2026/04/29 - 2026/05/07
106位(同エリア145件中)
なかさん
海外旅行は、コロナウイルスが拡大する直前の2020年正月のインド以来。最初は、モロッコかコーカサスを望んでいたが、あてにしていたツアーが実施されず。結局、「チュニジア周遊」のツアーに参加。アラブは2018年5月のレバノン以来。
4月29日(水)空路で、成田からアラブ首長国連邦のドバイへ。
4月30日(木)ドバイ到着後、乗り換えて、チュニジアの首都チュニスへ。着後、カイラワーンへ。途中、バルドー美術館を見学。
5月1日(金)カイラワーン観光。その後、スフェチュラ遺跡を見学後、トズールへ。
5月2日(土)オング・エル・ジャメルへ。その後、トズール旧市街の散策。ジェリド湖に寄った後、クサール・ギレンでサハラ砂漠の見学。
5月3日(日)マトマタで洞穴住居の見学。その後、エル・ジェムの円形闘技場、エル・ジェム博物館を見学後、スースへ。
5月4日(月)スース旧市街を観光後、チュニスへ。途中、カルタゴのローマ遺跡を見学。チュニス着後、旧市街を訪問。
5月5日(火)チュニス郊外のドゥッガ遺跡、ブッラ・レージア遺跡の観光。
5月6日(水)シディ・ブ・サイドを観光後、空港へ。空路にてドバイへ。
5月7日(木)ドバイ着後、乗り換えて帰国の途に。
- 同行者
- 社員・団体旅行
- 航空会社
- エミレーツ航空
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
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今年2月のアメリカ、イスラエルによるイラン攻撃の影響でエミレーツ航空の関空発が欠航。そのため、成田発に変更。
22:30発、成田からアラブ首長国連邦のドバイへ。エミレーツは2018年以来、8年ぶり。 -
ドバイまで所要11時間。スターウォーズのロケ地巡りをするので、機内でエピソード4と5を久しぶりに鑑賞。
翌早朝、4:50にドバイ着、乗り換えてチュニスまで約6時間。エピソード6を鑑賞。 -
チュニス空港からバスで移動中にガイドさんから。
2010~2011年に発生した民主化運動「アラブの春」は、チュニジアの「ジャスミン革命」から始まったと解説あり。
チュニス近郊のバルドー博物館に到着。ローマ時代のモザイク画は世界最大規模。モザイクとは、大理石、小石、ガラス、陶器等の破片を組み合わせて絵や模様を表現した技法。バルドー博物館 博物館・美術館・ギャラリー
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フランスの統治下、1888年にアラウイ博物館として開館した時のもの。
以下、ガイドさんの現地での説明に、博物館の説明文の訳と、グーグルレンズの説明で補足。 -
2015年に発生したテロ犠牲者の追悼碑。
22名の犠牲者(うち日本人3名)の名が刻まれている。 -
ローマ時代の迷宮をモチーフにした床モザイク画。
ローマ時代とは、紀元前8世紀頃のローマ建国から西ローマ帝国が滅亡する476年までの約1200年間。政治体制は、王政、共和制、帝政と変化。 -
ローマ時代のボクシングを描いた床モザイク。
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ミフラーブ(メッカの方向を示すくぼみ)のパネル。
下段は、アラビア語のカリグラフィー(文字を芸術的に見せる手法)。ヒジュラ暦1216年、西暦1801年。ヒジュラ暦とは、イスラム圏で使われている暦。 -
「貴婦人の身支度」。
中央はカルタゴの地主の妻。右の侍女が持つ鏡に貴婦人の顔が映っている。4~5世紀。
カルタゴとは、北アフリカの先住民族ベルベル人が住んでいた都市。紀元前9世紀頃、フェニキア人により建国。ローマと敵対し、ポエニ戦争で滅亡し破壊。征服された後、ローマの植民市として再建。
フェニキア人とは、紀元前15世紀頃から都市国家を形成。現在のレバノン周辺で活躍した海洋民族。アルファベットの起源を創った。 -
北東部のボン岬に位置するケリビアの初期キリスト教の洗礼水盤。6世紀。
洗礼盤とは、洗礼の時に用いられる水を入れる容器。 -
「クリスピナの葬儀用モザイク」。
8歳10ヵ月24日で亡くなった、クリスピナと言う少女の墓石。5世紀頃。 -
トーラー(ユダヤ教の聖典)と、ヤギの皮の巻物。
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「キリスト教時代のテラコッタ・タイル」。
8世紀のビザンチン帝国時代のもの。教会等の装飾として使用された。ビザンチン帝国は、395年にローマ帝国が東西に分裂し、首都コンスタンティノープルを中心に1453年まで続いた東ローマ帝国の通称。 -
「エクシア・マテル(母なる教会)」。
バレンティアという女性の墓碑モザイク。古代キリスト教教会の建築が描かれている。タバルカで出土。5世紀。 -
葬礼モザイク。故人の女性と、机に座る父親。5世紀。
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洗礼盤。6世紀。
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アポロンの像。
ギリシャ神話の神で、音楽、太陽、詩を司る。全知全能の最高神ゼウスの息子。カルタゴの劇場から。2世紀。 -
宮殿の天井。
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白色のスタッコ(漆喰)彫刻と、幾何学模様のタイル。
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王の寝室。
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魚のモザイク。
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「大きなクジャクと植物の装飾」。4世紀後半。
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「ヴィーナスとケンタウロス」。
中央が、ローマ神話の愛と美の女神ヴィーナス。2頭のケンタウロス(アマゾニウとティトニウス)による戴冠式。 -
「オデュッセウスとセイレーン」。
中央のオデュッセウスが、右の怪物セイレーンの誘惑の歌に抵抗して帆柱に自身を括り付けている。周りが耳栓している。ギリシャ神話(ホメロスの『オデュッセイア』)から。260~268年作成。 -
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「ディオニュソスと海賊の伝説」。
槍をもつ青年ディオニュソスがティレニアの海賊を征服している様子。260~280年作成。 -
彫刻が施された木製の天井。木は、レバノンからの杉の木、とガイドさんからの説明。
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「ネプチューンの凱旋と四季の女神」。
中央は、ネプチューンでローマ神話の海の神(ギリシャ神話のポセイドン)。4角には四季の女神(右上が夏、右下が春。左上が秋、左下が冬)。3世紀。 -
天井。
16世紀スペイン南部アンダルシアに見られたイスパノ・モレスク様式(イスラムの技法を取り入れたスペイン独自の芸術様式)。 -
「ユリウス卿のモザイク」。
大土地所有の地主の豊かな暮らしの様子。上段が、秋の収穫物を受け取る場面。中段が、邸宅。下段が、冬や春の風景。4~5世紀制作。 -
「ウェルギリウスと詩神」。
古代ローマの詩人ウェルギリウスと、両脇に叙事詩と雄弁のムーサ(ギリシャ神話のミューズ女神)のカリオペと、パントマイムのムーサ・ポリュムニア。3世紀初め。チュニジア第三の都市スースから発掘。 -
周りの各部屋は、四人の妻用とか。
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バアル・ハモン像。カルタゴの主神。羊の角とヒゲと、スフィンクスの肘掛けのある玉座。妻はタニト。1世紀。
タニトは、豊穣、出産、成長を司るカルタゴの女神。「タニト印」と言う擬人化されたシンボルをこの後、度々見かける。 -
左の図は、ギリシャのアテネからローマへ美術品が運ばれるルート。
右は、沈没船で発見された大理石の大釜。富裕層向けに制作された。 -
途中、休憩。
添乗員さんから、これから向かうケロアン(カイラワーン)の説明あり。アラブの将軍により、670年頃、建設が始まる。地元のベルベル人の監視と、海からの攻撃に備えるため、海岸から離れているこの地が選ばれた。その後、400年間は「北アフリカのメッカ」として繁栄。11世紀中旬、エジプトのベドウィンにより破壊。
イスラムでは、メッカ、メディナ、エルサレムに次ぐ第四の聖地。1988年、世界文化遺産に登録。 -
カイラワーンのホテル「ラ・カスバ」に到着。
ホテルでの夕食はビュッフェ。チュニジアはイスラム国だが戒律は緩め。アルコールも場所により飲酒可能。セルティアビールはチュニジア唯一のビールの銘柄。チップ込みで8TD(チュニジア・ディナール)。1ドル=2.8TD。
この後、就寝。 -
5月1日。
出発前に、宿泊したホテル「ラ・カスバ」を撮影。オスマントルコ時代(14~20世紀初頭)の要塞を改装した5つ星。旧市街の端にある。
8時に出発。まずは、シディ・サハブ霊廟へ。ラ カシュバ ホテル ホテル
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霊廟前は、子どもたちの校外学習でにぎわう。アジア人が珍しいようで、すぐに人だかりができる。
シディ サハブ霊廟 史跡・遺跡
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ここは、イスラムの預言者ムハンマドの同志で専属の床屋だったアブ・ザマ・エル・ベラウィを祭った霊廟。7世紀に郊外に建設後、14世紀に今の場所へ。モスク、神学校が増築。
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白の天井とシャンデリア。
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スタッコ(漆喰)細工。
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奥が聖者の棺。
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17世紀に増築された中庭の回廊。
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神学校(メドラサ)は17世紀に建てられた。
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入り口から。
子どもの割礼儀式を行うモスクとしても有名だとか。 -
メディナ(旧市街)に移動。グランド・モスク(シディ・ウクバ・モスク)。
670年建立後、何度も修復。北アフリカ最古のモスク。大理石の中庭。グランド モスク 寺院・教会
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ミナレット。高さは31.5m。世界で最も古い状態で現存する一つ。最下段は728年、上部は836年に造られた。
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羊の彫刻。ビザンチン帝国時代に送られたものとか。
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中庭を囲む回廊。
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中庭にある排水溝。緩やかに傾斜していて、雨水が地下の貯水槽にたまる仕組み。
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柱が、白の大理石、青い花崗岩等、色が違う。古代ローマやカルタゴ遺跡等、そのまま持ち帰って再利用したため。
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メディナの南側のショハダ門。ユネスコの世界文化遺産登録の標識。
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聖なる井戸「ビル・バルータ」への標識。
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2階に上がると井戸がある。ウクバ総督がこの地で杖をついたら水が湧き出してきたという伝説がある。ラクダが周囲を歩くと、ロープで水がくみ上げられる仕組み。
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深さ約20m。メッカへ通じているという伝説がある。
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屋根はオリーブの木?って言ってたような。
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カフテージという料理のサンドの人気店。
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神学校の入り口だったような。
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露店のスイーツ屋。牛皮やナッツの甘いお菓子。
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ローズマリー。
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10時頃、南部のトズールへ。
道中、車窓から。広大なオリーブ畑と、防風林としてのサボテン。チュニジアは世界有数のオリーブ生産国。 -
スフェチュラ(スベイトラの当時の名前)遺跡に到着。
元々はベルベル人が築いた都市。2~4世紀にはローマ帝国の支配下。439年には、ゲルマン系ヴァンダル族が侵入し建国。6世紀にビザンチン帝国(東ローマ帝国)の支配後、さらに7世紀にはアラブ人が征服してイスラム文化圏になる。スベイトラ遺跡 史跡・遺跡
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7世紀にビザンチンによって拡張工事された後、すぐにアラブ人に滅ぼされたため、最も新しいローマ・ビザンチンの遺構が残っている。
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奥は、オリーブオイルの圧搾台跡。手前は、ローマからビザンチンにかけて拡張、修復された住居跡。小石はビザンチンのもの。
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ローマ時代の公衆貯水槽。当時は、アーチ状の天井で覆われていた。
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共同浴場と地下に繋がるパイプ。奥は、三神殿。
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大浴場の体育場と床のモザイク。
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サウナ。下からスチーム。壁に素焼きパイプ跡。
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アントニウス・ピウスの門。2世紀に造られた。
アントニウス・ピウスとは、138年、第15代ローマ皇帝(五賢帝時代の4番目)として即位。 -
神殿。
左から、ローマ神話のミネルヴァ(ギリシャ神話のアテナ)、ジュピター(ゼウス)、ジュノ(ヘラ)。 -
神殿に登って、フォーラム(公共広場)とアントニウス・ピウスの門を撮影。
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神殿。
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神殿の裏側から。
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キリスト教の洗礼水盤。5~6世紀。
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ビザンチン時代の教会の洗礼堂の一部。
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劇場。
3世紀に造られたが、大部分は近年、修復。当時は2,500人収容。屋根もあった。今も夏の音楽祭に使用されている。 -
凱旋門。3世紀末。
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近くの「ビザセン・ホテル」で昼食。
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前菜。
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「ハリッサ」。唐辛子をベースに作られるチュニジア発祥の調味料。
地中海沿岸でよく使われるそう。オリーブオイルをたっぷりかけて、パン等につけて食べる。 -
オレンジジュースは、7TD。
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メインは、ラム肉の「カムニーヤ」。肉をクミン、トマトソースで煮込んだシチュー。
食後、南下してトズールに。 -
16時過ぎに、途中休憩。
バスで移動中に、南部の都市ガフサで起きたストライキの説明あり。2008年、不正採用をきっかけに、労働条件、失業、貧困の不満から、リン鉱山の労働者、家族、失業者の大規模な抗議と政府からの弾圧があったと。当時、世界5位のリン鉱石の産地だったが、今は人口も減少。
また、この近くで日本の矢崎総業が工場を設置。あと、1913年にトズールまで鉄道が開通された話あり。 -
18時過ぎ、トズールのホテル「パーム・ビーチ・パレス」に到着。
Palm Beach Palace Tozeur ホテル
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室内。
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19時半、夕食。ビュッフェ。
ビールはやっぱりセルティアで、8TD。ピザが美味しかった。
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