2008/10/25 - 2008/10/25
993位(同エリア1259件中)
WT信さん
気がつくと瑞巌寺の松の並木の参道に出ている。
ここは伊達政宗の菩提寺。
正面に中門、上に「瑞山圓福禅寺」と刻まれている。
中門の左にもう一つの門があり、これは皇室専用門。
右の建物は庫裏で、屋根の上に屋根飾りのような煙出しがある。本堂とあわせ国宝。
その前の広場ではなにやら辻説法をしているような僧の姿があり、幾人かの人が僧を取り巻いていた。
中門を入ると、囲いをした梅ノ木。伊達政宗が秀吉の命で朝鮮に赴いた際持ち帰ったものと云われ、龍が臥せている姿に似ている事から「臥龍梅」というらしい。
正面は国宝の幅39mの大伽藍。
入母屋造の美しい屋根をもつこの本堂(方丈)は、伊達政宗が材木は紀州熊野から、大工は主とした京都から130人を集め、5年がかりで1609年(慶長14年)完成した安土桃山時代の代表的建物と云われる。
ここは禅宗のお寺だが伊達政宗は別邸も兼ねた。
そのためか内部の襖絵や欄間の彫刻は豪華絢爛。
政宗の遺言により招かれ名僧雲居禅師により瑞巌寺は奥羽に冠たる名刹に成る。
芭蕉もここを訪れた。
・・・雲居禅師(うんこぜんじ)の徳化(とくげ)に依りて、七堂甍(いらか)改まりて、光壁荘厳(こんぺきしょうごん)光を輝(かがやかし)、仏土成就の大伽藍とは成れリける。『奥の細道』松島
本堂の左端は国宝の御成玄関がある。
帰路,並木道の参道の東側(中門に向って右側)にある修行僧が生活した洞窟群が連なる歩道を歩く。
風化で苔むした洞窟の中や、前に多くの石碑や像があった。
ガイドさんによるとその中には政宗の死に伴い殉死した侍たちのものという碑も。
最後に総門を潜り、観瀾亭へ向う。
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