くか?は、どちらでもいいけれど、多分、読んでから行ったほうが良いでしょうね・・・ 言ってから読むと、もう一度、行きたくなります。

    ロードス市、城壁の風景

     城壁は、場所によっては、三重になっております。

     この城壁と堀を間にして、どのような戦いが行われたかについては、塩野七生著「ロードス島攻防記」をどうぞ、ロードス島に、行ってから読むか?読んでから行くか?は、どちらでもいいけれど、多分、読んでから行ったほうが良いでしょうね・・・ 言ってから読むと、もう一度、行きたくなります。

  • ロードス市<br />城壁&山羊<br /><br /> 城壁の凹みは、大砲の傷でしょうか?<br /><br /> 山羊が草を食べています。

    ロードス市
    城壁&山羊

     城壁の凹みは、大砲の傷でしょうか?

     山羊が草を食べています。

  • ロードス市、旧市街<br /><br /> 殆ど、中世そのままの街並でしょうか?<br /><br /> 15年後に、再び訪れた時、町は、だいぶ綺麗になっていたけれど、この頃1988年は、まだ、薄暗く、なんとなく湿っぽい、不気味な通りも多かった気がします。

    ロードス市、旧市街

     殆ど、中世そのままの街並でしょうか?

     15年後に、再び訪れた時、町は、だいぶ綺麗になっていたけれど、この頃1988年は、まだ、薄暗く、なんとなく湿っぽい、不気味な通りも多かった気がします。

  • ロードス市、旧市街<br /><br /> 城砦の中の、細い、建て込んだ、路地ですので、日差しが少し傾くと、どうしても暗くなってしまう、けれど、典型的な、中世の城塞都市の雰囲気を楽しむ事の出来る、そんな街です。

    ロードス市、旧市街

     城砦の中の、細い、建て込んだ、路地ですので、日差しが少し傾くと、どうしても暗くなってしまう、けれど、典型的な、中世の城塞都市の雰囲気を楽しむ事の出来る、そんな街です。

  • ロードス市<br />マンドラキ港の風景<br /><br /> 古代の「世界七不思議」の一つ、太陽神ヘリオス(高さ20?)の像があったとされる場所です。<br /><br /> もう10月だというのに、未だ甲羅を焼く人々がいます、さすが、太陽神ヘリオスに愛された島であります。

    ロードス市
    マンドラキ港の風景

     古代の「世界七不思議」の一つ、太陽神ヘリオス(高さ20?)の像があったとされる場所です。

     もう10月だというのに、未だ甲羅を焼く人々がいます、さすが、太陽神ヘリオスに愛された島であります。

  • ロードス市、港の風景<br /> かっては、ユリウス・カエサルが留学したほどの、文化と学芸の島であったロードス、いまや、その面影は、殆ど無いけれど、暖かな日差しと、夕暮の美しい港は、多分、変らずに魅力的。

    ロードス市、港の風景
     かっては、ユリウス・カエサルが留学したほどの、文化と学芸の島であったロードス、いまや、その面影は、殆ど無いけれど、暖かな日差しと、夕暮の美しい港は、多分、変らずに魅力的。

  • ロードス市、ロードス島の夕暮<br /><br /> 暮れなずむ夕暮に、城砦のシルエットが美しい。

    ロードス市、ロードス島の夕暮

     暮れなずむ夕暮に、城砦のシルエットが美しい。

  • クレタ島<br />クノッソス宮殿 (入口)<br /> BC2000年頃に栄えたと言われている古代遺跡です、クレタ島の中には他にも、フェストスやマリアなど、同時代の遺跡が、いくつか残っています、いずれも、城壁の跡の見られない、平和な時代の遺跡です。

    クレタ島
    クノッソス宮殿 (入口)
     BC2000年頃に栄えたと言われている古代遺跡です、クレタ島の中には他にも、フェストスやマリアなど、同時代の遺跡が、いくつか残っています、いずれも、城壁の跡の見られない、平和な時代の遺跡です。

  • クノッソス宮殿 (朱色の部屋)<br /><br /> この当時(1988年)は、遺跡を歩く順路も特に無く、張り巡らされた縄もありませんでした、だから、ご覧のような写真が撮れました。

    クノッソス宮殿 (朱色の部屋)

     この当時(1988年)は、遺跡を歩く順路も特に無く、張り巡らされた縄もありませんでした、だから、ご覧のような写真が撮れました。

  • クノッソス宮殿 <br /> ね!、縄がぜんぜん無いでしょう、今は、この当時よりずいぶんと復旧も進んでいるのかもしれないけれど(何処がどうなったのかは、まるでわかりませんけれど)、縄だらけなのが、ちょっとね・・・

    クノッソス宮殿 
     ね!、縄がぜんぜん無いでしょう、今は、この当時よりずいぶんと復旧も進んでいるのかもしれないけれど(何処がどうなったのかは、まるでわかりませんけれど)、縄だらけなのが、ちょっとね・・・

  • クノッソス宮殿<br /> 「迷宮」と言われるほどに、広い、複雑な構造の建築群です、ミノタウロスは、何処に入れられていたのでしょうか・・・? でも、さすがに、そんな地下室は、見当たらなかったです、まだ埋まっているのでしょうか・・・ ?

    クノッソス宮殿
     「迷宮」と言われるほどに、広い、複雑な構造の建築群です、ミノタウロスは、何処に入れられていたのでしょうか・・・? でも、さすがに、そんな地下室は、見当たらなかったです、まだ埋まっているのでしょうか・・・ ?

  • クレタ島<br /><br />イラクリオ市内にあった正教寺院です。

    クレタ島

    イラクリオ市内にあった正教寺院です。

  • アテネ、パルテノン神殿<br /> パルテノンは、以前、パック旅行で来た時に見学しましたので、今回は、下から、記念写真のみ、入場料が無茶苦茶高いのですね、貧乏旅行には辛い世界遺産です。

    アテネ、パルテノン神殿
     パルテノンは、以前、パック旅行で来た時に見学しましたので、今回は、下から、記念写真のみ、入場料が無茶苦茶高いのですね、貧乏旅行には辛い世界遺産です。

  • アテネ、パルテノン神殿<br />リカヴィトスの丘から<br /> 替わりに、以前来たときに気になっていた、反対側の丘に登りました、アテネ市内で一番高い丘だそうで、見晴らしはかなり良いです、勿論、登るのは無料です。

    アテネ、パルテノン神殿
    リカヴィトスの丘から
     替わりに、以前来たときに気になっていた、反対側の丘に登りました、アテネ市内で一番高い丘だそうで、見晴らしはかなり良いです、勿論、登るのは無料です。

  • アテネ、リカヴィトスの丘<br /> <br /> 丘の上には、小さな教会があります、マア、それほどの建物でもないですけれど。

    アテネ、リカヴィトスの丘
     
     丘の上には、小さな教会があります、マア、それほどの建物でもないですけれど。

  • アテネ、考古学博物館<br />元祖テディベア&少年<br /><br /> フィリップ・K・ディックのSF小説に出てくる、未来の「殺人兵器」のような、可愛い子供の像ですね (エッ、そんなもん誰も知らんて!そらそうでしょうけれど、映画にもなったほどなんですよ「スクリーマーズ」(1996年)って、(小説は「変種第二号」)・・・知らんて!)<br /><br /> それはそれとして、「子供の発見」と言う本に拠れば、ヨーロッパで、子供が発見されたのは、16〜17世紀頃の事だとか (日本の場合は、岸田隆盛の「麗子像」くらいからでしょうか?)<br /> 明治以来〜現在の日本の刑法に於いても、「子供の親殺し」は重罪だけれど(マスコミも世間も大騒ぎ!) 「親の子殺し」は、昔から、遥かにたくさんあるのに、呆れるほどに、量刑が軽いのですね、どういう事なのでしょうね・・・ 儒教のせいでしょうか?<br /> でも「子供の親殺し」というのは、言わば、そんなふうに子供を育てた親の、自業自得と言えない事も無いけれど、親の子殺しは、遥かに、理不尽だと思うのですね、本来ならば、こちらの方が遥かに、重罪だと思うのですけれど、現実世界は、親たちが仕切っているので、逆になるのでしょうね・・・ 儒教など、所詮、権力に都合の良いだけの、俗悪思想という事でしょうか・・・ ? やたら、大儀やら正義やらを唱えるのも、胡散臭いですしね・・ う〜ん、話が、かなり、あっちの方まで、走って行ってしまったようで・・・ ???。<br /><br /> ともあれ、西欧中世より、遥かに古い、この古代ギリシャの少年像(小熊を抱いていると思うのだけれど・・?子犬かな・・?)は、何を意味すものでしょうね・・・ こんな大昔に・・・ 考えてみれば、不思議な存在です?

    アテネ、考古学博物館
    元祖テディベア&少年

     フィリップ・K・ディックのSF小説に出てくる、未来の「殺人兵器」のような、可愛い子供の像ですね (エッ、そんなもん誰も知らんて!そらそうでしょうけれど、映画にもなったほどなんですよ「スクリーマーズ」(1996年)って、(小説は「変種第二号」)・・・知らんて!)

     それはそれとして、「子供の発見」と言う本に拠れば、ヨーロッパで、子供が発見されたのは、16〜17世紀頃の事だとか (日本の場合は、岸田隆盛の「麗子像」くらいからでしょうか?)
     明治以来〜現在の日本の刑法に於いても、「子供の親殺し」は重罪だけれど(マスコミも世間も大騒ぎ!) 「親の子殺し」は、昔から、遥かにたくさんあるのに、呆れるほどに、量刑が軽いのですね、どういう事なのでしょうね・・・ 儒教のせいでしょうか?
     でも「子供の親殺し」というのは、言わば、そんなふうに子供を育てた親の、自業自得と言えない事も無いけれど、親の子殺しは、遥かに、理不尽だと思うのですね、本来ならば、こちらの方が遥かに、重罪だと思うのですけれど、現実世界は、親たちが仕切っているので、逆になるのでしょうね・・・ 儒教など、所詮、権力に都合の良いだけの、俗悪思想という事でしょうか・・・ ? やたら、大儀やら正義やらを唱えるのも、胡散臭いですしね・・ う〜ん、話が、かなり、あっちの方まで、走って行ってしまったようで・・・ ???。

     ともあれ、西欧中世より、遥かに古い、この古代ギリシャの少年像(小熊を抱いていると思うのだけれど・・?子犬かな・・?)は、何を意味すものでしょうね・・・ こんな大昔に・・・ 考えてみれば、不思議な存在です?

  • アテネ、考古学博物館<br />パン&アフロディーテ<br /><br /> 英国の小説家、アーサー・マッケンの、物議をかもした、不気味な怪奇小説「パンの大神」(創元推理文庫に収録) のファンにとっては、この「パンの神」には、はなはだ不満です、はっきり言って滑稽すぎるし、威厳もないし、不気味さも無いのですよね・・・ ただのスケベ神ジャン・・・ クピドなんかに負けんなよ!

    アテネ、考古学博物館
    パン&アフロディーテ

     英国の小説家、アーサー・マッケンの、物議をかもした、不気味な怪奇小説「パンの大神」(創元推理文庫に収録) のファンにとっては、この「パンの神」には、はなはだ不満です、はっきり言って滑稽すぎるし、威厳もないし、不気味さも無いのですよね・・・ ただのスケベ神ジャン・・・ クピドなんかに負けんなよ!

  • アテネ、考古学博物館<br />ミノタウロス像<br /> クノッソス宮殿(クレタ島)の地下室に、飼われていたと言う、神話上の怪物です。<br /> ミノア王の王妃が、美しい白い雄牛に恋をして生まれたと言う、愛の結晶ですね、人間も生き物も植物も、全ての間に、区別の無かった時代の物語ですけれど、ある意味で、現在の遺伝子工学は、それを可能にしたと言えるかも・・・ 怖いけど、見てみたい、半魚人とか、植物人間とか・・・ 人類が生き延びる為に、必要になる時が、何時か来るかも・・・ そんな未来を、予言するかのような、不気味で、リアルな塑像です。

    アテネ、考古学博物館
    ミノタウロス像
     クノッソス宮殿(クレタ島)の地下室に、飼われていたと言う、神話上の怪物です。
     ミノア王の王妃が、美しい白い雄牛に恋をして生まれたと言う、愛の結晶ですね、人間も生き物も植物も、全ての間に、区別の無かった時代の物語ですけれど、ある意味で、現在の遺伝子工学は、それを可能にしたと言えるかも・・・ 怖いけど、見てみたい、半魚人とか、植物人間とか・・・ 人類が生き延びる為に、必要になる時が、何時か来るかも・・・ そんな未来を、予言するかのような、不気味で、リアルな塑像です。

  • アテネ、考古学博物館<br />アテネの市民<br /> 博物館の一室に集められた、古代ギリシャの彫像群です、今も五月蝿く、議論を始めそうな、そんな迫力です。<br /> 議論は、民主主義の基礎なのですね、逆に言えば、議論が下手と言うのは、民主主義の前提そのものが、欠けているという事で、その原因は、他者の思想・存在を容認できないと言う、精神の狭量さにあるのでしょう、いわばソフィストケイトされていない、経験不足ですね、古代ギリシャ市民は、どうだったのでしょうね。

    アテネ、考古学博物館
    アテネの市民
     博物館の一室に集められた、古代ギリシャの彫像群です、今も五月蝿く、議論を始めそうな、そんな迫力です。
     議論は、民主主義の基礎なのですね、逆に言えば、議論が下手と言うのは、民主主義の前提そのものが、欠けているという事で、その原因は、他者の思想・存在を容認できないと言う、精神の狭量さにあるのでしょう、いわばソフィストケイトされていない、経験不足ですね、古代ギリシャ市民は、どうだったのでしょうね。

  • デルフィの風景<br /><br /> アポロンの神託で有名な、古代ギリシャ随一の「霊場」ですけれど、相当に風光明媚であります。<br /> 多分、夏は避暑地としても、良いかもしれません。

    デルフィの風景

     アポロンの神託で有名な、古代ギリシャ随一の「霊場」ですけれど、相当に風光明媚であります。
     多分、夏は避暑地としても、良いかもしれません。

  • デルフィ、アポロン神殿<br /> これがその、神託のあった神殿の跡です。 この神託の登場する、有名な物語としては、「オイディプス王」と言う、有名なギリシャ悲劇があります (ソフォクレスだったかな?) 「アポロンの地獄」(1967年 監督ピエロ・パオロ・パゾリーニ)と言う映画にもなりました、何時か、もう一度、見てみたい、印象的な映画でした。

    デルフィ、アポロン神殿
     これがその、神託のあった神殿の跡です。 この神託の登場する、有名な物語としては、「オイディプス王」と言う、有名なギリシャ悲劇があります (ソフォクレスだったかな?) 「アポロンの地獄」(1967年 監督ピエロ・パオロ・パゾリーニ)と言う映画にもなりました、何時か、もう一度、見てみたい、印象的な映画でした。

  • デルフィ<br />アポロン神殿<br /><br /> 元霊場ですから、今は信者が一人もいないとは、言われているけれど、それなりに、雰囲気はあります。<br /> <br /> ところで、デルフィは、「世界のヘソ」とか言われていたそうです、さしずめ、出ベソですね?

    デルフィ
    アポロン神殿

     元霊場ですから、今は信者が一人もいないとは、言われているけれど、それなりに、雰囲気はあります。
     
     ところで、デルフィは、「世界のヘソ」とか言われていたそうです、さしずめ、出ベソですね?

  • デルフィ、アポロン神殿<br /> 宝物庫なんかも、沢山あったそうですけれど、勿論今は、中身は、なーんも無しです、ローマの将軍(スッラ)にも、持ってかれちゃたようだし・・・ 探しても、何も落ちておりませんでした・・・

    デルフィ、アポロン神殿
     宝物庫なんかも、沢山あったそうですけれど、勿論今は、中身は、なーんも無しです、ローマの将軍(スッラ)にも、持ってかれちゃたようだし・・・ 探しても、何も落ちておりませんでした・・・

  • デルフィの遺跡<br /> これは、初期キリスト教時代の「十字架」の標(石板)です、これが何故、この地にあるのか? 良く解かりません・・・ デルフィは、ローマ皇帝(テオドシウス)の「異境禁止令」(AC385年)で、閉鎖となるのですけれど、それより後の時代のものなのでしょうか??

    デルフィの遺跡
     これは、初期キリスト教時代の「十字架」の標(石板)です、これが何故、この地にあるのか? 良く解かりません・・・ デルフィは、ローマ皇帝(テオドシウス)の「異境禁止令」(AC385年)で、閉鎖となるのですけれど、それより後の時代のものなのでしょうか??

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  • riaさん 2006/08/30 08:13:36
    行ってきました&行ってみたいな
    お久しぶりです。

    私のつたないページに来てくださり、ありがとうございました。
    アイルランド、また行ってしまいました。コネマラはいいところですねぇ。一人旅だったので、同じ道を往復したり、途中停止したり、かなり気ままに過ごしてきました。次はバレンに行きたいな・・・

    一方で、そろそろギリシアに行こうかなとも思いまして。拝見したら、ロードスとクレタ、アテネのルートで旅してらして、お話を伺いたいなと。

    アテネ ロードス クレタ のアクセスは船ですか?飛行機なんかも飛んでいるのかしら?日程は何日くらいがベストですかね。問題は、年末年始の旅行ができないかと思っていることです。思いっきりシーズンオフで、アクセスは大丈夫かなぁと。どう思いますか?

    ria

    ももんがあまん

    ももんがあまんさん からの返信 2006/08/30 19:33:29
    RE: 行ってきました&行ってみたいな
    こんばんわ、riaさん、お久しぶりです。

     また、アイルランドに行ってこられたようですね、うらやましいです。
     コネマラ地方は綺麗ですよね、僕ももう一度、出来れば自転車で走って見たい、そんな土地の一つです、特に、コングの周辺などには、是非行ってみたいと、考えております、けれど、いつになりますことやら・・・

     ギリシャにも興味をお持ちとかですけれど、気候・風土と言う点では、アイルランドとは、かなり違う土地ですけれど、歴史に於いても、風景に於いても、多分かなり刺激的な土地だと思いますよ、お薦めです。

     クレタとロードスについて言えば、アテネを出入り口として、この二つの島だけを訪れるとすれば、七泊八日あれば、何とかなるでしょう(あくまで有名どころのみの観光になるでしょうけれど)、出来れば、十日くらいは欲しいかも?ですね、特に、移動を船でと考えると、これらの島を結ぶ船は、大型船なので、欠航はともかくとして、5〜6時間遅れることは、充分ありえます(夏季でも)、ですから、七泊八日くらいの旅行なら、飛行機を使うのが無難でしょうね(アテネ〜ロードス〜クレタについては、オリンピック航空と言うのがあって、かなり便数も多いはずです)。

     僕は船の旅が好きだし、夜行で移動するのも好きなので、日程に余裕を持っての、船の旅を勧めますけれど、ロードスとクレタ間は、毎日、便があるわけではないので、もし船を使うとすれば、事前に、あるいは、アテネかピレウスあたりで、到着と同時に、確認される必要があると思います。
     
     因みに、僕の知る限りでは、冬季でも、以下の便は就航しているはずです。
      ピレウス→ロードス (月&火&木&金 pm16:00〜約24時間)
      ロードス→クレタ(イラクリオンorシティア)
               (火&土 pm20:00〜約13時間)
    クレタ→ロードス (金 am09:00〜約11時間)
      ピレウス〜クレタ (ほぼ毎日 pm20:00頃〜約8時間、逆も同)
     僕が思うには、アテネ〜ロードスは、よほど日程に余裕があるのでもない限り、飛行機を使った方が良いでしょうね、ロードス〜クレタは、便数は少ないけれど、うまくやれば、夜行の船を楽しむ事も出来ますし、ホテル代を節約する事も可です(クレタからロードスは、昼間の便になるので、もったいないですね)、クレタからピレウスは、ほぼ毎日あるし、時間も短いので、帰りのルートにするのが、一番利口だと思います。

     経済的、時間的に、利口な方法は、以下でしょうか?

      アテネ→(オリンピック航空)→ロードス→(夜行船)
       →クレタ→(夜行船)→ピレウス

     どうでしょう? マア、あまり信用せずに、ご参考まで・・・ ですね。

    ria

    riaさん からの返信 2006/08/31 21:39:17
    RE: 行ってきました&行ってみたいな
    感激です。

    ギリシアについての詳しい情報、本当にありがとうございました!!知りたかったことがほとんど分かり、感激です。

    有名どころだから、ツアーで楽をしようかなぁ、なんて怠け者の考えも持っていたのですが、いただいた情報を読んだら、ロードスから夜行の船に乗って、起きたらクレタ!なんて旅をしたくなりました。いただいた情報をもとに、もうちょっと計画をつめていきたいと思います。

    貴重な情報、ありがとうございました。

    ria

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