2025/10/27 - 2025/10/30
810位(同エリア1637件中)
ぽんいちさん
筆者は今年の4月23日妻から腎臓をもらい移植手術をした。手術後半年間は免疫低下剤をのんでいて免疫力が下がるので旅行は禁止されていた。10月末には旅行が可能になるので妻が一番行きたいと思っていた奄美大島を選んで旅行した。奄美大島の美しい海を見て、田中一村美術館にも行けた。また偶然発見した島尾敏夫の文学碑、旧居も訪ねることができた。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 5.0
- グルメ
- 3.5
- 同行者
- カップル・夫婦
- 一人あたり費用
- 10万円 - 15万円
- 交通手段
- レンタカー JALグループ
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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久々に飛行機に乗った。伊丹空港9:55発の飛行機。雲の中に入ったときはけっこう揺れて怖かった。奄美空港に到着してロビーでレンタカー会社の人が待ってくれていなかった。どうしようかと思ったが旅行社からもらったマニュアルを読むと空港の外の駐車場がお迎えの場所だった。トヨタヤリスを借りてまずは北へ向かう。あやまる岬を目指したがその途中でロッジ&レスト翔で昼食。私はジャーマンオムライス、妻は鳥南蛮定食を食べる。私が頼んだジャーマンオムライスの上にエビが山盛り乗っていて驚く。私はエビアレルギーで食べられないのだ。エビを除去して食べる。
あやまる岬に到着。観光客は少なく閑散としていた。
天気は曇りだったので海の色は妻が期待していたような色ではなかったようだ。 -
奄美のあちこちでハイビスカスが咲いていた。後に話したカフェの奥さんの話によると一年中咲いているらしい。
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あやまる岬の先に遊園地のような広場があった。私たちが行くと駐車場に車はなし。自衛隊のジープと大きな車が3台あり、発電機の音がしてアンテナで何かを受信していた。クラシックカーの形をした二人乗り用の自転車が数台置いてあった。一台200円。妻と二人でこいだが、普段電動自転車しか乗らない私は5分でばててしまった。となりにはレールの上に機関車型の自転車もあった。
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あやまる岬の海岸。奄美で見た海の中で一番きれいだった。
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あやまる岬を後にして田中一村記念美術館へ行く。田中一村のことを初めて知ったのは、数年前に見たテレビ番組の「なんでも鑑定団」だった。一村は彫刻家の長男として生まれ早くから絵の才能を表す。7歳のときの梅の絵が展示してあり、その精巧な絵に驚く。自分の絵を追求するために奄美へ来て大島紬の染色工として働きながら絵を描く。奄美で描いた絵は一切売ったり発表したりしなかったそうだ。一村の生涯とその言葉が各所に展示してあった。
「金持ちを喜ばすために絵を描くなど画家として魂を売る行為だ」大体こんな意味の言葉が書いてあり感動する。
死後、名声がたかまったのはゴッホや宮沢賢治と共通するところだ -
美術館の周りにあった一村の杜。
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一村が描いた植物がたくさんあった。
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一村美術館のショップで買った封筒
田中一村画「初夏の海に赤翡翠(アカショウビン)」 -
お土産に買ったメッセージシート 田中一村画「花譜図」
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一村美術館の近くにあった展望台。上の階がエレベーターでは「2階」と表示されてたのに驚いた。
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タワーからの展望。ホテルに入って早く休みたいので一村美術館の隣にあった奄美パークはパスして奄美サンデイズホテルへ行く。最近できたホテルらしくナビにはなかった。とても新しいホテルで大浴場は小さいながらも十階の展望風呂だった。気持ちのいいホテルだった。ランドリーも無料で使えたので助かった。
夕食はホテル近くの居酒屋「呑みんちゅ」へ行く。地元の魚や郷土料理の店。鯛の刺身、島らっきょ、出し巻き、手羽先のから揚げなどを頼む。すべて美味しく価格も高くなかったが、鯛のお刺身900円に対して島らっきょが小鉢で850円したのにはびっくりした。島らっきょって貴重品なのかと思った。 -
2日目の朝、起きて驚いたのが風の強さ。ホテルの外を散歩するとけっこう寒い。ラジオ体操をしようと思ったが断念する。
2日目は大浜海浜公園へ行く。天気は相変わらず曇り。白波が立つ風の強さ。ここも観光客はちらほら。奄美の観光シーズンではないせいかほとんど人はいない。インバウンドの外国の人も見なかった。 -
奄美海洋展示館へ行く。小さな水族館。
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ウミガメが元気に泳いでいた。
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ウミガメのエサやり体験が無料でできたのでしてみる。エサはなんとレタスだった。レタスをまくとウミガメが寄ってくる。ウミガメは菜食性だそうだ。レタスだけで腹がふくれるのだろうかと思った。
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展示水槽の中にはクマノミもいた。
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午前中で大浜海浜公園を切り上げ、名瀬のイオンへ行ってお土産を物色。ついでに昼食を食べようと思ったが奄美のイオンには飲食店がなかった。宿泊したホテルの近くの中華料理店「南国飯店」へ行く。妻は天津飯、私はあげそばを食べた。あっさりした味付けでおいしかった。
昼食後、島の西北部の鯨浜方面へドライブする。途中、陸上自衛隊の駐屯地とゴルフ場以外何もない。鯨浜へ行きUターン。みしょれ奄美カフェという小さな看板があったので行くことにした。細い道を入って行くとカフェがあった。「ベルを鳴らしてください」と書いてあったので何回か鳴らしても反応がない。近くで芸術の制作活動をしている青年に「カフェはやってますか」と尋ねるとカフェの奥の方へ入って行って店の方を呼んで来てくださった。店のオーナー夫人が出て来られ営業しているとのことだった。妻は紅茶とヨーグルト、私はハーブティーとプリンを注文した。
オーナー夫人は「今から一緒にハーブを摘みに行きませんか」と誘って下さった。これはそのハーブの一つ。 -
これもハーブの一つ。
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カフェの近くのガジュマルのトンネル。
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オーナー夫人と一緒に摘んだハーブを使ってハーブティーを作って下さった。私の頼んだハーブティーは美しい紫色だった。レモンを入れるとピンク色に変わった。理科の酸とアルカリの実験を思い出した。
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カフェみしょれと見送って下さったオーナー夫人。夫人は新潟出身で奄美に嫁入りされたとのこと。奄美のことやハーブのことをいろいろ教えて下さった。妻がカヌーをしたいと言うと、潮が干潮のときは、カニや魚の生物観察ができ、満潮ならマングローブの森の奥まで入って行ける。初めてなら満潮のときした方がいいとアドバイスして下さった。
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3日目。前日に黒潮の森マングローブパークに予約の電話入れておいた。カフェのオーナー夫人のアドバイスに従って「満潮のときしたい」と言うと明日は「一日中満潮です」と言われた。午後1時からの1時間コースを予約した。一人3000円だった。10時までワールドシリーズを見て出発。これはマングロープパークの近くの住用町の海岸。
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奄美大島世界遺産センター。中には奄美の森の展示物があった。
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マングロープパーク併設のレストランで食べた鶏飯。鶏飯は奄美に来たら一度は食べようと思っていた。宿泊した二つのホテルの朝のビッフェでも鶏飯はあった。あっさりとした味付け出汁茶漬けという感じだった。
マングローブパークの周りに飲食店はないかナビで探した。カフェとラーメン店がナビで表示された。行ってみたが、二つとも閉店していた。 -
妻は二人乗りの後ろに乗り私に漕がせるか一人乗りに乗るか悩んでいた。受付の人に「私だけどこかへ行ってしまったらどうしましょう」
と相談したら受付の人に
「困ったらインストラクターが助けてくれますよ」
言われ、一人乗りのカヌーに乗ることにした。確かにインストラクターさんは助けて下さった。 -
妻は出発早々、岸の壁にぶち当たり身動きができなくなったが、インストラクターさんに助けてもらい、ロープで引っ張ってもらい無事に進むことができた。(要するに二人乗りと変わらぬ状況)出発してしばらくすると川幅の広いところへ出た。
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川を河口に向かって下っていく。
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支流のマングローブのトンネルへ入って行った。ここで少し休憩し、インストラクターさんからマングローブについての説明と記念撮影をして下さった。マングローブと言うのは木の名前ではなく、海岸に茂っている木の総称ということだった。木の種類はヒルギで大きい葉の木がオヒルギで小さい葉の木がメヒルギだと教えて下さった。一般的に植物は塩水が苦手だがヒルギは根に塩水をろ過する働きがあると教えて下さった。インストラクターさんはとても親切で気さくでいい人だった。
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川を遡って出発地点へ帰る。
妻は心配していたがどこかへ流されることもなく(ロープにつないで引っ張ってもらったので当たり前)元に戻ることができた。初めてカヌーに乗ったがとても楽しかったと言っていた。これも親切なインストラクターさんのお陰である。私達二人は後片付けをしているインストラクターさんに大きな声で「ありがとうございました」とお礼を言ってマングロープパークを後にした。 -
黒潮の森へ向かう途中の道の交差点で「島尾敏雄文学碑」という表示があった。島尾敏雄・・・・私は思い出した。島尾敏雄って戦争中奄美に来ていたのだ。そしてミホ夫人と出会い結婚した。若いころ数冊の小説を読んだ記憶が蘇った。
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島尾敏雄は、特攻隊の隊長だった。特攻隊として出撃し確実に死ぬと思っていた。そのとき結婚前のミホ夫人は短刀で首をついて自決しようと思っていた。しかし、出撃命令は出なかった。日本は戦争に負けたのだ。
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この経緯は「出発は遂に訪れず」に描かれている。「夢の中での日常」は漫画家つげ義春の「ねじ式」に影響を与えたと言われている。島尾敏雄はミホ夫人と結婚するが島尾の浮気が原因でミホ夫人が精神病になる。
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その経緯は「死の棘」という小説に詳しく書かれている。この石碑の「病める葦も折らず」はその時の島尾敏雄の心境だろうか。数年前梯久美子の書いた「狂う人『死の棘』の妻・島尾ミホ」という本を読んでいたが、奄美に来る前には島尾敏雄のことはすっかり忘れていた。
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島尾敏雄は晩年、奄美に住み奄美の図書館の館長をしていたときがある。ここはその時の宿舎だった。
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今回、偶然ではあるが島尾敏雄の所縁の地を訪れることができてよかった。島尾敏雄の旧居を後にして山羊島ホテルへ戻る。
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山羊島ホテルには昔は入り口で本当の山羊が飼育されていたらしい。しかし今は銅像の山羊になっていた。これはホテルの入り口にある山羊島ホテルのキャラクター。
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青と白のコントラストが美しい山羊島ホテル。
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ホテルの裏庭には池と滝が作られていた。
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ホテルの裏庭手前が池。
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池の中には奄美の魚がたくさんいたが、水中の魚は映らなかった。
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山羊島ホテルは大浴場も広く、ランドリーも無料で使え、清潔でいいホテルだったが、宿泊客は少なかった。二日目と三日目の夕食はホテルのレストランで食べたが、三日目の客は私達二人だけだった。レストランで満員でうるさいのも困ったものだが、だだっ広いレストランで二人で食事をしているのも侘しものだ。朝食のときは10名くらいお客がいた。他の客はホテルの外で食べたのだろうか。
レストランの味のほうだが、一日目の洋食ハーフコースはメインが牛肉の頬肉の赤ワイン煮でとても柔らかく味も良かった。但しこの日は和食の料理人が休みで洋食のみメニューだった。二日目は二人でハンバーグ定食と刺身盛り合わせ、出し巻き、フライドポテトなど頼んだ。刺身は一日目の「呑みんちゅ」のほうが格段においしかった。
一日目に泊まったホテルサンデイズは多くの宿泊客でにぎわっていた。宿泊費は山羊島ホテルが一泊朝食付きで一人22000円。一日目の奄美サンデイズホテルが13400円。山羊島ホテルは良いホテルだが、近くに飲食店がないのと宿泊費の高さがネックで宿泊客が少ないのだろうかと思った。 -
山羊島ホテルから名瀬の街を遠くのぞむ。一日目に泊まった奄美サンデイズホテルが中央に見える。
奄美の気温と服装について書く。行く直前の奄美の気温は最高温度29℃くらいだった。長袖と半袖とどちらを持っていこうか悩んだが、私は長袖2枚、半袖2枚持って行った。二日目強風がふいた日のことだが、ホテルから出るとき「半袖しか持って来なかった。寒い!」と言っている観光客の人がいた。私たちが到着した10月27日から急に気温が下がったようだ。妻も予想より寒いと言っていた。結局私たちは一回も半袖を着なかった。宿泊した二つのホテルでランドリーが無料で使えたので長袖を洗濯して着ていた。 -
あやまる岬の海水プール。
奄美の3泊4日の旅、曇り空が多かったが、雨にも降られず、親切な人に出会い美しい風景の中でのんびりできてとてもいい旅だった。思いがけず島尾敏雄の文学碑を見ることができたのも良かった。
今回の奄美の旅行は私にとって久々の2泊以上の旅であった。調べてみると2021年の秋以来であった。その年の11月29日から私は人工透析を始めた。毎週月、水、金に透析をするので旅行は1泊に限定された。3泊4日の旅行に行くことができたのは自分の体にメスを入れることも厭わず私に腎臓を提供してくれた妻のお陰である。旅行に行って改めて妻への感謝の気持ちが増した。
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