2025/07/21 - 2025/07/21
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YAMAJIさん
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笠間城は、鎌倉時代に佐白山(さしろさん)に築城された山城です。土塁や空堀を巡らした中世城郭が、石垣を多用した近世城郭へと大改修されています。山頂部分には天守を持つ天守曲輪が築かれ、その下に三つの櫓を持つ本丸が造られています。
現在、東日本大震災の影響が残り、天守曲輪は立入禁止、他の曲輪も荒れ放題でした?!日本三大稲荷の一つ「笠間稲荷神社」にも立ち寄りました。五穀豊穣、商売繁栄の神として広く信仰を集める神社で、創建は白雉2年(651)と伝えられいます。
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笠間稲荷神社の大鳥居です。
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手水舎(仮)です。
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絵馬堂です。
間口六間、奥行き三間、入母屋瓦葺で柱14本の吹き抜け造りです。明治32年(1899)の建立で、大絵馬や奉納額が納められています。 -
絵馬堂の中は休憩所になっています。
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のりまきといなり;950円です。
海苔巻き+くるみ稲荷寿司のセットを頂きます。大鳥居前の「いなり寿司 二ツ木」でテイクアウトしました。 -
かき氷;500円です。
仲見世の「MARUI」で購入しました。 -
楼門です。
「萬世泰平門」と呼ばれている、重層入母屋造りの楼門で、昭和36年(1903)に建立されています。 -
御神木の胡桃(くるみ)の木です。
その昔、胡桃の林の中に稲荷神社が祀られていました。そのため”胡桃下稲荷神社”とも呼ばれています。 -
藤棚です。
樹齢400年に及ぶ、2株の藤樹で構成されています。 -
笠間稲荷神社の拝殿です。
笠間稲荷神社は日本三大稲荷のひとつで、白雉2年(651)に創建されています。現在の拝殿は、昭和35年(1960)に造営されたものです。 -
水みくじ所です。
葦簀で日陰を作り、ミストシャワーを設置しています。 -
水みくじ;200円です。
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水みくじを水面に浮かべます。
宝船のイラストに”吉”の文字、7種類の運勢(教え)も浮かび上がります。 -
さざれ石と東門です。
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さざれ石です。
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東門です。
文化13年(1816)に再建された、入母屋造りの建物です。 -
大毛綱です。
東門の左右に、約2万人の女子崇拝者が奉納した毛綱があります。 -
笠間城の縄張り図です。
笠間城跡は、続日本百名城に選定されています。東日本大震災の影響が残り荒れ放題でした?! -
大黒石です。
鎌倉時代初期の戦いで、佐白山勢が山上からこの岩を転がして、徳蔵寺勢に大打撃を与えたという伝承が残っています。 -
的場丸(千人溜)駐車場です。
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大手門跡の石碑です。
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笠間城の大手門跡です。
大手門は桝形構造になっており、土塁や空堀・石垣などが見られます。 -
大手門跡の正面に残る石垣です。
高さが2~3mほどの、”野面積み”の石垣です。 -
ウバユリです。
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本丸跡に向かいます。
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本丸跡の石碑です。
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笠間城の本丸跡です。
本丸は大規模な土塁と土壁が巡らされていました。 -
本丸の土塁です。
土塁は高さが5~6m、幅が4~5mもある巨大なもので、土塁上には三基の二層櫓が配置されていました。 -
本丸から天守曲輪(天守台)へ登る石段です。
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東日本大震災により、天守曲輪の石垣や石段が崩壊するなど大きな被害があったため、天守曲輪付近は現在も立入禁止です。
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天守曲輪(天守台)への最後の階段と佐志能神社です。
関東随一とも言われる天守台へ登れなくて残念です。 -
天守曲輪の石垣です。
石垣は高さが4m程あり、割石を使用した”打込み接ぎ”と云われる積み方です。 -
隅部は長辺と短辺を交互に組み合わせた”算木積み”となっています。
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