2025/07/17 - 2025/07/21
1313位(同エリア1964件中)
がんてつさん
今日は早朝7時に出発して、デリー市内を観光、ジャイプールへ移動します。
=デリー=
①レッドフォート
②フマユーン廟
③クトゥプミナール
南京酒家
=ジャイプール=
布と絨毯屋さん
Jewels & Gold Palace(宝石屋さん)
Green Pigeon Restaurant
①風の宮殿
サロバールポルティコ
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 3.0
- グルメ
- 4.0
- ショッピング
- 4.0
- 交通
- 4.5
- 同行者
- 家族旅行
- 一人あたり費用
- 25万円 - 30万円
- 交通手段
- 観光バス 徒歩 飛行機
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行なし)
- 利用旅行会社
- クラブツーリズム
-
6時過ぎにフロント前まで、スーツケースを置きに来ました。
珍しく同行者がもう来ていた・・・。ハイアット セントリック ジャナックプリ ニューデリー ホテル
-
ガイドさんから、朝食は6:15からという事でしたが、実際には6:30から。
スタッフの方早めに開けてくれましたが、まだまだ準備の段階でお料理が揃っていません。
オムレツや目玉焼きなどの卵料理もまだです。
これから続くカレーや中華、パンは有り難かった。ハイアット セントリック ジャナックプリ ニューデリー ホテル
-
7時、さあ出発です。
ツアーバスですが、中型バスで座席は悠々使えるので、助かった。
5名だとワゴン車だったそうです。 -
世界遺産のレッドフォートに7:50到着です。
残念ながら閉まっていました。
もともと下車観光だったので、入場することは無かったのですが・・・。レッド フォート 史跡・遺跡
-
愛妃の死を悼み総大理石の白亜の霊廟タージ・マハルを建てたムガル帝国第5代皇帝シャー・ジャハーンがアグラから都を移し、自らの名を冠した新都に築いた居城が、インドの首都デリーに聳える壮大なレッド・フォート(赤い城)です。
1639年から9年の歳月を費やし1648年に完成した居城は、建材に赤砂岩を用いていることからレッド・フォートと呼ばれ、コーランに描かれた楽園を具現化した城内には、ナッカル・カーナ、ディワーニ・アーム、ディワーニ・カース、モーティー・マスジドなど、ペルシャやヒンドゥーなどの影響を受けたムガル様式のイスラム建築が並んでいます。レッド フォート 史跡・遺跡
-
18世紀になるとイギリスによるインドの植民地化が進み、1857年にはインド大反乱が勃発。
レッド・フォートはイギリス軍に接収され、独立後はインド軍の施設として使用された経緯があり、インド独立記念日の8月15日に首相演説をここで行うのが恒例になっています。レッド フォート 史跡・遺跡
-
2007年に世界遺産に登録されました。
レッド フォート 史跡・遺跡
-
次にやって来たのは、世界遺産のフマユーン廟です。
フマーユーン廟 史跡・遺跡
-
ここは入場観光します。
インドの方は40ルピー(68円)、外国人は600ルピー(1,020円)と15倍。
日本も考えてもいいんじゃないですか?フマーユーン廟 史跡・遺跡
-
フマーユーン廟 史跡・遺跡
-
どの施設でも入場する際は、このチップでした。
入場の際は改札でチップをタッチし、退場時は改札で返却します。
このチップは紛失したら罰金なので、保管には注意しましょう。フマーユーン廟 史跡・遺跡
-
フーマユーン廟は、16世紀に興ったムガル帝国の第2代皇帝、フーマユーンの霊廟です。
妃のハージ・ベーガムが、49歳で急死した夫を悼み、故郷のペルシャから建築家を招き、9年の歳月と自身の生涯をかけて完成させたものです。
ムガル様式建築の原点といわれる壮麗な建築物は、1993年に世界遺産に登録されました。フマーユーン廟 史跡・遺跡
-
赤砂岩と白大理石の組み合わせが鮮やかなコントラストを見せるフーマユーン廟は完成当時、それまでのインドにはなかった独特のスタイルをもつ建築物でした。
フマーユーン廟 史跡・遺跡
-
ドームやアーチ、精緻な透かし彫りなどイスラムの建築様式と、柱やはりといったインドの建築様式が融合した初めてのムガル様式の建築として、タージ・マハルに大きな影響を与えました。
フマーユーン廟 史跡・遺跡
-
フマーユーン廟 史跡・遺跡
-
フマーユーン廟 史跡・遺跡
-
ガイドさんお勧めの写真スポット。
どこかで見たことがあるような?タージマハルに似ています。フマーユーン廟 史跡・遺跡
-
フーマユーン廟は、イスラム様式の幾何学的な庭園の中央にそびえる総大理石の高さ約38mのドームを中心に、シンメトリーにデザインされています。
フマーユーン廟 史跡・遺跡
-
田の字型に水路が巡らされた正方形の庭園は、チャハル・バーグ(四分庭園)と呼ばれ、イスラム教徒の天上の楽園を表しています。
フマーユーン廟 史跡・遺跡
-
フマーユーン廟 史跡・遺跡
-
妃が建てたドーム真下の地下深くで、永遠の眠りにつくフーマユーン帝。
妃の愛がなければ、優美な姿を今に伝えるフーマユーン廟はもちろん、ムガル建築の最高傑作と称えられるタージ・マハルも誕生していなかったかもしれないと言われています。フマーユーン廟 史跡・遺跡
-
フマーユーン廟 史跡・遺跡
-
フマーユーン廟 史跡・遺跡
-
フマーユーン廟 史跡・遺跡
-
フマーユーン廟 史跡・遺跡
-
中央にある八角形の部屋はフマユーンの霊廟で、白い石棺が置かれていますが、これは模棺(セノターフ)と呼ばれるもので、玄室は地下にあります。
フマーユーン廟 史跡・遺跡
-
フマーユーン廟 史跡・遺跡
-
他にも王妃のベーグム、王子、宮廷人など150もの死者が埋葬されているとされています。
フマーユーン廟 史跡・遺跡
-
フマーユーン廟 史跡・遺跡
-
フマーユーン廟 史跡・遺跡
-
フマーユーン廟 史跡・遺跡
-
フマーユーン廟 史跡・遺跡
-
野良犬がウロウロ。
野良犬はよく見かけます。フマーユーン廟 史跡・遺跡
-
次にやって来たのは、クトゥブミナールです。
クトゥブ ミナールとその建築物群 史跡・遺跡
-
インド最古のイスラーム遺跡群です。
1192年、後に奴隷王朝を打ち立てるクトゥブ・ウッディーン・アイバクが、北インドを制圧した記念に建立したのがクトゥブ・ミナールです。
本来は礼拝の時を知らせるためのものですが、国内のヒンドゥー教徒たちに対するイスラームの勢力誇示という意味合いが強かったようです。クトゥブ ミナールとその建築物群 史跡・遺跡
-
見上げるクトゥブ・ミナールのミナレットは高さは約72.5mあります。
5層からなる塔の壁には、コーランの章句やアラベスクが刻まれ、辺りを払うほどの気品と威厳を漂わせています。クトゥブ ミナールとその建築物群 史跡・遺跡
-
クトゥブ ミナールとその建築物群 史跡・遺跡
-
クトゥブ=ミナールと周辺の記念物は、1993年に世界遺産に登録されました。
クトゥブ ミナールとその建築物群 史跡・遺跡
-
その傍らに立つのが、クワットゥル・イスラーム・モスクです。
破壊したヒンドゥー寺院の石材を再利用したため、偶像崇拝を認めないイスラームにありながら、回廊の列柱にはイスラーム美術にはにつかわしくない裸女のレリーフがあります。クトゥブ ミナールとその建築物群 史跡・遺跡
-
内部には378段の階段があり、以前は先端部まで上ることができたそうです。
1981年12月に照明が消えてパニックになった修学旅行中の少女たちが階段で折り重なって倒れ、十数名が死傷する惨事となったことからこの事故以来、内部への立入りは禁止されています。クトゥブ ミナールとその建築物群 史跡・遺跡
-
クトゥブ ミナールとその建築物群 史跡・遺跡
-
途中でセキュリティのシャツを着た方が、案内をすすんで駆って出て、説明&記念撮影。
お勧めの撮影スポットに連れていってくれました。クトゥブ ミナールとその建築物群 史跡・遺跡
-
クトゥブ ミナールとその建築物群 史跡・遺跡
-
クトゥブ ミナールとその建築物群 史跡・遺跡
-
クトゥブ ミナールとその建築物群 史跡・遺跡
-
クトゥブ ミナールとその建築物群 史跡・遺跡
-
、
クトゥブ ミナールとその建築物群 史跡・遺跡
-
セキュリティさん随分と親切だなあと思ったら、何やらチップをせがむ仕草。
お小遣い稼ぎだったんですね。
仕事中なのに凄い。クトゥブ ミナールとその建築物群 史跡・遺跡
-
集合時間までまだ時間があったので、再度ブラブラします。
クトゥブ ミナールとその建築物群 史跡・遺跡
-
クトゥブ ミナールとその建築物群 史跡・遺跡
-
クトゥブ ミナールとその建築物群 史跡・遺跡
-
クトゥブ ミナールとその建築物群 史跡・遺跡
-
クトゥブ ミナールとその建築物群 史跡・遺跡
-
クトゥブ ミナールとその建築物群 史跡・遺跡
-
クトゥブ ミナールとその建築物群 史跡・遺跡
-
クトゥブ ミナールとその建築物群 史跡・遺跡
-
クトゥブ ミナールとその建築物群 史跡・遺跡
-
クトゥブ ミナールとその建築物群 史跡・遺跡
-
クトゥブ ミナールとその建築物群 史跡・遺跡
-
10:30に再集合して、次は早目の昼食だそうです。
クトゥブ ミナールとその建築物群 史跡・遺跡
-
クトゥブミナールを後にして、昼食会場へ向かいますが、道中大渋滞です。
乗用車やバス・トラックはもちろんのこと、信号無視・割り込み・逆走・けたたましいクラクション。
隙間を縫って走るオート3輪やバイク、たまに自転車と道路内はグチャグチャで車線は関係なしの何でもありの無秩序状態。
インドの逞しさを感じました。クトゥブ ミナールとその建築物群 史跡・遺跡
-
1時間程移動してやって来たのは、今日の昼食会場の南京酒家さん。
-
飲み物はレモネードだったかな?
-
中華ですが、何時もの如く朝食をたっぷりといただいたので、食欲がない。
スープが一番美味しかった。
昼食後、約6時間・260Km移動してジャイプールへ向かいます。
途中、PAとお土産屋さん2か所立ち寄りです。 -
布・絨毯屋さんとJewels & Gold Palaceという宝石屋さんに立ち寄りました。
おばさん2人は布屋さんでストールと何やら長袖シャツ?やらお土産をお買い求め、布屋さんはほとんどが女性物が中心です。
2Fに男性ものもありましたが、シャツやネクタイなどがあったみたいですが、興味なし。
宝石屋さんではおばさん1人が、誕生石のペンダントヘッドを買ってました。 -
19時過ぎにジャイプール到着です。
夕食はGreen Pigeon Restaurantというレストランです。
本格的なインド料理を体験したい外国人観光客に人気のお店で、地元のダンスや音楽のパフォーマンスが楽しめるそうです。
マンゴーとイチゴのラッシーですが、イチゴはイチゴ味がしない。 -
色々な種類のカレーを皿にのせてくれます。
-
本場のカレー美味しかった。
少しずつナンにのせていただきます。
香辛料たっぷりで、食欲をそそります。 -
旬のカットマンゴー、アイスクリーム?、チャイも美味しかったです。
-
歌い手、踊り手も揃っていよいよショーの始まりです。
-
壺を頭の上に乗せてのダンスです。
-
-
壺を取り換えて・・・。
-
4段まで重ねてました。
よく落とさないものです。 -
この後ダンサーさんを先頭に、日本人の他のツアーの方と一緒にダンスに参加させられた~。
ダンサーさんお疲れさまでした。
少ないけどチップをどうぞ。 -
ホテルへ行く前に、ガイドさんの計らいで風の宮殿に立ち寄ってくれました。
ハワー マハル (風の宮殿) 城・宮殿
-
ハワー マハル (風の宮殿) 城・宮殿
-
深夜1時過ぎにホテル到着です。
結局お湯が出なかった by がんてつさんV サロバール ポルティコ MI ロード ジャイプール ホテル
-
1人なのでダブルルームです。
ベッド脇の水は、キャプがベコベコのホテル蒸溜水なので飲みません。結局お湯が出なかった by がんてつさんV サロバール ポルティコ MI ロード ジャイプール ホテル
-
バーにあるペットボトルの水は有料です。
結局お湯が出なかった by がんてつさんV サロバール ポルティコ MI ロード ジャイプール ホテル
-
結局お湯が出なかった by がんてつさん
V サロバール ポルティコ MI ロード ジャイプール ホテル
-
今日はシャワーのみです。
ここでトラブル発生。
私と同行者の部屋のお湯が出ません。
フロントに連絡するも15分お湯を出しっぱなしにして待てと・・・。
私の部屋は出たけど、同行者の部屋は結局出ず。
明朝も、
モーニングコール 5:30
朝食 6:15
スーツケース 朝食までにフロントへ
出発 7:00
です、早く寝よ。結局お湯が出なかった by がんてつさんV サロバール ポルティコ MI ロード ジャイプール ホテル
この旅行記のタグ
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
がんてつさんの関連旅行記
この旅行で行ったホテル
この旅行で行ったスポット
デリー(インド) の旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
84