2026/07/12 - 2026/07/12
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+mo2さん
この旅行記のスケジュール
2026/07/12
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今年の1月に妹と韓国、釜山&慶州へ行ってきたのですが。その時、釜山で食べたナッコプセが美味しく、帰国してからもナッコプセ食べたいね。と言ってました。3月に京都に行ったとき、京都駅ポルタ内の韓国酒場で食べることができました。系列店が東京駅内にもあることを発見し食べてきました。その後は日本橋界隈を散策し、妹の行きたがっていた三菱一号館美術館の展覧会「カフェに集う芸術家たち:印象派、トゥールーズ=ロートレック、ピカソまで」へ行ってきました。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- グルメ
- 4.5
- ショッピング
- 4.5
- 交通
- 4.0
- 同行者
- カップル・夫婦
- 交通手段
- 新幹線 徒歩
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韓国酒場 コッキオ 銀座ベルビア館 グルメ・レストラン
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私はメガハイボール、妹は生ビールで乾杯!!
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ナッコプセは、手長ダコ、ホルモン、エビを主な具材としたピリ辛の鍋料理です。野菜や春雨なども入り煮込みます。
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エビ、たこのプリプリ感、ホルモンの旨味を辛さが食欲をそそる一品です。本場ではこの鍋をご飯にかけて、海苔やニラ、ナムルなどをトッピングし、よく混ぜていただきます。今回は残念ながら海苔やニラなどはありませんでした。
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ニラ欲しいねといいながらも満足の兄妹です。
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続いて榮太樓總本鋪 本店へ。現在、日本橋一丁目の再開発によって本店ビル(日本橋1-2-5)は解体されることになっており、彼店舗で営業中です。
榮太樓總本鋪 本店 グルメ・レストラン
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創業は1818年(文政元年)の老舗和菓子店。
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榮太樓總本鋪といえば飴、たくさんの種類の飴が並んでいます。
榮太樓のあめは有平糖をベースにしているそうです。丹念に鍋で高温で炊き上げてできる有平糖はなめらかで口溶けが良く飽きのこない甘さが信条です。 -
飴や豆大福などを購入し、御菓印も頂きます。
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日本橋がみえてきました。江戸時代、幕府により五街道の起点に制定されています。
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日本橋の両端には獅子像が佇んでおり、よく見ると東京都の紋章を抱えています。
この獅子像は、奈良県の手向山八幡宮にある狛犬や、ヨーロッパの盾を持つ獅子像を参考にして作られたそうです。日本橋 名所・史跡
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照明灯の左右にあしらわれた2体の麒麟像は、金剛力士像のように一方が口を開けており、もう一方は口を閉じたデザインが特徴的。
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日本橋は、慶長8年(1603)に初めて架けられ、翌年には五街道の起点となり、日本の中心、江戸繁栄の象徴となりました。明治に入ってからは、この橋の中央が国道の起点と定められ、今も橋の中央に「日本国道路元標」の銅版が埋め込まれています。
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創業300年以上の歴史を誇る三越日本橋本店。毎年、3月全国銘菓展で訪れています。
三越日本橋本店 百貨店・デパート
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明治33年(1900年)に長崎で創業した文明堂は、大正11年(1922年)に東京に進出しました。「カステラは一番、電話は二番」のCMと共に、世代を超えて愛され続ける店です。
文明堂東京 日本橋本店 グルメ・レストラン
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今年(2026年)の6月16日より御菓印始まったということで訪問しました。カステラ購入し御菓印頂きます。
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文明堂のカフェレストラン。「仔グマ」や「カンカンベア」と親しまれているキャラクターがお出迎え。
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カステラとコーヒーいただきますが、さすがの文明堂のカステラ。しっとりと美味しい!!
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日本橋船着場より出ている日本橋クルーズです。
日本橋クルーズ 名所・史跡
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東京駅に戻り、丸の内の三菱一号館美術館へ
6月13日に開幕した展覧会「カフェに集う芸術家たち:印象派、トゥールーズ=ロートレック、ピカソまで」。開幕直後に来ていますが、妹も興味を持っていたので再訪です。三菱一号館美術館 美術館・博物館
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エドゥアール・マネ「バラ色のくつバラ色のくつ(ベルト・モリゾ)」1872年 ひろしま美術館
モデルは、自らも画家であったベルト・モリゾ。彼女は、1868年からマネの弟と結婚する74年まで、マネの作品で幾度もモデルを務めていますが、中でも本作は、立ち姿の全身像を描いた唯一の作品として知られています。 -
カミーユ・ピサロ「ポン=ヌフ」 1902年 ひろしま美術館
フランス印象派を代表するひとりで、唯一全8回の印象派展すべてに出品した画家。メンバーの中ではひとり年長でおだやかな性格でした。ピサロの作品のほとんどは風景画であり、ポントワーズ、エラニーなどの田園風景を好んで描きましたが、晩年にはパリやルーアンの都市風景の連作にも挑戦しています。 -
エドガー・ドガ「馬上の散策」1867-68年 ひろしま美術館
ドガは、印象派を代表するひとり。全8回の印象派展のうち、7回出品していますが、他の印象派の画家たちとは異なり、戸外の光のもとで制作するよりも、屋内で人物を描くことを好みました。大胆な構図で都市の暮らしをありのままに描いたことで知られています。 -
エドガー・ドガ「右手で右足をつかむ踊り子」1896-1911年 ひろしま美術館
ドガは、油彩のほか、版画、パステル、写真、彫刻にも熱中したことで知られています。
ひろしま美術館所蔵の作品が多く出展されており、秋に広島に行くのが楽しみになったと妹。 -
ジュール・シェレ「ロータスの花」フォリー・ベルジェール 1893年 京都工芸繊維大学美術工芸資料館
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ジュール・シェレ「ルイーズ・バルティ公演」アルカザール・デ・テ 1893年 京都工芸繊維大学美術工芸資料館
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アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック「アリスティド・ブリュアン」1893年 ひろしま美術館
ロートレックは、モンマルトルの有名人、歌手であり詩人であり、キャバレーの経営者でもあるブリュアンのために4点のポスターを制作しており、これは3作目「彼のキャバレーでのアリスティド・ブリュアン」の油彩習作。 -
テオフィル・アレクサンドル・スタンラン「シャ・ノワール巡業公演」1896年 京都工芸繊維大学美術工芸資料館
エドガー・アラン・ポーの短編小説から採られたとされる、「黒猫」を意味する〈シャ・ノワール(Chat Noir)〉は、演劇や詩の朗読、作品の展示といった芸術的な活動を前面に押し出した初めてのキャバレーとして、ロドルフ・サリスが1891 年に開店しました。ここで演じられたリヴィエール考案の影絵芝居は人気を博して巡業することになり、そのポスターをスタンランが手掛けました。
妹は大学時代、この絵のポスターを部屋に飾っており本物をみたかったとのこと。 -
ラモン・カザス「マドレーヌ」1892年 ムンサラット美術館
〈ムーラン・ド・ラ・ガレット〉の壁側の席に腰かけているマドレーヌ・ド・ボアギヨームは、ロートレックの作品でもモデルを務めたことがある人物です。彼女の視線の先に広がるはずの賑やかな店内は、背後の鏡に映し出される光景として描かれています。こうした構図からは、パリの都市生活を描いたマネや印象派の影響がうかがえます。「カタルーニャのロートレック」とも呼ばれるカザスのこの作品は、クアトラ・ガッツの仲間であるルシニョルとともに〈ムーラン・ド・ラ・ガレット〉に居室を構えていた時期に制作されたものです。本作は、19世紀美術の中心地だったパリ、モンマルトルの“カフェ” 文化を伝えるとともに、それがバルセロナへと波及していくことを示す大変重要な作品です。 -
アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック「エグランティーヌ嬢一座」1896年 三菱一号館美術館
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パブロ・ピカソ「酒場の二人の女」1902年 ひろしま美術館
ピカソは独自の表現を追求し、「青の時代」に入ります。《酒場の二人の女》の画面には、お酒の入ったグラスをバーのカウンターに置き、こちらに背を向けて腰掛ける二人の女性が描かれ、喧噪とは対極の、ピカソが感じた貧しさや寂しさが伝わってきます。 -
モーリス・ユトリロ「ムーラン・ド・ラ・ガレット」1910年頃 ポーラ美術館
モンマルトルの丘を上ったところに建つ粉挽きのための風車の敷地が、ガンゲット(居酒屋のような場所)から屋外ダンスホール〈ムーラン・ド・ラ・ガレット〉に姿を変え、人気を博しました。エコール・ド・パリの画家ユトリロも、20世紀初頭に同店を描いており、多くの芸術家に刺激を与えた場所であることが分かります。 -
会場をでますが外の薔薇がきれいでした。
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東京駅に戻ってきました。本日は早めに帰ります。
東京駅 駅
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