2026/05/29 - 2026/05/30
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nichiさん
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川越と言ったら、多くの蔵のお店が並ぶ、レトロな町並「小江戸川越」を思い浮かべますが、日本史好きにとっては、川越城も大きなポイントなんです。
元々は太田道灌が築城した川越城です。
そうです!
江戸城を最初に築城した太田道灌です。
その後室町時代は、上杉家から北条家が城主でしたが、江戸時代になると川越藩が立藩され、酒井重忠が藩主となって川越城主になります。
江戸の北側の守りの拠点になった城でした。
川越城下は武蔵国の商工農の物資の集散地として栄え、新河岸川を通じて江戸に運ばれました。
川越は、江戸の経済を支える重要な場所になったのですね。
前橋松平家の頃に全盛期を迎え、立藩じには1万石だった石高も17万石まで大きく成長します。
この頃に本丸御殿が建てられています。
そして明治維新。
廃城令で堀は埋められ城のほとんどは取り壊されましたが、江戸時代後期に建てられた本丸御殿は昔のまま残されて現在に至ります。
これは観てみたい!
川越城の遺構と共にじっくり本丸御殿も拝見しました。
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時の鐘から東に抜けると、川越市大手町の信号に出ました。
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地名からして城下町ですね~
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川越市立川越小学校にこんな碑がありました。
「川越明信館跡」?
何やらお城の城内に合った施設の跡?
ググってみたら、川越藩の藩校なんですね。
藩士の子弟を教育するために設けられ、儒学を中心に武士の教養や礼法、兵法などを教えていたそうです。 -
少し歩いたところに再び小学校。
川越市立川越第一小学校。 -
ここには、
川越城南大手門跡
の碑がありました。 -
川越城の城内だった市内を巡り、田曲輪門跡にやってきました。
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田曲輪門跡の碑が見えますが、左後ろのこんもりした緑の小高い丘は、川越城富士見櫓跡です。
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富士見櫓跡は本丸西南の隅櫓として建てられた三重の櫓跡です。
川越城には天守はなく、この富士見櫓が天守の代わりとなっていたようです。 -
長さ八間三尺(約15メートル)、横八間 (約14メートル)の櫓がこの丘の上にあったようです。
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かつてはこの丘の上にあった櫓から富士山が見えたから富士見櫓の名前が付いているそうです。
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本当にここだけコンモリした森になってる。
横に階段があって上がれるようになってますね。
上がってみましょう。 -
階段を上がってみました。
ココに御嶽神社、富士浅間神社、富士見稲荷神社が祀られています。 -
石鳥居をくぐって、
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さらに赤鳥居をくぐって、
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そこにはお稲荷様。
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左右のキツネが
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こっち向いてる。
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参拝します。
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そして川越城の本丸御殿へやってきました。
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川越城の曲輪が判る模型です。
今は本丸だった場所のど真ん中にいるのですね。 -
巨大な唐破風の玄関。
立派ですね。
お邪魔します。 -
幕末に差し掛かった、嘉永元年(1848)に藩主だった松平斉典が造営した本丸御殿です。
廃城令があって、ココが川越城唯一の遺構なんですね。 -
100円×2名
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入口にあったこの座敷は、
「使番詰所」
使番がここで控えていたのね~~
でも、江戸時代の使番って??
江戸幕府番方の職制のようですが、平時には全国の要地に出張していたようです。
川越法を訪れた際はココで控えていたのですね。 -
本丸御殿内の案内図です。
廊下がぐるりと部屋を取り囲んでいますね。 -
「番抜・老体詰所」?
ここは、役職を退いても完全に引退していないで藩に籍を置いていた方々の詰所だったそうです。 -
角は、「物頭詰所」。
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いかにもお城の御殿。
川越によくこれだけのものが残っていましたね。 -
此方では、川越城本丸御殿の修復の様子が展示されています。
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ちゃんとこのような建物を修復できる様々な職人さんがいらっしゃるのですね。
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格子越しに見ある枯山水のお庭。
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素敵ですね。
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この右のお部屋は、
「坊主当番詰」
この前の廊下、うぐいす張になっています。 -
城内には「坊主」と呼ばれる役職がいて、茶の接待や客の案内、藩主の身の回りの世話などを行いました。
その「坊主」が詰めていた部屋ですね。 -
渡り廊下を通って奥の家老詰所に向かいます。
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表座敷と家老の詰所との間には坪庭があります。
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これも江戸時代からあったのかな?
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奥座敷の屋根。
立派ですね。 -
綺麗に整備されていますね。
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家老の詰所の案内です。
藩の政治を取り仕切っていた家老が詰めていた部屋です。
この建物は明治初期に民間に売却され、今のふじみ野市に移築されていましたが、買い戻して現在の位置に移築復元されたようです。 -
畳の廊下。
裃姿の家老が歩いていたのでしょうね。 -
この雨戸の鍵、懐かしい。。。。
祖父の古い実家にあったやつだ~~ -
本丸御殿の中でも一番重要な役割を果たした場所なんですね。
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でも少し地味?
質素に感じますね。 -
川越は地理的に江戸が近く、老中をはじめとする重臣が配置されることが多かったようです。
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酒井家をはじめ様々な藩主がいましたが、前橋松平家の時代は7代続いており、一番川越が栄えた時代でもあったようです。
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そうそう!
川越藩って江戸湾の相模(今の神奈川県)の警備を担当していたのですね。
ペリーが浦賀に来ると、今度は品川の台場の警備。
フジテレビがある品川台場の警備を川越藩が担当していたことがあるのですね。
これは知らなかった!
埼玉からわざわざ大変ですね。 -
昔の会議は畳で正座。
これが当たり前の世界。
おれ、嫌だな・・・ -
中庭を見渡します。
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華美な装飾はありません。
地味というか、質素ですね。 -
今現在、本丸御殿で残っているのは一部であって、もっともっと大きかったのですね。
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隣接して県立川越高校があるのですが、そこの野球部の坊主頭の学生さんが本丸御殿内に入ってしまったボールを帽子とって頭を下げながら取りに来ている姿がなんか可愛かった。
本丸御殿のスタッフの方々も慣れた様子の対応。
日常の景色なのですね。
県立川越高校も川越城の敷地だった所につくられたのでしょうね。 -
大きな杉戸。
いまこんな一枚戸、なかなか作れないでしょうね。 -
現在の川越の地図にかつてここにあった川越城を重ねています。
大きなお城であったことがわかりますね。 -
ここが大広間。
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この杉戸もすごいですね。
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ごく一部とはいえ、よくこれだけ残っていましたね。
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今は色がくすんじゃってるけど、綺麗な絵だったのでしょうね。
藩の御用絵師が描いたものだそうです。 -
版籍奉還、廃藩置県で川越藩は川越県になります。
その時、この本丸御殿は県庁の役割を果たしたそうです。
やがて埼玉県となりこの建物の県庁としての役割は終わりました。
川越城本丸御殿をあとにしました。 -
この周辺で、街中にいくつか川越城の遺構が見れるようです。
いくつか巡ってみましょう。 -
川越城、本丸をあとにします。
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西に向かって歩いていたら、こんな信号。
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「郭町」というのですね。
いかにもココは城内ですね。
ココはたぶんかつて三の丸があった辺り。
堀を埋め立てて道路にしたのだと思います。 -
さらに川越城内であった所を西に歩きます。
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ココ!
中ノ門堀跡です。 -
さっきの絵図で見ると、中ノ門は中曲輪の東側ですね。
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ココが入口です。
どんな遺構が見れるのかな? -
木の門が造られていますが、かつては2階建ての櫓門があったようです。
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この奥に、
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オッ!
堀跡が残ってますね~
左側が中曲輪。
これは凄い!
明治の廃城令で堀は埋められ城は壊されたのに、よく残ってましたね~ -
この中ノ門に関する説明が面白い。
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右のかつて追手曲輪があった市役所方面から左の本丸方面に敵が攻め込むことを想定しています。
敵は3方の堀に阻まれて真っすぐは進めません。
クランクを曲がっている間に、城兵が弓や鉄砲で敵を襲います。 -
あと、城の外側と内側でのり面の勾配が異なっており、土塁が壁のようになっていて、敵は簡単に城内に進軍することはできませんでした。
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札ノ辻まで戻ってきました。
江戸時代はここに高札が立てられたのですね。
つまり、幕府からのお知らせやお達しがココに掲示されていたわけです。
言い換えれば多くの庶民が集まった場所だったのですね。
再び蔵造りの街を歩いてホテルに戻りましょう。 -
おっ!
相方が亀屋さんを見つけました。
私「有名なの?」
相方「ネットで見た。麩饅頭、食べてみようよ~」 -
旧川越藩御用達
印籠のようですね~
昔は最大の宣伝文句だったのでしょうね。 -
天明3年創業?
天明というと、江戸中期から江戸後期に差し掛かるころかな?
天明の大飢饉とか、浅間山噴火とか、 松平定信の寛政の改革とか、、
そんな時期ですよね~? -
麩饅頭を買う前に、2階に芋菓子の歴史観があるようですので、上がってみましょう。
入場は無料のようです。 -
歴史ある建物の二階へ。
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いかにも歴史ある建物の2階ですね。
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この亀屋栄泉さんは、元々はお茶屋さんだったのですね。
お茶につきものの和菓子を提供していたのが始まりのようです。
そしてココ川越ならではのお菓子ということで、地元名産のサツマイモを使ったお菓子が開発されたのですね。 -
明治時代は今のような宣伝方法はなく、各地で開催される物産の博覧会に積極的に出品し、徐々に知名度を上げて全国の百貨店で扱ってもらえるようになったそうです。
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お菓子づくりの型ですね。
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大正から昭和初期の幟や包装紙でしょうか?
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これ、面白い!
国鉄の乗車券にお土産が付いてます。 -
「秋の行楽は芋堀会」
なるほどね~ -
昔から誇りにしている「亀屋栄泉」の屋号です。
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大正から昭和初期の芋菓子の袋です。
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戦後、食糧難から商売替えを強いられたようで、一時期は陶磁器や美術工芸品を扱っていたようです。
かなり裕福だったのでしょうね。 -
法被と樽に伝統を感じます。
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素敵なお座敷。
ココで商売をされてきたのですね。 -
普段、あまりお菓子は食べませんが、このお店限定のこちらを2つお土産に購入しました。
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そして、麩饅頭です。
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買ってみるか・・・
250円×2ケ -
さあこれを食べ歩き・・・
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へ~~
こんな感じなんだ~~ -
お店の外に出たら、アイスや長~い麩菓子を食べ歩いている方が多いですね。
私たちも麩饅頭を食べ歩き・・・
食べ歩きなんて、何年ぶりだろう~~??
記憶がないな~~
片手に麩饅頭。
片手にお茶のペットボトル。
行儀悪いけど楽しい・・・ -
夕方になってだいぶ人通りが減りました。
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来た道をゆっくり戻って駅に向かいます。
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伝統保存地区はココまで。
ココから先は電線と電柱があります。 -
西武線の本川越の駅が見えてきました。
プリンスペペがあるのですね。
西武系の商業施設は判りやすいですね。
と思ったら、このプリンスペペ、今年の1月で営業を終了していました。
地元横浜でも、来年3月でプリンスペペの営業終了がニュースになったばかりです。
渋谷の西武も閉店だし、西武、大丈夫か? -
東武川越駅、そしてJR川越駅につながる商店街に出ました。
さあホテルに戻りましょう。
つづく
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