2026/02/21 - 2026/02/21
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かくちゃんさん
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この旅行記のスケジュール
2026/02/21
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伊勢本街道 萩原宿
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徒歩での移動
ランニング 伊勢本街道
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伊勢本街道 高井宿
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徒歩での移動
ランニング 伊勢本街道
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伊勢本街道 田口宿
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徒歩での移動
ランニング 伊勢本街道
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伊勢本街道 山粕宿
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バスでの移動
宇陀地域連携コミュニティバス 山粕東口 15:50発 榛原駅 16:35着
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榛原駅
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電車での移動
近鉄大阪線
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電車での移動
近鉄橿原線・京都線
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二十八日目。
午後0時10分、晴天の中、榛原駅を出発。伊勢本街道を少し逆戻りし、近鉄大阪線のガードをくぐって萩原宿の伊勢本街道と初瀬街道との追分にある旅籠「あぶらや」を訪問。踵を返して伊勢方面に向い、宇陀川を渡って墨坂神社を参拝。国道369号線に入り、桧牧(ひのまき)から上りとなった道を進むと高井である。ここで体操し、Takai Cafeさんでアールグレーの紅茶とパウンドケーキをいただき休憩。
再出発して旧道に入り急坂を上り高井の千本杉を見た後、津越家住宅に立ち寄り、赤埴で右折、諸木野関所跡を過ぎ、息を弾ませながら所々舗装がなくなる道を上り石割峠の解説板から先、広い方の道を進むも途中から急な上り山道になりかなり高度が上がる。おかしいなと思いつつ進むと道は途中で行き止まりに。滑るように山道を下り、解説板まで引き返すとハイキングをしているグループがいる。「本街道は左ですか」と聞くと「そうだ」との答え。解説板手前の広い道ではなく、解説板の奥の細い道が本街道。これは分からんよと愚痴りつつ、途中、案内のない分れ道に悩みつつも何とか石割峠に到着。
山道から舗装道に代わって姫隠岩を通過し、下る道をピッチを上げて進むと集落が現れる。田口宿である。集落を抜け再び上りとなった道を進み、黒岩から山道を上ると山粕峠である。峠を越えると道は沢沿いに進み、道と沢が入り組んでいる中を下りていくと細田神社の大きな看板とともに視界が開け、未舗装の道が終わる。山粕宿である。宿場町らしい鍵の手の道が終わると鞍取峠口にある絆の里休憩所に到着。本日はここで止まることとする。本日の走行距離、四里十八町也。
休憩所に着いたのはバス到着の7分前。急いで着替えた後、山粕東口のバス停へ。上着を羽織っているところにバスが到着。45分かけて榛原駅へ。特急の通過待ちをしていた急行電車に飛び乗り、大和八木駅で途中下車。駅前の虎屋さんで虎屋セットと生ビール、地元桜井市の地酒「三諸杉特別純米」をいただき二十八日目を締めくくったのでした。
- 旅行の満足度
- 3.0
- 観光
- 1.5
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 3万円 - 5万円
- 交通手段
- 高速・路線バス 新幹線 私鉄 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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近鉄大阪線榛原(はいばら)駅
パタパタの行先案内板がいまだに現役でした。私の子供の頃はまだ字幕回転式の行先案内板が多く、パタパタと音をさせながら表示が変わっていく様を斬新に感じながら見ていたのを覚えています。しかし、このパタパタ、東京では全く見かけなくなりました。正式には「反転フラップ式案内表示機」と言うのだそうです。榛原駅 駅
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伊勢本街道 萩原(はいばら)宿 あぶらや
明治末頃まで旅籠として営業していたという「あぶらや」。名前からも分かるように元々は油業を営んでいたようです。 -
萩原宿札の辻
ここを右折するとあを越え伊勢街道(初瀬街道)で峠が少ないことから多くの参宮者が利用したのだそうです。近鉄大阪線はこの初瀬街道に沿って敷設されています。 -
墨坂神社
古事記・日本書紀に、国中に疫病がまん延して天皇がいたく悩まれていたある夜、夢の中に現れた神人のお告げにより墨坂の神を祀ったところ、疫病が平癒して天下泰平になったとの記述があることから日本最古の健康の神として崇敬を集めているのだそうです。文安6年(1449年)に西峠の天の森から現在の地に遷座しています。
前回はここまでたどり着きませんでしたが、今回は参拝したおかげで最後まで快調に進むことができました。ご利益があったようです。 -
伊勢本街道 高井宿
かつての内牧村の中心部だった高井。駐在所や郵便局があり、徳川の御代は宿場町の役割を果たしていたようです。ここを左折すると旧道に入り、石割峠を経て田口宿に至ります。 -
Takai Cafe
週末だけ営業しているというTakai Cafeさん。土曜日の午後1時に訪問。私の他に昼食を召し上がっている女性がおられました。また、地元の方と思しき方がケーキを買いに来ていました。TAKAI.CAFE グルメ・レストラン
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アールグレーの紅茶とパウンドケーキ
窓際のカウンター席で内牧川を眺めながらいただきました。紅茶、グラスに入っていますがホットです。写真、何度撮ってもぼやけてしまいました。 -
高井の千本杉
杉の水を集める力を利用するため、約1m四方の井戸の周囲に杉が密植され、その杉が成長するにつれて合体したものが今の姿になっているのだそうです。井戸は現在空井戸になっています。 -
津越家住宅
かつては大津屋という旅籠だったのだそうです。車が止まっていますが、人が住んでいる気配は感じませんでした。 -
赤埴(あかばね)の三叉路
高井方面から直進する道は室生寺までつながっていますが、伊勢本街道はここを右折します。享保7年(1722年)に建立された道標が「右いせみち」と案内してくれます。 -
諸木野関所跡
室町時代の中期、長禄2年(1458年)に設けられたという諸木野関。室町時代の後期に廃止されたのだそうです。 -
石割峠の解説板
ここは広場のようになっていますが、伊勢本街道はこの解説板の手前の道ではなく奥の上り道を進みます。間違えやすいので要注意です。なお、石割峠はここではなくこの案内板から少し上った場所にあります。 -
石割峠
狭い切り通しにある石割峠。峠の名は三郎岳と石割岳の鞍部の石を割って開いたからとも、冬季の冷え込みで岩にしみ込んだ水が凍結して岩を割ったからとも言われているのだそうです。伊勢本街道最高地点の標高695mにあります。 -
笹原の追分
真っ直ぐ進むと原山から室生に、右に進むと田口宿に向います。石割峠、細かい枝道が多く迷いやすかったですが、ここは道がはっきり分かれていて宝暦3年(1753年)建立の道標もあり迷わず下り道に入れました。徳川の御代からの追分なんでしょうね。 -
姫隠岩
5世紀頃、逃避行中の速総別王(はやふさわけのおう)が女鳥王(めとりのおう)をこの岩に隠して追手から逃れたという伝説があるのだそうです。 -
伊勢本街道 田口宿
興福寺大乗院の荘園だったという田口。奈良から11里半と1日で到達できる場所だったため、高僧や大名の旅日記にもこの宿場の名前があるのだそうです。古い建物が何か所か残っています。 -
山粕(やまかす)峠
峠には大正5年(1916年)頃まで茶屋があり、この辺りは切り通しになっていたのだそうです。御一新から50年近く茶屋が営業できていたのですから、明治時代はまだ通行人がいたんでしょうね。
峠を越えると土砂崩れや砂防ダムの建設によって街道の姿が消えてしまっており、どこを通って良いのか迷うほど道と沢が入り組んでいます。 -
伊勢本街道 山粕宿
山粕峠と鞍取峠に挟まれた山粕宿は、旅籠の他にも問屋があり、五街道の宿場町並みの機能を果たしていたようです。伊勢本街道は徳川の御代にはお伊勢参りの通行人の往来が激しかったことから、高井や田口にも旅籠があったようですが、これらは萩原宿から山粕宿までの間の宿(あいのしゅく)のような役割を果たしていたのかもしれません。 -
山粕東口バス停
バス停は山粕集落の外れ、鞍取峠入口である絆の里休憩所の近くにあります。2月と季節外れだからでしょうか、曽爾(そに)村役場から来た路線バスには誰も乗っておらず、また、榛原駅までの間、乗客は地元の方と思しき方が2人乗って来ただけでした。存続が危ぶまれます。 -
近鉄大和八木駅
日本建国の地であり古くから交通の要衝である橿原(かしはら)の玄関口である大和八木駅。奈良県第二の都市だけあって駅前は人通りも多く賑やかでした。大和八木駅 駅
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大阪商人虎屋
阪神タイガースファンの店なんでしょうが、店内は阪神一色ではありませんでした。普通の居酒屋さんでしたが、地元奈良の日本酒が充実しており、時間があればあと2~3杯飲みたかったところです。大阪商人 虎屋 グルメ・レストラン
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近鉄京都駅構内にある「タイムズプレイス」
お土産屋さんですが、JR京都駅の売店とはお土産の品揃えがちょっと違う気がします。京都伊右衛門の抹茶プリンと帰りの新幹線で食べる柿の葉寿司を購入しました。タイムズプレイス京都 お土産屋・直売所・特産品
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