2026/04/28 - 2026/04/28
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しろくまクンクンさん
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杵築市内へ戻りました。
千光寺へ寄ってから重光家 無迹庵へ行きました。
日本の変革期に名を残す名外相「重光葵(まもる)」が幼少期に過ごした屋敷です。
佐野家へ行きました。
佐野家の始祖、徳安は1615年岡藩で医学を治め、徳安氏が杵築のときの藩主・小笠原忠知に侍医として招かれ、以来この地で医師の家系として1989年まで診療していたそうです。
天神坂を登った杵築市役所前はほぼ一目で杵築カトリック教会・杵築天満社・寺町と望める珍しい場所です。
一松邸へ行きました。
一松邸は、杵築市の初代名誉市民となった一松定吉氏の邸宅で、昭和32年に杵築市に寄贈され、「一松会館」として市民の憩いの場として開放されていた。その後、市庁舎の移転に伴って、杵築城と海を望む絶景の場所に移築されたものです。
ほかの武家屋敷と建っている場所の雰囲気が違います。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 徒歩 バイク
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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杵築市に戻り千光寺へ寄りました。
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山門から入った境内です。
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竹が組まれほぼ進入禁止です。
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境内からの山門です。
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重光家 無迹庵へ行きました。
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日本の変革期に名を残す名外相「重光葵(まもる)」が幼少期に過ごした屋敷です。
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室内からです。
お庭というよりも林という感じです。 -
玄関です。
色ガラスがはめられ洒落ています。 -
ゆかりの品々が展示されています。
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当時のままのガラが付いたすりガラスです。
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上の写真の床のタイル部分です。
おしゃれなタイルガラです。 -
蔵の2階にあります幼少期に過ごした部屋です。
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杵築市内から少し離れているので訪れる人は少ないようです。
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佐野家へ行きました。
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大正15年(1926)に建てられた病棟は蔵屋敷とは違いますが変わった造りです。
この部分に診察室やレントゲン室があります。 -
お庭です。
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以前の診察室だった部屋です。
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昭和38年のレントゲンです。
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顕微鏡や診察に使った器具です。
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診察室内です。
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薬味箪笥です。
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丘の上で立木が少ないお庭からの眺望は良いです。
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天明2年(1782年)に建てらた佐野家は現在、城下・杵築で最も古い邸宅であり、武家屋敷とはまた異なる趣です。
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お庭からの屋敷です。
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カトリック杵築教会です。
この一角は教会・神社・お寺が並んでいます。 -
寺町にある城下町にある教会らしい?門です。
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杵築市役所の前にあります玄昌寺です。
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右手の瓦が乗った塀は市役所です。
天神坂にあります。 -
杵築天満社です。
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なんかほほえましい顔の狛犬です。
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広い境内です。
左手は公園になっています。 -
稲荷大明神です。
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一松邸へ行きました。
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一松邸は、杵築市の初代名誉市民となった一松定吉氏の邸宅で、昭和32年に杵築市に寄贈され、「一松会館」として市民の憩いの場として開放されていた。その後、市庁舎の移転に伴って、杵築城と海を望む絶景の場所に移築されたものです。
ほかの武家屋敷と立っている場所の雰囲気が違います。 -
立派な玄関です。
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玄関には一松家伝来の甲冑が置かれていました。
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広い廊下です。
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欄間が洒落ています。
分かりにくいですが右は富士山左は松林になっています。 -
洒落ています。
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欄間と違う部屋の換気システム
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要所要所に手間がかかっています。
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手が込んでいますね。
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杵築大橋と分かりにくいですが杵築城が見えます。
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