2025/11/19 - 2025/11/26
79位(同エリア733件中)
mistralさん
- mistralさんTOP
- 旅行記283冊
- クチコミ23件
- Q&A回答19件
- 384,735アクセス
- フォロワー111人
夫の友人たちがインド旅行を計画したという。
これまでmistralは20代のころからヨガのレッスンを受け続けてきた。インド人の先生、又、インドの大学でヨガテラピーで学位をとられ教えておられた先生、と何人かの先生からレッスンを受けてきていた。
先生がたからインドのお話はたくさんお聞きしながら、インドへ行く機会は残念ながらこれまでなかった。
夫に同行することが決まり、インドへは最初で最後の旅になるかも?と思いつつ、ほとんど行き先などの予習もしないまま出発の朝を迎えた。
旅が終わって、旅行記を書きながら思い出す。
お仲間に恵まれた旅。
ツアー旅の楽チンさ。
これまでの個人旅のように、旅行中に起こる事柄にその都度対処しなければならない苦労もなく、おかげで余った時間には旅行記の作成をしながら旅を続けることができた旅だった。
<日程>
11月19日 羽田からデリーへ JL039便 デリー泊
11且20日 デリーからベナレスへ AI1741便 サルナート観光
ベナレス泊
11且21日 ベナレス観光後 デリーへ AI1870便
バスにてアグラへ アグラ泊
11且22日 アグラ観光 アグラ泊
11月23日 ジャイプールへ ジャイプール泊
途中ファテプールシクリ、チャンドバオリ観光
11月24日 ジャイプール観光 デリーへ戻る デリー泊
11月25日 デリー観光 JL030便にて帰国
11月26日 早朝 羽田着
(旅を一編の旅行記にまとめてしまったため、エリアは最初の地にしましたが、表紙写真はジャイプル近くの階段井戸です。)
2025年9月のイギリスの旅の旅行記もまだ途中のままです。ツアー旅は自身で計画をしていないので、忘れないうちにインド旅を先にアップします。
もっと簡単に一編の旅行記にまとめてしまおうと思っていたのですが、始めてみたらさすがインド、奥深い歴史と文化が満載で、まとめきれずにアップアップしています。写真も多くなってしまいました。どうぞサラッとご覧になってください。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 同行者
- 友人
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
-
11月19日
JL039便 羽田発 11:45
デリー着 18:05
時差は約3時間半
夫が中学、高校をご一緒にすごした方々と、ラウンジで初めてお会いした。それでも名前やうわさ話しで聞き覚えのある方も多く、楽しそうな(騒々しいような?)旅の予感が。
今回の旅の計画は1年ぐらい前から始まったそうだ。
最初に参加を表明されながらも、諸般の事情から抜けられた方もおられたそう。
10名にまとまると日本からの添乗員さんもつくらしく、最後の頃、mistral、更にメンバーのお知り合いの女性も加わってやっと10名となったようだ。 -
デリーの空港に到着。
専用車にてホテルへ向かった。
ホテルの名前はThe Grand New Delhi。 -
最終日のホテルもここに戻ってくる。
-
11月20日
インドでの朝、登ってきた太陽。 -
これからベナレス へと向かう。
オーバーブッキングがあったようで、国内線はエコノミーからプレエコへアップグレードされた。
添乗員さんによると機材はビスタラ航空。
とても良い航空会社だったそう。
現在はシンガポール航空との共同出資による運航と変わっている。
がエアーインディアとの表示。 -
機中からヒマラヤの山塊?が見えていて、数人で大騒ぎをしながら写真を撮っていた。
-
AI1741 デリー発 10:25
ベナレス 着 11:50 -
昼食後、お釈迦様の初説法の地(初転法輪の地)
サルナート(鹿野苑)へ向かった。
ここは 仏教徒にとっての重要な聖地とされている。
最初に「考古学博物館」へ。 -
遺跡のすぐ近くにあり、出土品が収蔵されているそう。
小規模ながらインド第一級の文化財が展示されている。 -
最初に目に飛びこんできた彫刻。
西洋風なお顔が可愛らしかった。 -
「シバ神」
シバ神がアンダカ(盲目の悪魔、シヴァ神とパールヴァーティー妃の息子として、暗黒の闇から生まれたとされる)を打ち負かす場面を表しているそう。
シバ神、破壊と再生を司る神だそう。破壊といっても、宇宙の循環の中で、古いものを壊し新しいものを生み出す役割を果たす。
手に持っているお椀で「血」を飲んだと説明されたが、そうではなく「毒」を飲んだようだ。宇宙全体を焼き尽くすほどの猛毒を、シバ神は飲み込み、世界を救ったとされる。その時、妻のパールヴァーティが喉を押さえて、毒が体内に広がらないようにしたそう。 -
「シバ神と妻のパールヴァーティー」
最初の妻サティーがシヴァ神の元を去った後、生まれ変わりとしてパールヴァティーが現れたそう。 -
「柱頭四頭獅子像」
遺跡エリアにあるアショカ王柱の上部に載せられていた彫刻だそう。
アショカ王(BC272-232年)により建立された
マウリア王朝期の作品。
博物館内では最古の彫刻。オリジナル。
獅子が四方を向いているのは、世界中にあまねく仏教が広がるようにという願いが込められているそう。
獅子を支える盤上の側面には、象、獅子、馬、雄牛の4頭の「偉大な動物」と、その間には法輪が彫られている。
法の絶え間ない効力があることを示しているそう。
お札にもデザインが入っているので、インドにとって大変大切なもののようだ。 -
この写真は遺跡内に展示されていたもの。
発見時の状態のようだ。 -
インド国内を案内してくださったシンさん。
Harvinder Singhさんが本当のお名前。
(ご本人から掲載の許可をいただいてます。)
日本にも2年間留学されていたそうで、日本語は流暢なもの。
ターバンは毎回、お洋服に合わせてコーディネートされていた。 -
博物館を出て、すぐそばにある遺跡を歩いた。
ブッタ・ガヤで悟りを得たブッダ
当時多くの宗教者が集まっていたというワラーナシ(バラナシ)を目指した。
前528年サルーナートに着いたのち、かつて共に修行していた5人の修行者と出会った。
(写真はかつての多くの僧たちが修行していたという僧院跡。) -
そこで初めて、自ら悟った真理を言葉で表したという。
(仏教徒の方々?が、前方に座っておられる僧侶の方とともにお経をあげておられた。) -
その時耳を傾けていたのは、
その5人の修行者と、森に住む鹿たちだったそう。 -
瓦礫となってしまっているが
あちこちに当時のままの彫刻が残っている。 -
この一帯は、3~12世紀までお寺や塔などの建造物があった。
しかし13世紀に侵攻してきたイスラム教徒たちによって破壊されてしまった。 -
五世紀に建立されたという
ダメークストゥーパ。
アショカ王により建立された。
高さ約43.6m、直径約28m。
お線香の煙でいぶされて、黒くなってしまったストゥーパ。
以前は参拝の人たちが金箔を貼り付けていたようだ。
今でも張り付けられた金箔の跡があちこちに残っているが
現在は禁止されていて、ストゥーパ周りには柵がつけられている。 -
どちらから見えたのか、仏教徒の方々。
-
すぐ近くにあるムラガンダダクーティ寺院にも参拝。
ここは比較的新しい寺院らしい。 -
内部の壁画は、戦前、日本人の画家
野生司香雪という方によるそう。
仏陀の生涯が描かれている。
当日のホテル
Ramada Plaza JHVに。 -
当日のホテル
Ramada Plaza JHVにチェックイン -
11月21日 朝5時半にホテルを出発。
早朝のガンジス川の沐浴風景を見学に出かける。
写真はガンジス川の聖水を道端で売る人。 -
近くに火葬場のあるガート周辺には沐浴風景が広がっている。
以前は岸辺にはこれほど多くのボートはなかったそうだが、最近はボートの隙間で沐浴をされる人が多くなってしまったそう。 -
沐浴の方法がネットにありました。
・川に入る前に一礼
・川に入って東を向く
・自分の名前(知っている人はインド占星術の星座)を心の中で唱える
・頭のてっぺんまで入水
・両手で3回水をすくい、太陽に捧げる
・お願いごとをする
沐浴の時間帯は早朝。特に日の出の時間帯に集まってくるそう。
女性は薄手の長袖、長ズボンを着用する(肌の露出はいけないようです。)
沐浴の方法がわかったとしても、とても入る気にはなれない。 -
マニカルニカ・ガート(火葬場)はこのすぐ先にあるようだ。
この近くでボートに乗り込み、川から見学する予定。
火葬場にカメラを向けての撮影は禁止されている。
舟上からは火葬場の火が立ち上っている様が良く見えていた。
(写真はガートで沐浴の準備をされる方々。) -
ボートに乗り込んで
川からガートを眺める。
写真の男性はガイドのシンさん。
(顔出しは了承ずみ。) -
ガンジス川から見学。
反対側は太陽が昇ってくる岸辺なので建物は一切ない、
喧噪の岸辺から離れて船上からガートを眺めている。
皆さん、無言。
諸行無常・・・ -
シベリアからやってきた渡り鳥たちが、船の周りを追いかけてくる。
-
ローソクに火を灯したお花を、川に投げ入れて願いごとをすると、叶うという。
mistralは、せっかく受け取ったお花を落としてしまい、お願いができず。 -
帰り道、参道の途中にあるチャイ屋さんで、シンさんが美味しいチャイをご馳走してくださった。
-
AI1870 ベナレス 発 12:30
デリー着 14:10
この後、専用車でアグラまで向かった。(約4時間ほど)
写真は高速道路の料金所を通過の折のもの。
当日のホテルは
Radisson Hotel Agra。
ここで二泊する。 -
11月22日
ホテルを8時半に出発して
タージマハール(世界遺産)へ向かう。
バスを下車後、こんなカートに乗って入口近くまで。
女性3人は後ろの席に並んで座った。
カーブなどではふり落されないようにしっかりと柵につかまっていた。
スリル満点のひととき。 -
このあたりでカートから降りて
左側に回り込んで内部へ入場した。 -
多くの観光客。
-
これまで数多くの写真でみてきたタージマハールは
既視感いっぱい。 -
「タージマハール」
総大理石造りの霊廟。
1983年に世界遺産に登録された。
ムガル帝国第5代皇帝シャー・ジャハーンが、最愛の妃ムムターズ・マハルを偲んで造営したもの。
中央のドームと4本の尖塔(ミナレット)が特徴で、緻密に計算された左右対称のデザインと、美しいレリーフや宝石の象嵌細工で知られている。
霊廟なので、中央には妃ムムターズ・マハルの棺が置かれていたが、後に息子によって幽閉されてしまった第5代皇帝シャー・ジャハーンの棺は、妃の横のスペースに置かれていたのがお気の毒な感じがした。
皇帝は、生前、ご自身の霊廟を黒い大理石で対岸に造ろうとされていたそうだが(建築好きだった?)そんな計画を阻む為の幽閉だったのかもしれない。 -
美しい回廊を通って、出口へ向かった。
-
昼食後は
アグラ城へ(世界遺産)
こちらも観光客で大賑わいだった。
16世紀からの約300年間、ムガール帝国の歴代の皇帝の居城だった。
第3代皇帝「アクバル」がデリーから遷都して築いたアグラ城。この地方で産出する赤砂岩を用いて造られていたため「赤い城」と呼ばれていた。赤い色は皇帝の強大な権力の象徴でもあったそう。
後方に見える城壁は、第6代皇帝「アウラングゼーブ」によるもの。城壁は高さ20mのもので、周囲2.5kmに渡って巡らされていて、堅固なアグラ城が完成されていった。 -
城壁の高さに圧倒される。
-
アクバル帝は、イスラム王朝でありながら他宗教との融和を図るためにヒンドゥー教徒の妃をめとったそう。又、建築上でもイスラムとヒンドゥー建築との融合がみられるそうだ。
-
城内の建物が純白なのは第5代皇帝「シャー・ジャハーン」によるもの。
-
遥か彼方に見えるタージマハールを望遠で。
このタージ・マハルを建てたことでも知られる第5代皇帝は
公謁殿(一般謁見の間)、モティ・マスジド(真珠のモスク)、皇帝の寝殿など、白大理石に貴石の象嵌を施した建物を次々に建てていったそう。 -
優美な象嵌を施された柱。
一部の貴石は取り除かれてしまっている。 -
列柱が美しい。
-
22日の夕刻はアーユルベーダのお店へ。
(Kerala Ayurvedic Kendra)
グループの参加者、Hさんと同室で二人で施術を受けた。
他にグループの男性4人は別室で受けた。
まずはうつ伏せとあおむけでマッサージ、
温められたハーブなどが詰められたポーチ(Potli)を当ててのマッサージ、
そして日本でも受けたいとずっと思っていた「Shirodhara」(シロダーラ)は一番期待していたもの。
申し込んでいた1時間のコースは、思っていたよりも短く、料金は9000円だった。
オイルはすぐには洗い流さず、2時間ぐらいはそのままが良いとのことで、身体中の油分はふき取ったままでホテルに戻ってきた。
その効果から、当日の夜はぐっすりと熟睡した。 -
11月23日
専用車にてジャイプールへ。
途中ファテプール・シクリの遺跡(世界遺産)を見学。
アグラの西40kmのところに位置している。
ムガール帝国第3代皇帝アクバルによって建設された都市。 -
当時アクバルは跡継ぎに恵まれていなかった。
この地に住むイスラム教の聖者に世継ぎの問題を相談したところ、息子を授かるだろうとの予言を受けた。そのおかげで王子サリーム(のちのジャハーンギール)が誕生。その記念にここに新たな都を造った。
「ディーワーネ・アーム」(公開殿)
皇帝と国民が接するための開放的な建築物。 -
しかし慢性的な水不足と猛暑のため、わずか14年間(1571~1585年)しか使用されず、新都ラホールに遷都されたため、ここは廃墟となった。
「パーンチ・マハル」
五層の建築物。壁が無いため、遊戯、納涼、展望のための施設と考えられている。 -
「ディーワーネ・ハース」
皇帝の私的な謁見のための建物。
二階には対角線上にブリッジが架けられていて、その交差部分にアクバルが腰掛け、1階で議論する様を見ていたそう。(傘の骨状部分の上にあたる) -
占い師がここで占ったそう。
-
同窓生のじいじさんたち7人と、
女性3人が加わってのグループが勢ぞろいして。
この辺りの広大なスペース
女性をチェスの駒に見立てて、動かして楽しんだそう。 -
当日のお昼ごはん
タイ風の味付けとのことで、普段よりマイルドな味付けだった。 -
更にジャイプールに向かう途中にあった
「チャンド・バオリの階段井戸」
北西部、ラジャスタン州、ジャイプールの東90kmのところに位置している。
8世紀から9世紀ごろ、この地を治めていたチャンド王によって建設されたもの。
深さは約30m、13層からなっている。
階段数は3500段あるそう。 -
-
3方向が階段になっていて、一面は宮殿の跡や紳像が祀られた回廊になっている。
ちょっと見ると階段ではなく幾何学的な模様が施されているように見える。
造られた目的は、乾燥地帯での貴重となる水の確保と、水への信仰に基づいた聖なる場所としての機能を果たしていたそう。
すぐ隣にはヒンドゥー教の幸福と喜びの女神を祀る寺院があり、階段井戸もその女神に捧げるものとして建設されたそうだ。 -
牛さんや、こんな可愛らしい山羊?の親子連れ、リスもあちこちでチョロチョロと動き回っていた。
-
ジャイプールの街に入ってきた。
ここはピンクシティと呼ばれているそうだ。
1876年、イギリスのアルバート王子の訪問にあたり、王子を歓迎するため街中の建物をピンク色に塗ったことがきっかけ。その後も街の統一感を保つ為、現在でも法律で建物の色を規制しているそう。 -
ホテルに入る前に
シティ・パレスを見学。 -
1727年カチワーハー家の当主によって建設され、アンベール城から遷都、以来200年以上住居として、またジャイプル王国の政治の中心としての機能を果たして来た。
インドの独立の2年後の1949年、ジャイプル藩王はインドへの編入を受け入れた。
かつての王宮は、旧藩王の住居と個人所有の博物館として機能。
博物館の入場料や、施設を結婚式として利用する際の利用料金など、莫大な収入を得ているそう。
この後当日のホテルにチェックイン。
ホテルはRadisson Jaipur City Center -
11月24日
アンべール城(世界遺産)見学
川のほとりで専用バスをおり、ジープ2台に分乗して丘を登っていった。 -
ラジャスタン州には8世紀ごろからヒンドゥー教を信仰するラージブート族が住み始めた。彼らはペルシャ、トルコなどの文化を取り入れ、独自の文化を築いていった。
この地域は民族が行きかう要衝の地であったので、強固な砦を築き異民族の侵入に備える必要があったということだ。 -
この広場まで辿りつくには、150mほどの急坂を上る必要がある。
その為、象によるタクシーを希望する観光客もおられるが、象の数には限りがあり、順番待ちをするそうだ。
かつてカンボジアで象の背中で揺られた体験があったが、決して乗りごごちの良いものではなかった記憶が。 -
アンベール王国は1562年にムガル帝国の第3代皇帝アクバル帝と同盟を結び、ムガル帝国の傘下に入る。1592年、ムガル帝国の軍司令官でアンベール王国のマハラジャだったマン・スィン一世が、もともと砦のあった場所にアンベール城を築いた。
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アクバル帝は他宗教との融和に努めた皇帝だったため、アンベール城はムガル帝国の影響を受けたイスラム建築とヒンドゥー教を信仰したラージプート族の伝統様式とがまじりあった建築様式となっている。
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世界一美しい門と言われるガネーシャ門。
ガネーシャは、象の頭を持つヒンドゥー教の神さま。商売や学問の神様として崇められているそう。淡い色調のガネーシャの周りにはやはり同じ色調のモザイクが施されている。 -
急坂を上ってくる象の隊列もはるか下方に見えていた。
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観光地ではどこもそうだったが、ここアンベール城の物売りは特に粘り強く、しつこかった.ジープを降りて、有料エリアに入るまでの道は、観光客と物売りのおじさん達とが入り混じっての攻防戦が繰り広げられた。
我がグループの中でも、キッパリと断れない方、こんな事なら買ってしまっても良いかと思ってしまう方、数名は最後まで付きまとわれていた。ジープに乗り込んで走り出しても、車の後ろにつかまってなんとか買わせようと粘る始末。
とうとうお一人は陥落した。木彫りの飾りものが5個ほど入って1000ルピーだったようだが、じっくりと見せてもらったら、結構細かい彫刻が施されていた。
皆さん、それぞれの観光地で、5、6個まとめて○○ルピーと言われて買ったお土産を抱えてバスに乗り込む方がおられた。 -
市内に戻って
天文観測所ジャンタルマンタル(世界遺産)の見学。
天文学者でもあった、マハラジャのジャイ・スィン2世によって建設され、敷地内には約20の精密な天体観測儀が並んでいる。
(建設年は1728年から1734年にかけて) -
当時の天文学の粋を集めて建造された施設の数々。
写真は日時計の一部だが、目盛りが細かく刻まれ、何時何分までわかるそうで、実際の時間とほとんど一致していたのには驚いた。
シンさんが時刻の見方を説明されていたが、良く理解できなかった。 -
これも日時計。
-
最後に「風の宮殿」へ。
これまでも何度か前をバスで通り過ぎていたが、いつも観光バスが連なって停まっていた。町を離れるにあたり、バスはかなり先に停まって、下車して写真を撮影。
1799年に建設された離宮。
シティパレスとは地下通路でつながっているそうだ。
一般人に姿を見せられない、宮殿に暮らす女性たちが、ジャイプールの街の様子などを見るための場所となっていたそう。幅は広いが奥行はほんの少ししかなく、窓が斜めについているため風の通り抜けがよく、その為風の宮殿とよばれた。
この写真を撮るために、道路をはさんで反対側から撮った方が良いとのことから、ガイドのシンさんに従って渋滞の激しい道路を渡っていった。車もバイクも、人がいることもお構いなしで走っているので、渡るタイミングをはかるのは至難の技だった。
昼食は中華料理を美味しくいただき、一路ニューデリーへバスは向かった。
高速道路は順調に飛ばし、ニューデリーへ入ることから渋滞が始まった。
シンさんによれば、その程度は渋滞とはよばないそうだった。
片側何車線だったのか、5-6列に車が入り乱れ、それでも少しづつは動いていたからだそう。渋滞になったら全く動かなくなってしまうようだ。
ホテルは最初に宿泊したザ・グランド・ニューデリーへ戻ってきた。 -
11月25日
いよいよインド最後の日の観光。
クトゥブミナール(世界遺産)へ。
Foreignerの入場料はcashで600ルピー
それに対してインド人の方は40ルピーだそう。
聞いてびっくりするぐらいの価格差。
どうりでインド人の家族連れが大勢押し寄せていたとわかった。 -
ここはニューデリーの南郊外15kmに位置しているインド最古のイスラム遺跡群。1192年、ウッディーン・アイバクが北インドを制圧し、イスラムの支配が始まった記念として、国内のヒンドゥー教徒に対してのイスラムの力の誇示のためという意味合いが強かったようだ。
聳えている尖塔、クトゥブ・ミナールは高さ72.5mの5層の塔で、イスラム建築の傑作の一つとされる。当初は100mほどの高さがあったそう。 -
モスクは、破壊したヒンドゥー寺院の石材を利用しているそう。
偶像崇拝を認めないイスラム教寺院でありながら、回廊の列柱には様々な像が刻まれている。 -
-
4世紀に造られたチャンドラヴァルマンの鉄柱。
1600年以上たった今でもほとんど錆びていないのは、100%に近い純度によるためだそう。 -
近くで見てみると、クトゥプ・ミナールは赤砂岩や大理石で造られていて、壁面にはコーランやアラベスクといったイスラム教特有の装飾が施されている。
内部には378段の階段があるそうで、以前は先端部まで登ることができたようだ。
1981年に怒った事故以来、内部への立ち入りが禁止されている。 -
上方を望遠で撮影してみた。
レースのような模様が美しい。 -
この後、国立博物館へ。
-
別館に仏像と仏舎利が展示されているということで、まず別館へ向かっている。
-
別館では、丁度仏教徒の方々がお祈りをされているそうだが
静かに見学すれば大丈夫ということだったので
前方まで進み、見学をさせていただいた。
お釈迦様の仏舎利が展示されていて驚いた。
亡くなったとき、お骨は8箇所に分けられてそれぞれ運ばれていったそうだ。 -
本館を見学。
面白かったのは、モヘンジョダロ・ハラッパの古代文明の出土品が沢山展示されていたこと。これ以上の写真を載せるのはこのへんでお終いにして。 -
最後に
「ブッダ」
ガンダーラ2世紀のものを載せます。
インドの歴史、文化などなどすべてにわたり事前の勉強不足故、駆け足で回ってきましたが消化不良に陥っています。
次の機会があるのなら、もう少し学びたいと想うのですが、この先そんなチャンスがあるのやらは???です。
それでも、今回のツアー、楽しんで帰国しました。
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この旅行記へのコメント (7)
-
- 唐辛子婆さん 2025/12/04 20:29:53
- 充実のダイジェスト版!
- mistralさん
タージマハールについてはかねがねモスレムの王様が支配していた所が後にインド領になれたのはなぜなのだろうと思っていましたが、mistralさんのこの旅行記で背景が少しわかったようでうれしいです。
あと、仏舎利は最初8か所にのみ分けられた、というのにも驚きました。
ものすんごい争奪戦が起きて大変だったという話を聞いていましたので。
タイから名古屋の覚王山日泰寺に贈られた時もなかなかに揉めたけれども各派が一年交代で館長を務めるというカタチで決着がついたとか。
詳しい旅行記を気長にお待ちしますね。
私も大使館めぐり(デンマーク編)さえもまだ片付かず
バンコク編は来年とりかかりかも。
唐辛子婆
- mistralさん からの返信 2025/12/05 22:15:02
- RE: 充実のダイジェスト版!
- 唐辛子さん
こんばんは。
コメントを有難うございます。
充実というよりは、写真も多すぎてしまった旅行記となってしまいました。
> タージマハールについてはかねがねモスレムの王様が支配していた所が後にインド領になれたのはなぜなのだろうと思っていましたが、mistralさんのこの旅行記で背景が少しわかったようでうれしいです。
そうですか!
旅行記を書いている私自身、まだインド國の変遷を充分に理解していないのです。
お釈迦さまの生まれた国ですのに、現在の仏教徒はほんのわずかとのこと。
なんといってもイスラム王朝に11世紀ごろ支配されたことが影響しているようです。
> あと、仏舎利は最初8か所にのみ分けられた、というのにも驚きました。
> ものすんごい争奪戦が起きて大変だったという話を聞いていましたので。
> タイから名古屋の覚王山日泰寺に贈られた時もなかなかに揉めたけれども各派が一年交代で館長を務めるというカタチで決着がついたとか。
覚王山日泰寺というお寺、仏舎利の由緒がはっきりしているのは、日本ではこのお寺だけだそうですね。他の仏舎利塔には、多くは宝石や経典などが納められているとか。
西洋の教会の聖遺物も同じようですね。昔の権力者が莫大なお金を払って手に入れた聖遺物。正体がはっきりしないものばかりのような気がします。
写真の容器に納められていた仏舎利は、かけらというよりは、かなり存在感のあるものでしたから、もしかしたら・・・という印象を抱きました。
> 詳しい旅行記を気長にお待ちしますね。
今回は、さら~っとインドを巡ってきた、という感じで、これ以上は旅行記を書いたとしても、内容は深まらないように思っています。
> 私も大使館めぐり(デンマーク編)さえもまだ片付かず
> バンコク編は来年とりかかりかも。
>
大使館巡り、まだ題材はお持ちでしたか。
さらにバンコク編も、となるとなかなか大変ですね。
私も、唐辛子さんの旅行記、じっくりとお待ちすることに致します。
今年は、お会いできそうでなかなかチャンスが訪れてきませんでしたね。
それでもすでにお会いして、沢山お話しをしてきたような気がしています。
mistral
-
- マーさん 2025/12/03 14:00:04
- ご無沙汰しております(^^♪
- なんと !? インドに行かれていたとは!? ビックリしましたぁ~
お元気そうで何よりです ! そして、懐かしい風景の数々楽しませて頂きました。
行かれたコースが、ゴールデントライアングル&バラナシと云う我が家も
カミさんの初海外旅インドコースとまったく同じだったのに二度ビックリ(笑)
11月からがインドのハイシーズンですから、どのスポットもかなりな人手なの
ですね~ ガンガーのボート上でのライフジャケット ! 皆さんミリタリー調で
カッコ良かったです(^^♪ そして郊外にあるサルナートの風景も懐かしく
思い出しました。 アンベール城塞の、客引きは凄まじいものがありますよね
我が家は濃い目のグラサンしてガン無視してたら、そこまではなかった思い出が(笑)
ニューデリーは、ガンジー関連の施設のみに全て行程をアレンジしたものですから
インド人のガイド君(今でも、LINEでやり取りしてます)が、ビックリしてました
インドはとにかく国土が、広いので興味を持つと何回でも行きたくなる
不思議な国だと思います。
懐かしい画像の数々に感謝でした(^^♪
- mistralさん からの返信 2025/12/03 17:43:34
- RE: ご無沙汰しております(^^♪
- マーさん
こちらこそご無沙汰しておりました。
> なんと !? インドに行かれていたとは!? ビックリしましたぁ~
インド旅、自分でもびっくりです。
行ってみたいとは思っていましたが、実現するなんて思ってもいなくて。
> お元気そうで何よりです ! そして、懐かしい風景の数々楽しませて頂きました。
> 行かれたコースが、ゴールデントライアングル&バラナシと云う我が家も
> カミさんの初海外旅インドコースとまったく同じだったのに二度ビックリ(笑)
お腹をこわすかと心配して、生水や生野菜などかなり気をつけていましたら、意外と元気で帰国できました。
同じようなコースがあるんですね。
私たちはビーエス観光(アショカツアー)という旅行社から行ってきました。
奥さまのインド初デビュー旅はやはりツアーへのご参加だったんですね。
その折の旅行記はおありでしょうか?
> 11月からがインドのハイシーズンですから、どのスポットもかなりな人手なの
> ですね~ ガンガーのボート上でのライフジャケット ! 皆さんミリタリー調で
> カッコ良かったです(^^♪
ライフジャケットを着こんで、船べりに立ち尽くしている(ように見えた)メンバーの後ろ姿が、言葉もなく、それでも何かもの言いたげで、思わずシャッターをおしましたが、
そのライフジャケットがミリタリー調なので、またまた面白かったですね。
そして郊外にあるサルナートの風景も懐かしく
> 思い出しました。 アンベール城塞の、客引きは凄まじいものがありますよね
> 我が家は濃い目のグラサンしてガン無視してたら、そこまではなかった思い出が(笑)
濃い目のグラサン、それは良い考えでしたね。
どこまでも客引きに食い下がられたメンバーは、どちらかというと善良そうで、気弱そうな印象を与える方々でしたから、そうやって武装するべきでしたね。
> ニューデリーは、ガンジー関連の施設のみに全て行程をアレンジしたものですから
> インド人のガイド君(今でも、LINEでやり取りしてます)が、ビックリしてました
マーさんはこだわりのあるお方ですので、きっとガンジーさん関連の施設の見学ということから、ガイドさんも何か感じるものがあったことでしょうね。
> インドはとにかく国土が、広いので興味を持つと何回でも行きたくなる
> 不思議な国だと思います。
インドの広大な国土にあふれるばかりの人々、熱気あふれる街、まだまだそこに住む人々と触れ合うまでの体験はできませんでしたが、興味は抱きました。
次の機会があるのでしょうか?
懐かしい画像の数々に感謝でした(^^♪
こちらこそ、早速のコメントをお寄せくださり、ありがとうございました。
mistral
- マーさん からの返信 2025/12/03 18:16:26
- 返信ありがとうございます
- >奥さまのインド初デビュー旅はやはりツアーへのご参加だったんですね。
その折の旅行記はおありでしょうか?
4トラを始めるキッカケとなった、ワタシの旅行記の第一号
「30年ぶりのインドです !」をupしております。
mistralさんが、行かれた今回の旅程とほぼ同じ経路を辿ってると思います(笑)
もし宜しければご覧いただければと思います。
ただ組まれたツァーでは無く、行程は全て自分達でアレンジしたマニアックな旅です(笑)
-
- 川岸 町子さん 2025/12/03 07:49:40
- お帰りなさいませ
- mistralさん、ナマステ~
ご無事のお帰りで何よりです(^o^)
インドへ行かれるお話は伺っていましたが、具体的な内容は分からないため、こちらの旅行記で拝見しました。
とても素晴らしい所を押さえた訪問先ですね!
きっとしっかり下調べなさり、丁寧に計画なさったと伝わります。
インドへ何度も行ったことある私なのに、訪れていない場所がいくつもあります。
ガンジス河にお花を落とされてしまったことですが、大丈夫です(^_-)
バナラシを訪れて、ガンジス河に立つ(←中に入らなくても 笑)だけでも、祈りになります。
それほどの聖地です!
英国編が終わり、お手空きになったら、具体的な旅行記を見せて下さいね~♪
町子
- mistralさん からの返信 2025/12/03 17:21:41
- RE: お帰りなさいませ
- 町子さん ナマステ~
旅行記にも書いてましたが、ツアーなので、バスなどでの長距離の移動のときなど、結構暇な時間がありました。そんな時、揺られながら写真をアップしたりしていましたので、比較的早めにダイジェスト版をアップできました。
> ご無事のお帰りで何よりです(^o^)
> インドへ行かれるお話は伺っていましたが、具体的な内容は分からないため、こちらの旅行記で拝見しました。
早々にご覧いただきまして感謝です!
> とても素晴らしい所を押さえた訪問先ですね!
> きっとしっかり下調べなさり、丁寧に計画なさったと伝わります。
> インドへ何度も行ったことある私なのに、訪れていない場所がいくつもあります。
そうなんですか!
町子さんのように、インドなどのベテランさんなのに、未訪問の地が?!
私にとってはすべてが目新しいところが満載で、それでもこんなところを今更アップしてもどうなのかしら?とちょっと心配していました。
旅の計画は、メンバーの中ですでに数回インドへ行ってらっしゃるという方が、高齢者たちのツアー、それでも訪問してほしい地を、と選んでアレンジされていました。
旅程はそれほど無理のないように、と考えられたようでしたが。
広大なインドですから、移動時間は結構、長時間の日もありましたね。
> ガンジス河にお花を落とされてしまったことですが、大丈夫です(^_-)
> バナラシを訪れて、ガンジス河に立つ(←中に入らなくても 笑)だけでも、祈りになります。
> それほどの聖地です!
そうなんですね。
ガンガーの岸辺に立つだけで、御利益になるなんて!
さすがの聖地ですね。
> 英国編が終わり、お手空きになったら、具体的な旅行記を見せて下さいね~♪
今回の概要編だけで、もしかしたらお終いになってしまいそうです。
自分自身で計画していないと、薄っぺらい旅行記で終始してしまいそうです。
それよりも、町子さんの次々に訪れる訪問先の旅行記の方が待ち遠しいです。
mistral
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