谷根千旅行記(ブログ) 一覧に戻る
都内のつつじの名所といえば、真っ先に思い浮かぶのが根津神社。<br />見頃を見計らって、4月下旬のとある日、根津散策を兼ねてお花見に行ってきました。<br /><br /><br />

つつじを見に、根津神社へ

0いいね!

2024/04/15 - 2024/04/15

-位(同エリア620件中)

0

22

キャンサー50

キャンサー50さん

都内のつつじの名所といえば、真っ先に思い浮かぶのが根津神社。
見頃を見計らって、4月下旬のとある日、根津散策を兼ねてお花見に行ってきました。


旅行の満足度
3.0
観光
3.0
交通
3.0
同行者
その他
一人あたり費用
1万円未満
交通手段
私鉄
  • 東京メトロ千代田線根津駅からスタート。<br />根津駅のすぐ南にある妙極院です。<br />元禄11年(1698)の創建です。<br /><br />

    東京メトロ千代田線根津駅からスタート。
    根津駅のすぐ南にある妙極院です。
    元禄11年(1698)の創建です。

    妙極院 寺・神社・教会

  • 妙極院本堂。<br />

    妙極院本堂。

    妙極院 寺・神社・教会

  • 妙極院の墓地にある浄厳律師の墓。<br />浄厳律師(1639~1702)は、江戸時代の真言宗を代表する高僧の一人です。<br />「法華経秘略要鈔」「悉曇三密鈔」「諸真言要集」など多数の著作があり、悉曇学(梵字・梵語の音声や書法の学問)に大きな業績を残しました。 <br /><br />

    妙極院の墓地にある浄厳律師の墓。
    浄厳律師(1639~1702)は、江戸時代の真言宗を代表する高僧の一人です。
    「法華経秘略要鈔」「悉曇三密鈔」「諸真言要集」など多数の著作があり、悉曇学(梵字・梵語の音声や書法の学問)に大きな業績を残しました。

    浄厳律師 樋口定伊の墓 名所・史跡

  • 根津駅から東京大学農学部方面へ上っていく坂を異人坂といいます。<br />明治時代、坂の上に東大のお雇い外国人教師の官舎があり、そこに住む外国人がこの坂を通り、不忍池や上野公園を散策しました。<br />当時は外国人が珍しかったこともあり、彼らは行き来するこの坂をいつしか異人坂と呼ぶようになったそうです。<br /><br />

    根津駅から東京大学農学部方面へ上っていく坂を異人坂といいます。
    明治時代、坂の上に東大のお雇い外国人教師の官舎があり、そこに住む外国人がこの坂を通り、不忍池や上野公園を散策しました。
    当時は外国人が珍しかったこともあり、彼らは行き来するこの坂をいつしか異人坂と呼ぶようになったそうです。

    異人坂 名所・史跡

  • 異人坂の南にある、旧弘田家住宅主屋。<br />昭和6年竣工、洋行帰りの作曲家の嗜好を反映したスパニッシュスタイルの住宅です。<br /><br />

    異人坂の南にある、旧弘田家住宅主屋。
    昭和6年竣工、洋行帰りの作曲家の嗜好を反映したスパニッシュスタイルの住宅です。

  • 同じく異人坂の南にある、「サトウハチロー旧居跡」の説明板。<br />佐藤八郎(1903~1973)は、日本の詩人、童謡作家です。<br />現在は説明板のみですが、かつては建物があり、そのままサトウハチロー記念館になっていました。<br />現在、サトウハチロー記念館は岩手県北上市へ移転しています。<br /><br />

    同じく異人坂の南にある、「サトウハチロー旧居跡」の説明板。
    佐藤八郎(1903~1973)は、日本の詩人、童謡作家です。
    現在は説明板のみですが、かつては建物があり、そのままサトウハチロー記念館になっていました。
    現在、サトウハチロー記念館は岩手県北上市へ移転しています。

  • 異人坂を上りきり、東大野球場を回り込むように進んだ先に、石段の下り坂があります。<br />ここをおばけ階段といいます。<br />かつては狭く暗い石段で、下から上ると40段,上から下ると39段になるため「お化け階段」と称されていました。<br />途中“く”の字に曲がるところの踏み石が浅く小さい石だったため、上りと下りの数が違ったのだと説明されています。<br />現在は改修されて明るい雰囲気になっており、おばけ階段というイメージではありません。<br /><br />

    異人坂を上りきり、東大野球場を回り込むように進んだ先に、石段の下り坂があります。
    ここをおばけ階段といいます。
    かつては狭く暗い石段で、下から上ると40段,上から下ると39段になるため「お化け階段」と称されていました。
    途中“く”の字に曲がるところの踏み石が浅く小さい石だったため、上りと下りの数が違ったのだと説明されています。
    現在は改修されて明るい雰囲気になっており、おばけ階段というイメージではありません。

    おばけ階段 名所・史跡

  • 根津駅から不忍通りを北に行くとすぐにある不忍通りふれあい館。<br />文京区の地域活動センターや根津図書館が入っている区民が気軽に利用できる施設です。<br />谷根千散策の休憩所としても利用されています。<br /><br />

    根津駅から不忍通りを北に行くとすぐにある不忍通りふれあい館。
    文京区の地域活動センターや根津図書館が入っている区民が気軽に利用できる施設です。
    谷根千散策の休憩所としても利用されています。

    不忍通りふれあい館 名所・史跡

  • いよいよ今回の散策のメインスポット、根津神社です。<br />日本武尊が創祀したと伝える古社で、東京十社の一社に数えられています。<br />宝永3年(1706)に、徳川5代将軍綱吉が今に残る社殿を造営、千駄木の旧地より遷座しました。<br /><br />

    いよいよ今回の散策のメインスポット、根津神社です。
    日本武尊が創祀したと伝える古社で、東京十社の一社に数えられています。
    宝永3年(1706)に、徳川5代将軍綱吉が今に残る社殿を造営、千駄木の旧地より遷座しました。

    根津神社 寺・神社・教会

  • 参道を行くとすぐにある神橋。<br />神橋御遷座300年を記念に、2006年に造営されました。<br /><br />

    参道を行くとすぐにある神橋。
    神橋御遷座300年を記念に、2006年に造営されました。

    根津神社 寺・神社・教会

  • 神橋を渡ってすぐにあるのが楼門。<br />江戸内の神社の楼門で唯一残っているものです。<br />安置してある随身の向かって右側は水戸黄門だと言われています。<br />国の重要文化財です。<br /><br />

    神橋を渡ってすぐにあるのが楼門。
    江戸内の神社の楼門で唯一残っているものです。
    安置してある随身の向かって右側は水戸黄門だと言われています。
    国の重要文化財です。

    根津神社 寺・神社・教会

  • 楼門入って右手に建つ舞殿。<br />文京区の無形文化財に指定されている社伝神楽「三座ノ舞」などが奉納されます。<br /><br />

    楼門入って右手に建つ舞殿。
    文京区の無形文化財に指定されている社伝神楽「三座ノ舞」などが奉納されます。

    根津神社 寺・神社・教会

  • 根津神社拝殿。<br />宝永3年(1706)、5代将軍徳川綱吉が奉納したもので、権現造りの傑作とされています。<br />こちらも国の重要文化財です。<br /><br />

    根津神社拝殿。
    宝永3年(1706)、5代将軍徳川綱吉が奉納したもので、権現造りの傑作とされています。
    こちらも国の重要文化財です。

    根津神社 寺・神社・教会

  • 拝殿近くにある「願掛け榧の木」。<br />神使の白蛇が住処とし、人々が願いごとをするとその願いが不思議と叶ったと言われています。<br /><br />

    拝殿近くにある「願掛け榧の木」。
    神使の白蛇が住処とし、人々が願いごとをするとその願いが不思議と叶ったと言われています。

    根津神社 寺・神社・教会

  • こちらは、境内社のひとつ、乙女稲荷神社へと続く千本鳥居。<br />外国人観光客にやけに人気でした。<br /><br />

    こちらは、境内社のひとつ、乙女稲荷神社へと続く千本鳥居。
    外国人観光客にやけに人気でした。

    根津神社 寺・神社・教会

  • 南側の千本鳥居の途中にある「徳川家宣公胞衣塚」。<br />根津神社境内は徳川綱重の下屋敷跡で、綱重の子綱豊(六代将軍家宣)が生まれました。<br />この塚のある場所は、家宣の胞衣(胎盤)を収めた場所です。<br /><br />

    南側の千本鳥居の途中にある「徳川家宣公胞衣塚」。
    根津神社境内は徳川綱重の下屋敷跡で、綱重の子綱豊(六代将軍家宣)が生まれました。
    この塚のある場所は、家宣の胞衣(胎盤)を収めた場所です。

    根津神社 寺・神社・教会

  • 千本鳥居の先にある境内社のひとつ、乙女稲荷神社。<br />ご祭神の倉稲魂命は女性神で、かつて根津にあった根津遊郭の女性たちも厚く信仰していたことから、女性に縁の深いパワースポットとされています。<br />池を見下ろす舞台造りです。<br />社殿の後ろには穴があり、それを祠としていたそうで、江戸時代までは穴稲荷と呼ばれていました。<br /><br />

    千本鳥居の先にある境内社のひとつ、乙女稲荷神社。
    ご祭神の倉稲魂命は女性神で、かつて根津にあった根津遊郭の女性たちも厚く信仰していたことから、女性に縁の深いパワースポットとされています。
    池を見下ろす舞台造りです。
    社殿の後ろには穴があり、それを祠としていたそうで、江戸時代までは穴稲荷と呼ばれていました。

    乙女稲荷神社 寺・神社・教会

  • 乙女稲荷神社の北側の千本鳥居を抜けた先にある庚申塔。<br />6基が並んで置かれています。<br /><br />

    乙女稲荷神社の北側の千本鳥居を抜けた先にある庚申塔。
    6基が並んで置かれています。

  • 庚申塔の横にあるのが「塞大神碑」。<br />悪疫が入らぬよう道を守る神で道祖神とも言われます。<br />元々は、駒込追分の一里塚に建てられていたものです。<br /><br />

    庚申塔の横にあるのが「塞大神碑」。
    悪疫が入らぬよう道を守る神で道祖神とも言われます。
    元々は、駒込追分の一里塚に建てられていたものです。

    根津神社 寺・神社・教会

  • 「塞大神碑」のさらに北にあるのが境内社の駒込稲荷神社。<br />根津神社が千駄木村より遷座する前、この地が甲府宰相徳川綱重の下屋敷だった頃の守り神でした。<br /><br />

    「塞大神碑」のさらに北にあるのが境内社の駒込稲荷神社。
    根津神社が千駄木村より遷座する前、この地が甲府宰相徳川綱重の下屋敷だった頃の守り神でした。

    駒込稲荷神社 寺・神社・教会

  • そしてこちらが、今回のメインイベント、根津神社境内の西側の斜面にあるつつじ苑です。<br />4月つつじまつり期間中のみ入苑出来ます。<br />100種3,000株のつつじが咲き誇ります。<br />入園料500円。<br /><br />

    そしてこちらが、今回のメインイベント、根津神社境内の西側の斜面にあるつつじ苑です。
    4月つつじまつり期間中のみ入苑出来ます。
    100種3,000株のつつじが咲き誇ります。
    入園料500円。

    根津神社 寺・神社・教会

  • 今回はつつじ苑に入園しなかったのですが、入園せずともつつじは十分に楽しめます。<br />写真はつつじ苑の手前、神橋近くから撮ったものです。<br />月曜日の13時台だというのに外国人を含めた観光客が沢山いました。<br /><br />つつじは満開には少し早かったようですが、それでも十分楽しめました。<br />平日なのに観光客の多さにびっくりで、休日だったらどうなっているのだろうと思ってしまいました。<br />都内でつつじといえば、真っ先に根津神社が浮かぶだけある名所でした。

    今回はつつじ苑に入園しなかったのですが、入園せずともつつじは十分に楽しめます。
    写真はつつじ苑の手前、神橋近くから撮ったものです。
    月曜日の13時台だというのに外国人を含めた観光客が沢山いました。

    つつじは満開には少し早かったようですが、それでも十分楽しめました。
    平日なのに観光客の多さにびっくりで、休日だったらどうなっているのだろうと思ってしまいました。
    都内でつつじといえば、真っ先に根津神社が浮かぶだけある名所でした。

    根津神社 寺・神社・教会

この旅行記のタグ

0いいね!

利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。 問題のある投稿を連絡する

コメントを投稿する前に

十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?

サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)

報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。

この旅行で行ったスポット

旅の計画・記録

マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?

フォートラベル公式LINE@

おすすめの旅行記や旬な旅行情報、お得なキャンペーン情報をお届けします!
QRコードが読み取れない場合はID「@4travel」で検索してください。

\その他の公式SNSはこちら/

この旅行記の地図

拡大する

PAGE TOP