2026/04/16 - 2026/04/17
6699位(同エリア8951件中)
マーさん
先月出掛けた、エコパーク水俣内にある「道の駅みなまた」を訪れた際
知ったのが、この広大な敷地は百間排水口(チッソ水俣工場)を中心に
溜まったヘドロや水俣湾で捕れたメチル水銀に汚染された
魚介類をドラム缶に詰めたものが、地中6m下に埋められてる事実を
知り学生時代に読んで衝撃を受けた、石牟礼道子氏の「苦海浄土」
を取り寄せ再度読み進めるうちに、もう一度水俣に行き「水俣病関連施設」
をメインに訪れようと決めた次第でした。
題材が、もう終わった過去の話では無く現在も裁判が続いてる
現在進行形の「終わらない負の遺産」それが「水俣病」なのです。
我が家は、市民運動系でも無いし平和運動系なんてむしろ忌み嫌ってる
位で左寄りでも右寄りでもない、偏り事無く俯瞰で物事を見たいと思ってます
身近な話なのですが、水俣にお世話になった先輩御夫婦がいらっしゃって
もう知り合ってかなりの年数になりますが、最初の頃4人で飲み会
やってる時に、ワタシが「水俣病」って今どうなんですか?と
尋ねたら、御主人は水俣市立医療センターの医療関係者で水俣病隔離棟
があったよって言われ、奥さんはチッソ水俣工場の事務方で
勤務されていたとの事でして・・・御主人がその話はやめようって
云われたのがとても印象に残ってました。
そんな出来事もあって、それ以上は聞くことが出来ずやはりこの話題は
水俣ではタブーなのかな ? と思いました。
そして予備知識を得る為に、2021年公開の「MINAMATA-ミナマタ」を
もう一度見直し、石牟礼道子氏の「苦海浄土」を再読し出掛けました
- 同行者
- 家族旅行
- 一人あたり費用
- 1万円 - 3万円
- 交通手段
- 自家用車
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
北薩方面を抜けて、水俣に向かいますので当然立ち寄るのはいつもの
宮之城「ちくりん館」になります(笑) -
今回の収穫は、原木栽培の椎茸 今が旬のわらび(今年は遅かったです)
そしてこれもいつもの「あくまき」子供の頃は大嫌いだったのですが
年齢を重ねてくると、この季節になると不思議に食べたくなる一品です(笑)
後はオマケの地元のオバちゃんが造った「イチゴ大福」 -
今回は、さつま町から山間部を走りダイレクトで阿久根市に行く初めての
コースでしたが、アップダウンの連続でした(汗) -
でっ! 目指したのは、やっぱりココ !
「清水精肉店」です。こちらの唐揚げは絶品なのです(^^♪ -
海を眺めながら、BQも楽しめる 席もありました
-
「風情あるノンアル」
今回で3回目の来店だったのですが、マスターが覚えていてくれて
「あっ ! お久しぶりです」って、満面の笑み こんなやり取りが愉しいですね -
カミさんがオーダーした「塩唐揚げ定食」これで880円ですから安い !
この日は、先に10名の予約が入っておりワタシ達の後に予約なしの12名
のグループ来店・・・ランチは11時半スタートなのですが
12時前にはオーダーストップ(笑) 12時過ぎに来店したお客さん全て
お断り状態でした。 その位の超人気店のようです(^^♪ -
まず目指したのは、水俣病センター相思社が運営してる
「水俣病歴史考証館」です。この史料館は、被害者である患者視点から
視た「水俣病」に関する資料が展示されています。
水俣出身である作家「石牟礼道子」氏やユージンスミスの元奥さんである
「アイリーン・美緒子・スミス」氏 とも関係の深い施設です。 -
水俣病発生多発地帯の一つである「月浦地区」を抜け小高い丘を
登った処に相思社があります。
不知火海が望めるとても眺望の良い場所です。
「月浦地区」にユージン&アイリーン夫妻は3年間住み
取材をされてたそうです。 -
駐車場にクルマを停めると、この事務所から初老の職員の方が
〇〇さんですよね ?と事前にネットから来館予約を入れてましたので
スムーズに手続き完了・・・ちなみに入館料は大人550円となってます -
この考証館の成り立ちは、1974年若い水俣病患者の働く場所として
キノコ工場(菌床栽培)を建てたのが、相思社の始まりだそうで
水俣病患者の支援団体だったのです。
この日の職員さんの説明によると、なかなか上手くは行かなかったようで
1983年に閉鎖となり(裏事情は聞かなかったのですが想像は付きました)
その5年後、現在の「水俣病歴史考証館」としてスタートしたそうです。 -
この樋門も是非とも見たかった実物の提示物でした。
この古くなった樋門の撤去にはすったもんだがありまして
2023年水俣市は、患者や支援団体には通告無しで排水口に掛かる
コンクリート製のゲートも全て完全撤去する目論見だったらしく
それを聞いた関係団体が猛反発、水俣病の原点でもあるこの場所は
絶対遺さないと駄目なんだと !
結局、県が仲介に入り県の予算で古くなった樋門は撤去し
新しい樋門に取り替えて現状保存が決定したそうです。
このニュースにしても市側は水俣病に関するものは無くしてしまいたい
意向が透けて見える気がしました。 -
大きさを比較するために、カミさんに並んで貰いましたがとにかく大きい
門なのが、お判りになれると思います。 -
24年間排水口に浸かってた樋門ですが、藤壺がびっしり付着してます。
これって、海が健康になってきてるって証拠でもあります -
当時のキノコ工場の様子です何故?菌床栽培のキノコだったのかと云うと
菌を植え付ける為のボトルの間口が広い為、手の震えがある患者さんでも
作業が出来たからだそうです。 -
水俣湾沿いの、湯堂、茂堂、月浦と云った集落は主な産業は
漁業でしたので、日常的に魚介類を食べている頻度が
他の地域より格段に高かったので、発症者が集中しました。 -
チッソの歴史は鹿児島県伊佐市に創設された発電所を皮切りに水俣に
工場を建設、カーバイト製造から飼料工場そして戦後塩化ビニール製造で
国内最大手の化学工場へと発展し、後の旭化成、積水化学、積水ハウス
信越化学工業といった大企業の母体になるほどの成長を遂げています。 -
爆発的に業績が伸びたのが合成酢酸を造る為の材料であるアセトアルデヒドを
それまで輸入に頼ってたものを触媒に水銀を使って自社製造出来る
技術を開発塩化ビニールも同じ方法で触媒に水銀を使用する事によって
副産物としてメチル水銀が発生 ! それを何の処理もせず36年間に渡り
水俣湾に垂れ流しにしてきたのです。 -
チッソ付属病院の院長であった細川医師が、どうもウチの会社の廃液が
原因なのではと疑い、病院内に造った施設内で始めた実験です。 -
「ネコ実験の小屋」これは、再現されたレプリカではなく
その当時、使われていた実物なのです。
これを見た時には、正直 ぞっとしました。
犠牲になったネコの総数838匹だそうです。 -
餌に工場の廃液を毎回混ぜて与えて、経過観察 !?
現代の感覚でしたら、完全にこの実験そのものが犯罪ですよね
そして、実験の結果 この奇病の原因は工場の廃液にあると細川医師は
チッソ幹部に報告したのですが、10年間握りつぶされていました。
完全な犯罪行為に他なりません -
このゼッケン? なのかな ? デモやチッソ本社と交渉時に着用してた
実物だそうです。 生々しすぎる・・・・・ -
水俣病の抗議活動の象徴となった 「怨」旗 です。
館内に入った時、まずこの「怨」旗とゼッケン 大量にディスプレイ
されている光景に圧倒されました。
この旗は「石牟礼道子」氏の考案だそうです。
メチャクチャインパクトあります。 -
この黒く塗られたドラム缶ですが、高さが4mあります。
どんな意味なのかと云うと、最後に紹介してます「百間排水口」付近に
溜まったメチル水銀を含んだ有害なヘドロ層の深さだそうです。 -
1968年に排水はストップされましたが、それまで36年間も垂れ流された
ヘドロが堆積してる模様です。
今ではすっかり様変わりしてました。 -
ドラム缶の裏に展示してあったのが、ヘドロ除去が行われる前に
「百間排水口」付近で採取されたヘドロの実物です。
いかにも、毒々しい色味を放ってます。 -
このメチル水銀中毒症のイチバン怖くて、言い方を変えると非常に質が
悪い点が、メチル水銀に汚染された魚介類を食べ続けた結果
胃や腸から吸収されたメチル水銀は最終的には脳を壊して
人間の基本的動作や味覚・視覚・聴力・言語 全て奪い取っていきます。
一度壊れた部分は二度と再生することはありません。 -
完治はまず望めませんので、対症療法しか望めません。
具合が悪い部位ごとに処方される薬も違うワケですが
それも一時の気休めでしかないのが、水銀中毒の恐いとこです。 -
そしてさらに追い打ちを掛けたのが、同じ水俣市民からの誹謗中傷、差別
もうこうなってくると、イチバン諸悪の根源なのはチッソなのですが
水俣市民VS水俣市民みたいな構図も出来上がってしまってます。 -
先頭の右から2人目の女性の方が、ユージン夫妻の3年間暮らした
家の大家さんだそうです。 -
4代目チッソ島田社長と映画では真田広之氏が演じた川本輝夫氏です。
この方はとにかく行動力が凄くて親父さんを水俣病で亡くし
本人も発症してるのにも関わらず患者代表に立って交渉を続けた方で
この川本氏の自宅に届いた脅迫状も実物が展示してありました。
読むに堪えないウジ虫呼ばわりの酷いものでした。 -
この中の証言に水俣病のやっかいな点が表れてますよね
とにかく水俣はチッソにだっこにおんぶのチッソ城下町なワケですから
工場がフル稼働してた頃の最盛期は市の税収の半分以上占めていた時期も
有りおまけに市長が元水俣チッソ工場長だったり、市議もチッソ社員が
多数いたりとか、完全にチッソに牛耳られてる街だったワケです。 -
水俣病認定問題は、今でも続いてます。最初の患者が認定されてから70年
経過してますが、認定患者は僅か2300人にもみたない始末で
認定却下されたのが17442人県と国は認定基準をどんどん吊上げてます。
この水俣病のやっかいさが症状の個人差が違い過ぎるのです。
今年2026年になってやっと不知火海沿岸地域全ての、健康調査に
乗り出すと発表しました。70年経過してやっとかよ ! って思いましたが -
すこしアングルがズレてますが右手の建物が正門近くです。
水俣チッソは患者の補償事業だけに特化し敷地内の工場は子会社JNCに委譲し
液晶関係の製造に関わっているようです。
会社の決算読みましたが余り良くはないようです。 -
石牟礼道子氏著「苦海浄土」の自筆原稿です。
この水俣と云う片田舎で発生した公害「水俣病」を世に知らしめた
第一人者です。 -
チッソ側に立ってる人間からするとかなり目障りだったらしく
九州新幹線が全線開通した際在来の鹿児島本線から第三セクのオレンジ鉄道
に移行されたのをきっかけに水俣駅もリニューアルされ
構内の展示物に郷土出身である「石牟礼道子」氏を紹介したコーナーが
新設されたのですが、その日の内にクレーム電話が水俣駅に有り
数日で全て撤去された事案があったそうです。
僅か15年程前の出来事ですが、未だに根深い遺恨が残っているようです。 -
展示室を出ると、水俣病に関する物販コーナーがあります。
ユージン&アイリーン共著の写真集も展示してありました。
ちなみにジョニー・デップ主演「MINAMATAーミナマタ」は2021/9/18
全国公開に先駆けて水俣市で先行上映会が開催されましたが
水俣市は一切の協力もせず協賛もしなかったとの事
この事からも行政側からするともう「水俣病」には触れてほしくないって
姿勢がみえ見えな感じがしました。 -
この水俣病に関して、こんなにも多くの著書があるとは驚きでした。
映像関係に関しても結構なタイトルが販売されてました。 -
学習目的で宿泊出来る棟もありますが、今年度4月より相思社が規模を
縮小しており水俣病に関する街案内や宿泊業務も停止になっています。
資料館自体はホントに小さなスペースでしたが、提示物に関してはほぼ
当時使われた物や書類関係は個人名が記されている為
撮影禁止でしたが全てコピーでは無く実物でして株主総会に参加する為に
購入したチッソの1株券や認定却下の県からの書状そして脅迫状
本物でしか感じられない迫力がここにはありました。
とても有意義な時間でありますがメンタル的には結構堪えます。
最後に職員の方から、次は何方へ ?聞かれ
市の水俣病資料館へ行く予定ですと答えると、リニューアルされて
だいぶ変わりましたので是非行かれてみて下さいとの答え
前は酷かったのかな ? とも思いましたが(笑) -
帰り道、月浦地区にある「月浦ふれあい公園」に立ち寄りました。
アーチ状の橋が見える場所の右寄りに月浦漁港があり
発症者が多かった地域になります。 -
画の中央がヘドロ等を埋め立てて造成された「エコパーク水俣」
になります。手前に小さな湾場所とエコパークとの間の
細い水路が有りますが、この水路こそ百間排水口からメチル水銀が
流されたのです。 -
10分程で「水俣市立水俣病資料館」に到着しましたが、見学する前に
まず駐車場から遠すぎるんです。この日水俣は気温が28℃ありましたので
着いた時点でヘロヘロでした(笑) -
水銀を模った植え込みです。
-
やっと到着 !
施設はメチャ立派です。 -
記入用紙に住所氏名を書いて受付に提出します。
尚、入館料は無料でした。
まず23分に纏められた水俣病に関する歴史をVTRで視聴します。 -
リニューアルは民間の業者に依頼したようです。
綺麗にまとめられてる感じがしました。 -
この日付が正式な水俣病届け出の日とされてますが、それ以前から出ていたと・・
亡くなった方達は水俣病とは認可されていません。
月浦に住む田中実子さん当時2歳11か月が居られます。数年後症状が
悪化し最後に話せたのが「靴が履けん」と云う言葉が最後だったとの事
ユージン&アイリーン夫妻が同じ月浦に住んでいた時、当時18歳に
なっておりユージン・スミスがいちばん可愛がってた女の子でした。
現在72歳で数年前に脳梗塞を発症、24時間ヘルパーの介護を
受けながら暮らしておられます。 -
百間排水口 ! この後 見学に行きます。
-
チッソの小手先だけの誤魔化し・・企業姿勢が表れてます。
逆にこれまで、魚介類を控えてた水俣市民が安全なんだと思い込み
水俣産の魚介類を食するようになり、さらに被害が広がってしまった
と云うお粗末な結果になってます。
当時の社長がサイクレーターで浄化されたと云う水を飲む茶番劇まで
やりましたが、実際に飲んだのは安全な水道水だったとの事 -
これもまたチッソのやった悪手です。
水俣川の流れの勢いで薄まるだろうと考えて八幡プールから
水俣川に流したら、逆に汚染範囲を広げる結果になり
鹿児島県出水市や阿久根市まで患者が出る始末 -
これにはビックリしました。
よく水俣市がこの展示を許可したものだと感心しました。
それにしても物凄い量の薬で、逆に悪くなるんじゃって思いました。 -
このコーナーも多分リニューアルされてからの展示だと思います
水俣病問題が発覚してからは、水俣市や県そして国まで
チッソに忖度してるような姿勢でしたから・・・
患者側にも寄り添うような展示には好感がもてました -
この展示パネルを見て、クラクフにあるオスカーシンドラー博物館
を思い出してしまいました。
大きな違いはこちらのパネルの方々はチッソと云う企業によって
殺された方々で、一方のオスカーシンドラー博物館の方々は
シンドラーリストに寄って助かった人々
なんとも皮肉な感じを受けました。
入館する前は、どうせ行政が作った資料館だろうと考えてましたが
予備知識無しで水俣病を知るにはとても判りやすい提示物
だったと思いました。さすがに「怨旗」はありませんでしだが(苦笑) -
今回の水俣病関連で、いちばん見たかった場所です。
水俣病の原点 !! と云われている「百間排水口」
1932年から1968年 36年間もメチル水銀を含む有毒排水が水俣湾に
垂れ流しにされていた水門なのです。当時のまま残されています
現在の樋門は2023年、県が費用負担をし熊本県産のヒノキを
使い高さ3m幅2.4m重量650Kのモノが新調され設置されています。 -
排水口の目の前は、百間漁港でして木造の漁船が係留されていました。
水俣病が公になる前の話ですが、不知火海沿岸の漁師はこの百間漁港に
係留しておくと、船底に付着した藤壺や牡蠣殻が綺麗に無くなると
評判だったらしく、みなさんこの漁港に定期的に係留しに来たとの事
裏を返せば、有毒物に浸けてたワケですから・・死滅しますよね -
排水口から見た百閒漁港ですが、干潮で干上がってるその両サイドの
ヘドロ !! ここがやはりいちばん汚染が酷くこのヘドロ層は
4mもあったそうです。 -
少し角度が違いますが、上記の画と同じ場所です。
すっかり様変わりしてますよね。 -
雨水や工場の浄化された排水を排出するポンプ場です。
満潮時どうしても潮位が高くなり、逆流してしまうため樋門が設置
されたのですが、この排水ポンプ場が出来てこの「百間排水口」
は使われなくなったとの事です。
かなり重い旅行記になってしまいましたが、後半はまたこれまでに
訪れたことの無い「温泉記」に戻ります(^^♪
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