パプアニューギニアの旅2 到着編 ( 8.10 ) 08夏:ライオンベラーさんの旅行ブログ
(準備編 http://4travel.jp/traveler/wanyamapori/album/10289306/ から始まります。)
成田を9時に飛び立ちました。
ニューギニア航空です。
オーストラリアに行く人たちと一緒だったので、大型機の座席はほとんど満席でした。
今回は添乗員さんがいるので安心です。
現地で何かあっても、すぐに対応してもらえるので、余計な労力をかけることなく、観光に専念できます。
でも治安のよくない国に行くので、やはり判断はそれなりに的確にしなければならないと思って、心は引き締めていました。
地理や文化的なことを始め、政情なんかもあまりよく調べていません。
本当に大丈夫かなという不安もいくらかはありました。
でも、この国に行くのは一生のうちで、今回だけだろうという気もしていたので、いろいろなことを体験し尽くして、満足のいく旅にしようと思いました。
時差が1時間あるので、6時間ほどのフライトです。
太平洋を一気に南下して、赤道を越えると、首都のポートモレスビーに到着します。
飛行機の中で、手持ちの時計を1時間進めました。
6時間ほどで、ポートモレスビーに到着しました。
時差は1時間で、現地時刻は4時前です。
マイクロバスでホテルに向かいました。
空港の近くのホテルです。
夜もだいぶ明けてきました。
ホテルに移動しました。
参加者は全部で十数人です。
年齢もまちまちで男女は半分ずつぐらいです。
この国を選んだ人たちなので、ある程度、旅慣れした人も多いのではないでしょうか。
いろいろな国の話が聞けるかも知れません。
それも今回の旅の楽しみです。
ホテルの内部です。
このプールの向こうがレストランです。
そこで、朝食を食べました。
その後、1時間以上も、ここで待たなければなりません。
この写真のプールの右にまわってみました。
その下には空港の滑走路(かっそうろ)がありました。
外に出てみると、やしの木がありました。
おお、ここはパプアニューギニアなんだ!
と、感激しました。
ここは高級住宅地か別荘地のようなところで、ゲートを入ってみようとすると、番人が出てきて止められました。
わかりましたと片手を挙げてあいさつをすると、笑いかけてくれました。
時間になって、マイクロバスが来たので乗り込みました。
国会議事堂です。
この国は1975年にオーストラリアから独立しましたが、多民族、多言語の国家であるため、なかなかひとつの国としてまとまるのが難しく、内戦なども経験しています。
そのようなことが、現在でも治安が悪いことの原因となっているのかも知れません。
この辺りは、熱帯雨林の気候区なので、太陽が高くて、たくさんの陽が当たり、また雨が多いので、植物が育つために必要な水もたくさんあります。
そのために、草木はどんどん育ちます。
巨大な樹です。
参加者は植物に関心のある人がたくさんいました。
中には造園会社にお勤めの、学者以上に詳しくて、訪ねれば何でも解説してくれる方もいました。
また、動物園の獣医さん(定年退職)もいらっしゃって、動物についてもいろいろと聞くことができました。
このように、この旅は、専門ガイド付き(?)の贅沢(ぜいたく)な旅となりました。
クスクス? ワラビー?
それとも木登りカンガルー?
パプアの動物はオーストラリアと似たものが多いので、ニューギニア島は、昔、オーストラリア大陸と地続きであったということがわかります。
お腹(なか)の袋で子供を育てる有袋(ゆうたい)類は、中生代に北アメリカあたりで出現しましたが、アフリカや南アメリカに広がりながら、進化していったようです。
オーストラリアには、南米から南極大陸を経て渡ってきたようです。
たくさんの光を使って、樹木はどんどん生長します。
蔦(つた)も、同じようにどんどん成長します。
中には蔦の方が生長してしまって、巻きつかれた樹の方が死んでしまうこともあるそうです。
木の枝には、たくさんの着床植物が見られます。
これらの着床植物は、ここでたくさんの光を浴びながら成長します。
地面に生えていては、大きな樹木の陰になってしまって、成長に必要な光を得ることはできません。
陽の当たるところはどこも、びっしりと葉で覆(おお)い尽くされています。
植物は十分な光を使って成長しますが、成長しても成長しても、またその光を奪い合いながら成長していきます。
光を奪うことのできない植物は、そこでは生きていけません。
人間社会で、どんどん得られる富を使いながら成長し、それでも他の人よりも多くの富を奪わなければ、競争に負けて滅(ほろ)びてしまう・・・というような状況なのでしょうか?
いや、それとも富(光)を奪(うば)える植物は、限定されてしまって、このような状態で共存しているのでしょうか?
う〜ん、植物の世界を見ることで、人間の社会を知ることができるということは、大きな発見でした。
オウムです。
インコではありません。
調べてみると、オウムは白っぽいものから黒っぽいものが普通で、インコは緑っぽいものが多いようです。
また、オウムはくちばしがよく曲がっていて、直立姿勢をとることが多いようです。
植物園を出てから、コンビニのような店で、必要な人は水を買ってくださいということでした。
コンビニといっても倉庫のようなところでした。
入り口には、野球帽を被ったりして、目をぎょろつかせたような少年や若者たちがいました。
仕事がないのでしょうか。
中に入ると、まるで銀行のカウンターのようなところに店員がいました。
カウンターから天井までは金網が張ってあって、商品はすべてその金網の向こう側に展示してありました。
まるで、映画か何かのシーンのようです。
昔のニューヨークのスラム街といった感じでしょうか。
金網の向こうにはTシャツなどの商品が、天井に向かって並べて吊(つ)り下げてありました。
店員たちはまじめそうな若者でした。
ほとんどの人がペットボトルの水を1本ずつ買いました。
バスは、小高い丘の上にやってきました。
この3枚の写真の向きは、北向きです。
この正面の山は、スタンレー山脈で、その向こうが太平洋です。
そして、そのずっとずっと向こうに日本列島があります。
左の海はパプア湾で写真の後方が珊瑚海(さんごかい)です。
その先はオーストラリアのグレートバリアリーフです。
この写真の集落は、”海の民”の水上の家です。
ここは、昔、”海の民”と”山の民”が争っていましたが、”海の民”が負けて、このような水上に住んでいるということです。
”海の民”は大昔に海からやってきたようです。
私たちを案内してくれている現地ガイドさんは山の民で、バスのドライバーさんは海の民だそうです。
パプア湾です。
左(西)が湾の入り口です。
先ずバスはこの写真の左下の方へ降りていきました。
そこは、街の中心地で、日本大使館もそこにありました。
銀行なんかもありましたが、人通りも少なく、まるで、地方の田舎(いなか)町といった感じのところでした。
コンテナ船も停泊しています。
時刻は10時をまわっています。
この後、北岸のリゾート、マダンに向かいます。
今日は、マダン泊です。
バスは再び、空港にやって来ました。
空港の待合室で弁当を食べました。
中華料理の弁当でした。
巨大な容器に入った、ボリュームたっぷりの贅沢(ぜいたく)な弁当だったので、質素な格好をした現地の乗客の中では、かなり浮き上がっている感じがして、落ち着きませんでした。
いよいよ搭乗です。
搭乗連絡通路などはないので、地面を歩いていきます。
歩きながら、ツアー参加者の人たちと話を交わしながら、少しずつ親しくなっていきます。
できるだけたくさんの人と話をして、楽しい旅にしたいと思いました。
(マダン編1 http://4travel.jp/traveler/wanyamapori/album/10292256/ に続く)
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