2026/04/10 - 2026/04/11
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nichiさん
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私たちは軽井沢2日目。
91歳の母は4日目です。
この日もいいお天気。
私と相方は、早朝ランニング。
少し寒かったけど、気持ちよかったな~
朝食後、ハーヴェストに隣接する軽井沢タリヤセンへ。
杖をつきながらですが、母も一緒によく歩きました。
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翌朝!
今日はいい天気!!
母はまだ寝てます。
私たちシニア夫婦はランニングに出発。
中軽井沢の駅まで往復したら、ちょうど5㎞でした。
30分かけてゆっくり走りました。
帰ってきたら母も起きていてコーヒー飲んでました。
3人でサッと温泉大浴場に行ってサッパリし、部屋で昨日スーパーで買ってきたシリアルとフルーツの朝食。 -
3人は身支度してチェックアウト。
フロントで隣の軽井沢タリヤセンのチケットを3枚いただきました。 -
いい天気ですね~
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車寄せに車をまわしました。
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買ったばかりだから、ついつい写真撮っちゃう。。。
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荷物を積み込もうとしていたら、
スタッフが相方に「タリヤセンにいらっしゃるのであれば、車を駐車場に停めたままで構いませんよ。」
と言ってくださり、お礼を申し上げ、駐車場に車を戻しました。 -
駐車場に車を戻し、3人はハーヴェストのガーデンへ。
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奥には浅間山が見えます。
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ガーデンの歩道を歩いて行きます。
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ガーデンの真ん中にあるココで3人はゆっくりします。
空気がひんやりしてますが、気持ちいいです。
91歳の母は小さな体で両手を目一杯広げて深呼吸。 -
振り返ると、ハーヴェストの建物が見えます。
母がココでラジオ体操を始めました。
途中までやって、
母「次、どうするんだっけ?」
相方「お義母さん、こうじゃなかったでしたっけ?」
2人であーだこーだ、音楽抜きでラジオ体操してます。
はたからみたら、おかしな光景・・・ -
暫くして、3人は再びハーヴェストの庭をプラプラ。
ハーヴェストのコテージの前を通ります。 -
そしてタリヤセンへ。
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これが軽井沢タリヤセンの全体図です。
塩沢湖の周りに、軽井沢の歴史的建造物を移築して展示しています。
子供の頃、塩沢湖はスケート場でした。
私が初めてスケートをやったのはココ、塩沢湖でした。
私「こんな広いけど、どうする? グルっと全部歩く?」
母「うん。全部歩く。」 -
こちらの建物へ。
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ハーヴェストで受け取った、タリヤセンのチケットを提示します。
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この建物の中で入場券を提示するのですが。そもそもこの建物は元々は軽井沢郵便局でした。
2階は、洋画家深沢紅子の作品が展示してある「野の花美術館」でした。 -
木々越しに塩沢湖が見えてきました。
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ココでスケートやったんだな~~
身体のバランスとるのに必死で、周りの景色はあんまり覚えてないな~ -
塩沢湖はこんな広かったかな~?
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湖畔を少し歩いて、
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葉は休憩。
相方も座る。
風が吹くと冷たいけど、陽は暖かいです。 -
奥に建物が見えます。
湖畔に建つ建物をグルっと巡ってみましょう。 -
こちらのお宅へ。
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「睡鳩荘」という建物です。
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軽井沢別荘建築史の中でも最上質なものとされています。
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靴を脱いで中へ。
ここは、帝国生命(のちの朝日生命保険)や三越の社長をつとめた朝吹常吉の別荘。常吉の長女で、フランス文学者であった朝吹登水子が夏場を過ごすための山荘として使っていたようです。 -
昭和6年にアメリカの建築家によって建てられました。
ここは一階の広い部屋です。
多くのお客さんが訪れるサロンです。
家具調度品は昔のままです。 -
大正時代の軽井沢彫の家具の中には、紅茶やコーヒーカップ、菓子器が入っています。
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2階へ。
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おっしゃれ~~
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こんな別荘、軽井沢らしいですね。
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1階の子のバルコニーが素敵です。
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椅子に座って見える景色。
素敵な所に移築しましたね。 -
睡鳩荘をあとにします。
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塩沢湖越しに睡鳩荘をい眺めます。
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さらに塩沢湖の湖畔をプラプラ。
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白樺ってお洒落ですね~
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塩沢湖には地さなしながあり、橋で渡ることができます。
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次にやって来たのは、一度タリヤセンを南側の出口から出て、真向かいにある「軽井沢高原文庫」へ。
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軽井沢にゆかりのある、堀辰雄、室生犀星などの近代文学者の資料を展示しています。
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この芝生の広場の奥にあるのが軽井沢高原文庫です。
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お邪魔します。
中は撮影禁止。
著名な作家の皆さんの軽井沢における様々な方々との写真が残っており、興味深かったです。 -
敷地内には、かつて軽井沢にあった堀辰雄の山荘がココに移築されていました。
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堀辰雄が昭和16年(1941年)にアメリカ人から買った旧軽井沢・釜の沢の山荘です。
4年続けて初夏から秋にかけて過ごしたようです。 -
この外壁にはビックリ。。
杉の皮ですね。 -
お~~
お洒落ですね~ -
相方が、この古い表札を見て、「あっ!」と声を上げました。
相方「ここは、堀辰雄の代表作である、”美しい村”に登場する別荘なのよ~」
私は堀辰雄は読んだことなくてわからない・・・
相方「以前、堀辰雄を読み込んだことがあって、”美しい村”が印象的だったな~」 -
こちらでは、堀辰雄について紹介されています。
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昭和初期の別荘はこんな感じだったのですね。
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暖炉ですね。
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相方が堀辰雄を読み込んでいたなんて知りませんでした。
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相方は感慨深く別荘の内部を見て廻っています。
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堀辰雄は4年ココで過ごしていたわけですが、
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こんなスペース、お洒落ですね。
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杉の皮のの外壁は、素朴ですが趣がありますね。
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この建物は??
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野上弥生子の書斎兼茶室です。
昭和8年(1933年)に北軽井沢に建設されました。 -
多くの文人がココを訪れていました。
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母「野上弥生子も軽井沢を舞台にした小説を書いているのよ~ ”迷路”とか”鬼女山房記”とか。。 読んでない?」
相方「”迷路”は読みました。日本と中国を舞台に、左翼運動に身を投じ弾きだされた青年の、さまざまな葛藤を描いた作品ですよね~」
私「読んでない・・」 -
窓の桟が木の棒です。
これは面白い! -
丸窓がいい感じ。
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野上弥生子はこの縁側に座って文人たちと議論していたのでしょうね。
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この風情ある書斎は野上弥生子のお気に入りであったようです。
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野上弥生子の書斎兼茶室をあとにします。
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母もちょっと疲れたようですので、ココに寄りましょう。
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3人は入れるか?
相方が偵察。
この建物もする五別荘のように見えますが・・・ -
入れるようでしたので、お邪魔します。
何気なく入った喫茶店ですが、なななんと、作家・有島武郎の父上が明治末期から大正初期に建てた別荘でした。 -
古いアプライトピアノがあります。
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母方の祖父の家にあったピアノにそっくりです。
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バルコニーの席もあるようですが、少し寒いです。
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どこに座ろうか?
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ボンボン時計の下の席。
こちらに座ることにしました。 -
有島武郎は何冊か読んだことがあります。
「或る女」「生れ出づる悩み」「凱旋」あたりかな~~
相方「有島武郎は愛人だった中央公論社の『婦人公論』記者であった波多野秋子とこの別荘で心中しているのよ~」
え~~~
スタッフに聞いたら、建物は改装されていて、当時とはだいぶ変わっているようで、心中した場所は無いそうです。 -
私はホットコーヒー。
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母と相方はアイスコーヒー。
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コーヒーを戴いた後、3人は2階の展示室へ。
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こちらはリビング。
展示室は撮影禁止。
有島武郎が心中した時の多くの新聞記事が展示されていました。 -
足元では、カタクリの花が咲いてますね~
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可愛いですね~
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もう一度チケットを提示して、軽井沢タリヤセンに戻ってきました。
目の前には塩沢湖。 -
塩沢湖を巡ってきましたが、続いてグルっと巡ってみます。
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91歳の母は気持ちがいいようで、足取りも軽いです。
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塩沢湖をグルっと廻って、
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東急ハーヴェストクラブ軽井沢に戻ってきました。
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ハーヴェストの裏側のお庭です。
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爽やかな空気の中の散策でした。
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母もよく歩きました。
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建物の中に入ります。
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ハーヴェストのスタッフにご挨拶をしてから帰りました。
91歳の母は疲れたのでしょう。
帰りの車の中はずっと熟睡でした。
母の家に到着し、母のスマホの万歩計のアプリを見たら、8321歩。
母、頑張りました。
おしまい
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