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 日帰りのバス旅行で京都に行きました。<br /> 昼食会場で舞妓さんのお話と、京舞、記念写真を撮りました。<br /> バスの中では、酒盛り、カラオケ、ビンゴを行い楽しい一日を過ごしました。<br />

日帰りバス旅行上賀茂神社と京都御所参観

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2026/05/27 - 2026/05/27

21578位(同エリア47017件中)

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Sawada

Sawadaさん

 日帰りのバス旅行で京都に行きました。
 昼食会場で舞妓さんのお話と、京舞、記念写真を撮りました。
 バスの中では、酒盛り、カラオケ、ビンゴを行い楽しい一日を過ごしました。

旅行の満足度
4.0
観光
4.0
ホテル
4.0
グルメ
4.0
ショッピング
4.0
交通
4.0
同行者
社員・団体旅行
一人あたり費用
1万円 - 3万円
交通手段
観光バス
旅行の手配内容
ツアー(添乗員同行あり)
  •  朝、バスにビールを一杯積んで出発です。<br /> 鈴鹿サービスエリアでトイレ休憩です。<br /> 可愛い子ツバメが4羽と親鳥がいました。

     朝、バスにビールを一杯積んで出発です。
     鈴鹿サービスエリアでトイレ休憩です。
     可愛い子ツバメが4羽と親鳥がいました。

  •  神代の時代から信仰されてきたと伝わる上賀茂神社。正式名称は「賀茂別雷(かもわけいかづち)神社」といい、いまから2600年以上前、ご祭神である「賀茂別雷大神」が、本殿から北北西の方角2キロほどのところにある神山に降臨されたことを起源としています。<br /> 細殿の手前には、円錐状に盛られた砂が2つ並んでいます。これらは「立砂」といい、神様が降り立つための憑代(よりしろ)として、神山を象ったものだそうです。

     神代の時代から信仰されてきたと伝わる上賀茂神社。正式名称は「賀茂別雷(かもわけいかづち)神社」といい、いまから2600年以上前、ご祭神である「賀茂別雷大神」が、本殿から北北西の方角2キロほどのところにある神山に降臨されたことを起源としています。
     細殿の手前には、円錐状に盛られた砂が2つ並んでいます。これらは「立砂」といい、神様が降り立つための憑代(よりしろ)として、神山を象ったものだそうです。

    上賀茂神社の立て砂 (盛砂) 名所・史跡

  •  朱塗りの楼門をくぐると、目の前に現れる「直会殿」。この奥に、ご祭神を祀る「本殿」と常設された仮殿である「権殿」があり、いずれも三間社流造の代表的な建築物として、国宝に指定されています。

     朱塗りの楼門をくぐると、目の前に現れる「直会殿」。この奥に、ご祭神を祀る「本殿」と常設された仮殿である「権殿」があり、いずれも三間社流造の代表的な建築物として、国宝に指定されています。

    賀茂別雷神社(上賀茂神社) 寺・神社・教会

  •  昼食会場はホテル平安の森京都です。

     昼食会場はホテル平安の森京都です。

  •  料理は湯豆腐です。後から天婦羅が出てきます。<br />

     料理は湯豆腐です。後から天婦羅が出てきます。

    ホテル平安の森京都(HMIホテルグループ) 宿・ホテル

  •  舞妓「とし涼」さんのお話です。<br /> 

     舞妓「とし涼」さんのお話です。
     

  •  質問タイムなど気さくに話してくれます。

     質問タイムなど気さくに話してくれます。

  •  舞を2曲踊ってくれました。

     舞を2曲踊ってくれました。

  •  その後、舞妓さんと一緒に記念写真を撮りました。

     その後、舞妓さんと一緒に記念写真を撮りました。

  •  御所の参道に京都・ミス着物の皆さんがいました。

     御所の参道に京都・ミス着物の皆さんがいました。

  •  京都御所の入口は、荷物チェックがあり、1人ずつ首に番号プレートをかけ入場します。

     京都御所の入口は、荷物チェックがあり、1人ずつ首に番号プレートをかけ入場します。

    京都御所 名所・史跡

  •  京都御所の築地塀には6つの門が開かれており、それぞれ用途ごとに使い分けられていました。そのうち、西南に位置する宜秋門は、上皇や宮家、及び廷臣が正式に参内する際に用いられた門であり、公家門くげもんとも称されていました。

     京都御所の築地塀には6つの門が開かれており、それぞれ用途ごとに使い分けられていました。そのうち、西南に位置する宜秋門は、上皇や宮家、及び廷臣が正式に参内する際に用いられた門であり、公家門くげもんとも称されていました。

  •  諸大夫の間とは参内者の控えの間であり、格式の高い順に東から虎の間、鶴の間、桜の間と続く3室の総称とされています。

     諸大夫の間とは参内者の控えの間であり、格式の高い順に東から虎の間、鶴の間、桜の間と続く3室の総称とされています。

  •  建礼門は御所の南に位置する正門で、南御門とも呼ばれた檜皮葺切妻屋根の四脚門です。天皇が行幸される際や、譲位後に上皇となり仙洞御所へ遷御される際に使用された門で、近年では外国の元首や大統領等の国賓が正式訪問した際にも使われています。

     建礼門は御所の南に位置する正門で、南御門とも呼ばれた檜皮葺切妻屋根の四脚門です。天皇が行幸される際や、譲位後に上皇となり仙洞御所へ遷御される際に使用された門で、近年では外国の元首や大統領等の国賓が正式訪問した際にも使われています。

  •  承明門は、元々は平安宮内裏の内郭門の一つで、紫宸殿南庭の南におかれた檜皮葺の門でした。中世に一度廃絶しましたが、儀式に用いる重要な建造物として、寛政度の御造営において再び建てられました。

     承明門は、元々は平安宮内裏の内郭門の一つで、紫宸殿南庭の南におかれた檜皮葺の門でした。中世に一度廃絶しましたが、儀式に用いる重要な建造物として、寛政度の御造営において再び建てられました。

  •  紫宸殿は、平安時代からの由緒をもつ正殿であり、宮廷の重要な儀式が行われた場所です。敷地の南部分に南面して建ち、南殿などとも称されました。檜皮葺、素木造の建物で、外側の建具には蔀戸や唐戸を用いるとともに、正面9間・側面3間の母屋の四方に廂がつき、内部を化粧屋根裏や拭板敷とするなど、平安時代の建築様式を伝えています。

     紫宸殿は、平安時代からの由緒をもつ正殿であり、宮廷の重要な儀式が行われた場所です。敷地の南部分に南面して建ち、南殿などとも称されました。檜皮葺、素木造の建物で、外側の建具には蔀戸や唐戸を用いるとともに、正面9間・側面3間の母屋の四方に廂がつき、内部を化粧屋根裏や拭板敷とするなど、平安時代の建築様式を伝えています。

  •  春興殿は、大正4年の大正天皇の即位の礼に際して、東京皇居の賢所から神鏡を遷し、即位を皇祖皇宗に親告する「賢所大前の儀」などの儀式を行うために造営された神殿です。

     春興殿は、大正4年の大正天皇の即位の礼に際して、東京皇居の賢所から神鏡を遷し、即位を皇祖皇宗に親告する「賢所大前の儀」などの儀式を行うために造営された神殿です。

  •  お庭です。松の剪定が綺麗です。

     お庭です。松の剪定が綺麗です。

  •  ツツジが満開でした。<br /> 帰り、高速道路が工事渋滞し遅くなりました。

     ツツジが満開でした。
     帰り、高速道路が工事渋滞し遅くなりました。

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