五島列島旅行記(ブログ) 一覧に戻る
4月24日(水)曇り<br />昨夜来の雨は止んだが、空一面に厚い雲、密雲不雨。<br />今日はレンタカーで中通島の教会を巡り、<br />午後に、有川港から高速船で長崎に渡る。<br /><br />

想い出の旅(23)            五島列島2中通島

0いいね!

2019/04/24 - 2019/04/24

858位(同エリア864件中)

0

30

リュック

リュックさん

4月24日(水)曇り
昨夜来の雨は止んだが、空一面に厚い雲、密雲不雨。
今日はレンタカーで中通島の教会を巡り、
午後に、有川港から高速船で長崎に渡る。

  • ホテルマルゲリータ<br />このホテルは国民宿舎を全面改装し、<br />2012年にオープンした。<br />「マルゲリータ」はイタリア語でマーガレットの意味。<br /><br /> 宿泊したスーペリアの部屋は二人で宿泊するには十分な広さで、<br />窓から海が見渡せる開放的なバスルーム、<br />天候が良ければゆっくり景色を眺めることが出来るテラス。<br />生憎、テラスのデッキチェアーは濡れていて使えなかった。

    ホテルマルゲリータ
    このホテルは国民宿舎を全面改装し、
    2012年にオープンした。
    「マルゲリータ」はイタリア語でマーガレットの意味。

    宿泊したスーペリアの部屋は二人で宿泊するには十分な広さで、
    窓から海が見渡せる開放的なバスルーム、
    天候が良ければゆっくり景色を眺めることが出来るテラス。
    生憎、テラスのデッキチェアーは濡れていて使えなかった。

  • 昨夜は遅く到着したのでホテル内を<br />ゆっくり見て歩くことが出来なかったので、<br />朝食後出発前までホテル周辺を散策。ロビーは広く開放的で明るい。<br />ゴテゴテした装飾が無く、すっきりとして良い。

    昨夜は遅く到着したのでホテル内を
    ゆっくり見て歩くことが出来なかったので、
    朝食後出発前までホテル周辺を散策。ロビーは広く開放的で明るい。
    ゴテゴテした装飾が無く、すっきりとして良い。

  • 庭からホテルの建屋を見る。<br />白く突き出たところがバスルーム。<br />庭はまだよく整備されていないようだ。

    庭からホテルの建屋を見る。
    白く突き出たところがバスルーム。
    庭はまだよく整備されていないようだ。

  • 正面玄関はリゾートホテルと銘を打っているのか<br />白色の建物、塀で明るい。マーガレットが咲いている。<br /><br />午前10時、ホテルの車(ワゴンタイプで車内は豪華)で<br />有川港近くにあるトヨタレンタリースまで送ってもらう。<br />車窓から見ると有川港からここまで至近のような感じであったが、<br />徒歩では結構遠いことが分かった。今日はアクア(HV)を借りる。<br />早速、頭が島天主堂へ向かう。

    正面玄関はリゾートホテルと銘を打っているのか
    白色の建物、塀で明るい。マーガレットが咲いている。

    午前10時、ホテルの車(ワゴンタイプで車内は豪華)で
    有川港近くにあるトヨタレンタリースまで送ってもらう。
    車窓から見ると有川港からここまで至近のような感じであったが、
    徒歩では結構遠いことが分かった。今日はアクア(HV)を借りる。
    早速、頭が島天主堂へ向かう。

  • 頭が島天主堂へは直接行けない。<br />かつての上五島空港を利用した空港跡からバスで<br />頭が島天主堂へ行くことになる。<br />このバス利用は事前予約制。<br />レンタカーを空港跡の駐車場において、<br />空港ビル内の案内所で受付、<br />予約したバスの出発時刻まで待合室にある観光パネルを<br />眺めながら時間をつぶす。<br />受付の係り嬢が一本早いバスで良ければ乗れます。<br />ただし、団体さんと一緒ですがと了解を求めてきた。<br />当方異存なし。早めにバスで出発。<br />10分ほど走って狭い駐車場に着いた。<br />ここから徒歩で天主堂に向かう。

    頭が島天主堂へは直接行けない。
    かつての上五島空港を利用した空港跡からバスで
    頭が島天主堂へ行くことになる。
    このバス利用は事前予約制。
    レンタカーを空港跡の駐車場において、
    空港ビル内の案内所で受付、
    予約したバスの出発時刻まで待合室にある観光パネルを
    眺めながら時間をつぶす。
    受付の係り嬢が一本早いバスで良ければ乗れます。
    ただし、団体さんと一緒ですがと了解を求めてきた。
    当方異存なし。早めにバスで出発。
    10分ほど走って狭い駐車場に着いた。
    ここから徒歩で天主堂に向かう。

  • 1軒をのぞいて皆キリシタンだったという頭ヶ島。<br />五島土崩れの時、信徒は牢から全員逃げ出して島を離れ、<br />迫害が終わってからこの地に戻った。 <br />頭ヶ島天主堂は、鉄川与助の設計施工によって建設され、<br />近くの石を切り出し、1917年に完成。<br />2001年に国の重要文化財に指定。<br />世界文化遺産「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」の<br />構成資産「頭ヶ島の集落」にある石造りの天主堂。<br />教会の外観は石作りで豪壮であるが、<br />履物を脱いで教会内に入ると<br />質素で落ち着いた静かな空気が流れている。<br />ヨーロッパの教会に見られる<br />黄金に飾られた祭壇、豪華な装飾とは好対照的。<br />団体のガイドさんが大きな声で説明をし、<br />静かな雰囲気を壊している。

    1軒をのぞいて皆キリシタンだったという頭ヶ島。
    五島土崩れの時、信徒は牢から全員逃げ出して島を離れ、
    迫害が終わってからこの地に戻った。 
    頭ヶ島天主堂は、鉄川与助の設計施工によって建設され、
    近くの石を切り出し、1917年に完成。
    2001年に国の重要文化財に指定。
    世界文化遺産「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」の
    構成資産「頭ヶ島の集落」にある石造りの天主堂。
    教会の外観は石作りで豪壮であるが、
    履物を脱いで教会内に入ると
    質素で落ち着いた静かな空気が流れている。
    ヨーロッパの教会に見られる
    黄金に飾られた祭壇、豪華な装飾とは好対照的。
    団体のガイドさんが大きな声で説明をし、
    静かな雰囲気を壊している。

  • ルルドと拷問を受けた石の重し。残酷!

    ルルドと拷問を受けた石の重し。残酷!

  • 迫害を避けるためにひそかに飾った祭壇、軒下に掘られた溝で潜伏。

    迫害を避けるためにひそかに飾った祭壇、軒下に掘られた溝で潜伏。

  • 世界遺産長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産登録の碑。<br /><br />

    世界遺産長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産登録の碑。

  • 竜馬ゆかりの里

    竜馬ゆかりの里

  • 坂本龍馬が長崎のグラバーから購入した練習船ワイル・ウエフ号は、<br />潮合崎で大暴風雨にあって遭難した。<br />龍馬は「寺田屋事件」で受けた傷を鹿児島にて療養中であったが、<br />この地に駆けつけ村役に慰霊碑建立を依頼した。<br />荒々しい岩礁に大きな波が押し寄せ、<br />当時の難破船の天候はこれ以上であったであろう。<br /><br />五島うどん 竹酔亭<br />ご当地で有名な五島うどんを昼食にと予定し、<br />レンタカーのスタッフご推薦の竹酔亭に出掛けた。<br />狭い駐車場に車を置き、店内に入る。<br />昼過ぎだったのか、空いている。<br />釜揚げうどんを注文。<br />うどんは茹ですぎなのか、もともとの事なのか分からないが、<br />こしが無く、軟らかい。<br />こしのあるうどんが好みの小生の口には合わない。<br />釜揚げなので、こしがないのかと、ざるうどんを注文。<br />やはり同じであった。これが五島うどんの特徴らしい。

    坂本龍馬が長崎のグラバーから購入した練習船ワイル・ウエフ号は、
    潮合崎で大暴風雨にあって遭難した。
    龍馬は「寺田屋事件」で受けた傷を鹿児島にて療養中であったが、
    この地に駆けつけ村役に慰霊碑建立を依頼した。
    荒々しい岩礁に大きな波が押し寄せ、
    当時の難破船の天候はこれ以上であったであろう。

    五島うどん 竹酔亭
    ご当地で有名な五島うどんを昼食にと予定し、
    レンタカーのスタッフご推薦の竹酔亭に出掛けた。
    狭い駐車場に車を置き、店内に入る。
    昼過ぎだったのか、空いている。
    釜揚げうどんを注文。
    うどんは茹ですぎなのか、もともとの事なのか分からないが、
    こしが無く、軟らかい。
    こしのあるうどんが好みの小生の口には合わない。
    釜揚げなので、こしがないのかと、ざるうどんを注文。
    やはり同じであった。これが五島うどんの特徴らしい。

  • 青砂ヶ浦にいつごろからキリシタンが住んだか不明で、<br />1878年頃には初代教会があった。<br />1899年から青砂ヶ浦が上五島の中心の教会となる。<br />1910年建立の現教会は、鉄川与助設計施工で、<br />信徒が総出でレンガを運びあげた3代目の教会となり、<br />2001年に国指定重要文化財されている。<br />堂々たる構えの教会。<br />見学を終え、駐車場の車に戻ると、<br />中年の背広姿の人に声を掛けられた。<br />「旅の方ですか」<br />「ハイ、世界遺産になった五島列島の教会を<br />拝見させてもらています」<br />「世界遺産になったために、<br />観光客が増えて喜んでいるのは県の観光協会だけで、<br />信者や教会関係者は世界遺産になるのは<br />歓迎していません」<br />「大勢の観光客が訪れ、地元としては潤うのではないですか」<br />「正直な気持ちは今までのように<br />「静かにしてほしい」のです。<br />教会はみせものではありません」<br />「海外では、教会の維持のために、<br />教会を訪れた観光客から寄付などをしっかり徴収していますよ」<br />「・・・・・・」<br />返事はなかった。<br />県の観光事業方針と地元信者の人たちとのギャップを感じた。

    青砂ヶ浦にいつごろからキリシタンが住んだか不明で、
    1878年頃には初代教会があった。
    1899年から青砂ヶ浦が上五島の中心の教会となる。
    1910年建立の現教会は、鉄川与助設計施工で、
    信徒が総出でレンガを運びあげた3代目の教会となり、
    2001年に国指定重要文化財されている。
    堂々たる構えの教会。
    見学を終え、駐車場の車に戻ると、
    中年の背広姿の人に声を掛けられた。
    「旅の方ですか」
    「ハイ、世界遺産になった五島列島の教会を
    拝見させてもらています」
    「世界遺産になったために、
    観光客が増えて喜んでいるのは県の観光協会だけで、
    信者や教会関係者は世界遺産になるのは
    歓迎していません」
    「大勢の観光客が訪れ、地元としては潤うのではないですか」
    「正直な気持ちは今までのように
    「静かにしてほしい」のです。
    教会はみせものではありません」
    「海外では、教会の維持のために、
    教会を訪れた観光客から寄付などをしっかり徴収していますよ」
    「・・・・・・」
    返事はなかった。
    県の観光事業方針と地元信者の人たちとのギャップを感じた。

  • 教会設立100周年記念、大天使ミカエル像

    教会設立100周年記念、大天使ミカエル像

  • 大手を広げた白亜のキリスト像が目立つ丘の上の教会。<br />教会への道は分かり難い。<br />車で教会まで行くには細い路地のような坂道を上る一本道。<br />軽自動車でもすれ違うのは難しい。<br />教会のある崖の下に数台が止められる駐車場があった。<br />ここから急な石段を5分ほどフーフー言いながら上り詰めると<br />教会にたどり着く。<br /><br />外海地方の出津・黒崎・池島などから移住してきた<br />キリシタンの子孫が住むと言われる。<br />1916年、鉄川与助の設計施工。<br /> 旧教会は若松島の土井ノ浦に移築。 <br />現教会は、レンガ造りの重層屋根構造、<br />内部は3廊式でリブヴォールト天井をもち、<br />外壁にはれレンガの凹凸や色の違いを用いた装飾が美しい。<br />青砂ヶ浦教会と同じ鉄川与助の設計であるので<br />内装は似ている。<br /><br />今回長年気になっていた五島列島の教会が<br />世界遺産に登録されたのを機会に福江島、中通島の教会を訪ねた。<br />教会は沢山あるので一度に訪れるのは無理。<br />今回は代表的な教会を訪れた。<br />どの教会も素晴らしい。<br />ヨーロッパの派手な装飾の教会と異なり、<br />質素で、厳かな、温かみのある教会だった。<br />幕府の弾圧にめげず信仰を持ち続け、<br />信者たちは少しずつ資金を出して<br />何年もかかって作り上げた教会。<br />教会内へはすべて下駄箱に履物をいれ、<br />裸足で教会内に入る。今でも。<br />県では数少ない観光資源である教会群をPRし<br />五島列島の活性化を図っている。<br />一方、苦労して建てたご先祖の教会を<br />大切に守り続ける信者たちの熱い思い。<br />両者の思いをいかにバランスして行くか難しい問題ではある。<br />観光客としては、<br />今の静かで素朴な雰囲気をこれからも維持してほしいと願う。<br /><br />大曾教会からきれいな舗装道路をゆっくりドライブし、<br />有川港のトヨタレンタリースにクリマを返却。<br />スタッフに有川港ターミナルまで送ってもらう。<br />16時40分有川港から長崎港まで高速船で向かう。<br />18時23分長崎港到着。ここから長崎駅までタクシー。<br />長崎駅で宿の迎へのマイクロバスで宿へ。<br />バスはジグザグの狭い急坂を上ってゆく。<br />個人ではとても危険で運転できない。<br />宿に着いた。<br />19時30分を過ぎている。<br />チェックインし、部屋に案内される。

    大手を広げた白亜のキリスト像が目立つ丘の上の教会。
    教会への道は分かり難い。
    車で教会まで行くには細い路地のような坂道を上る一本道。
    軽自動車でもすれ違うのは難しい。
    教会のある崖の下に数台が止められる駐車場があった。
    ここから急な石段を5分ほどフーフー言いながら上り詰めると
    教会にたどり着く。

    外海地方の出津・黒崎・池島などから移住してきた
    キリシタンの子孫が住むと言われる。
    1916年、鉄川与助の設計施工。
     旧教会は若松島の土井ノ浦に移築。 
    現教会は、レンガ造りの重層屋根構造、
    内部は3廊式でリブヴォールト天井をもち、
    外壁にはれレンガの凹凸や色の違いを用いた装飾が美しい。
    青砂ヶ浦教会と同じ鉄川与助の設計であるので
    内装は似ている。

    今回長年気になっていた五島列島の教会が
    世界遺産に登録されたのを機会に福江島、中通島の教会を訪ねた。
    教会は沢山あるので一度に訪れるのは無理。
    今回は代表的な教会を訪れた。
    どの教会も素晴らしい。
    ヨーロッパの派手な装飾の教会と異なり、
    質素で、厳かな、温かみのある教会だった。
    幕府の弾圧にめげず信仰を持ち続け、
    信者たちは少しずつ資金を出して
    何年もかかって作り上げた教会。
    教会内へはすべて下駄箱に履物をいれ、
    裸足で教会内に入る。今でも。
    県では数少ない観光資源である教会群をPRし
    五島列島の活性化を図っている。
    一方、苦労して建てたご先祖の教会を
    大切に守り続ける信者たちの熱い思い。
    両者の思いをいかにバランスして行くか難しい問題ではある。
    観光客としては、
    今の静かで素朴な雰囲気をこれからも維持してほしいと願う。

    大曾教会からきれいな舗装道路をゆっくりドライブし、
    有川港のトヨタレンタリースにクリマを返却。
    スタッフに有川港ターミナルまで送ってもらう。
    16時40分有川港から長崎港まで高速船で向かう。
    18時23分長崎港到着。ここから長崎駅までタクシー。
    長崎駅で宿の迎へのマイクロバスで宿へ。
    バスはジグザグの狭い急坂を上ってゆく。
    個人ではとても危険で運転できない。
    宿に着いた。
    19時30分を過ぎている。
    チェックインし、部屋に案内される。

  • 風呂に入り、夕食が整うまで長崎の夜景を眺める。<br />とてもきれい。相当高い崖?、<br />丘の上に建つ宿ならではの夜景だ。<br />仲居さんが手際よく準備してくれる。<br />今夜は部屋で卓袱料理を堪能する。<br />どの料理もとてもおいしかった。<br />美味い日本酒でほろ酔い!完食!そして満腹!<br /><br />明日は、この旅の最終日、長崎市内を散策する。<br />

    風呂に入り、夕食が整うまで長崎の夜景を眺める。
    とてもきれい。相当高い崖?、
    丘の上に建つ宿ならではの夜景だ。
    仲居さんが手際よく準備してくれる。
    今夜は部屋で卓袱料理を堪能する。
    どの料理もとてもおいしかった。
    美味い日本酒でほろ酔い!完食!そして満腹!

    明日は、この旅の最終日、長崎市内を散策する。

  • 素晴らしい夜景!

    素晴らしい夜景!

  • 和室10畳、6畳、広縁のゆったりした部屋。<br />部屋に置かれている家具調度品が素晴らしい。<br />広縁から長崎市内が一望に見渡せるのが<br />ここの宿のこの部屋に決めた理由。

    和室10畳、6畳、広縁のゆったりした部屋。
    部屋に置かれている家具調度品が素晴らしい。
    広縁から長崎市内が一望に見渡せるのが
    ここの宿のこの部屋に決めた理由。

  • 早朝の宿

    早朝の宿

  • 天気は晴れ。汗ばむ陽気。<br />今日は今回の旅の最終日。<br />長崎市内を観光する。<br />長崎は以前にグラバー邸、大浦天主堂などを訪れているので、<br />今回はその他の長崎歴史探訪をする。<br /><br />紅葉亭<br />昨夜は遅く到着したので宿の周辺は暗くて何も見えなかった。<br />宿の送迎バス出発時間まで宿の周辺をぶらぶらする。<br />宿の玄関前のロビーは昭和の香りがする年代物。<br />色々な置物がごちゃごちゃ置かれている。<br />しかし、部屋は古いが掃除が行き届いてきれいで、<br />部屋から長崎市街の眺めが素晴らしい。<br />夕食の卓袱料理は美味しかった。

    天気は晴れ。汗ばむ陽気。
    今日は今回の旅の最終日。
    長崎市内を観光する。
    長崎は以前にグラバー邸、大浦天主堂などを訪れているので、
    今回はその他の長崎歴史探訪をする。

    紅葉亭
    昨夜は遅く到着したので宿の周辺は暗くて何も見えなかった。
    宿の送迎バス出発時間まで宿の周辺をぶらぶらする。
    宿の玄関前のロビーは昭和の香りがする年代物。
    色々な置物がごちゃごちゃ置かれている。
    しかし、部屋は古いが掃除が行き届いてきれいで、
    部屋から長崎市街の眺めが素晴らしい。
    夕食の卓袱料理は美味しかった。

  • 9時、宿のバスで長崎駅まで送ってもらう。<br />狭い急坂を右に左にハンドルを切りながら、<br />下ってゆき、長崎駅に到着。<br />個人ではこのような急坂を運転するのは躊躇する。<br />長崎駅のコインロッカーに荷物を預け、身軽になり、<br />長崎市内を散策。<br />長崎市内の観光地は徒歩、市電でほとんど行ける。<br />駅前から3系統、蛍茶屋行市電に乗り、桜町で下車。<br />ここから、長崎歴史文化博物館まで徒歩6分。<br />今日の天気は晴れ。しかもカンカン照りで暑い。<br />博物館迄緩い登坂で着いた時にはびっしょり汗をかいた。<br /><br />長崎歴史文化博物館<br />歴史博物館はとても広く、色々な展示品が多く、<br />短時間ではとても見学できない。<br />館内では案内人が色々説明してくれる。<br />あまりにも丁寧に説明してくれるのでなかなか先に進まない。<br />時間の関係で展示品の見学は打ち切り、<br />長崎奉行所跡を案内してもらった。<br />博物館内にあり、しっかりとした建屋で当時を再現している。<br />江戸時代、イカルス号事件で海援隊への嫌疑を晴らすため、<br />龍馬も出頭して取り調べを受けた。<br />案内人に説明を受けていると、<br />ボランティアで館内を案内している老人が参加してきた。<br />にぎやかな見学となった。<br />長崎名物、ちゃんぽんの話題になり、<br />先日は中華街の江山楼でちゃんぽんを食べたと話したら、<br />「おいしかった?」<br />「甘すぎてあまりおいしくなかった」<br />ボランティアの案内人に<br />「ちゃんぽんを食べるときはどこに行きますか?」<br />「中華街の会楽園だよ」<br />「美味しい?」<br />「人それぞれ好みによるよ」<br />「ありがとう、今日の昼は会楽園に行ってみます」<br /><br />博物館から下り坂を電車道に向かって歩く。<br />めがね橋まで電停から数分で眼鏡橋に着いた。<br />遠足だろうか、中高生か大勢来ていて、とてもにぎやか。

    9時、宿のバスで長崎駅まで送ってもらう。
    狭い急坂を右に左にハンドルを切りながら、
    下ってゆき、長崎駅に到着。
    個人ではこのような急坂を運転するのは躊躇する。
    長崎駅のコインロッカーに荷物を預け、身軽になり、
    長崎市内を散策。
    長崎市内の観光地は徒歩、市電でほとんど行ける。
    駅前から3系統、蛍茶屋行市電に乗り、桜町で下車。
    ここから、長崎歴史文化博物館まで徒歩6分。
    今日の天気は晴れ。しかもカンカン照りで暑い。
    博物館迄緩い登坂で着いた時にはびっしょり汗をかいた。

    長崎歴史文化博物館
    歴史博物館はとても広く、色々な展示品が多く、
    短時間ではとても見学できない。
    館内では案内人が色々説明してくれる。
    あまりにも丁寧に説明してくれるのでなかなか先に進まない。
    時間の関係で展示品の見学は打ち切り、
    長崎奉行所跡を案内してもらった。
    博物館内にあり、しっかりとした建屋で当時を再現している。
    江戸時代、イカルス号事件で海援隊への嫌疑を晴らすため、
    龍馬も出頭して取り調べを受けた。
    案内人に説明を受けていると、
    ボランティアで館内を案内している老人が参加してきた。
    にぎやかな見学となった。
    長崎名物、ちゃんぽんの話題になり、
    先日は中華街の江山楼でちゃんぽんを食べたと話したら、
    「おいしかった?」
    「甘すぎてあまりおいしくなかった」
    ボランティアの案内人に
    「ちゃんぽんを食べるときはどこに行きますか?」
    「中華街の会楽園だよ」
    「美味しい?」
    「人それぞれ好みによるよ」
    「ありがとう、今日の昼は会楽園に行ってみます」

    博物館から下り坂を電車道に向かって歩く。
    めがね橋まで電停から数分で眼鏡橋に着いた。
    遠足だろうか、中高生か大勢来ていて、とてもにぎやか。

  • 今日はとにかく暑い!<br />眼鏡橋を見学後、眼鏡橋電停近くの<br />松翁軒本店2F喫茶室 セヴィリアで一休みして長崎名物、<br />カステラを賞味する。<br />長崎カステラと言えば、<br />文明堂、福砂屋が一般的に知られている。<br />地元では「松翁軒」・「福砂屋」・「文明堂」が<br />カステラ御三家との事。<br />評価は「松翁軒のカステラは、<br />文明堂や福砂屋と比べて「しっとり」との事。<br /><br />日本最古のアーチ型石橋<br />17世紀、長崎の町並みは拡大され護岸を構築し、<br />ほぼ現在の中島川が形づくられた。<br />このころは、キリスト教禁教の時代で、<br />唐文化の導入により興福寺などの仏寺が次々と建立。<br />寛永11年(1634)、<br />興福寺の黙子如定禅師が架設したこの眼鏡橋は、<br />長さ22m、幅3.65m、川面までの高さ5.46mで<br />日本初のアーチ式石橋。<br />『日本橋』『錦帯橋』と並び日本三名橋に数えられる。<br />また昭和57年(1982)の長崎大水害で<br />一部崩壊したが翌年復元。と説明されている。

    今日はとにかく暑い!
    眼鏡橋を見学後、眼鏡橋電停近くの
    松翁軒本店2F喫茶室 セヴィリアで一休みして長崎名物、
    カステラを賞味する。
    長崎カステラと言えば、
    文明堂、福砂屋が一般的に知られている。
    地元では「松翁軒」・「福砂屋」・「文明堂」が
    カステラ御三家との事。
    評価は「松翁軒のカステラは、
    文明堂や福砂屋と比べて「しっとり」との事。

    日本最古のアーチ型石橋
    17世紀、長崎の町並みは拡大され護岸を構築し、
    ほぼ現在の中島川が形づくられた。
    このころは、キリスト教禁教の時代で、
    唐文化の導入により興福寺などの仏寺が次々と建立。
    寛永11年(1634)、
    興福寺の黙子如定禅師が架設したこの眼鏡橋は、
    長さ22m、幅3.65m、川面までの高さ5.46mで
    日本初のアーチ式石橋。
    『日本橋』『錦帯橋』と並び日本三名橋に数えられる。
    また昭和57年(1982)の長崎大水害で
    一部崩壊したが翌年復元。と説明されている。

  • 松翁軒本店の2F、カステラ喫茶「セヴィリア」に行く。<br />セヴィリア店内は静かで、贅沢な造り。<br />ここでカステラセット「カステラ+チョコラーテ+コーヒー」で<br />650円を賞味。なかなか良い。<br />「五三焼き(卵黄5、卵白3)」を追加注文する。<br />「う~ん、やはり五三焼きはしっとりして、美味しい」<br />店内で色々サービスしてもらった女性、<br />いや、ご婦人はどことなく品がある。<br /><br />カステラとコーヒーで一休みして1階に降りる。<br />ここはカステラなどの売店になっている。<br />2階でサービスしていた女性が今度は売店で<br />従業員に色々指図している。<br />どうやら、ここの女将か?

    松翁軒本店の2F、カステラ喫茶「セヴィリア」に行く。
    セヴィリア店内は静かで、贅沢な造り。
    ここでカステラセット「カステラ+チョコラーテ+コーヒー」で
    650円を賞味。なかなか良い。
    「五三焼き(卵黄5、卵白3)」を追加注文する。
    「う~ん、やはり五三焼きはしっとりして、美味しい」
    店内で色々サービスしてもらった女性、
    いや、ご婦人はどことなく品がある。

    カステラとコーヒーで一休みして1階に降りる。
    ここはカステラなどの売店になっている。
    2階でサービスしていた女性が今度は売店で
    従業員に色々指図している。
    どうやら、ここの女将か?

  • 一休みしてから予定では<br />昼食は:共楽園(ちゃんぽん)としていたが、会楽園に変更。<br />松翁軒から中華街にある会楽園までタクシー。<br />市電、徒歩で観光地を訪ねるのはこの暑さでは辛い。<br />これからの行動はすべてタクシーを利用することに変更。<br />中華街の入り口にある会楽園に行く。<br />店内は数組の客が入っている。地元の人たちのようだ。<br />ちゃんぽんを注文。<br />外観は江山楼のものとあまり変わらない。<br />味はやはり甘い。当方の味覚で双方の比較はできない。<br />あまり変わりがない。

    一休みしてから予定では
    昼食は:共楽園(ちゃんぽん)としていたが、会楽園に変更。
    松翁軒から中華街にある会楽園までタクシー。
    市電、徒歩で観光地を訪ねるのはこの暑さでは辛い。
    これからの行動はすべてタクシーを利用することに変更。
    中華街の入り口にある会楽園に行く。
    店内は数組の客が入っている。地元の人たちのようだ。
    ちゃんぽんを注文。
    外観は江山楼のものとあまり変わらない。
    味はやはり甘い。当方の味覚で双方の比較はできない。
    あまり変わりがない。

  • 中華街からタクシーで崇福寺へ。<br />ここでタクシーを待たせておく。<br />興福寺が南京地方出身者の建立で、<br />崇福寺は福州寺と呼ばれる。<br />竜宮門を思わせる三門や珍異奇巧を極めている第一峰門がある。<br />殿堂内の仏像仏具類は中国人名匠の作で、<br />明朝末期文化の縮図と説明がある。<br />確かに眼前の赤門は竜宮城を思わせる。<br />拝観料を払って境内に入る。

    中華街からタクシーで崇福寺へ。
    ここでタクシーを待たせておく。
    興福寺が南京地方出身者の建立で、
    崇福寺は福州寺と呼ばれる。
    竜宮門を思わせる三門や珍異奇巧を極めている第一峰門がある。
    殿堂内の仏像仏具類は中国人名匠の作で、
    明朝末期文化の縮図と説明がある。
    確かに眼前の赤門は竜宮城を思わせる。
    拝観料を払って境内に入る。

  • しっそりとした本堂

    しっそりとした本堂

  • 境内は静まり返り、寺に人の気配がない。<br />僧侶がここに滞留して、修行を積んでいる気配がない。<br />建物はかなり傷んで、ほこりだらけ。見学専用のようだ。

    境内は静まり返り、寺に人の気配がない。
    僧侶がここに滞留して、修行を積んでいる気配がない。
    建物はかなり傷んで、ほこりだらけ。見学専用のようだ。

  • タクシーで興福寺へ。<br />興福寺<br />当時、日本に来る中国人の中にはキリスト教徒がいたため、<br />長崎奉行は唐人の宗教についても厳重に調査。<br />在留唐人等は自ら進んでその証明を行い、<br />また、海上の安全祈願と故人の冥福を祈るため寺を建て、<br />第2代住職の黙子如定は眼鏡橋を架設したことで有名。<br />第3代の逸然は中国でも高僧の評判が高かった<br />隠元を招くことに成功と説明がある。<br />また、この寺はインゲン豆を初めて持ち込んだことでも有名。<br />この寺も僧侶在住の気配が無く、見学専用の感じだ。<br />建物はかなり傷んでいる。

    タクシーで興福寺へ。
    興福寺
    当時、日本に来る中国人の中にはキリスト教徒がいたため、
    長崎奉行は唐人の宗教についても厳重に調査。
    在留唐人等は自ら進んでその証明を行い、
    また、海上の安全祈願と故人の冥福を祈るため寺を建て、
    第2代住職の黙子如定は眼鏡橋を架設したことで有名。
    第3代の逸然は中国でも高僧の評判が高かった
    隠元を招くことに成功と説明がある。
    また、この寺はインゲン豆を初めて持ち込んだことでも有名。
    この寺も僧侶在住の気配が無く、見学専用の感じだ。
    建物はかなり傷んでいる。

  • 静寂の本堂

    静寂の本堂

  • 待たせたタクシーで亀山社中記念館に行く。<br />亀山社中記念館<br />「亀山社中」は、慶応元年(1865年)<br />薩摩藩や長崎の豪商小曽根家の援助を受けて、<br />坂本龍馬とその同志で設立した結社。<br />徳川幕府の倒幕を目的とし、<br />船の回送や運輸業、銃器の斡旋などの商号活動も行い、<br />「日本初の商社」と言われる。<br />幕末頃、亀山で「亀山焼」という焼物が廃窯となり、<br />その窯ではたらいていた人々の住居跡を根城とした。<br />亀山社中の「亀山」はその地名をとり、<br />「社中」は”人の集まり”の意味。<br />活動期間は約2年間で、海運業などの活動の他に、<br />薩長同盟に参画し、<br />幕末・維新史において、重要な役割を果た。<br />老朽化した建物を当時の建物に限りなく改修・復元し、<br />「長崎市亀山社中記念館」として平成21年8月にオープン。<br />名誉館長は、坂本龍馬に造詣が深い武田鉄矢氏が務めている。<br /> 龍馬のブーツなどのレプリカや、書状の写し、<br />亀山社中の志士達の写真等が展示され、<br />隠し部屋として利用した中2階の様子も<br />階段上部から見ることができると説明あり。<br />竜馬通りは急峻な丘陵地にへばりつくように<br />立っている住宅街にあった。<br />タクシーは竜馬通りの坂道の上で駐車。<br />ここから急な石段を下りてゆく。<br />はるか下の方に長崎市街が見える。<br />このような急峻な坂道を下から徒歩で登るのは無理。<br />タクシーにしてよかった。<br />それにしてもこの辺の住人は<br />毎日この坂を上り下りしているのであろうか。<br />自転車、車は使えない。<br />高齢者には過酷な住宅環境だ。<br />狭い石段を転げ落ちない様に注意して下る。<br />記念館は木造の質素な民家のようで、<br />床の間のある和室と続きの和室。<br />ここに竜馬ゆかりの品(レプリカ)が展示されていた。<br />廊下に出て梯子を上ると屋根裏部屋。<br />薄暗い空間。ここを隠れ家としていたのであろう。<br />市電で乗り継いで、急な坂道を登り、<br />ここまで来る価値があるのかは個々人の気持ち。<br />当方、やっと来たとの気持ちがあったが、<br />感動するものはなかった。

    待たせたタクシーで亀山社中記念館に行く。
    亀山社中記念館
    「亀山社中」は、慶応元年(1865年)
    薩摩藩や長崎の豪商小曽根家の援助を受けて、
    坂本龍馬とその同志で設立した結社。
    徳川幕府の倒幕を目的とし、
    船の回送や運輸業、銃器の斡旋などの商号活動も行い、
    「日本初の商社」と言われる。
    幕末頃、亀山で「亀山焼」という焼物が廃窯となり、
    その窯ではたらいていた人々の住居跡を根城とした。
    亀山社中の「亀山」はその地名をとり、
    「社中」は”人の集まり”の意味。
    活動期間は約2年間で、海運業などの活動の他に、
    薩長同盟に参画し、
    幕末・維新史において、重要な役割を果た。
    老朽化した建物を当時の建物に限りなく改修・復元し、
    「長崎市亀山社中記念館」として平成21年8月にオープン。
    名誉館長は、坂本龍馬に造詣が深い武田鉄矢氏が務めている。
     龍馬のブーツなどのレプリカや、書状の写し、
    亀山社中の志士達の写真等が展示され、
    隠し部屋として利用した中2階の様子も
    階段上部から見ることができると説明あり。
    竜馬通りは急峻な丘陵地にへばりつくように
    立っている住宅街にあった。
    タクシーは竜馬通りの坂道の上で駐車。
    ここから急な石段を下りてゆく。
    はるか下の方に長崎市街が見える。
    このような急峻な坂道を下から徒歩で登るのは無理。
    タクシーにしてよかった。
    それにしてもこの辺の住人は
    毎日この坂を上り下りしているのであろうか。
    自転車、車は使えない。
    高齢者には過酷な住宅環境だ。
    狭い石段を転げ落ちない様に注意して下る。
    記念館は木造の質素な民家のようで、
    床の間のある和室と続きの和室。
    ここに竜馬ゆかりの品(レプリカ)が展示されていた。
    廊下に出て梯子を上ると屋根裏部屋。
    薄暗い空間。ここを隠れ家としていたのであろう。
    市電で乗り継いで、急な坂道を登り、
    ここまで来る価値があるのかは個々人の気持ち。
    当方、やっと来たとの気持ちがあったが、
    感動するものはなかった。

  • 帰路は急石段を登ってタクシー迄戻る。<br />高齢者には過酷な石段だ。<br />足はもつれる、息は切れる!<br />やっと、タクシーまでたどり着く。<br />ひと汗もふた汗もかいた。<br />ここから急坂を右に左にハンドルを切りながら坂道を下り、<br />長崎駅まで行く。<br />市電と徒歩で長崎市内で観光巡りをするのは<br />高齢者にとっては厳しい。<br />今回タクシー利用で予定の観光は無事終了。<br /><br />長崎空港から成田まで戻るのが良いのだが、<br />便数が少なく利用できない。<br />長崎駅前にある長崎県営バスターミナルの11番乗り場から<br />福岡空港行き九州号の高速バスで福岡空港まで行く。<br />乗り換え無しで便利。<br />しかし、長崎を16時に出発して福岡空港に到着したのが18時40分。<br />時間がかかりすぎる。<br />JRを利用しても乗り換えあり、時間がかかる。<br />やはり、夕刻に成田便の航空便があれば<br />2時間以上短縮でき便利なのだが。<br /><br />今回の旅は素朴な五島列島の教会群を<br />ドライブしながら訪ね<br />、中通島のホテルでは暖かい歓迎をうけ、<br />暑いながらも長崎の旅を楽しむことができた。<br /><br />完<br />

    帰路は急石段を登ってタクシー迄戻る。
    高齢者には過酷な石段だ。
    足はもつれる、息は切れる!
    やっと、タクシーまでたどり着く。
    ひと汗もふた汗もかいた。
    ここから急坂を右に左にハンドルを切りながら坂道を下り、
    長崎駅まで行く。
    市電と徒歩で長崎市内で観光巡りをするのは
    高齢者にとっては厳しい。
    今回タクシー利用で予定の観光は無事終了。

    長崎空港から成田まで戻るのが良いのだが、
    便数が少なく利用できない。
    長崎駅前にある長崎県営バスターミナルの11番乗り場から
    福岡空港行き九州号の高速バスで福岡空港まで行く。
    乗り換え無しで便利。
    しかし、長崎を16時に出発して福岡空港に到着したのが18時40分。
    時間がかかりすぎる。
    JRを利用しても乗り換えあり、時間がかかる。
    やはり、夕刻に成田便の航空便があれば
    2時間以上短縮でき便利なのだが。

    今回の旅は素朴な五島列島の教会群を
    ドライブしながら訪ね
    、中通島のホテルでは暖かい歓迎をうけ、
    暑いながらも長崎の旅を楽しむことができた。


この旅行記のタグ

0いいね!

利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。 問題のある投稿を連絡する

コメントを投稿する前に

十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?

サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)

報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。

旅の計画・記録

マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?

フォートラベル公式LINE@

おすすめの旅行記や旬な旅行情報、お得なキャンペーン情報をお届けします!
QRコードが読み取れない場合はID「@4travel」で検索してください。

\その他の公式SNSはこちら/

PAGE TOP