2026/05/02 - 2026/05/05
4891位(同エリア5034件中)
ヒデールさん
やっぱ庶民目線の旅がいいね
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マカオの旅 3日目 8:00. 起床
ベッドから起き海を臨むバルコニーへ出てみる。
ようやく雨から解放されたか、今朝のマカオは僅かながら青空が見えてる。
3~4km先の対岸がもう中国だと思うと、なんとなく遠くまで来た気分になった。
(写真は宿泊してる Pousada de Coloane Hotel の部屋からの眺め、対岸は中国珠海市の大横琴島) -
もう少しこの穏やかな海を眺めていたいが、今日はこれからマカオの下町や歴史街区を歩き、またここへ戻ってきて荷物を持って香港へ移動と、タイトなスケジュールが待ってる。
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朝食の前に浴室へ行き昨日ずぶ濡れになったジーンズやTシャツを触ってみる。
リュックも含め見事に乾いてる。 -
朝食会場へ行きスタッフに部屋番号を告げブッフェの料理を取ってると、昨日の夜、一緒になって閉まってる裏口から入ろうとした中国人女子二人組とばったり遭遇。
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早上好~/おはよ~
コンパクトなサイズのホテル故の再会。
あとで一緒に写真を撮ったが we chat やってないから繋がれず残念…
でも一人はインスタをやってたのは意外。
中国人でもやってる人いるんだね。 -
みなさんゲストはエアコンの効いたレストランの中で食事を取っていたが、自分はプールサイドで緑に囲まれ野鳥のさえずりをBGMに優雅に朝食タイム。
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どこ産のヨーグルトか忘れたけど、今まで食ったことのない味(笑)
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一期一会ってやつ。
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部屋に戻りシャワーを浴びて荷物を整える。
10:30. チェックアウト
そのまま荷物をレセプションへ預け、マカオの下町へ向け出発。
… と、その前に
せっかくなので目の前にある竹灣ビーチへ寄ってみる。
近所の住人らしき人たちが6~7人並んで寛いでいる。
そこへひとりおじさんが海から上がってきた。
あまり浸かりたいとは思えない海水の色だが(笑)
健康のために泳いでたんだろう。
ここで地元の人たちと話してしまうと長くなる気がしたのでビーチの写真だけ撮ってバス停へ向かう。 -
バス停への上り坂はリュックを背負ってない分、楽ちんだ。
バス停には既に4人組の爺さんがバスを待っていて挨拶がてら少し広東語を話してみた。
「ヤウモウホイクオ ヤップンア?」
日本へ行ったことがありますか?
「ネイ カムニン ゲイドージースイ?」
あなたは何歳ですか?
こっちから尋ねることについては返答も聞き取れるんだが、相手から言われることが余りわからない…
これいつものパターン(笑)
そんなの今の時代、翻訳アプリを使えば簡単に済む話しだろうが、ワタシは相手の顔を見ながら自分の言葉で話すことが好きだ。
その土地の言葉を少しでも覚えることは、相手の文化をリスペクトすること。
何回か話してみて「やっぱり伝わらないのか~」ていう時の和やかな雰囲気も好き。
そんな爺さんたちは日本語で「サヨナラ」と言って26Aのバスに乗って去っていった。 -
そのあとを追うようにすぐにワタシが乗りたかった21Aのバスが現れ乗車。
マカオパスをセンサーにピッとかざすのも板についてきた。
バスは香港っぽい街並みのタイパ地区を抜け友誼大橋を渡り半島側へ入る。 -
車窓からは21年前に上った背の高いマカオタワーが見えてる。
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その後バスは繁華街を越え目的地のバス停に着いた。
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11:31.
「河邊新街/街市」のバス停で下車。
マカオの南端の漁村のような長閑な場所からいきなり生活臭のある下町へとやって来た。
バス通りでもある河邊新街と東側にある下環街という通りとの間に、帶水圍や緑豆圍、光復圍と呼ばれる細い路地がいくつかあって、それらの通りが全てではないが歴史を感じる古い建物が残っていると聞いたので歩いてみる。 -
別に古い建物でなくても檻のように囲ったベランダが各階に設けてある集合住宅なんかは、香港とはまたちょっと違った独特な景観で面白い。
あとバイクが多いなぁ。
それだけでも充分アジアンチックだ。
気の赴くままに歩いてると、タイムスリップしたような通りに入る。 -
通りの名は「緑豆街」
謂れは、その昔この地でもやしの原料となる緑豆を栽培している農家があったことに由来する説や、緑豆を売る店や倉庫があったことに由来する説がある。
狭い路地の北側に連なる二階建ての建物が築100年は経過していそうな古いレンガ造りの建物だ。 -
向かい側の南側にある建物は新しいので住んでる人がいるが、北側はもう誰も住んでる気配はない。
いつ取り壊されてもおかしくない感じだ。
ただ一軒だけではなく何軒も連なってる景観は味わい深いものがある。 -
先へ進むと河邊新街側の入り口には、これまた歴史を感じる煤汚れた門楼が設けてある。
漢字の表記も昔使われていた漢字だろうか、見慣れない難しい漢字が使われている。
こういう " 遺産 " と呼べるものが、今も現存している姿に愛おしさを覚える。 -
バイクは庶民の足。
街の至る所に停まってる。 -
次の通りも古そうな建物が残ってるぞ…
通りの名は「沙井天巷」
ここも路地の両脇ではなく片方の北側の建物だけ古いまま残ってる。
全て二階建てで壁の色は黄色系、ベランダが設けてあって1階部分はシャッターが下りてるので、倉庫か店舗だったと思われる。
緑豆街の建物とは違い、かなり統一性のある建物だ。 -
そんな通りに二人のおじさんがいた。
ネイホー
挨拶がてら尋ねる
「チェンマン、ネイテイハイムハイ オームンヤンア?」
すいません、あなた方はマカオ人ですか?
するとしっかりマカオ人だと答える。
おじさんのひとりはバイクの修理工でもうひとりが修理を依頼したお客さんのようだ。
お二方とはのらりくらり広東語でマカオへは旅行目的で来たとか、今日は香港へ帰るとか、ここの景色は素晴らしいとか、簡単な会話を楽しむ。
あとから思えば子供さんは何人いますか?とか、
お仕事は何年やってますか?とか、
もっと広東語でも聞けることあったのにって感じ。
スマホの調子が悪く一緒に写真が撮れなかったので、断ってお二人の写真を撮らせてもらった。
チョイキ~ン/さよなら~ -
僅か10分ほどだがワタシにとっては有意義な時間。
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沙井天巷の1本隣の路地「光復圍」も古めかしさが残る通りだが建物の裏側のような味気ない箇所もあったりして、あまり好みではないかな。
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ただ迷路のように細い路地が交差するこの界隈でも、今歩いてきた「緑豆街」、「沙井天巷」、「光復圍」、の3つの通りはオールドマカオを体感できる貴重なスポットだ。
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故にノスタルジックな雰囲気はあるものの寂れた感じは否めない。
なので現役感バリバリの下環街とのギャップも面白い。
写真は下環街から見た光復圍。 -
下環街は5~6階建ての集合住宅の合間を縫うように伸びる通りで、車が1台通ればいっぱいの狭い通りにもかかわらず花屋や野菜、果物、衣類などを売る露店が並んでいる活気のある通り。
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買い物客やバイクが行き交う中、狭い歩道にプラスチックの椅子を出して日向ぼっこをしてるご老人の姿が微笑ましい。
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花屋のおばさんに声をかけたり、コンビニの店員のお姐さんに「あなたはマカオ人ですか?」て聞いたり、美味そうなマンゴーをマカオパスで買ったり…
下環街を大いに満喫する。 -
コンビニで買ったお茶。
こんなの日本で飲んだことない(笑) -
1個8パタカのマンゴー。
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下環街の看板
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ここから近くにある文豪・思想家の鄭観応の邸宅だった鄭家大屋へ行こうと思い坂を上っていくと途中に門楼が現れた。
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「南巫圍」と書かれてある。
南巫とは南無、仏教や道教のお坊さんやその見習いがこの地に多く住んでいたそうだ。
でもその隣に大和街という通りがあるんだが、ポルトガル名が「Pátio da Aleluia」
この Aleluia(アレルイア)、英語に訳すとハレルヤ。
つまり中国人クリスチャンが住んでたところから付いた通り名。
いや~ このチャンプルー感満載なコミュニティ構成。
マカオらしくて面白い! -
鄭家大屋へ行く前にマンゴーを食べねば。
南欧ポルトガル様式のパステルカラーの洋館に囲まれた半径10mにも満たない小さな「リラウ広場」の真ん中で、さっき下環街の露店で買ったマンゴーを食べる。
美味いっ
手がぐちょぐちょになってもウェットティッシュがあるから問題ない。 -
ちなみにこの広場は世界遺産。
これって世界一小さい世界遺産の広場じゃないかな。 -
" マンゴーブレイク " を挟み近くにある「鄭家大屋」に入ってみる。
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ここは思想家であり文豪家でもある鄭観応の住居。
彼の著書「盛世危言」は毛沢東や孫文に多大なる影響を与えたという。
狭い間口から中へ入ると、月門と呼ばれる円形の入り口がワタシを迎えてくれた。 -
中に入るとレンガの壁と漆喰の白壁が両脇に続く。
窓は模様をかたどった花窓と呼ばれるもの。
そう、ここは全てが中国。 -
更に奥へ進むと繊細な模様が描かれた扉や窓の装飾が現れた。
息を呑む美しさだ。 -
建物の中に入ると1階、2階、といくつも部屋があって家具や調度品が置いてあるんだが、まるでアートギャラリーのようにバランスよく配置されている。
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2階の窓から中庭が見えた時ホッと一息つけた。
なんだろう、背筋をピンと伸ばして見学してしまう変な緊張感がここにはある。 -
見学者が恐ろしく少なく、ゆっくり見て回れた。
リラウ広場 約40人、ここ4人
ワタシは中国へも十数回渡航経験があり、こういった地元の権力者の邸宅を何軒も観てきたが、ここはそうとう立派だと思う。
少なくとも香港にはない規模だ。
とにかく部屋がたくさんある。
あの狭い間口からは想像もつかなかった広さだ。 -
最後にここを訪れた記念にゲストノートのような物があったので、拙い広東語で感想をひと言書き残した。
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次に向かうのは中国建国の父、孫文ゆかりの地「國父記念館」。
移動は徒歩圏内ではないのでバスを使う。
最寄りのバス停は坂を上ったところにある「西坑街」。
ここから16番のバスに乗るんだが、これが面白い。
一方通行の狭い道路を運転手は容赦なく飛ばす。
下りはジェットコースターさながらのスリル(笑) -
しばらくして広い通りに出たから僅か数十秒だったが、これもっと手前のバス停から乗ってたらもっと楽しめたよな。
そんなことを思いながらバスは初めて見る景色の通りを進み「盧廉若公園」のバス停に着いた。
「旅の終わりに辿り着いた福榮里と福隆圍」へつづく
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