2026/04/25 - 2026/04/25
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しろくまクンクンさん
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城井1・2号掩体壕へ行きました。
1号掩体壕の中には零戦のエンジン・プロペラが展示されています。
2号掩体壕はゼロ戦用の掩体壕として造られましたが、「天山」と呼ばれる艦上攻撃機との兼用にするために、入口部分が改修されています。
豊前善光寺へ行きました。
建久7年(1196)に挙兵した豊後国の守護・大友能直が、信州の善光寺から本尊の分身(阿弥陀三尊像)を迎え、この地に御堂を建てたのが始まりとされています。
本願寺四日市別院・本願寺四日市別院へ行きました。
四日市別院の本堂(安政6年・1859年再建)は、九州にある木造建築の中でも最大級の規模を誇ります。この圧倒的な建物を支える柱の配置には、真宗本堂ならではの重要な役割があります。
東本願寺 四日市別院の見上げるように大きな山門は見事という以外の言葉が見当たりません。
幕末に本堂は焼失しその後再建されましたが、雄大な山門は今も残りています。
東光寺五百羅漢へ行きました。
十五代玉峰道琳和尚が石工吉野覚之丞に依頼して文久3年(1863)から19年間かけて520体の石像を完成させました。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 徒歩 バイク
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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城井1・2号掩体壕へ行きました。
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こちらは1号掩体壕です。
きれいに整備されたところです。 -
結構厚いコンクリートに覆われています。
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1号掩体壕の中には零戦のエンジン・プロペラが展示されています。
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千羽鶴も多く納められています。
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こちらは2号掩体壕です。
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ゼロ戦用の掩体壕として造られましたが、「天山」と呼ばれる艦上攻撃機との兼用にするために、入口部分が改修されています。
下の写真が1号掩体壕です。
入り口部分が異なることがわかります。 -
1号掩体壕です。
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豊前善光寺へ行きました。
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山門のすぐ横には金毘羅大権現の鳥居があります。
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鳥居と山門です。
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風雨にさらされたかわいい狛犬です。
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ここの藤はまだまだ咲いていました。
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藤棚から本堂です。
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閻魔堂です。
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鐘楼です。
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建久7年(1196)に挙兵した豊後国の守護・大友能直が、信州の善光寺から本尊の分身(阿弥陀三尊像)を迎え、この地に御堂を建てたのが始まりとされています。
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庫裡です。
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お釈迦様を中央に、右は獅子に乗る文殊菩薩、左側に普賢菩薩様は白象に乗っています。
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水草に隠れた池がありました。
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浄土宗の信仰において、池は単なる庭園の風景ではなく、現世とあの世を隔てる「三途の川」や」に見立てられることがあります。
そのため、池のほとりには水神である弁才天ではなく、地蔵堂か閻魔堂のようです。 -
鐘楼です。
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歴代住職のお墓でしょうか?
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一段と位の高い方のようです。
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何も書いてありませんが神社的な感じがします。
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本堂から渡り廊下で続いているのは「位牌堂」や「開山堂」、あるいは寺務を執り行う「書院」にあたる建物と思われます。
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本堂横の門です。
正面ではない駐車場があります。 -
本願寺四日市別院へ行きました。
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山門右手には江戸時代末期の弘化4年(1847年)に建てられた太鼓廊があります。
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左手には鐘楼があります。
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山門からの本堂です。
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「唐破風付」の小さな建物がありました。
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四日市別院の本堂(安政6年・1859年再建)は、九州にある木造建築の中でも最大級の規模を誇ります。この圧倒的な建物を支える柱の配置には、真宗本堂ならではの重要な役割があります。
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本堂の前面にどっしりと並ぶ外側の柱は、深く前にせり出した屋根の庇を支えるための「向拝柱」です。
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境内からの山門方面です。
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「濡縁」または「くれ縁」がりますのは書院や対面所かもしれません。
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工事柵に囲われた経堂です。
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すぐ近くにあります東本願寺四日市別院です。
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見事な山門です。
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扉の牡丹紋は「真宗大谷派(お東)」の紋としても使用されています。これは、江戸時代中期に、真宗大谷派と朝廷の有力者である近衛家との間に深い関わりや姻戚関係が結ばれたことに由来しています。
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鐘楼です。
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美しい造りです。
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本堂です。
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二階建二重の山門と鐘楼です。
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申し訳ありませんが宇佐にこんな立派な山門があるとは思いませんでした。
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四日市別院はその昔「九州御坊」と称され、九州一円を管轄する主要な寺院でした。
文政8年(1825)に完成した重層の本堂は明治維新の動乱の中で焼失し、九州中の門信徒が力を合わせて明治13年(1880)に再建されました。九州最大級の本堂や、江戸時代から伝わる二階建二重の山門等、木造建築物は荘厳な雰囲気を醸しだしています。 -
東光寺五百羅漢へ行きました。
駐車場の奥に標識があります。 -
「石造りの冠木門」、あるいは簡易的な「石門」と呼ばれるものがあります。
神社の鳥居と同じ結界のようです。 -
十五代玉峰道琳和尚が石工吉野覚之丞に依頼して文久3年(1863)から19年間かけて520体の石像を完成させました。
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当然顔つきがみな違います。
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天気が良かったので草むらでくつろぐ人たちといった雰囲気です。
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一番上のお堂の中にはお釈迦様がいらっしゃいます。
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上から五百羅漢を見下ろします。
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16羅漢も祀られています。
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中央には地蔵菩薩様です。
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仏足石があります。
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緩やかな日当たりの良い斜面の木陰でくつろいでいるような五百羅漢です。
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