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「柿の種」は食べたことのない人はいないと思われるほどポピュラーな米菓です。でも、全国的に流通しているメーカーではなく、「元祖」の柿の種発祥の製菓店があることはご存知ですか?新潟を訪れた人なら、日本の田舎の風景を描いた四角い缶に入った「柿の種」を見たことがあるでしょう。よく見掛ける「柿の種」が辛くて苦手だったのですが、「元祖」を食べてみたらなんと!お米の風味が感じられて、美味しかったのです。その会社は「浪花屋製菓」。2025年から工場見学を開始したというので、行ってみました。最近流行の綺麗な見学用通路から窓越しに眺める見学ではなく、実際の従業員と同じ格好をして、同じように殺菌対策をして、熱のこもった工場の中を見て歩きました。目の前で今まさに出来たばかりの試食の美味しいこと。1日2回行われる少人数の見学会です。ずっと事細かに説明してもらえて、ほぼマンツーマンです。見学時間は90分。最後に「柿の種」のバイキングを楽しみながら、お買い物に勤しみました。<br /> せっかく長岡まで来たので、近くの摂田屋町にも寄りました。醸造の町だけあって、味噌・醤油・酒の老舗が集まっています。今回のお目当ては「機那サフラン酒本舗」の豪勢な家屋敷と蔵の見学です。店は既に営業していないのですが、蔵に施された鏝絵(こてえ)が素晴らしいので、見て来ました。更に、長岡から山間部に入った所にある栃尾で有名な「あぶらげ」を買って来ました。<br />

越後長岡「元祖柿の種」の浪花屋製菓工場見学と機那サフラン酒本舗

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2026/07/27 - 2026/07/27

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ミズ旅撮る人

ミズ旅撮る人さん

「柿の種」は食べたことのない人はいないと思われるほどポピュラーな米菓です。でも、全国的に流通しているメーカーではなく、「元祖」の柿の種発祥の製菓店があることはご存知ですか?新潟を訪れた人なら、日本の田舎の風景を描いた四角い缶に入った「柿の種」を見たことがあるでしょう。よく見掛ける「柿の種」が辛くて苦手だったのですが、「元祖」を食べてみたらなんと!お米の風味が感じられて、美味しかったのです。その会社は「浪花屋製菓」。2025年から工場見学を開始したというので、行ってみました。最近流行の綺麗な見学用通路から窓越しに眺める見学ではなく、実際の従業員と同じ格好をして、同じように殺菌対策をして、熱のこもった工場の中を見て歩きました。目の前で今まさに出来たばかりの試食の美味しいこと。1日2回行われる少人数の見学会です。ずっと事細かに説明してもらえて、ほぼマンツーマンです。見学時間は90分。最後に「柿の種」のバイキングを楽しみながら、お買い物に勤しみました。
 せっかく長岡まで来たので、近くの摂田屋町にも寄りました。醸造の町だけあって、味噌・醤油・酒の老舗が集まっています。今回のお目当ては「機那サフラン酒本舗」の豪勢な家屋敷と蔵の見学です。店は既に営業していないのですが、蔵に施された鏝絵(こてえ)が素晴らしいので、見て来ました。更に、長岡から山間部に入った所にある栃尾で有名な「あぶらげ」を買って来ました。

旅行の満足度
4.5
観光
4.5
交通手段
自家用車
旅行の手配内容
個別手配
  • 新潟県長岡市の中心部に程近い摂田屋町に、「元祖柿の種・浪花屋製菓」はあります。

    新潟県長岡市の中心部に程近い摂田屋町に、「元祖柿の種・浪花屋製菓」はあります。

    浪花屋製菓 グルメ・レストラン

  • 関越自動車道長岡南越路スマートICまたは長岡ICで下りて、信濃川を渡り、JR信越本線と信濃川に挟まれた住宅地と工場が混在した地域に「浪花屋製菓」はあります。東西に長い工場の東側に入口はあります。駐車場は入口より南にあります。予約時間まで少し駐車場で時間を潰していると、ひっきりなしに運送会社の車が出入りしていました。大規模な工場ではないけれど、取引は活発なようです。<br />

    関越自動車道長岡南越路スマートICまたは長岡ICで下りて、信濃川を渡り、JR信越本線と信濃川に挟まれた住宅地と工場が混在した地域に「浪花屋製菓」はあります。東西に長い工場の東側に入口はあります。駐車場は入口より南にあります。予約時間まで少し駐車場で時間を潰していると、ひっきりなしに運送会社の車が出入りしていました。大規模な工場ではないけれど、取引は活発なようです。

  • 新潟を訪れると、この絵柄を目にすることがあります。大抵は昔懐かしい四角い缶に描かれています。それが「元祖・柿の種」です。柿の種は、全国どこのスーパーでも見掛けるポピュラーな米菓です。しかし、そのメーカーのものとは明らかに違う元祖が新潟にはあります。一般的な柿の種は辛くて苦手だったので、「元祖」を手にすることもなかったのですが、ある時食べてみて味の違いにびっくりしました。辛さよりもお米の風味がする。柿の種って米菓なんだ。当たり前の事を実感出来ました。以来、食べるなら浪花屋製菓の柿の種になりました。<br />

    新潟を訪れると、この絵柄を目にすることがあります。大抵は昔懐かしい四角い缶に描かれています。それが「元祖・柿の種」です。柿の種は、全国どこのスーパーでも見掛けるポピュラーな米菓です。しかし、そのメーカーのものとは明らかに違う元祖が新潟にはあります。一般的な柿の種は辛くて苦手だったので、「元祖」を手にすることもなかったのですが、ある時食べてみて味の違いにびっくりしました。辛さよりもお米の風味がする。柿の種って米菓なんだ。当たり前の事を実感出来ました。以来、食べるなら浪花屋製菓の柿の種になりました。

  • 浪花屋製菓の工場は、東西に250mと長く、西側で原料のお米が粉砕されて、東に向かって加工が進むようになっています。この入口の一番手前に事務所があって、その隣で製品を缶に詰める作業が行われています。何でもビニールパウチに入っているようになりましたが、浪花屋製菓の看板商品は四角い缶に入っており、更に贈答用に包装紙で包まれ、紐で結んであります。工場見学の最終工程で、その紐を結んでいるのを見ました。機械ではなく、人が1つ1つに紐を掛けていました。紐は1辺を引っ張って解けるようにではなく、解けないように固結びにしてあります。ガラス越しにその作業を見て、自分でもやってみたくなりました。売店で贈答缶を購入すると紐掛けの体験が出来るようです。<br /><br />

    浪花屋製菓の工場は、東西に250mと長く、西側で原料のお米が粉砕されて、東に向かって加工が進むようになっています。この入口の一番手前に事務所があって、その隣で製品を缶に詰める作業が行われています。何でもビニールパウチに入っているようになりましたが、浪花屋製菓の看板商品は四角い缶に入っており、更に贈答用に包装紙で包まれ、紐で結んであります。工場見学の最終工程で、その紐を結んでいるのを見ました。機械ではなく、人が1つ1つに紐を掛けていました。紐は1辺を引っ張って解けるようにではなく、解けないように固結びにしてあります。ガラス越しにその作業を見て、自分でもやってみたくなりました。売店で贈答缶を購入すると紐掛けの体験が出来るようです。

  • 敷地の入口には成種(なるたね)神社があります。朱塗りの鳥居がまだピカピカの新しい神社です。足元には大きな柿の種型の踏み石があります。<br />

    敷地の入口には成種(なるたね)神社があります。朱塗りの鳥居がまだピカピカの新しい神社です。足元には大きな柿の種型の踏み石があります。

  • 成種神社の由緒(通称 柿の種神社)<br />あられの型は一つしかなかったのかしら?というのが、一番の疑問です。現在では機械で型押しして焼いてしまいますが、当初は1個1個型押ししていたんですね。<br />

    成種神社の由緒(通称 柿の種神社)
    あられの型は一つしかなかったのかしら?というのが、一番の疑問です。現在では機械で型押しして焼いてしまいますが、当初は1個1個型押ししていたんですね。

  • こちらが工場直売店です。元々は事務所だったそうですが、リニューアルして売店になりました。こちらで工場見学の受付をします。昔の木造建築に一部白壁で、なんだかほわっとします。開店前に神社の前をウロウロしていたら、幟旗の準備をしていた男性に声を掛けられました。「○○様ですか?」予約者の名前までチェック済みなんですね。「こちらの建物で受付します。」受け入れ態勢バッチリの応対に嬉しくなります。まだ時間前なんです。<br />

    こちらが工場直売店です。元々は事務所だったそうですが、リニューアルして売店になりました。こちらで工場見学の受付をします。昔の木造建築に一部白壁で、なんだかほわっとします。開店前に神社の前をウロウロしていたら、幟旗の準備をしていた男性に声を掛けられました。「○○様ですか?」予約者の名前までチェック済みなんですね。「こちらの建物で受付します。」受け入れ態勢バッチリの応対に嬉しくなります。まだ時間前なんです。

  • 女性が出て来て、暖簾を架けました。これが今回の表紙です。<br />大正12年(1923)年に長岡市四郎丸でせんべい屋として開業した当時からの看板が渋いです。<br />

    女性が出て来て、暖簾を架けました。これが今回の表紙です。
    大正12年(1923)年に長岡市四郎丸でせんべい屋として開業した当時からの看板が渋いです。

  • 昭和23(1948)年浪花屋産業株式会社を学校町に設立し、翌年、浪花屋製菓株式会社に社名変更、米菓専業となりました。<br />昭和44(1969)年、本社工場を長岡市学校町から現在地(摂田屋町)に新築移転しました。<br />

    昭和23(1948)年浪花屋産業株式会社を学校町に設立し、翌年、浪花屋製菓株式会社に社名変更、米菓専業となりました。
    昭和44(1969)年、本社工場を長岡市学校町から現在地(摂田屋町)に新築移転しました。

  • 売店のレジで受付をします。住所・指名を記入して、見学料金300円を支払います。有料なの?と思うなかれ。お土産を頂けるので実質無料です。工場の中は撮影禁止、更に荷物も持ち込み出来ないので、ここで預けて行きます。当然カメラも置いて行くので、工場内の写真はありません。最初に映像で会社の歴史を学びます。この部屋には見学後の感想を書くノートがあり、記入すると売店での5%OFFのカードをもらえます。工場見学は6日前までの予約制で、平日の午前10時と午後1時半の2回です。<br /><br />

    売店のレジで受付をします。住所・指名を記入して、見学料金300円を支払います。有料なの?と思うなかれ。お土産を頂けるので実質無料です。工場の中は撮影禁止、更に荷物も持ち込み出来ないので、ここで預けて行きます。当然カメラも置いて行くので、工場内の写真はありません。最初に映像で会社の歴史を学びます。この部屋には見学後の感想を書くノートがあり、記入すると売店での5%OFFのカードをもらえます。工場見学は6日前までの予約制で、平日の午前10時と午後1時半の2回です。

  • 「柿の種誕生秘話」として有名な逸話です。<br />1923年創業の翌年、創業者の妻さきさんが米菓の金型を踏んでしまったことをきっかけに「柿の種」が誕生しました。取引先の八百屋さんが、柿の種に似ていると言ったので命名されました。でも普段食べている次郎柿などの種とは違います。筆柿のような紡錘形の柿なのだそうです。<br />

    「柿の種誕生秘話」として有名な逸話です。
    1923年創業の翌年、創業者の妻さきさんが米菓の金型を踏んでしまったことをきっかけに「柿の種」が誕生しました。取引先の八百屋さんが、柿の種に似ていると言ったので命名されました。でも普段食べている次郎柿などの種とは違います。筆柿のような紡錘形の柿なのだそうです。

  • 金型のレプリカです。意外に大きかったです。現在の製品とはかなり違いますが、型押しして焼いてたれに浸けるまでに小さくなります。米を粉にしてから製品になるまでには、なんと4日も掛かるのだそうです。<br />

    金型のレプリカです。意外に大きかったです。現在の製品とはかなり違いますが、型押しして焼いてたれに浸けるまでに小さくなります。米を粉にしてから製品になるまでには、なんと4日も掛かるのだそうです。

  • ガラスに阻まれてピンぼけですが、こちら側が踏まれて変形した部分です。これを伸し餅状になった生地に押し当てて、1個1個型抜きしていたそうです。金型は1つしかなく、生産量はあまり多くは無かったでしょう。<br />

    ガラスに阻まれてピンぼけですが、こちら側が踏まれて変形した部分です。これを伸し餅状になった生地に押し当てて、1個1個型抜きしていたそうです。金型は1つしかなく、生産量はあまり多くは無かったでしょう。

  • 浪花屋製菓という社名は、あられ製造を教えてくれた大阪の人に因んだそうで、当時「大阪屋」は既にあったので、浪速の1文字を変えて浪花としました。<br />昭和36(1961)年、不朽の名作「柿の種進物缶」を発売。<br />戦後の柿の種は、一斗缶の量り売りでした。徐々に半分のサイズまで小さくなりましたが、湿気を防ぐために容器に苦労していました。そこに「進物(しんもつ)缶」が誕生し、贈答用として活用されることになり、一気に需要が伸びました。当時、包装紙に包まれて、紐で結んだ如何にも贈答用の外観が重用されました。<br />

    浪花屋製菓という社名は、あられ製造を教えてくれた大阪の人に因んだそうで、当時「大阪屋」は既にあったので、浪速の1文字を変えて浪花としました。
    昭和36(1961)年、不朽の名作「柿の種進物缶」を発売。
    戦後の柿の種は、一斗缶の量り売りでした。徐々に半分のサイズまで小さくなりましたが、湿気を防ぐために容器に苦労していました。そこに「進物(しんもつ)缶」が誕生し、贈答用として活用されることになり、一気に需要が伸びました。当時、包装紙に包まれて、紐で結んだ如何にも贈答用の外観が重用されました。

  • 1969年に現在の摂田屋町に本社工場を移転しました。新工場は長さ250m。これにより、生産工程を一列に並べることが出来ました。現在では増築部分で新たに「欧風あられサラピーナ」を作っています。工場見学では、所々の生産途上の製品を試食させてくれるのですが、サラピーナは揚げたて。サクッとした歯ごたえとふわっとした感触でたいそう美味しいです。揚げたてだと油感があるかなと思ったのですが、全然油気を感じることなく、軽い触感とほのかな温かさが美味しかったです。工場見学では、タイミングによって試食出来る物が異なるので、サラピーナが食べられたらラッキー!なのだそうです。これは直売所の女性からの助言で、他の試食なども差し入れてくれました。すごくフレンドリーな人で、すっかり仲良しになってしまいました。<br />

    1969年に現在の摂田屋町に本社工場を移転しました。新工場は長さ250m。これにより、生産工程を一列に並べることが出来ました。現在では増築部分で新たに「欧風あられサラピーナ」を作っています。工場見学では、所々の生産途上の製品を試食させてくれるのですが、サラピーナは揚げたて。サクッとした歯ごたえとふわっとした感触でたいそう美味しいです。揚げたてだと油感があるかなと思ったのですが、全然油気を感じることなく、軽い触感とほのかな温かさが美味しかったです。工場見学では、タイミングによって試食出来る物が異なるので、サラピーナが食べられたらラッキー!なのだそうです。これは直売所の女性からの助言で、他の試食なども差し入れてくれました。すごくフレンドリーな人で、すっかり仲良しになってしまいました。

  • 昭和の時代のTVCFの絵コンテ。父娘(榊原ルミ)編。実際の画面のパネルも展示してあります。<br />

    昭和の時代のTVCFの絵コンテ。父娘(榊原ルミ)編。実際の画面のパネルも展示してあります。

  • 柿の種のテーマソング小学校編。先生が「つまり、新潟のウマ~イ米を材料にして、初めて作られたのが、この浪花屋の柿の種ということになる。判るかね!」と言うと、一人の生徒が歌い出します。「種~種、柿の種、元祖浪花屋の柿の種~」<br />

    柿の種のテーマソング小学校編。先生が「つまり、新潟のウマ~イ米を材料にして、初めて作られたのが、この浪花屋の柿の種ということになる。判るかね!」と言うと、一人の生徒が歌い出します。「種~種、柿の種、元祖浪花屋の柿の種~」

  • 理科の先生編。一見、カタブツそうな先生が、生真面目に抗議する中で、突然柿の種を取り出してしまう面白さをねらいました。<br />

    理科の先生編。一見、カタブツそうな先生が、生真面目に抗議する中で、突然柿の種を取り出してしまう面白さをねらいました。

  • 奥に並んでいるのは現在の缶シリーズで、左が長岡の花火缶。訪れた次の週末が花火大会でした。隣の金色缶にはカニの絵が描かれています。柿と言えば「猿カニ合戦」なのだそうで、マスコットキャラクターとなっています。新潟と言えば越前ガニ・ベニズワイガニと思ってしまった私は食いしん坊?<br />

    奥に並んでいるのは現在の缶シリーズで、左が長岡の花火缶。訪れた次の週末が花火大会でした。隣の金色缶にはカニの絵が描かれています。柿と言えば「猿カニ合戦」なのだそうで、マスコットキャラクターとなっています。新潟と言えば越前ガニ・ベニズワイガニと思ってしまった私は食いしん坊?

  • 昭和56年お土産編には「前田吟」が登場。言わずと知れた「寅さんの妹さくらの旦那さん」です。なんとリヤカーに巨大な「柿の種」を乗せて運んでいます。<br />

    昭和56年お土産編には「前田吟」が登場。言わずと知れた「寅さんの妹さくらの旦那さん」です。なんとリヤカーに巨大な「柿の種」を乗せて運んでいます。

  • 3つ重ねた小振りの缶は、実はろうそくです。なんでも身近なものをろうそくで作る人がいて、その作品なのだとか。家での花火にいいかも。<br />

    3つ重ねた小振りの缶は、実はろうそくです。なんでも身近なものをろうそくで作る人がいて、その作品なのだとか。家での花火にいいかも。

  • 商品は柿の種ばかりなので、そんなに種類は無いです。<br />製品が乗っている台は大きな「柿の種進物缶」。実は、CMで前田吟がリヤカーで曳いていた実物なのだそうです。たかが台と侮るなかれ。台の真ん中には缶ではなく、巾着袋に入った柿の種が置いてあります。見たことがなかったのと巾着が可愛いのでお土産に買いました。<br />

    商品は柿の種ばかりなので、そんなに種類は無いです。
    製品が乗っている台は大きな「柿の種進物缶」。実は、CMで前田吟がリヤカーで曳いていた実物なのだそうです。たかが台と侮るなかれ。台の真ん中には缶ではなく、巾着袋に入った柿の種が置いてあります。見たことがなかったのと巾着が可愛いのでお土産に買いました。

  • 柿の種以外のグッズも少しあります。越後らしい絵柄の靴下を買いました。これは履くのではなく、マグボトルのカバーにします。<br />

    柿の種以外のグッズも少しあります。越後らしい絵柄の靴下を買いました。これは履くのではなく、マグボトルのカバーにします。

  • 工場見学を終えるとここで「柿の種バイキング」が出来ます。工場の中には、不織布の上着を着て、頭にもキャップを被り、更に靴の上にビニールを履きます。流しで手を洗って消毒したら入場できます。入口にはエアーで誇りを吹き飛ばすコーナーがあるのでそこで20秒間両手を広げてぐるぐる回って外界の埃を落とします。工場内の従業員が使う通路をそのまま歩きます。見学するのは主に生地を焼く過程以降で、特に暑いゾーンが多いです。バックなどの持ち込みは出来ませんし、上着を着るのでポケットの中のハンカチが取り出せません。覚悟してください。実際に作業中の従業員の真横で見られる個所もあります。焼き上がった生地にたれをまぶす作業はぐるぐる回る金属製の容器が斜めに設置されていて、そこへ地元の醤油などを使用したたれを直接手で入れていました。いい香りがします。従業員の方と笑顔を交わしながら出来る(私語厳禁です)他にはあまりない見学体験です。進物缶に紐を掛ける作業などは、滅多にない手作業で、ズレのない見事なさばきぶりを長々と拝見しました。見学者専用の特別なコースがある訳ではなく、従業員と同じ場所に立って見ることが出来ます。香りも音も実体験です。形ばかりの工場見学が主流の今、貴重な場所と言えるでしょう。<br />

    工場見学を終えるとここで「柿の種バイキング」が出来ます。工場の中には、不織布の上着を着て、頭にもキャップを被り、更に靴の上にビニールを履きます。流しで手を洗って消毒したら入場できます。入口にはエアーで誇りを吹き飛ばすコーナーがあるのでそこで20秒間両手を広げてぐるぐる回って外界の埃を落とします。工場内の従業員が使う通路をそのまま歩きます。見学するのは主に生地を焼く過程以降で、特に暑いゾーンが多いです。バックなどの持ち込みは出来ませんし、上着を着るのでポケットの中のハンカチが取り出せません。覚悟してください。実際に作業中の従業員の真横で見られる個所もあります。焼き上がった生地にたれをまぶす作業はぐるぐる回る金属製の容器が斜めに設置されていて、そこへ地元の醤油などを使用したたれを直接手で入れていました。いい香りがします。従業員の方と笑顔を交わしながら出来る(私語厳禁です)他にはあまりない見学体験です。進物缶に紐を掛ける作業などは、滅多にない手作業で、ズレのない見事なさばきぶりを長々と拝見しました。見学者専用の特別なコースがある訳ではなく、従業員と同じ場所に立って見ることが出来ます。香りも音も実体験です。形ばかりの工場見学が主流の今、貴重な場所と言えるでしょう。

  • バイキングは5種類。紙コップをくれるので、そこに受けて試食します。<br />「元祖柿の種」これが定番です。隣が「大粒ゴールド」。そんなに大きくなくてもいいと思ったのですが、大きいと軽くて食べやすいのです。説明書きにも「浪花屋製菓で最も原料にこだわった柿の種。新潟県産水稲もち米100%配合。」とあります。柿の種には2種類あって、原料がもち米のもの(元祖と大粒)と、うるち米のものです。当然、もち米の柿の種の方が、お米の香りがしっかり感じられます。<br />

    バイキングは5種類。紙コップをくれるので、そこに受けて試食します。
    「元祖柿の種」これが定番です。隣が「大粒ゴールド」。そんなに大きくなくてもいいと思ったのですが、大きいと軽くて食べやすいのです。説明書きにも「浪花屋製菓で最も原料にこだわった柿の種。新潟県産水稲もち米100%配合。」とあります。柿の種には2種類あって、原料がもち米のもの(元祖と大粒)と、うるち米のものです。当然、もち米の柿の種の方が、お米の香りがしっかり感じられます。

  • 「ソフト柿の種」と「さっぱり梅味」画面にはないですが、「大辛口柿の種」。「梅味」は口に入れた瞬間に梅の味が広がり、幸せ~~。<br />

    「ソフト柿の種」と「さっぱり梅味」画面にはないですが、「大辛口柿の種」。「梅味」は口に入れた瞬間に梅の味が広がり、幸せ~~。

  • バイキングに勤(いそ)しんでいると、件(くだん)の女性がここにはない「神楽南蛮味噌風味」を差し出してくれました。これが美味い!普段お酒はあまり嗜(たしな)まないのですが、日本酒にバッチリです。酒豪の友人にあげたところ、ご夫婦揃って太鼓判を押してくれました。買い物かごの中には、もうかなり入っているのに、また増えてしまいました。<br />

    バイキングに勤(いそ)しんでいると、件(くだん)の女性がここにはない「神楽南蛮味噌風味」を差し出してくれました。これが美味い!普段お酒はあまり嗜(たしな)まないのですが、日本酒にバッチリです。酒豪の友人にあげたところ、ご夫婦揃って太鼓判を押してくれました。買い物かごの中には、もうかなり入っているのに、また増えてしまいました。

  • これが試食No.1の「サラピーナ」です。見学中に出来立てのサラピーナを食べて感激しました。油で揚げてあるから気が進まなかったのですが、その口当たりの軽いこと!しょっぱくもなく、自然と笑顔になる味です。一体、どれだけ買うのやら。新潟までは年に2~3度くらいしか来ないので、買いだめです。<br />

    これが試食No.1の「サラピーナ」です。見学中に出来立てのサラピーナを食べて感激しました。油で揚げてあるから気が進まなかったのですが、その口当たりの軽いこと!しょっぱくもなく、自然と笑顔になる味です。一体、どれだけ買うのやら。新潟までは年に2~3度くらいしか来ないので、買いだめです。

  • 越後長岡の「浪花屋製菓」。元祖だから美味しいのではなく、新潟県のお米から4日も掛けて丁寧に作っているから美味しいのです。その1日1日に何をしているのか、事細かに説明もしてくれます。ありきたりな機械製造ではないのだと実感出来ました。平日2回しか見学出来ないので行きにくいですが、行って良かったです。小人数制なので、家族だけで見学できますよ。<br />浪花屋製菓は、令和5(2023)年6月に、阿部幸製菓のグループ会社となりました。 令和6(2024)年は柿の種生誕100年。これを期して「発祥の地」を開業しました。<br />

    越後長岡の「浪花屋製菓」。元祖だから美味しいのではなく、新潟県のお米から4日も掛けて丁寧に作っているから美味しいのです。その1日1日に何をしているのか、事細かに説明もしてくれます。ありきたりな機械製造ではないのだと実感出来ました。平日2回しか見学出来ないので行きにくいですが、行って良かったです。小人数制なので、家族だけで見学できますよ。
    浪花屋製菓は、令和5(2023)年6月に、阿部幸製菓のグループ会社となりました。 令和6(2024)年は柿の種生誕100年。これを期して「発祥の地」を開業しました。

  • さて、せっかく長岡の摂田屋町に来たのですから、立ち寄り地はないかと思ったら、ここは発酵文化の盛んな町でした。だから柿の種のたれも地元産でしょう。パンフレットには「2度の戦災を免れたことで明治~大正期の蔵や街並みが今も残る歴史ある地域。摂田屋(せったや)は街道筋の接待屋に由来するとも言われます。江戸時代から酒や味噌・醤油などの醸造文化が根付いています。」とあります。中でも一際(ひときわ)異彩を放っているのが「旧機那サフラン酒製造本舗」です。隣に市営の無料駐車場があるので、早速行ってみました。白い蔵造りの建物は「サフラン酒製造本舗」の米蔵です。中にはおむすびカフェと地元の特産品の売店が入っています。<br />

    さて、せっかく長岡の摂田屋町に来たのですから、立ち寄り地はないかと思ったら、ここは発酵文化の盛んな町でした。だから柿の種のたれも地元産でしょう。パンフレットには「2度の戦災を免れたことで明治~大正期の蔵や街並みが今も残る歴史ある地域。摂田屋(せったや)は街道筋の接待屋に由来するとも言われます。江戸時代から酒や味噌・醤油などの醸造文化が根付いています。」とあります。中でも一際(ひときわ)異彩を放っているのが「旧機那サフラン酒製造本舗」です。隣に市営の無料駐車場があるので、早速行ってみました。白い蔵造りの建物は「サフラン酒製造本舗」の米蔵です。中にはおむすびカフェと地元の特産品の売店が入っています。

  • 米蔵を回り込んで行くと、「道具蔵」があります。その奥は「貯蔵蔵」です。<br />

    米蔵を回り込んで行くと、「道具蔵」があります。その奥は「貯蔵蔵」です。

  • これは「調整蔵」。左端は「一号蔵」。<br />

    これは「調整蔵」。左端は「一号蔵」。

  • 「調整蔵」の隣に目指す「鏝絵の蔵」があります。現在修復作業中です。<br />

    「調整蔵」の隣に目指す「鏝絵の蔵」があります。現在修復作業中です。

  • 機那サフラン酒製造本舗には現在10棟の建物が残っており、そのすべてと石垣が登録有形文化財に指定されています。これらの建物は明治27年から昭和6年まで37年間かけて建てられました。創業者「吉澤仁太郎」は類稀なる才覚で事業を拡大する一方、趣味の建築や造園でも異彩を発揮しました。伝統的和風建築の巧妙な技を随所に取り入れ、現在では入手できない貴重な素材や時代の新素材なども用い、夢のワンダーランドを築きました。

    機那サフラン酒製造本舗には現在10棟の建物が残っており、そのすべてと石垣が登録有形文化財に指定されています。これらの建物は明治27年から昭和6年まで37年間かけて建てられました。創業者「吉澤仁太郎」は類稀なる才覚で事業を拡大する一方、趣味の建築や造園でも異彩を発揮しました。伝統的和風建築の巧妙な技を随所に取り入れ、現在では入手できない貴重な素材や時代の新素材なども用い、夢のワンダーランドを築きました。

  • これは調整蔵の一辺に取り付けられた板に貼られています。復刻したもののようです。<br />

    これは調整蔵の一辺に取り付けられた板に貼られています。復刻したもののようです。

  • 鎧戸や軒の豪勢な鏝絵が存分に描き込まれています。鏝絵はその名の通り、漆喰を鏝(こて)で塗りつけて絵柄にしています。作者は隣に暮らしていた左官(元々は商人)河上伊吉。彼の作品はここ以外には確認されていません。<br />

    鎧戸や軒の豪勢な鏝絵が存分に描き込まれています。鏝絵はその名の通り、漆喰を鏝(こて)で塗りつけて絵柄にしています。作者は隣に暮らしていた左官(元々は商人)河上伊吉。彼の作品はここ以外には確認されていません。

  • 北面2階の牛と紅葉。<br />

    北面2階の牛と紅葉。

  • ネズミと万年青(おもと)。<br />

    ネズミと万年青(おもと)。

  • 虎と竹。

    虎と竹。

  • 猪と薄(すすき)<br />

    猪と薄(すすき)

  • 羊と菖蒲。対になる鎧戸は失われています。

    羊と菖蒲。対になる鎧戸は失われています。

  • 犬と牡丹。古来牡丹は猪と対になるのですが・・・<br />

    犬と牡丹。古来牡丹は猪と対になるのですが・・・

  • 馬と桜。

    馬と桜。

  • 正面に回り込みました。鏝絵の蔵の隣は主屋で、その向こうに衣装蔵が見えます。<br />

    正面に回り込みました。鏝絵の蔵の隣は主屋で、その向こうに衣装蔵が見えます。

  • 切妻屋根の破風には龍が描かれています。左の黒い部分に「佐伊」と書き込まれているのは、「左官・伊吉」のサインです。<br />

    切妻屋根の破風には龍が描かれています。左の黒い部分に「佐伊」と書き込まれているのは、「左官・伊吉」のサインです。

  • 龍の顔がユーモラスです。中央部分には「吉」の文字。普通は「水」だと思うのですが、吉澤仁太郎は定番に捕らわれない気質なので、「吉」を呼び込みたかったのかもしれません。<br />文久3(1863)年古志郡定明村に生まれ、明治17(1884)年からサフラン酒の製造・販売を開始。明治27(1894)年に摂田屋町に「機那サフラン酒製造本舗」を設置。明治38(1905)年から販売した「銃印葡萄酒」が巨万の富をもたらしました。近隣の土地を買いまくり、大地主となります。大正時代に入ると主屋をはじめ、各蔵を次々と建築しました。昭和16(1941)年に刺さった棘が原因で78歳で亡くなりました。<br />

    龍の顔がユーモラスです。中央部分には「吉」の文字。普通は「水」だと思うのですが、吉澤仁太郎は定番に捕らわれない気質なので、「吉」を呼び込みたかったのかもしれません。
    文久3(1863)年古志郡定明村に生まれ、明治17(1884)年からサフラン酒の製造・販売を開始。明治27(1894)年に摂田屋町に「機那サフラン酒製造本舗」を設置。明治38(1905)年から販売した「銃印葡萄酒」が巨万の富をもたらしました。近隣の土地を買いまくり、大地主となります。大正時代に入ると主屋をはじめ、各蔵を次々と建築しました。昭和16(1941)年に刺さった棘が原因で78歳で亡くなりました。

  • 2階の左右の鎧戸は1対の鳳凰です。<br />

    2階の左右の鎧戸は1対の鳳凰です。

  • 「鏝絵の原材料は漆喰だからすぐに固まってしまう。だから制作は時間との勝負です。この鏝絵には継ぎ目が見られないので、おそらく漆喰を塗る作業は一気に行われたと思います。」<br />

    「鏝絵の原材料は漆喰だからすぐに固まってしまう。だから制作は時間との勝負です。この鏝絵には継ぎ目が見られないので、おそらく漆喰を塗る作業は一気に行われたと思います。」

  • 1階部分。なまこ壁の白黒に青い塗料が映えます。<br />創業者吉澤仁太郎と左官河上伊吉は、小出方面を訪れて、石川雲蝶の作品を多く見て来たようです。鏝絵の絵柄には雲蝶の影響があるのかもしれません。青い塗料はラピスラズリを使用しています。<br />

    1階部分。なまこ壁の白黒に青い塗料が映えます。
    創業者吉澤仁太郎と左官河上伊吉は、小出方面を訪れて、石川雲蝶の作品を多く見て来たようです。鏝絵の絵柄には雲蝶の影響があるのかもしれません。青い塗料はラピスラズリを使用しています。

  • 玄武が描かれています。玄武は本来北方の守りの筈ですが、東にあります。亀甲文様がなければ、亀とはわかりませんでした。<br />

    玄武が描かれています。玄武は本来北方の守りの筈ですが、東にあります。亀甲文様がなければ、亀とはわかりませんでした。

  • 麒麟です。解説が無ければ到底わかりません。想像上の生き物なので実物見本が無いのと、他の麒麟を描いた見本が乏しかったのかもしれません。かなり苦しい絵柄です。<br />

    麒麟です。解説が無ければ到底わかりません。想像上の生き物なので実物見本が無いのと、他の麒麟を描いた見本が乏しかったのかもしれません。かなり苦しい絵柄です。

  • 蔵の入口は、隣接する主屋の中にあります。<br />

    蔵の入口は、隣接する主屋の中にあります。

  • 南面の鎧戸です。右が「兎と松」左が「鶏と菊」。1階にも鏝絵はありますが、主屋の中に入らないと見えません。<br />

    南面の鎧戸です。右が「兎と松」左が「鶏と菊」。1階にも鏝絵はありますが、主屋の中に入らないと見えません。

  • 主屋入口です。「休日ガイドツアー時のみ入り口部分公開」ですが、月曜日のこの日は、鏝絵蔵まで入れました。受付に募金箱があるので寸志を入れます。<br />

    主屋入口です。「休日ガイドツアー時のみ入り口部分公開」ですが、月曜日のこの日は、鏝絵蔵まで入れました。受付に募金箱があるので寸志を入れます。

  • 鏝絵蔵の南面1階部分です。右が「鶴と亀」、左が「番(つが)いの鶴と松」。

    鏝絵蔵の南面1階部分です。右が「鶴と亀」、左が「番(つが)いの鶴と松」。

  • 蔵の入口です。左が恵比寿で、右が大黒天です。<br />

    蔵の入口です。左が恵比寿で、右が大黒天です。

  • 蔵の中は古いものを集めて並べてあるので、なんとなく雑然としています。<br />「サフラン酒」のラベルです。あまり聞き慣れない酒名ですが、庭に立て看板がありました。<br />「茶褐色の瓶の蓋を開けるとサフランの香りが上品に漂い、色は褐色より少し赤い色をしています。味はサフランの他、蜂蜜や丁子、甘草の味もしますが、全体としてすっきりとさわやかな飲み口です。(中略)名前の由来については知る人がいないのと、文献が残されていないため推測すると、機那というのは、「規那」という木の名前であろうと思われます。この木の樹皮から抽出された薬はキニーネといい、マラリアの特効薬だったそうです。」<br />市営駐車場の隣の米蔵で売っています。<br />

    蔵の中は古いものを集めて並べてあるので、なんとなく雑然としています。
    「サフラン酒」のラベルです。あまり聞き慣れない酒名ですが、庭に立て看板がありました。
    「茶褐色の瓶の蓋を開けるとサフランの香りが上品に漂い、色は褐色より少し赤い色をしています。味はサフランの他、蜂蜜や丁子、甘草の味もしますが、全体としてすっきりとさわやかな飲み口です。(中略)名前の由来については知る人がいないのと、文献が残されていないため推測すると、機那というのは、「規那」という木の名前であろうと思われます。この木の樹皮から抽出された薬はキニーネといい、マラリアの特効薬だったそうです。」
    市営駐車場の隣の米蔵で売っています。

  • 車輪付きの大金庫。「機那サフラン酒本舗 吉澤仁太郎薬房」事務所の金庫だったのでしょう。<br />

    車輪付きの大金庫。「機那サフラン酒本舗 吉澤仁太郎薬房」事務所の金庫だったのでしょう。

  • 初代仁太郎と機那サフラン酒本舗年表<br />当時は養子縁組が頻繁に行われていたようです。二代目仁太郎は養子なのですね。<br />

    初代仁太郎と機那サフラン酒本舗年表
    当時は養子縁組が頻繁に行われていたようです。二代目仁太郎は養子なのですね。

  • パネルが置かれていて、摂田屋町の歴史を説明しています。<br />「江戸時代、摂田屋は蔵王権現領と長岡藩領が同居していました。長岡城の北に鎮座する蔵王大権現社は武州上野の寛永寺に属し、摂田屋村を領していました。このため権現領の摂田屋村は規制が緩く、且つ、三国街道や山古志方面へ行く道が交差する要衝でもあったことから、早くから商工業が起こりました。また、水も清く、天然の恩恵もあって醸造業が盛んになりました。ここ、摂田屋町では、江戸時代に創業した醸造蔵が、当時の味や志を守りながら操業を続けています。」<br />

    パネルが置かれていて、摂田屋町の歴史を説明しています。
    「江戸時代、摂田屋は蔵王権現領と長岡藩領が同居していました。長岡城の北に鎮座する蔵王大権現社は武州上野の寛永寺に属し、摂田屋村を領していました。このため権現領の摂田屋村は規制が緩く、且つ、三国街道や山古志方面へ行く道が交差する要衝でもあったことから、早くから商工業が起こりました。また、水も清く、天然の恩恵もあって醸造業が盛んになりました。ここ、摂田屋町では、江戸時代に創業した醸造蔵が、当時の味や志を守りながら操業を続けています。」

  • 鳳凰の鏝絵を3Dプリンターで出力したものが置かれています。実際に触ることが出来ます。<br /><br />

    鳳凰の鏝絵を3Dプリンターで出力したものが置かれています。実際に触ることが出来ます。

  • 「離れ座敷」の庭に面した窓にはハートの形に彫刻した杉板が4隅に嵌め込まれています。このデザインは猪目(いのめ)と言い、ハートの形をした日本古来の文様ですが、仁太郎は古い模様を巧みに使っておしゃれ感を演出したと思われます。」後で、実物を見に行きます。<br />

    「離れ座敷」の庭に面した窓にはハートの形に彫刻した杉板が4隅に嵌め込まれています。このデザインは猪目(いのめ)と言い、ハートの形をした日本古来の文様ですが、仁太郎は古い模様を巧みに使っておしゃれ感を演出したと思われます。」後で、実物を見に行きます。

  • 「商標登録と世界博<br />仁太郎は、開業から4年後の明治24(1891)年にサフラン酒の商標登録を出願し、翌年登録され、その後サフラン酒の類似品が出回ることを防ぎました。更にこの2年後の1893年、コロンブスによる新大陸発見400周年を記念してシカゴで開かれた世界博にサフラン酒を出品しました。」<br />

    「商標登録と世界博
    仁太郎は、開業から4年後の明治24(1891)年にサフラン酒の商標登録を出願し、翌年登録され、その後サフラン酒の類似品が出回ることを防ぎました。更にこの2年後の1893年、コロンブスによる新大陸発見400周年を記念してシカゴで開かれた世界博にサフラン酒を出品しました。」

  • 金色の看板には赤字で「全国至る所の薬店に販売す。偽物ありご注意を乞う」とあります。<br />

    金色の看板には赤字で「全国至る所の薬店に販売す。偽物ありご注意を乞う」とあります。

  • サフラン酒本舗には「大看板」と呼ばれる高さ12mの縦型の看板があります。明治44(1911)年に正門脇に建立されました。唐破風柿葺の屋根が乗り、本体・持ち送り含め夥しい数の彫刻が施されています。現在は修復されて本舗の土蔵に保管されています。その写真が左端にちょっと写っています。<br />

    サフラン酒本舗には「大看板」と呼ばれる高さ12mの縦型の看板があります。明治44(1911)年に正門脇に建立されました。唐破風柿葺の屋根が乗り、本体・持ち送り含め夥しい数の彫刻が施されています。現在は修復されて本舗の土蔵に保管されています。その写真が左端にちょっと写っています。

  • サフラン酒のラベルの版木。<br />

    サフラン酒のラベルの版木。

  • 竹下夢二の絵のようですね。<br />

    竹下夢二の絵のようですね。

  • 瓶の形をした版木。<br />

    瓶の形をした版木。

  • 蔵から出て、主屋の奥を覗いて見ます。<br />

    蔵から出て、主屋の奥を覗いて見ます。

  • 昭和レトロの展示がひしめいています。これより奥には入れません。<br />

    昭和レトロの展示がひしめいています。これより奥には入れません。

  • 衣装蔵に向かいます。大正5(1926)年の建築。創業者の蒐集物の大判小判他のお宝が収められていました。土台部の通風孔の扉にはサフラン酒の壜が彫られています。最初に鏝絵を採用した蔵で、鏝絵蔵と対を成します。<br />

    衣装蔵に向かいます。大正5(1926)年の建築。創業者の蒐集物の大判小判他のお宝が収められていました。土台部の通風孔の扉にはサフラン酒の壜が彫られています。最初に鏝絵を採用した蔵で、鏝絵蔵と対を成します。

  • 主屋同様の巨大な鬼瓦が乗っています。<br />

    主屋同様の巨大な鬼瓦が乗っています。

  • 鎧戸はくたびれていますが、鏝絵蔵と同じ亀が描かれています。<br />

    鎧戸はくたびれていますが、鏝絵蔵と同じ亀が描かれています。

  • 東側の鎧戸にも鏝絵が見られます。<br />

    東側の鎧戸にも鏝絵が見られます。

  • 衣装蔵の向こうには広大な庭が広がっています。浅間山の溶岩で山を築き、多数の池を掘りました。名石、灯篭、銅像、石像も数々置かれ、その中には仁太郎の作品も含まれています。<br />

    衣装蔵の向こうには広大な庭が広がっています。浅間山の溶岩で山を築き、多数の池を掘りました。名石、灯篭、銅像、石像も数々置かれ、その中には仁太郎の作品も含まれています。

  • 今は雑草などの管理はされているものの、廃園という雰囲気です。<br />

    今は雑草などの管理はされているものの、廃園という雰囲気です。

  • 様々な石や灯篭が散らばっています。踏み石もとても大きなものが埋められているのですが、全体的に統一性が無く、手当たり次第に買って置けるだけ置いたような印象です。<br />

    様々な石や灯篭が散らばっています。踏み石もとても大きなものが埋められているのですが、全体的に統一性が無く、手当たり次第に買って置けるだけ置いたような印象です。

  • 衣装蔵の背面です。こちらには窓がありません。主屋には、外の池が内部に食い込む便所や、アルミを混ぜ込んで塗り上げた壁など、独創的な仕掛けが多く見られます。100坪以上の建坪があり、回廊を通じて9つの建物と繋がっていました。現在は損傷が激しくて見学は出来ません。<br />

    衣装蔵の背面です。こちらには窓がありません。主屋には、外の池が内部に食い込む便所や、アルミを混ぜ込んで塗り上げた壁など、独創的な仕掛けが多く見られます。100坪以上の建坪があり、回廊を通じて9つの建物と繋がっていました。現在は損傷が激しくて見学は出来ません。

  • 主屋から南に増築された「離れ座敷」です。昭和6(1931)年の建築。むくり屋根天辺の大棟両端には龍と鯉が舞う鬼瓦と鯱(しゃちほこ)が乗ります。<br />

    主屋から南に増築された「離れ座敷」です。昭和6(1931)年の建築。むくり屋根天辺の大棟両端には龍と鯉が舞う鬼瓦と鯱(しゃちほこ)が乗ります。

  • 唐破風屋根の玄関を入ると欅の一枚板で敷かれた廊下に桐の天井、18mの杉丸太の桁。座敷に上がると6つある床の間には銘木が使用され、屋久杉の天井、螺鈿の壁、組子障子、欄間彫刻など、最高の建材を用いながら、建物全体に細やかな加工を施しています。休日ガイドツアー時に見学することが出来ます。<br />

    唐破風屋根の玄関を入ると欅の一枚板で敷かれた廊下に桐の天井、18mの杉丸太の桁。座敷に上がると6つある床の間には銘木が使用され、屋久杉の天井、螺鈿の壁、組子障子、欄間彫刻など、最高の建材を用いながら、建物全体に細やかな加工を施しています。休日ガイドツアー時に見学することが出来ます。

  • これが鏝絵蔵で見たハートの形のガラス押えの実物です。<br />

    これが鏝絵蔵で見たハートの形のガラス押えの実物です。

  • 和風建築の贅を凝らした「離れ座敷」。是非中を見たいものです。<br />

    和風建築の贅を凝らした「離れ座敷」。是非中を見たいものです。

  • なんだかこんな風に雑然と置かれたら灯篭が可哀そうな気がします。<br />数あればいいというものではないと思います。<br />

    なんだかこんな風に雑然と置かれたら灯篭が可哀そうな気がします。
    数あればいいというものではないと思います。

  • この池には水が張られて、鯉がたくさん泳いでいます。山古志が近いので、錦鯉でしょうね。<br />

    この池には水が張られて、鯉がたくさん泳いでいます。山古志が近いので、錦鯉でしょうね。

  • 「この庭園は、機那サフラン酒本舗の創業者、吉澤仁太郎が奇想天外な発想で、手間と資金を注ぎ込んで造った少し風変わりな庭園です。東側には、浅間山から大量の溶岩を運び、積み上げた築山が連なっています。庭園内には至るところに佐渡島の赤石や黄石、糸魚川の姫川石、群馬県の山波石、北海道の夕張石などが配されています。」<br />

    「この庭園は、機那サフラン酒本舗の創業者、吉澤仁太郎が奇想天外な発想で、手間と資金を注ぎ込んで造った少し風変わりな庭園です。東側には、浅間山から大量の溶岩を運び、積み上げた築山が連なっています。庭園内には至るところに佐渡島の赤石や黄石、糸魚川の姫川石、群馬県の山波石、北海道の夕張石などが配されています。」

  • サフラン酒本舗は、戦後衰退し、屋敷も放置されていました。2004年の中越地震で深刻な被害を受けましたが、鏝絵蔵が登録有形文化財に指定され、修復されました。2013年に「機那サフラン酒本舗保存を願う市民の会」が結成され、2015年から休日公開を行っています。<br />

    サフラン酒本舗は、戦後衰退し、屋敷も放置されていました。2004年の中越地震で深刻な被害を受けましたが、鏝絵蔵が登録有形文化財に指定され、修復されました。2013年に「機那サフラン酒本舗保存を願う市民の会」が結成され、2015年から休日公開を行っています。

  • 「サフラン酒本舗」の道路を挟んでお向かいに吉乃川酒ミュージアム「醸蔵」があります。<br />

    「サフラン酒本舗」の道路を挟んでお向かいに吉乃川酒ミュージアム「醸蔵」があります。

  • 新潟最古の酒蔵で、大正期の建物の中に、吉乃川や酒造りを知る展示コーナーや定番酒から限定酒まで幅広く楽しめるSAKEバーなどがあります。<br />

    新潟最古の酒蔵で、大正期の建物の中に、吉乃川や酒造りを知る展示コーナーや定番酒から限定酒まで幅広く楽しめるSAKEバーなどがあります。

  • 「吉乃川」の看板と、仕込み作業の映像。<br />

    「吉乃川」の看板と、仕込み作業の映像。

  • 「槽(ふね)」<br />伝統的な日本酒の絞り方です。醪(もろみ)を酒袋に入れ、槽の中に素早く丁寧に積んで行きます。自重で絞られた後、最後には上から圧力をかけ、絞り切ります。<br />

    「槽(ふね)」
    伝統的な日本酒の絞り方です。醪(もろみ)を酒袋に入れ、槽の中に素早く丁寧に積んで行きます。自重で絞られた後、最後には上から圧力をかけ、絞り切ります。

  • SAKEバーです。<br />

    SAKEバーです。

  • 試飲コーナーでは、7種類の酒の中から1種類を選んで400円で50~80ml飲むことが出来ます。<br />

    試飲コーナーでは、7種類の酒の中から1種類を選んで400円で50~80ml飲むことが出来ます。

  • 醸造の町摂田屋町なので、日本酒だけでなく、醤油の老舗を訪ねてみました。「越のむらさき」「むらさき」は醤油のことです。スーパーなどで高級醤油として見ることが出来ます。創業は天保2(1831)年。社屋は明治10年の施工で、主屋と土蔵は国の登録有形文化財に指定されています。建物の中に入って見ましたが、入り口部分しか立ち入ることは出来ず、せっかくなので醤油を1本買って出ました。何かもうちょっと、見る物があれば訪れる価値もあるのでしょうが、何もなかったです。<br />

    醸造の町摂田屋町なので、日本酒だけでなく、醤油の老舗を訪ねてみました。「越のむらさき」「むらさき」は醤油のことです。スーパーなどで高級醤油として見ることが出来ます。創業は天保2(1831)年。社屋は明治10年の施工で、主屋と土蔵は国の登録有形文化財に指定されています。建物の中に入って見ましたが、入り口部分しか立ち入ることは出来ず、せっかくなので醤油を1本買って出ました。何かもうちょっと、見る物があれば訪れる価値もあるのでしょうが、何もなかったです。

    越のむらさき 専門店

  • 長岡から国道351号線で東に向かうと「栃尾」という町があります。山間の小ぢんまりとした古い街並みです。でも、有名な特産物があります。「栃尾のあぶらげ」は、関東でもスーパーで当たり前に見る商品に成長しました。油揚げよりも厚揚げに近い気がします。町内に点在する豆腐店を回ってみました。「星長豆腐店」は定休日でした。写真の「佐野豆腐店」では、大好きな「おぼろ豆腐」は売り切れで、「あぶらげ」の規格外品のお買い得品を買ってみました。豆腐屋さんで直に豆腐を買うことはまずないので、何もない店頭で店員さんに口頭で注文するのはドキマギしました。<br />

    長岡から国道351号線で東に向かうと「栃尾」という町があります。山間の小ぢんまりとした古い街並みです。でも、有名な特産物があります。「栃尾のあぶらげ」は、関東でもスーパーで当たり前に見る商品に成長しました。油揚げよりも厚揚げに近い気がします。町内に点在する豆腐店を回ってみました。「星長豆腐店」は定休日でした。写真の「佐野豆腐店」では、大好きな「おぼろ豆腐」は売り切れで、「あぶらげ」の規格外品のお買い得品を買ってみました。豆腐屋さんで直に豆腐を買うことはまずないので、何もない店頭で店員さんに口頭で注文するのはドキマギしました。

  • 刈谷田川に面した「越後栃尾本舗」。ここも豆腐は売り切れで、「あぶらげ」を1枚買って終わりました。豆腐よりも「あぶらげ」の需要が多いのかしら?豆腐を買いたかったら午前中に行かないとならないのかもしれません。<br />

    刈谷田川に面した「越後栃尾本舗」。ここも豆腐は売り切れで、「あぶらげ」を1枚買って終わりました。豆腐よりも「あぶらげ」の需要が多いのかしら?豆腐を買いたかったら午前中に行かないとならないのかもしれません。

    越後栃尾本舗 グルメ・レストラン

  • 道の駅に張ってあったポスターです。「あぶらげのキーホルダー」です。どれがどの店のあぶらげなのか分かる人っているのでしょうか?<br />

    道の駅に張ってあったポスターです。「あぶらげのキーホルダー」です。どれがどの店のあぶらげなのか分かる人っているのでしょうか?

  • 同じ道の駅で売っていた「巻鯛」「丸鯛」。綺麗な色が目を引き、真ん丸な形が可愛かったです。<br />

    同じ道の駅で売っていた「巻鯛」「丸鯛」。綺麗な色が目を引き、真ん丸な形が可愛かったです。

  • 新潟にしかないスーパー「原信」。看板表記は筆記体で「Harashin」。もう一つ「ウオロク」があります。<br />そのスーパーで何気なく買ったこの米菓が、予想外に軽くて生姜の風味が美味しかったです。今まで見たことがなかったのですが、職場で女性たちに大好評でした。長岡市の岩塚製菓の商品です。<br />

    新潟にしかないスーパー「原信」。看板表記は筆記体で「Harashin」。もう一つ「ウオロク」があります。
    そのスーパーで何気なく買ったこの米菓が、予想外に軽くて生姜の風味が美味しかったです。今まで見たことがなかったのですが、職場で女性たちに大好評でした。長岡市の岩塚製菓の商品です。

  • 魚沼市にある永林寺。石川雲蝶の作品が多く見られる事で有名な寺です。残念ながら拝観時間を過ぎてしまって、入れませんでした。いつか雲蝶の作品を訪ねてみたいです。<br />今回の長岡の旅は、これで終わります。<br />

    魚沼市にある永林寺。石川雲蝶の作品が多く見られる事で有名な寺です。残念ながら拝観時間を過ぎてしまって、入れませんでした。いつか雲蝶の作品を訪ねてみたいです。
    今回の長岡の旅は、これで終わります。

    永林寺 寺・神社・教会

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