2025/09/23 - 2025/09/24
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nichiさん
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東急ハーヴェストクラブ旧軽井沢をチェックアウトした私たち3人は、SHOZO CAFEへ。
那須の人気店が軽井沢に出店していたのは知っていたのですが、今回初めて伺いました。
本屋さんにカフェが併設されているのか、カフェに本屋さんが併設されているのか?
木漏れ日が差し込む、洗練されていて落ち着く店内です。
アウトサイドにもテーブルがあって、ペットずれの方々のご利用が多いようでした。
そして、母の希望で軽井沢民俗博物館へ。
ここで草軽電鉄の企画展が開催されています。
昭和30年代に母は大学生の頃、この草軽電鉄に乗車しているそうで、懐かしく感じているようです。。。
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ハーヴェストから車で約15分。
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SHOZO CAFEにやってきました。
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3人はここで朝食を戴きます。
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さあ店内へ。
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私と相方はカフェオレと共に。
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母はアイスコーヒーと共に。
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戴きま~す!
このクロワッサンもカフェオレも美味! -
本屋さんの中にカフェがあるのか?
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カフェの中に本屋さんがあるのか?
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写真撮影可の本屋さんでもあります。
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2階はコワーキングスペースになっていました。
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アウトサイドの席は、ペット連れのお客様で一杯でした。
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SHOZO CAFEから車で約5分。
軽井沢民俗博物館にやってきました。 -
目的はこの企画展です。
高原を駆ける草軽電鉄
地域・人をつないだ鉄道のあゆみ -
200円×3名
近衛文麿別荘も見学できるのですね。 -
右は、江戸時代の慶応元年に建てられた道標です。
右は「はるな」。
榛名のことですね。
左はなんと別荘に庭に捨てられていたという、観音様です。
手に蓮の花を持っていらっしゃいます。 -
民俗博物館に訪れるとよく見かける昔の道具。
その地方華ではのものが見られるのですが、ココで初めて見かけたのは、この馬用の草鞋です。
これにはビックリ!!!
江戸時代、まだ蹄鉄が無かったので、馬に草鞋を履かせていたことは浮世絵を見ていて知ったことですが、実物を見たのは初めてです。 -
馬の鞍。
それも、荷物用の鞍です。
今まで人用の鞍しか見たことなかったな~ -
中馬稼ぎ(ちゅうまかせぎ)と言って、農民が農閑期に馬で荷物を運んで稼いでいたのだそうです。
宿場にある馬は、宿場ごとに積み替える荷替が必要でしたが、中馬ではその必要がなく、積み替えによる荷物の破損も少なかったため、さかんになったようです。
塩や茶、綿織物や農機具が信州に入って来て、煙草や生糸、米やお酒が信州から運び出されました。
こうやって江戸時代に経済が発展していったのですね。 -
信州のど真ん中を通って江戸に続く中山道は、北陸や西国の大名の参勤交代に使われました。
追分の本陣には、様々な大名が参勤交代の際に通行した記録が残っているのですね。 -
軽井沢周辺の地形模型です。
写真だと判りづらいのですが、実物見るとよくわかります。
なかなか面白い・・・ -
浅間山を中心に置いたこの軽井沢周辺の画も面白い。
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手前の離山は今でも変わりませんね。
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明治24年の軽井沢大通り。
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明治末期の追分宿。
江戸時代が終わって参勤交代が無くなり、中山道の宿場町は一時寂れますが、明治26年(1893年)の鉄道開通がその後に大きな影響を与えました。 -
明治末期の追分の分岐点。
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大正10年ごろの沓掛です。
今の中軽井沢ですね。 -
明治26年(1893年)信越線が開通しました。
横川からは碓氷峠を登って軽井沢に向かわなければなりません。
横川は標高386.6m。
軽井沢の標高は、939.1m
横川から軽井沢に向かって550m以上、一機に登らなければならなかったのですね。 -
これ!
アプト式の鉄道線路ですね。
旧坂を登るため、このような歯形の線路が採用されました。 -
当時の信越線の蒸気機関車の写真です。
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明治45年(1912年)に電気機関車が採用されます。
これは信越線の碓氷峠を登る電気機関車の写真です。 -
これ、私にも記憶にあります。
硬券の券売機ですね。 -
明治26年(1893年)に信越線の横川ー軽井沢間にアプト式鉄道が開通しました。
そして避暑地軽井沢と温泉地の草津との間に鉄道を結ぶ計画が始まりました。
これが草軽鉄道が施設されるきっかけになっています。 -
当時、沓掛宿(今の中軽井沢)と草津温泉は、人と馬が往来していました。
物資の運搬他、湯治客の輸送に携わっていました。
中山道から北に延びる草津街道は、沓掛の人々の経済を支えていたのですね。 -
大正4年(1915年)に、新軽井沢(軽井沢駅の北西のすぐ近く)から小瀬温泉(今の小瀬温泉ホテルの近く)まで開通します。
草軽軽便鉄道のスタートです。
そして大正13年(1924年)に新軽井沢~嬬恋まで開通し、より力がある蒸気機関車が電気機関車に変更されました。
この時に導入されたのが、通称カブト虫と呼ばれた、パンタグラフが高くカブトムシが角を突きだしているように見えた電気機関車でした。
今、軽井沢の駅前に保存展示されています。 -
最初は小型機関車が引っ張る軽便鉄道でした。
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人の大きさから機関車の小ささが判りますね。
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後ろに見えている山は浅間山かなあ?
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これが草軽電鉄で走っていた電気機関車であるカブト虫での模型ですね。
軽井沢の駅前に実物が保管展示されていましたね。 -
これが今は亡き、草軽電鉄の路線図です。
草津温泉まで55。5㎞なのですね。 -
軽井沢の駅前の「しんかるいざわ」から「きゅうかるいざわ」を通って、三笠ホテルがある「みかさ」へ。
そこから西に向かって「つるだまり」。
「つるだまり」ってどこ?
ググってみたら、離山の北西に鶴溜駅跡がありました。
「にどあげ」から北は群馬県です。 -
これがカブト虫ですね。
現役の時に乗りたかったな~ -
乗降客の減少、一部で競合の出現、台風による橋梁の流出などの影響で、昭和30年台に廃線になっています。
前年ですね・・・
母は大学生の頃、新軽井沢から三笠まで乗っているそうです。
ココで在りし日の草軽電鉄のモノクロ映像を拝見することができました。
90歳の母は懐かしく拝見していました。 -
こんな行先表示板が残っていました。
日本にはこんな軽便鉄道があったのですね。 -
昔の民具の展示がありました。
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ウィンタースポーツの動議も。。。
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スキーはバンブースキーですね。
カンダハですね。 -
下駄スケートだ!
初めて見た! -
これは足袋のスケートですね~
これも初めて見ました。 -
農作業に使う小委子
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蓑って雨風が凌げたのかな~?
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これも初めて見た火消壺。
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これは冷蔵庫。
と言っても電気は使わない、上に氷を入れて下を冷やす、昔の冷蔵庫です。 -
これはな~に?
アイスクリーム製造機?
これでどうやって作ったんだ~? -
右はコーヒー沸かし器で左はペッパーミルです。
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これは、ジューサーです。
軽井沢民俗博物館をあとにしました。 -
軽井沢民俗博物館のチケットで入れる、近衛文麿別荘へ。
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大正時代の建物で、内閣総理大臣だった近衛文麿が別荘として使っていた建物です。
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中は撮影禁止。
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和洋折衷の、なかなかお洒落な建物でした。
さあ帰りましょう。
おしまい。
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旅行記グループ
祝♪納車。90歳の母を迎えに軽井沢へ。
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