2025/11/10 - 2025/11/10
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satom4traさん
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会社のOB会活動の1つで36回目の歩こう会「京都・酒どころ伏見探訪」京阪・中書島駅→商店街→黄桜記念館→寺田屋→宇治川派流→弁財天長建寺→十石舟乗船場→月桂冠大倉記念館→伏見奉行所跡→御香宮
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- 同行者
- その他
- 交通手段
- 私鉄 徒歩
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中書島駅から商店街を歩く。中書島のいわれはスマホで調べたら中書島という名は、秀吉の時代伏見城下町時代に脇坂中務大輔安治の邸宅があり、その中務大輔の唐名「中書」が地名として定着したもの。
*賤ヶ岳の七本槍の一人。淡路国洲本藩藩主、伊予国大洲藩初代藩主。龍野藩脇坂家初代 藩主、関ヶ原の戦いで小早川と共に西軍から寝返った。 -
河童のCMで有名な黄桜の記念館
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河童にまつわる展示
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上記のその一部
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坂本竜馬が襲われた寺田屋,旅籠のお龍が機転を利かして竜馬を逃した、2人は九州霧島に日本で最初の新婚旅行?を・・・・司馬遼太郎の小説ではお龍が風呂に入浴中に外の気配を察し、真裸で2階の竜馬に知らせる。
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実際の寺田屋は鳥羽伏見の戦いで焼けたそうだ
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入り口当りをここの女性が外を掃いていた。
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宇治川派流の十石船が通る川沿いを歩いて行くと・・・
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竜馬とお龍の銅像があった。
PCで調べると・・・1866年、寺田屋事件で傷を負った龍馬は、西郷隆盛や小松帯刀のすすめにより、お龍とともに霧島に湯治療養に訪れました。これが日本で最初の新婚旅行とか。 -
十石船が通る
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大倉酒造、因みに1637年(寛永14年)創業、京都伏見で最古の酒蔵・月桂冠。明治時代には、日本酒メーカー初の研究所を創設し、酒造りに科学技術を導入、醸造技術に革新をもたらし、数十年以上日本酒メーカーとして首位を誇ったが、2002年に白鶴酒造に抜かれたとある。
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同上表紙に使う。
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弁財天長建寺
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長建寺境内
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本堂
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大倉酒造は上場していない。
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同上
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同上杉玉
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大倉記念館入り口、利き酒と入場料で600円
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600円を支払いぐい飲みとコイン3個を貰い、中で待たされて入場。大いに流行っていて外国人も多数いた。2度目の訪問で30数年前は無料だったような気がする。
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酒米の種類
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見学コースの中
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ここでコインを利用して好きな酒を利き酒する。ここは外国人や前の組もいて混雑していた。価格の高い大吟醸ばかりを飲んだが,3種類で1合も飲んでないが、昼間の酒で飲んだ気がした。
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伏見奉行所跡、3代将軍家光が豊臣の伏見城を取り壊して,そのあとを奉行所を置いた。
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鳥羽伏見の戦いで建物は炎上し現在は石碑のみが残る
新政府と旧幕府の全面戦争によって、伏見奉行所の建物は炎上し、現在は石碑のみが残る。
かつては、北方に奉公屋敷があり、道路を隔てた西方と奉行所南方に与力・同心などの組屋敷があった。 -
鳥羽伏見の戦いで官軍が立てこもった寺。伏見城の門を移築したとのこと。
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主祭神の神功皇后は、第14代仲哀天皇の皇后で第15代応神天皇の母にあたります。
神功皇后は、懐妊の身でありながら朝鮮半島へ出陣され、新羅・百済・高句麗を平定されたといわれています。
無事帰還された後に、御子である応神天皇を出産され、子育てに励まれたことから、安産・子育ての神として篤く崇敬を受けています。
このような御神徳により、御香宮神社では戌の日の安産の参拝を多くいただいております。・・・とある。 -
本殿
ここで集合写真を撮って解散。
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