2025/08/13 - 2025/08/14
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jambarayaさん
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最後は抑留者慰霊塔へ
旅におけるライフワークとして毎度行っているのは、戦争における慰霊碑めぐり。
自身が終戦記念日生まれということもあったり、恩師に特攻隊の生き残りがいたりした縁で、旅先に慰霊碑がある場合、必ず足を運ぶようにしてきた。
インパール作戦の慰霊碑が建つミャンマーのザカイン、本土上陸のきっかけとなったパラオのペリリュー島などいろいろ巡ってきた。
モンゴル、ウランバートルにあるダンバダルジャー日本人慰霊碑は、天皇皇后両陛下も7月に参拝されたところ。
不当に抑留された歴史の舞台に足を運びたくて、今回の旅では、現地旅行社に最初から組み込んで欲しい、とオーダーしていた。
しかしウランバートルに到着し、旅行代金を支払ったあと、そこの旅行会社オーナーに、
「ウランバートル市内は渋滞が酷いから、行けない。どうせ興味本位でしょ!」
と言われ、ちょいとバトルしたんだ。親日派が多いとされるモンゴルだが、こういう人もいることは覚悟していた。しかし約束しておいて、前日に行かない!とは何事だ、と私も拙い英語で抗議。結局話しは平行線で、腹に予熱を持ったまま、ツアーはスタートした。
旅を重ねていくうちに、ドライバーさんとガイドさんと仲良くなり、私の慰霊に対する思いも伝わったようで、最終日、朝7時過ぎに温泉地を出発して慰霊碑に辿り着けるか、試しましょう、となった。
運転手さんも、ガイドさんも日本人慰霊碑へ行くのは初めて。ウランバートルに入ってもなるべく混んでいない道をチョイスして、15時前、7時間かけて到着した。
高台に位置する慰霊碑は、綺麗に建て替えられたばかり。博物館も併設されていた。
線香あげて、手を合わせていたら、泣けてきて。
慰霊碑敷地の下には、ダンパダルジャー寺院がありそこは外から撮影した。この寺には、日本人抑留者の病院があったとのこと。
戦後80年。
いろいろ平和の在り方について、若い世代が意識して、考える時期に来ていると思う。
- 旅行の満足度
- 3.5
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 2.0
- グルメ
- 1.5
- 交通
- 3.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 25万円 - 30万円
- 交通手段
- 観光バス 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
寒くて目が覚めた今朝。霜が降りています。
今回のゲルは二人サイズだから、ストーブなし。設置できないんだって。仕方なく、夜中からずっとずっと温泉に浸かり、朝を迎えました。こんな経験初めてです。 -
露天風呂で寝ていたら、死んでると思われて、すごい勢いで声を掛けられた。
まぁ、驚くよね。
寒くて眠れないから、ここで寝ているんだ、と言っても英語が通じなかった、スタッフさん。
ともかく寝させてくれとお願いした。
でも、浅い眠り。そうだよね。 -
ともかく、夜中の3時に寝られなくなり、風呂場に向かった時、真っ暗で、霜が降りていることに気づかず、道中滑ったんですよ。
こりゃ、滑るよね。
朝の6時半でこれ。
寒いわあ。 -
4度やで。8月13日。ありえへん
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身支度を整えた後、朝食。今日は6時30分スタート。食堂にはガンガン薪ストーブがたかれている。
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朝食中、運転手のボギーさんの入浴写真GET。楽しんでおられる。なかなかここまでくるツアーないからね。
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しっかり食べて出発。まだ食べやすい朝食でよかった。ホントモンゴルって食事がしんどい。食べられるものがないし、出てきたもの食べるしかないし、そのレベルが低いし。
風景は素晴らしいが、ベロの偏差値が低い人じゃないと、食事面は満足できないと思う。 -
さ、滑らないように部屋に戻り、最後の身支度。凍っているよ。
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今日も素晴らしい1日になりますように。
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8時、早いタバコ休憩。
昨日ほとんど寝ていないから、眠いよ。 -
できれば寝させてほしいが、ガイドのムギーさんがここでもポーズとれと、指示を出す。寝たい。
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まだこの時点で6度。
寒い。車の中に戻りたい。 -
でもこの景色は絶景。素晴らしい
-
途中、運転手のボギーさんのお姉さんの自宅に再度立ち寄る。トイレ休憩。
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あいさつをしてから、近場の小さな町、ツェツェルグという町を通る。ここで大体の温泉街の方が買い出しをする。ここまで大体1時間30分。
ちなみにこの写真が、警察 -
ボギーさん、ここから飛ばす。時速130km。どうしてこういう状態なのか。
早く、ウランバートルへ戻りたい、という思いもあるが。。。
あのね、今回のオーダー、UBゲストハウス&ツアーズという会社にお願いしたんだけど、この会社って、LINEでツアーをオーダーできるのね。もちろん日本語。
オーナーがモンゴル人女性だったんだが、この人を支えるというので、日本人がバックアップしていたんだ。そしてこの日本人と、LINEでやり取りをしていたんだ。すなわち、LINE(日本人)は仲介役や。 -
8月5日スタートで、温泉+ゴビ砂漠+日本人慰霊碑参拝でオーダーしていたんだ。しかし送られてくる行程表が、慰霊碑が組み込まれていない。
LINEでお問い合わせしたら、先方に伝えてあるが、再度現地に行ったら、自分の口からもう一度言ってほしい、と言われた。 -
で、到着後、8月5日、ツアー代金を支払った後、日本人慰霊碑はいつ行くのか、と聞いたら
「興味本位だよね。時間もないし、ウランバートルは渋滞もひどいから行かない。」と女性オーナーは言ってきたんだ。
つーか、客の前で「興味本位」という言葉遣うか?GOOGLE翻訳を使ってのやり取りだったから、翻訳アプリのせいかもしれないが、ともかく気を悪くして、この後、このオーナーとは交渉する気もなくなったんだ。 -
6日にツアーがスタートして、運転手のボギーさん、ガイドのムギーさんと交流していってだんだん仲良くなっていって、旅後半、私の日本人慰霊碑に対する思い、ずっと慰霊を続けてきた話をしたんだ。英語も堪能じゃないからボディランゲージを含めて、二人語っていったら、熱意が伝わったのか、最終日、渋滞も怖いから7時15分発で挑戦してみよう、となったんだ。
-
ガイドのムギーさん、運転手のボギーさんはホント人間的に良い人。というより、ちゃんとお仕事をしてくれる人。こっちはオーダーして、金も支払っているんだからね。
オーナーは人間的に、???という印象を受けた。
私のツアーを参考にして、この会社のツアーを申し込む人は、ここの女性オーナーには注意した方が良い。 -
さて、お昼。
11時30分、いろいろ追い抜かして、ぶっ飛ばしているので、そろそろミニゴビ砂漠という箇所まで到着した。
ここは高速道路のサービスエリアとのこと。ただ、モンゴルには、高速道路はない。私向け?にハイウェイ、という表現をガイドさんは使ったが、そもそもない。
車通りが少ないから、たまたま高速道路になる、というだけだ。 -
昼飯は、ハンバーグ。モンゴル語では、ウンドゥグテ、ビーフシテクスという。
獣臭いハンバーグ。
これしかないから食べるけど、おいしくない。半分残した。 -
さ、12時30分、トイレも済ませて、出発。
ウランバートルには、まず何時に到着するかな? -
目標は14時だって。
130km出しているからつきそうやな。 -
ウランバートルまでの道中は、ほんと何にもない。
反映しているのは、国が力を入れているのは、ウランバートルしかないのでは?と思わせるほど。 -
途中、日馬富士ミルクファームを撮影。日馬富士は、私財を投資して、学校を建てたり、卒業生の職場を作ったりしているんだ。偉いなあ。
ここ。
新ウランバートル日馬富士学園の卒業生とかも働いているらしい。
ソフトクリームはおいしいようですよ。今回はいかなかったけど。 -
ウランバートルまでの通り道には、ミニゴビ砂漠も横目に見られる。
https://youtu.be/euW2OxlyI9I
ミニゴビ砂漠を走る -
ぶっとばすこと、90分強。14時過ぎ、ウランバートルに入る。
そこから、日本人慰霊碑まで向かう。市内中心部を通ると、渋滞に突っ込んでいくようなもんだから、私の方でこの裏道ルートはどうかと提案して、行っていただく。
もともとこちらとしてはオーダーしていたことだが、会社側の判断で行程から消えていて、情にほだされていく?みたいな感じになってね。お二人からしたら行ってやるよ、あげるよ、みたいな気持ち、状態だったんだろうな。このルート案内している間はちょっと気まずい、嫌な雰囲気だった。
私としては、ちゃんとオーダーして、金も支払っているのに、なんでこのような空気を出されなきゃいけないんだろう、なぜ到着してくれるまで頭を下げなきゃいけないんだろう、という思いもあってね。正直なお二人なんだと思う。
コミュニケーションって本当に難しい。
申し訳ないが、この態度はいかがなものか?とも思ったので、最後に支払うチップは減額させていただいた。ドライな客ですまん。 -
裏道は全く渋滞もせず、14時50分、日本人慰霊碑に到着。
たまたま、先客がいて、門が開いていた。
ガイドのムギーさんが受付に行って、入っていいのか、確認してくれた。 -
ここは7月に天皇皇后両陛下がモンゴル公式訪問された場所。
今までいろんな慰霊碑、慰霊塔を回ってきたが、ここは群を抜いてきれいに整備されていた。
天皇効果か。 -
第二次世界大戦後、モンゴル抑留中に亡くなった1700名の日本人慰霊碑。
1999年から2001年にかけて厚生労働省によって遺骨収集され、この地に慰霊碑と記念堂が建てられた。 -
2017年には日本とモンゴルの友好関係45周年を記念して、20株の桜が植えられたという。
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世界中で見てきた、白光真宏会の「白い木の碑」
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さて、参拝に向かいます。
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勉強不足で知らなかったのだが、慰霊碑(モンゴル国内)にはここ以外にも数か所あるみたいなんだ。
カラコルム(ハラホリン)
元首都のカラコルム近くにも慰霊碑があり、現地の人々により大切に守られている。
その他の収容地跡
ダルハン、エルデネト、ゴビ地方など、抑留者が労働に従事した地域に慰霊碑が点在している。 -
結構敷地が広く、掃除が行き届いている。
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こちらがメインの慰霊塔。
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塔の下には、花束やお供え物がいっぱいあった。多くの人が慰霊にきているのだろう。私も一品添えた。
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パラオのペリリュー塔の慰霊碑もデザインが良かったが、こちらの慰霊碑も非常にスタイリッシュで素敵。ストーリー性を感じる。
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手を合わせて、平和を祈る。
いつも通りの儀式だが、初めてここで泣いた。
私、戦争経験者じゃないから、今までどんな慰霊碑に行っても、涙腺を刺激されることはなかったが、ここは泣けた。
無念さが立ち込めているんですよ。 -
全く関係ないのに、ドライバーさん、ガイドさんも参拝。そして泣いていたんですね。つたわる、と。
お二人も線香をたてて、手を合わせてくれた。
お互い、肩をたたき合って、後にする。 -
塔の横に記念館があり、入らせていただく。
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天皇皇后両陛下が献花された花があった。
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昨今、私のように戦争を知らない世代の層が厚くなってきているから、不穏な発言をする人も出てきた。
とても残念なことだ。
そのような発言をする人は、慰霊碑を見ても、何も感じないと思う。おそらく戦地の最前線で、銃を突きつけられて、初めてわかるのかもしれない。 -
もちろん、したためさせていただきました。
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お二人も線香をあげてくれました。いい人だったなぁ。
ここの地に日本人抑留者の慰霊碑があることを初めて知って、初めて来た二人は興味を持ったようで、非常に熱心に資料を見ていた。 -
戦後世代として、どのように反戦と向き合って行くべきか、真剣に考える時期に来ていると思うんだ。
80回目の終戦記念日に向けて、久々に真面目なお話しを。 -
30分ほど滞在。
ありがとうございました。 -
帰り道にあった、ダンバダルジャー僧院
ここは当時、日本人抑留者の病院だったところとされている。
外からだけ撮影。 -
ただ、モンゴルの中では、ここは違うという。
地球の歩き方では、ここだと書かれているんだけどね。 -
ガイドのムギーさんが色々調べたところによると、別の場所にあるという。
自分も別の場所だと認識していて、そこなら知っていると話すんだ。 -
もしかしたら、いろんな場所にあったんじゃないかな。で、その中の一つがここ、という話ではないだろうか。
何せ1700人も亡くなっているわけだし。 -
見せてきた写真がこちら。
-
16時10分、最後の30分だけ、渋滞にもまれて、UBゲストハウスに到着。
私がしめした裏道つかえば、3時間も渋滞にもまれないんだよ。ただただ、大回りするだけ。
どうしてモンゴルの人は、裏道をつかわずみんな同じ道を走ろうとするのか。
もうちょっと考えようよ。 -
ガイドのムギーさん、旦那さんが宿まで持ってきてくれたと、馬頭琴に触らせてくれた。
急遽レッスン。 -
弓も弦も馬の毛でできている馬頭琴。100ドルから売っているが、検閲に引っかかるのも嫌だなぁと思い、購入は断念。
ギターとは違い、弦は押さえない。逆に浮かすんだ。で、チェロのように弾く。 -
いやー、うまくいかない。雑音しかならない。
ただ形は好きだなぁ。
食パンマンといい、馬頭琴といい、私は四角い形が好きなのか? -
雑音しかならず、悪戦苦闘する私。
-
難しい。いつかは手に入れたいな。
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さて、ガイドのムギーさん、運転手のボギーさんとお別れ。ちゃんとチップを渡しました。
で、モンゴル貨幣すっからかん。 -
その直後、女性オーナー登場。明日の空港送りは、3時30分出発。門の前にホンボシという名前の女性が立っているから、と言ってきた。もしいなかった場合の連絡先は?女性ドライバーの連絡先は?と聞いても教えてくれなかった。
いなかったら、オーナーの電話番号に鬼電するからな!と誓う。 -
風呂に入って、髪の毛乾かして、夕飯。最終日の夕飯がついていないと知ったのは、昨日。
行程表に記載していなくてすみません、とLINE上で日本人からは来たが、女性オーナーからは、この行程でさんざんサービスしてきたので、今更ない、とそれだけだった。
不憫に思ったのか、ガイドのムギーさんが、ヨーグルトをくれた。それも500g。
バナナは旅の残り。
明日は3時前には起きなきゃいけない、怒りは流して、布団に入ろう。
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この旅行記へのコメント (2)
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- 横浜臨海公園さん 2025/08/31 23:52:02
- 戦争体験は風化しつつあり
- jambarayaさま、こんばんは。
モンゴル探訪記、謹んで拝見させて頂きました。
大東亜戦争が終わって今年で80年。
戦争体験者も僅少となり、忘却の存在となってしまっております。
小生の父は今年101歳となりましたが、戦争末期に帝国大学学生で学徒出陣で海軍少尉として、戦艦大和に随伴し撃沈された軽巡洋艦矢矧乗組で、救助されるまで東シナ海で立ち泳ぎをしていたそうです。
小生が中学生の時代は日教組全盛期で、教師たちが反戦だ何だカンダと言いつつ、平気で、広島原爆記念日、長崎原爆記念日、終戦記念日と言う事から、小生、日本人が被害に遭っているのに何が記念日だと、此れら教師どもに向かって反論しておりましたので、自然、戦争を知ろうという意識へと流れていきました。
小生、後に、広島原爆の日、長崎原爆の日、終戦の日と通称変更を提言し現在ではコチラの名称を通称使用へと変化を見せました。
仕儀ながら、小生、体調悪化するまでの10年余、毎年10月に実施される硫黄島戦没者遺骨収集に参加させて頂き、多くの御霊を本土へと返す作業に従事もしました。
今年も8月15日に慣例化している靖国神社に参拝し、多くの御霊に御挨拶をさせて頂きました。
戦没者の方々への慰霊は大事な事と深く認識しております。
横浜臨海公園
- jambarayaさん からの返信 2025/09/01 08:42:16
- ありがとうございますRe: 戦争体験は風化しつつあり
- 学校でも、あまり取り扱わなくなりました。指導できる人がいないのでしょう。
教え子を戦地へ送らない、それだけは貫いていきたいです。
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