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短かったような、長かったような、3泊4日の台湾ツアーは<br />いよいよ最終日。<br />今日は剥皮寮の歴史的町並みを見学し、車窓から総統府、<br />三国志で有名な行天宮、武廟、中正紀念堂を訪れ、<br />寺院、町中で見るたくましい台湾の人々に触れた。<br />今回のツアーはいろいろハップニングがあったが、<br />おかげで、ガイドさんとの親睦も深まりツアーそのものは<br />良かった。<br />見劣りがする年代物のバスであったが、宿泊したホテルは良かった。<br />バス代を削ってホテルを充実したのかもしれない。<br /><br />ただ、観光より土産物屋での時間配分が多かったのはツアーの特徴。<br />他のツアーでも同じ。<br />まずは無事帰国できたのは幸いであった。<br /><br />

想い出の旅(18)            台湾旅行行状記(7)最終回

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2012/03/23 - 2012/03/24

27951位(同エリア30518件中)

0

32

リュック

リュックさん

短かったような、長かったような、3泊4日の台湾ツアーは
いよいよ最終日。
今日は剥皮寮の歴史的町並みを見学し、車窓から総統府、
三国志で有名な行天宮、武廟、中正紀念堂を訪れ、
寺院、町中で見るたくましい台湾の人々に触れた。
今回のツアーはいろいろハップニングがあったが、
おかげで、ガイドさんとの親睦も深まりツアーそのものは
良かった。
見劣りがする年代物のバスであったが、宿泊したホテルは良かった。
バス代を削ってホテルを充実したのかもしれない。

ただ、観光より土産物屋での時間配分が多かったのはツアーの特徴。
他のツアーでも同じ。
まずは無事帰国できたのは幸いであった。

  • 龍山寺から徒歩で行ける新しい観光名所、剥皮寮をたずねる。<br />縁日があったようで龍山寺の境内も外も大変な人、人、人。<br />寺の前の歩道は行商人や托鉢の僧侶らしき人たちで、<br />歩く場所が狭い。行き交う人たちはお互いに譲り合う。

    龍山寺から徒歩で行ける新しい観光名所、剥皮寮をたずねる。
    縁日があったようで龍山寺の境内も外も大変な人、人、人。
    寺の前の歩道は行商人や托鉢の僧侶らしき人たちで、
    歩く場所が狭い。行き交う人たちはお互いに譲り合う。

  • 朝市のように露天商が歩道に店を開き、<br />人々はいろいろな物、主に食べ物を買っていた。<br />庶民の生活感があふれている。<br />計量は分銅を使っていた。昔のままだ。

    朝市のように露天商が歩道に店を開き、
    人々はいろいろな物、主に食べ物を買っていた。
    庶民の生活感があふれている。
    計量は分銅を使っていた。昔のままだ。

  • 龍山寺から剥皮寮に通じる商店街は<br />薬草や衣類を売っている店が多かった。<br />門前町なのだろうか。<br />しばらく歩くと、目の前に赤いれんが作りの長~い建物が現れた。<br />ここが剥皮寮。<br />剥皮寮はこの建物を指すのではなく<br />現在の台北市万華区康定路、広州街、昆明街に囲まれた地区を<br />指すとのこと。<br />この地区は昔、石炭の集積地、販売地として栄え、<br />当時の剥皮寮は商業が盛んで見事な造りの洋館も<br />少なくなかったらしい。<br />剥皮寮は清代から日本統治時代の開発を経て今日まで、<br />約200年の歴史があり、今でも当時の面影が多く残っている。<br />ところで、「剥皮寮」とはいったい何の皮を剥ぐのでしょうか?<br />一説には<br />「剥皮寮」という少し怖いような不思議な響きの名前は、<br />当時中国から運ばれて来た木材の皮を剥いで<br />紙に加工していたことから付いたとも言われている。

    龍山寺から剥皮寮に通じる商店街は
    薬草や衣類を売っている店が多かった。
    門前町なのだろうか。
    しばらく歩くと、目の前に赤いれんが作りの長~い建物が現れた。
    ここが剥皮寮。
    剥皮寮はこの建物を指すのではなく
    現在の台北市万華区康定路、広州街、昆明街に囲まれた地区を
    指すとのこと。
    この地区は昔、石炭の集積地、販売地として栄え、
    当時の剥皮寮は商業が盛んで見事な造りの洋館も
    少なくなかったらしい。
    剥皮寮は清代から日本統治時代の開発を経て今日まで、
    約200年の歴史があり、今でも当時の面影が多く残っている。
    ところで、「剥皮寮」とはいったい何の皮を剥ぐのでしょうか?
    一説には
    「剥皮寮」という少し怖いような不思議な響きの名前は、
    当時中国から運ばれて来た木材の皮を剥いで
    紙に加工していたことから付いたとも言われている。

  • 清代からの歴史ある店舗は店舗の正面を奥に引っ込めて<br />前面に「亭仔脚」という歩道を設け、<br />歩行者の雨や風よけの空間を作っていた。<br />店舗空間の延長でもあり、現在では「騎楼」と呼ばれているという。

    清代からの歴史ある店舗は店舗の正面を奥に引っ込めて
    前面に「亭仔脚」という歩道を設け、
    歩行者の雨や風よけの空間を作っていた。
    店舗空間の延長でもあり、現在では「騎楼」と呼ばれているという。

  • 剥皮寮の歴史的町並み

    剥皮寮の歴史的町並み

  • 剥皮寮の歴史的町並み

    剥皮寮の歴史的町並み

  • 剥皮寮の歴史的町並みは建物によって<br />建造された年代が異なり、<br />その後、幾多の改築を行っているので、<br />建物の建材はレンガ、スタッコ、タイル、<br />セメントモルタルなどが使われていて<br />歴史の変遷を物語っている。

    剥皮寮の歴史的町並みは建物によって
    建造された年代が異なり、
    その後、幾多の改築を行っているので、
    建物の建材はレンガ、スタッコ、タイル、
    セメントモルタルなどが使われていて
    歴史の変遷を物語っている。

  • 当時のタクシー?

    当時のタクシー?

  • 日本統治時代に始めてトイレを使い始めたらしい。<br />その前まで、このようなトイレは無く、オマルに用を足し、<br />川や田畑に捨てていたらしい。<br />ガイド女史さんの熱のこもった解説。

    日本統治時代に始めてトイレを使い始めたらしい。
    その前まで、このようなトイレは無く、オマルに用を足し、
    川や田畑に捨てていたらしい。
    ガイド女史さんの熱のこもった解説。

  • 日本統治時代、学校教育制度を導入し、<br />子供たちに読み、書き、そろばんを教えた。<br />また、今まで無かった運動会も行い、<br />子供たちの体育向上に努めたとガイドは説明してくれた。

    日本統治時代、学校教育制度を導入し、
    子供たちに読み、書き、そろばんを教えた。
    また、今まで無かった運動会も行い、
    子供たちの体育向上に努めたとガイドは説明してくれた。

  • 台湾版二宮尊徳像。ふっくらした面立ち。<br /><br />

    台湾版二宮尊徳像。ふっくらした面立ち。

  • この町もバイク、スクーターが移動手段の主役。<br />旅も終わりに近づいてきた。<br />これから中正記念堂、総督府、行天宮などを訪れ、<br />台湾にきて初めて小籠包を食べる。<br />

    この町もバイク、スクーターが移動手段の主役。
    旅も終わりに近づいてきた。
    これから中正記念堂、総督府、行天宮などを訪れ、
    台湾にきて初めて小籠包を食べる。

  • 剥皮寮からまた名物バスに乗る。<br />日本の下町、浅草のような商店街を抜け、<br />丸の内、皇居前のように整然と区画整理されたところに出る。<br />広い道路の両側には広い緑地帯があり<br />そこにがっしりとした建物が整然と並ぶ。<br />電線などは無く、広い道路はさらに広く感ずる。<br />やがて、赤いレンガつくりの美しい建物が見えてきた。<br />台湾の国会議事堂に当たる総統府。<br />正面入り口には物々しい警備。 <br />総統府は日本統治時代の1919年に台湾総督府として建てら、<br />当地の日本の威信をかけて設計された総督府は<br />アジアを代表する名建築と呼ばれ、<br />現在は国定古蹟に指定されているとのこと。<br />我々の一行はバスからの車窓観光になってしまったが、<br />平日の午前中と特定日には内部を見学することができるらしい。<br />毎日、度重なる「ショッピングへのご案内」を減らせば、<br />総督府の見学が出来たのに。<br />総じて、新聞などに掲載される台湾ツアーは<br />どれも「ショッピングへのご案内」が多すぎる。

    剥皮寮からまた名物バスに乗る。
    日本の下町、浅草のような商店街を抜け、
    丸の内、皇居前のように整然と区画整理されたところに出る。
    広い道路の両側には広い緑地帯があり
    そこにがっしりとした建物が整然と並ぶ。
    電線などは無く、広い道路はさらに広く感ずる。
    やがて、赤いレンガつくりの美しい建物が見えてきた。
    台湾の国会議事堂に当たる総統府。
    正面入り口には物々しい警備。 
    総統府は日本統治時代の1919年に台湾総督府として建てら、
    当地の日本の威信をかけて設計された総督府は
    アジアを代表する名建築と呼ばれ、
    現在は国定古蹟に指定されているとのこと。
    我々の一行はバスからの車窓観光になってしまったが、
    平日の午前中と特定日には内部を見学することができるらしい。
    毎日、度重なる「ショッピングへのご案内」を減らせば、
    総督府の見学が出来たのに。
    総じて、新聞などに掲載される台湾ツアーは
    どれも「ショッピングへのご案内」が多すぎる。

  • バスは総督府の前を素通りして<br />蒋介石の銅像と資料館,中正紀念堂に着いた。<br />我々は3つの門の内中正紀念堂に近い大忠門から中に入る。

    バスは総督府の前を素通りして
    蒋介石の銅像と資料館,中正紀念堂に着いた。
    我々は3つの門の内中正紀念堂に近い大忠門から中に入る。

  • 正面に中正紀念堂がそびえる。<br />中正紀念堂の高さは70メートル。<br />青く尖った屋根、白い壁。<br />見事なデザイン。<br />ツアーでご一緒させていただいたご夫妻と。<br />ご夫妻は税理士会社の社長さんと<br />現役のピアニストでご活躍。北海道釧路からの参加。

    正面に中正紀念堂がそびえる。
    中正紀念堂の高さは70メートル。
    青く尖った屋根、白い壁。
    見事なデザイン。
    ツアーでご一緒させていただいたご夫妻と。
    ご夫妻は税理士会社の社長さんと
    現役のピアニストでご活躍。北海道釧路からの参加。

  • 中正紀念堂を背にして正門を眺める。<br />広すぎてすべてを一枚の画像に収まらない。<br />広大な敷地の中央に中正紀念堂がある。<br />遠方に見える正面の巨大な門(自由広場)の左右には<br />「國家戯劇院」(オペラハウス)、<br />「國家音楽廳」(コンサートホール)の<br />寺院のような大きな建物がデ~ンと構えている。<br />画像正面にある広く、長い石段は紀念堂に入る石段、<br />89段の階段である。<br />89段の由来は、<br />蒋介石の亡くなった年齢が数え年で89歳であったことから<br />きているとのこと。今日は抜けるような晴天。<br />台湾に来て初めての晴天。<br />日差しがきつい。暑い。<br />ガイドは皆さんこの階段を歩いて上るのは大変でしょうから、<br />行きはエレベーターで帰りにこの階段を下りましょうとなった。<br />賛成!

    中正紀念堂を背にして正門を眺める。
    広すぎてすべてを一枚の画像に収まらない。
    広大な敷地の中央に中正紀念堂がある。
    遠方に見える正面の巨大な門(自由広場)の左右には
    「國家戯劇院」(オペラハウス)、
    「國家音楽廳」(コンサートホール)の
    寺院のような大きな建物がデ~ンと構えている。
    画像正面にある広く、長い石段は紀念堂に入る石段、
    89段の階段である。
    89段の由来は、
    蒋介石の亡くなった年齢が数え年で89歳であったことから
    きているとのこと。今日は抜けるような晴天。
    台湾に来て初めての晴天。
    日差しがきつい。暑い。
    ガイドは皆さんこの階段を歩いて上るのは大変でしょうから、
    行きはエレベーターで帰りにこの階段を下りましょうとなった。
    賛成!

  • 1階には、蒋介石元総統の関係資料が展示されていた。<br />当時の様子がこの絵で理解できる。<br />百聞は一見に如かず、かな。

    1階には、蒋介石元総統の関係資料が展示されていた。
    当時の様子がこの絵で理解できる。
    百聞は一見に如かず、かな。

  • フロアの天井の最上部には国章である<br />「青天白日」の徽章が描かれている。

    フロアの天井の最上部には国章である
    「青天白日」の徽章が描かれている。

  • メインフロアの奥には巨大な蒋介石の銅像が置かれ、<br />銅像の上部には蒋介石の基本政治理念であった「<br />倫理、民主、科学」という三民主義の本質が記され、<br />像の土台には蒋介石の遺言がそれぞれ記されていた。

    メインフロアの奥には巨大な蒋介石の銅像が置かれ、
    銅像の上部には蒋介石の基本政治理念であった「
    倫理、民主、科学」という三民主義の本質が記され、
    像の土台には蒋介石の遺言がそれぞれ記されていた。

  • 89段の石段を降り、<br />きれいに手入れされた広大な庭園を鑑賞しながら、<br />入ってきた大忠門の反対側にある大孝門から街中に出る。

    89段の石段を降り、
    きれいに手入れされた広大な庭園を鑑賞しながら、
    入ってきた大忠門の反対側にある大孝門から街中に出る。

  • 行天宮、武廟<br />三国志で有名な武将、関羽を祀っている。<br />関羽は武神であるとともに、<br />商神でもあることから中国系人にとっては<br />熱心な信仰の対象のようだ。<br />関羽は初めてそろばんや帳簿を扱ったとされた事からきている。<br />行天宮の外周は見事な塀で囲まれた中国寺院。

    行天宮、武廟
    三国志で有名な武将、関羽を祀っている。
    関羽は武神であるとともに、
    商神でもあることから中国系人にとっては
    熱心な信仰の対象のようだ。
    関羽は初めてそろばんや帳簿を扱ったとされた事からきている。
    行天宮の外周は見事な塀で囲まれた中国寺院。

  • 熱心な参拝者が大勢集まっている。<br />

    熱心な参拝者が大勢集まっている。

  • 青い法衣を着たボランティアの女性たちが<br />参拝客の世話をしている。

    青い法衣を着たボランティアの女性たちが
    参拝客の世話をしている。

  • 本堂内には真っ赤な顔と、<br />黒くて長いヒゲが特徴の関羽雲張は<br />劉備玄徳に仕える武将で、主君への忠誠心が尊ばれ、<br />死後、神として祀られるようになったとのこと。<br />多くの参拝者が線香をたき、<br />お供え物を用意して熱心にお祈りしている。<br />お祈りの内容は「忠誠心」より<br />「お金がたまりますように」ではないだろうか。

    本堂内には真っ赤な顔と、
    黒くて長いヒゲが特徴の関羽雲張は
    劉備玄徳に仕える武将で、主君への忠誠心が尊ばれ、
    死後、神として祀られるようになったとのこと。
    多くの参拝者が線香をたき、
    お供え物を用意して熱心にお祈りしている。
    お祈りの内容は「忠誠心」より
    「お金がたまりますように」ではないだろうか。

  • 線香と大勢の人たちに囲まれた<br />異常ともいえる大混雑の雰囲気から<br />境内の外に出るとほっとする。<br />日本にも大勢の参拝者が訪れる<br />著名な神社、寺は沢山あるが、日本人の参詣は淡白だ。<br />台湾で訪れた寺院はすべて熱心な参拝者で賑わっていた。

    線香と大勢の人たちに囲まれた
    異常ともいえる大混雑の雰囲気から
    境内の外に出るとほっとする。
    日本にも大勢の参拝者が訪れる
    著名な神社、寺は沢山あるが、日本人の参詣は淡白だ。
    台湾で訪れた寺院はすべて熱心な参拝者で賑わっていた。

  • 行天宮前の歩道を少し歩き、交差点脇の地下歩道橋に行く。

    行天宮前の歩道を少し歩き、交差点脇の地下歩道橋に行く。

  • どのツアーコースにも入っている観光地、<br />行天宮前の地下道入り口に大きな看板。<br />「占い横町」と書いてある。<br />交差点地下道を通って反対側の道路に出る連絡路。

    どのツアーコースにも入っている観光地、
    行天宮前の地下道入り口に大きな看板。
    「占い横町」と書いてある。
    交差点地下道を通って反対側の道路に出る連絡路。

  • この狭い通路にびっしりと占いをするブースが並んでいる。

    この狭い通路にびっしりと占いをするブースが並んでいる。

  • 日本のように道路わきに<br />簡易机を置き占いをするのと異なり、<br />常設の占いブース。<br />中には「日本語OK」の看板も目に付く。<br />行天宮に参拝し、お願いして、<br />ここで今度は占ってもらうのだろうか。<br />我々一行は物珍しそうにただ通りすぎただけ。

    日本のように道路わきに
    簡易机を置き占いをするのと異なり、
    常設の占いブース。
    中には「日本語OK」の看板も目に付く。
    行天宮に参拝し、お願いして、
    ここで今度は占ってもらうのだろうか。
    我々一行は物珍しそうにただ通りすぎただけ。

  • 台湾に来て、毎食、XX料理と称した中国料理を味わったが、<br />一番なじみの深い餃子、シュウマイなどの料理は<br />まだ味わっていなかった。<br />今回、初めて、小籠包専門店で昼食。<br />比較的大きな店であるが店の前は順番を待つ客であふれていた。<br />丁度、昼時でもあり、店内は大混雑。<br />店員はてきぱきと料理を運んでくる。<br />いろいろな種類の小籠包づくしであったが、<br />どれも美味しかった。

    台湾に来て、毎食、XX料理と称した中国料理を味わったが、
    一番なじみの深い餃子、シュウマイなどの料理は
    まだ味わっていなかった。
    今回、初めて、小籠包専門店で昼食。
    比較的大きな店であるが店の前は順番を待つ客であふれていた。
    丁度、昼時でもあり、店内は大混雑。
    店員はてきぱきと料理を運んでくる。
    いろいろな種類の小籠包づくしであったが、
    どれも美味しかった。

  • 昼食後、いよいよ最後の「ショッピングへのご案内」。<br />ここは免税店でツアー客に財布に残った台湾ドルを<br />すべて使い切る様にガイド女史は訴える。<br />彼女も熱心な行天宮信者であろう。<br />今回も「ショッピングへのご案内」で立ち寄る店の前で必ず、<br />割引カード、もしくは番号を書き込んだカードを渡される。<br />ガイドが案内した客が買い物をした売り上げ額を確認し、<br />ガイド、旅行社へのリベート額を算出するのであろう。<br />ガイドが「ショッピングへのご案内」に熱心な訳がわかる。<br />もっとも台湾の消費税は5%で<br />ヨーロッパの10~15%の高額な税額ではないので<br />免税効果は少ない。<br />現役中、仕事の関係で台湾の関係会社とのやり取りが多く、<br />国際会議でも一緒になったマネージャーから<br />台湾に来るように誘われたが、訪問する機会が無かった。<br />今回、やっと一度は訪れたい台湾旅行が実現した。<br />台湾旅行はホテル、食事、観光先についてはグッドであった。<br />しかし、度重なる「ショッピングへのご案内」や<br />移動手段であるバスのグレードにはX点をつける。<br />台湾を訪れて、行き交う人々は日本人と違う顔立ちの人が多く、<br />一目で中国系とわかる人たちだった。<br />でもどの人たちも親切で、人懐っこく、素朴感さえ感じられた。<br />人々の生活は日本の戦後間もないころの状態に近かったが<br />バイタリティーに富んでいた。<br />夜の街中を散策してみたが「危険」を感じることは無かった。<br />台湾ツアーの4日目。<br />今日は3月22日朝から良い天気で日差しが強く暑い。<br />台湾に来て初めて南国らしい暑さを経験した。<br />でも、東南アジアのシンガポールやタイなどの湿気を含んだ<br />蒸し暑さとも違う。<br />沢山のお寺などを見学し、<br />沢山のお土産物屋につれていかれたが<br />最後に免税店詣出でツアーは終わる。

    昼食後、いよいよ最後の「ショッピングへのご案内」。
    ここは免税店でツアー客に財布に残った台湾ドルを
    すべて使い切る様にガイド女史は訴える。
    彼女も熱心な行天宮信者であろう。
    今回も「ショッピングへのご案内」で立ち寄る店の前で必ず、
    割引カード、もしくは番号を書き込んだカードを渡される。
    ガイドが案内した客が買い物をした売り上げ額を確認し、
    ガイド、旅行社へのリベート額を算出するのであろう。
    ガイドが「ショッピングへのご案内」に熱心な訳がわかる。
    もっとも台湾の消費税は5%で
    ヨーロッパの10~15%の高額な税額ではないので
    免税効果は少ない。
    現役中、仕事の関係で台湾の関係会社とのやり取りが多く、
    国際会議でも一緒になったマネージャーから
    台湾に来るように誘われたが、訪問する機会が無かった。
    今回、やっと一度は訪れたい台湾旅行が実現した。
    台湾旅行はホテル、食事、観光先についてはグッドであった。
    しかし、度重なる「ショッピングへのご案内」や
    移動手段であるバスのグレードにはX点をつける。
    台湾を訪れて、行き交う人々は日本人と違う顔立ちの人が多く、
    一目で中国系とわかる人たちだった。
    でもどの人たちも親切で、人懐っこく、素朴感さえ感じられた。
    人々の生活は日本の戦後間もないころの状態に近かったが
    バイタリティーに富んでいた。
    夜の街中を散策してみたが「危険」を感じることは無かった。
    台湾ツアーの4日目。
    今日は3月22日朝から良い天気で日差しが強く暑い。
    台湾に来て初めて南国らしい暑さを経験した。
    でも、東南アジアのシンガポールやタイなどの湿気を含んだ
    蒸し暑さとも違う。
    沢山のお寺などを見学し、
    沢山のお土産物屋につれていかれたが
    最後に免税店詣出でツアーは終わる。

  • 旅行中お世話になった馴染みなったバスに揺られ<br />松山国際空港に着いた。ここでガイド女史とお別れ。<br />お世話になりました。<br />空港カウンターで座席の予約を各自が行う。<br />帰りの飛行時間は3時間ちょっとであるが、<br />二人がけの窓際の席が好ましい。<br />EVA航空カウンターで<br />「窓側の席をお願いします」<br />「?」<br />「We would like a window seat, please」<br />「Both?」<br />「No, I will sit next to my wife」<br />「Ok~」<br />訛りの無いきれいな英語で応対してくれた台湾美人。<br />窓側の二人がけの席が確保できた。今回はラッキー。<br />往復とも二人がけの窓側の席。<br />いつだったか、他のツアーに参加したときの座席は<br />往復とも5人掛けの席でしかも真ん中。<br />両側の客に気を遣いながら長時間座っているのは辛い。<br />個人で旅をするときは決まって往復とも後方の<br />二人がけの窓側の席を予約している。<br />機内での疲れが違う。<br />座席は確保出来た。<br />第2ターミナル3階での出国手続はスムースに済み、<br />4階へ上がりEVA VIP LOUNGEに行った。<br />ここで、出発まで軽食を取りながら<br />ゆっくりするつもりであった。<br />この画像はインターネットで掲載のものを借用。<br />このラウンジは小生とかみさんが所有するカードと<br />エバー航空の搭乗券を提示すれば無料で利用出来る。<br />入り口のカウンターには3人の若い女性が受付をしている。<br />小生、かみさんのカードと一緒に受付嬢に差し出す。<br />すると、<br />「Sorry, You can&#39;t use this lounge with your cards」<br />「why?」<br />「The contract with this card&#39;s company<br /> has been already closed」<br />「We do not receive any information in advance <br />from them which you said.<br />「Is it true? I can&#39;t believe it」<br />他の利用者が怪訝な顔をしている。<br />かみさんは「出ましょう」と言うので<br />これ以上彼女と問答して無理に利用する事も無い。<br />仕方が無い、搭乗手続きが始まるまで、<br />出国ロビーにある店を<br />ウインドウショッピングをしながら時間を潰した。<br />我々は何度も海外のラウンジをこのカードで利用してきた。<br />今まで何も問題が無かった。<br />気になるので帰国後、カード会社に問い合わせた。<br />「調べます」との返事だった。<br />2日待っても何の返事もなかった。<br />再度電話で問い合わせた。返事が遅い理由を問いただした。<br />「XXさんに問い合わせたが、なかなか返事来ない。<br />どうなっているのですか?<br />ラウンジの女性が言ったことは正しいのですか?<br />もし、そうであれば、なぜ、貴社のHPに<br />このラウンジは貴社のカードで使えると書いてあるのですか。<br />使えないのであれば、誤解を招くので、<br />この記述は削除すべきでしょう!」<br />「契約は生きていますので使えるはずですが。<br />現地に問い合わせます」<br />「明日の午前までに返事をください」<br />あまり気の無い対応振りなので語気を強めて言った。<br />翌日、別な担当者(女性)から返事があった。<br />今度は丁寧な対応。<br />「この度はご迷惑をおかけしましてすみませんでした。<br />現地に確認をしましたら、<br />受付担当者が誤解をしていたことが判明しました。<br />今後、このようなことが無いように注意しました」<br />との事。<br />カード会社の対応が遅かったことを勘ぐると何かあったなと。<br />カード会社はラウンジに非があるように言っているが<br />素直に受け取れなかった。<br />カード会社とEVA航空との契約更新が<br />うまく履行されていなかったのでは。<br />カード会社、EVA航空双方の怠慢では。<br />ラウンジの受付嬢はまじめに仕事をしたのでは。<br />台湾旅行の最後の最後のハプニングであった。<br />無事、定刻で羽田に到着。<br />駐車場に止めてあった車で帰途に着いた。<br />東京はすでに暗く、寒かった。<br />日本統治時代、台湾で鉄道を敷設したり、<br />道路、港湾設備、トイレの普及そして日本語を含めた<br />一貫した教育制度の普及など多くの実績が<br />今も台湾人に評価されていた。<br />がしかし、太平洋戦争時、<br />多くの台湾人がこの戦争に徴兵され、<br />犠牲になったことは負の遺産として、<br />今も台湾人の心に深く残っていることが、<br />ガイド女史の言葉の端々に出てくる。<br />それでも、台湾人は日本人に対して好意的なのはありがたい。<br />この関係は大切にすべきだ。<br />今回のツアーでいろいろあったが、<br />これは日本の旅行社の問題であり、<br />請け負った台湾の旅行社は一生懸命<br />我々に尽くしてくれたその心根がうれしい。<br /><br />完

    旅行中お世話になった馴染みなったバスに揺られ
    松山国際空港に着いた。ここでガイド女史とお別れ。
    お世話になりました。
    空港カウンターで座席の予約を各自が行う。
    帰りの飛行時間は3時間ちょっとであるが、
    二人がけの窓際の席が好ましい。
    EVA航空カウンターで
    「窓側の席をお願いします」
    「?」
    「We would like a window seat, please」
    「Both?」
    「No, I will sit next to my wife」
    「Ok~」
    訛りの無いきれいな英語で応対してくれた台湾美人。
    窓側の二人がけの席が確保できた。今回はラッキー。
    往復とも二人がけの窓側の席。
    いつだったか、他のツアーに参加したときの座席は
    往復とも5人掛けの席でしかも真ん中。
    両側の客に気を遣いながら長時間座っているのは辛い。
    個人で旅をするときは決まって往復とも後方の
    二人がけの窓側の席を予約している。
    機内での疲れが違う。
    座席は確保出来た。
    第2ターミナル3階での出国手続はスムースに済み、
    4階へ上がりEVA VIP LOUNGEに行った。
    ここで、出発まで軽食を取りながら
    ゆっくりするつもりであった。
    この画像はインターネットで掲載のものを借用。
    このラウンジは小生とかみさんが所有するカードと
    エバー航空の搭乗券を提示すれば無料で利用出来る。
    入り口のカウンターには3人の若い女性が受付をしている。
    小生、かみさんのカードと一緒に受付嬢に差し出す。
    すると、
    「Sorry, You can't use this lounge with your cards」
    「why?」
    「The contract with this card's company
    has been already closed」
    「We do not receive any information in advance
    from them which you said.
    「Is it true? I can't believe it」
    他の利用者が怪訝な顔をしている。
    かみさんは「出ましょう」と言うので
    これ以上彼女と問答して無理に利用する事も無い。
    仕方が無い、搭乗手続きが始まるまで、
    出国ロビーにある店を
    ウインドウショッピングをしながら時間を潰した。
    我々は何度も海外のラウンジをこのカードで利用してきた。
    今まで何も問題が無かった。
    気になるので帰国後、カード会社に問い合わせた。
    「調べます」との返事だった。
    2日待っても何の返事もなかった。
    再度電話で問い合わせた。返事が遅い理由を問いただした。
    「XXさんに問い合わせたが、なかなか返事来ない。
    どうなっているのですか?
    ラウンジの女性が言ったことは正しいのですか?
    もし、そうであれば、なぜ、貴社のHPに
    このラウンジは貴社のカードで使えると書いてあるのですか。
    使えないのであれば、誤解を招くので、
    この記述は削除すべきでしょう!」
    「契約は生きていますので使えるはずですが。
    現地に問い合わせます」
    「明日の午前までに返事をください」
    あまり気の無い対応振りなので語気を強めて言った。
    翌日、別な担当者(女性)から返事があった。
    今度は丁寧な対応。
    「この度はご迷惑をおかけしましてすみませんでした。
    現地に確認をしましたら、
    受付担当者が誤解をしていたことが判明しました。
    今後、このようなことが無いように注意しました」
    との事。
    カード会社の対応が遅かったことを勘ぐると何かあったなと。
    カード会社はラウンジに非があるように言っているが
    素直に受け取れなかった。
    カード会社とEVA航空との契約更新が
    うまく履行されていなかったのでは。
    カード会社、EVA航空双方の怠慢では。
    ラウンジの受付嬢はまじめに仕事をしたのでは。
    台湾旅行の最後の最後のハプニングであった。
    無事、定刻で羽田に到着。
    駐車場に止めてあった車で帰途に着いた。
    東京はすでに暗く、寒かった。
    日本統治時代、台湾で鉄道を敷設したり、
    道路、港湾設備、トイレの普及そして日本語を含めた
    一貫した教育制度の普及など多くの実績が
    今も台湾人に評価されていた。
    がしかし、太平洋戦争時、
    多くの台湾人がこの戦争に徴兵され、
    犠牲になったことは負の遺産として、
    今も台湾人の心に深く残っていることが、
    ガイド女史の言葉の端々に出てくる。
    それでも、台湾人は日本人に対して好意的なのはありがたい。
    この関係は大切にすべきだ。
    今回のツアーでいろいろあったが、
    これは日本の旅行社の問題であり、
    請け負った台湾の旅行社は一生懸命
    我々に尽くしてくれたその心根がうれしい。

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