2014/11/30 - 2014/12/01
464位(同エリア674件中)
リュックさん
第5日目 11月30日(日)晴れ
そろそろ旅の疲れが出てきた。
昨夜は快適な部屋でよく寝た。
ホテルでビュッフェスタイルの朝食をとる。
ビュッフェスタイルはどうしても料理を取りすぎる。
今日もあれこれとって満腹。
-
9時48分にツアーバスがホテルに来るまでの間ホテル内を散策する。
ホテル内は白一色の内装で広い。
ホテル到着時、女性のベルボーイが
「ツアーバスはホテル玄関まで来ますよ」
との事だったので玄関前で待っていた。
すると昨日の女性のベルボーイが走ってきて、
バスは正面の道路にあるバス停で止まり、
ホテル内には入りません」との事。
見れば、バスはもう来ていた。急いでバスに向かう。
間に合った。良かった。
バスの席はドライバーに真後ろ最善席を予約しておいた。
正解!走行中前方のきれいな景色が良く見える。
今日はいつ降り出してもおかしくない天候。
バスは大型観光バスで乗り心地が良い。
ツアーガイドさんはかなり体格の良い若い女性。
これから 参加する現地ツアー
「日南海岸と小京都飫肥」は宮崎を出発し、
青島、鵜戸神社、堀切峠、飫肥などをめくり
17時ごろ宮崎駅前に戻るコース。
09:48 Lv.ANAホリデーインリゾート宮崎
現地ツアー 「日南海岸と小京都飫肥」に参加
17:22 Av.宮崎駅(ツアー終了)
17:40 Av.ガーデンテラス宮崎
ホテルを出発しすぐに青島観光。
バスを降りるとガイドさんから傘を手渡された。
空はどんより曇りいつ雨になってもおかしくない。 -
青島は陸続き 青島は3000本のビロウ樹が密生し、
27種類もの亜熱帯植物が茂る周囲約1.5kmの小島。
この小さな島にビロウ樹の森が今まで手つかずに残っていた理由は
青島は青島神社の敷地内で、
一般の立ち入りを禁じていた事で開発の手から免れたとのこと。
貴重な自然の宝だ。これからも保存してほしい。 -
青島神社は、豊玉姫との恋物語が伝えられ縁結びの神社
-
運よく結婚式を青島神社で上げている初々しいカップルに会えた。
お幸せに! -
青島神社の境内からうっそとした森の中へ。
ここはビロウ樹の森、いや森林のようだ。
手つかずに森。森のトンネル内にはたくさんの絵馬。 -
森の奥に赤い小さな祠がある。ここが本宮。
若い人たちが手を合わせ熱心にお祈りしている。
祠を守るように一対の狛犬。この狛犬は耳が立ち、怖い。 -
青島の周りを幾十幾百のコウ模様を描く
鬼の洗濯板とよばれ波状岩に囲まれていた。 -
堀切峠のフェニックス
フェニックスドライブインから眺める太平洋は
絶好のロケーションとガイドさんから説明された。
しかし、今日は先ほど降り出した雨が本降りになってきた。
ここから広い太平洋の海原が良く見えるが
水平線は霞んで見えない。ここの海岸線も鬼の洗濯板。
日南フェニックスロードは日本の道100選にも選ばれているとのこと。
昭和30年代後半からハネムーンブームで
一時は年間37万組の夫婦が宮崎を訪れ
ここで若いカップルが海を背景に写真を撮り、
名物、えびソフトクリームを食べたのであろうか。
当時、ソフトクリームがあったかどうか分からない。 -
・鵜戸神宮
バスを降りてから急な階段を上り、トンネルをくぐり、
急な石段を下ったところに鵜戸神社がある。
本降りの雨の中、傘をさしてひたすら歩く。
かなり長い道のりだった。
長い歴史を感じる石段。かなりすり減っている。
昔の人たちは参詣の為に峠をいくつも越え、
この石段を下って行った。大変な苦労だったであろう。 -
朱塗りの立派な門をくぐる。
右側は切り立った岸壁。雨と風で足もコートもびしょ濡れ。 -
本殿脇の売店で運玉をもらい本殿からはるか下の岩にある
丸い縄にこの運玉を投げ、見事この輪の中に運玉が入れば
運が開けるとのことで、参拝客はこぞってこの運玉で投げる。
でもなかなかうまく行かない。
小生は一つだけ輪に入った。
他の運玉はすべて検討違いの方向へ飛んで行った。 -
鵜戸神社は神武天皇の父を祭神として奉り、
創建は第十代崇神天皇の時代と伝えられ、
この本殿は洞窟内で朱塗りの
鮮やかな建物。本殿内は彩色が施され、龍の天井画が見事。
雨脚が一向に弱まらず、気温もかなり下がってきて寒い。
早々に引き揚げる。
神社を出たところの土産物兼食堂で昼食をとる。
昼食後元来た道をてくてく、ビシャビシャ歩いてバスに戻る。 -
・飫肥
今回のツアーに参加した最大の目的は古都飫肥の町を訪ね、
旧武家屋敷群を見学することであった。
今日は生憎土砂降りの天気で
飫肥の町をゆっくり見て回ることが出来なかった。
・豫章館(よしょうかん) 藩主伊東家の屋敷と庭園 -
観光バスなど用の大きな駐車場でバスを降りて
飫肥城に向かう前に飫肥城大手門前にある豫章館(よしょうかん)
藩主伊東家の屋敷と庭園を訪ねる。
明治2年に造られた藩主伊東家の住まいで、
広い屋敷地に主屋や御数寄屋・雑舎・蔵を配し、
入口には薬医門を構えている。
飫肥城下では最も格式のある武家屋敷で、
南面一帯は武学流の作庭といわれる庭園。
広い空間に庭石や石灯籠・庭木などが巧みに配置され、
閑静な佇まいの枯山水式庭園。 -
本降りの雨。霞んだ遠方に飫肥城が見える。
-
伊東氏5万1千石の城下として栄え、
九州の小京都ともよばれる飫肥。
碁盤の目状に整備された町中の
石垣や武家屋敷も見所のひとつ。
飫肥藩主伊東氏は藤原氏南家の家系で、
鎌倉時代に曽我物語に登場する工藤祐経という武将がいた。
祐経は、源頼朝から日向国をはじめとして
全国各地に所領を与えられ、伊豆国伊東の地に居住した。
その子、祐時は姓を伊東と改め、6代伊東祐持のとき、
足利尊氏より日向国都於郡(ひゅうがのくに、とのこおり)に
所領を与えられ移り住んだ。 -
代々都於郡城を居城にその勢力を拡大し、
16代伊東三位入道義祐のとき、
それまで島津氏の支配下にあった飫肥城を攻め取り
48城を各地に配し、日向国内に覇権を樹立した。
しかし、天正5年(1577年)島津氏に敗れて
国を失い豊後国に落ちました。
その後伊東氏が大名として復活するのは、
豊臣秀吉に仕えた義祐の子・祐兵が、
天正15年の九州平定で功績をあげ、飫肥城を与えられた。
以降280年余、飫肥藩(五万一千石)を
伊東氏14代で治めたとある。 -
樹齢140年の杉木立と
深い緑の苔のじゅうたんを敷き詰めたようなこの場所は
「癒しの森」と呼ばれ、天に向かって真っ直ぐに伸びた杉木立。
昔の人よ今何処(いずこ)! -
飫肥城歴史資料館 飫肥藩ゆかりの品々を展示
藤原氏南家の子孫で800年続いた由緒ある家柄の伊東家。
その19代祐兵(すけたけ)公が
天正15年(1587)秀吉より飫肥城を与えられてから
明治4年の廃藩に至るまでに
伊東家14代の城主がこの地を本拠とした。
この長い歴史に支えられ飫肥藩伊東家や家臣達に伝えられてきた
甲冑・刀剣・武具・古文書・衣服等飫肥藩ゆかりの歴史資料、
約220点が展示、保管されている。 -
旧山本猪平家 やまもといへい
明治の商人屋敷を今に伝える
飫肥の豪商であった山本猪平が
明治40年(1907)頃に建築した商家の本宅で、
ほぼ建築当初のまま残されている。
飫肥の商人屋敷を現代に伝える遺構として貴重なもの。 -
・小村寿太郎候生誕之地
小村寿太郎は、安政二年(1855)この記念碑がある場所で生まれた。
父は町役人(別当職)をしていた小村寛で、
禄高十八石の従士席という役人であった。
屋敷の中央に「小村寿太郎候誕生の地」と刻まれた石碑があり、
碑文は日本海海戦の勝利で国民的英雄になった「東郷平八郎」の書。
小村寿太郎は46歳の1901年に外務大臣に就任、
翌年には日英同盟を締結、
1905年には日露戦争終結のポーツマス講和条約締結を行う。
更に1908年には二度目の外務大臣に就任、
米・英と通商航海条約を改定、
幕末以来の懸案事項だった関税自主権を回復し、
外交面から日本を欧米列強と肩を並べる国にした。
1911年(明治44)には桂内閣総辞職に伴い、
56歳で政界を引退した三か月後、突然病死した。
亡くなる前年の1910年には第二次日露協約の締結で、
満州権益の確保、韓国併合条約の締結で、
韓国併合を行い、
日清戦争以降の明治の日本の外交をリードした。 -
旧伊東伝左衛門家 飫肥藩上級家臣の武家屋敷と庭園
飫肥城下に残された武家屋敷で、
19世紀初めの建築と推定され、
幕末の城下絵図によると伊東伝左衛門家とある。
横馬場と八幡馬場に面した石垣や、
枯山水の庭園とともに、飫肥の武家屋敷の典型とある。 -
薄暗くなった夕刻バスは宮崎駅に向かって帰途に就く。
宮崎駅ツアーは終了。
駅から今夜の宿、ガーデンテラス宮崎までタクシーで行く。
ホテルは街中の住宅街の中にあるが広い敷地内はとても静か。
タクシーで到着すると、スタッフが飛び出してきて、
我々の荷物を運んでくれる。
ロビーでは女性のスタッフの案内でラウンジ内の案内デスクで
チェックイン後、部屋まで案内する。
この間、他の宿泊客と誰にも合わない。とても静か。
部屋は広く、ゆったり。今夜は今回の旅の最終日。
東国原前知事ご推薦の宮崎牛を鉄板焼きダイニングで堪能する。 -
昨夜の夕食はホテルで宮崎牛の鉄板焼きを堪能した。
ホテルのサービスで宮崎牛に宮崎で飼育された和牛も味わった。
やはり宮崎牛がおいしい。
鉄板焼きカウンターには中年の女性2人がいた。
夕食後、ラウンジで一休み。
ここのラウンジはアルコールなどの飲み物、おつまみなどは
すべて無料で自由に飲み食いできる。
先ほどの女性2人はここでもビール、ワインを片手に
おつまみを食べていた。豪快!
我々は新聞を読んで部屋に戻る。
ホテルに宅急便用の段ボールを用意してもう。
最終日に必要なもの以外はすべて荷物になる土産物や
着替えなどの衣類を段ボールに詰め込み、
自宅まで送る手配をホテルに依頼した。
昨夜は快適なベッドで熟睡した。
早朝静かなホテル内を散策。他の宿泊客には会わない。
明日はいよいよ最終日。
夜の出発便まで宮崎のフェニックスカントリーなどを訪れる。 -
第6日目 12月1日(月) 晴れ
今回の旅の最終日となった。
宮崎を訪れたからにはフェニックスオープンゴルフで
歴史があるフェニックスカントリークラブを訪れたかった。
今回この希望が実現した。
09:30 Lv.ガーデンテラス宮崎
09:40 Av.宮崎駅
10:10 Lv.宮崎駅(宮崎交通 シーガイア行)
10:33 Av.シーガイア
14:49 Lv.シーガイア
15:15 Av.宮崎駅
16:20 Lv.宮崎駅(宮崎駅 はまゆう号)
18:33 Av.鹿児島空港
20:35 Lv.鹿児島空港
22:50 Av.成田空港
23:30 帰宅 -
ホテル内には他のホテルのような
土産物コーナー、ゲームコーナー、大型浴場などの設備がない。
至ってシンプル。
街中にあるのでホテルの周囲は竹林で周囲を囲い、
館内は何もない広い空間を作り出していた。
館内中庭。
ダイニングルームで我々のみの朝食。
他の1組の朝食の用意がテーブルにしてあった。
朝食後、ホテルから宮崎駅までホテルの車で送ってもらう。
ドアーマン、館内のスタッフとの連携が素晴らしい。
荷物はスタッフが送迎用の車まで運び、
待機していた車で宮崎駅まで送ってもらう。 -
宮崎駅から宮崎交通のシーガイア行のバスに乗る。
しばらく行くと前方に大きな高層のビルが見えてくる。
周りには高い建物がないのでランドマーク的に良く見える。
シェラトン グランデ オーシャンリゾートのホテルでバスを降りる。
大きなホテルだ。
宿泊しないのに気持ちよくホテルのフロントは荷物を預かってくれた。
ホテルのフロントは二階にあり、
フロントに行く階段わきにはスナックコーナーがあった。
南国的な雰囲気が良い。 -
ホテルに荷物を預けたので身軽になった。
フェニックス カントリクラブまで歩いて行くつもりであったが、
ホテルのドアーマン曰く;
「歩くのは大変。
リゾート内を循環するバスがありからこれを利用してください」
とのことで循環バスでカントリクラブまで行く。
バスに乗ってみると確かに距離がある。
黒松の林の中を5分ほど走ったのだろうか
カントリクラブの正面玄関に着いた。 -
クラブハウスの外観は決して豪華ではないが、
何となく気品があり落ち着いた良い雰囲気だ。 -
クラブハウス内に入る。
ハウス内はオーク色の落ち着いた板壁に内装。
イギリスのクラブハウスの雰囲気。
二階に上がる階段の壁面一杯に
フェニックスオープンで優勝した歴代のプロの写真が飾ってある。
圧巻!これを見たくてここに来た。感激! -
階段を上がり、食堂のあるフロアーに行く。
食堂の手前には広いロビーがある。
歴代のトッププロたちが座ったであろう椅子に腰かけてみる。
革張りの大きな椅子。
床は絨毯ではなく板張り。重厚な感じでとてもよかった。
飾り棚に鎧が飾ってあった。
これがなかったら、
日本のカントリクラブではないと錯覚するだろう。
食堂で昼食をと考えていたが、
時間が早く、まだ誰もいない。
しばらくロビーであちこち見学してから一階のロビーに戻った。 -
ここには歴代のチャンピオンの手形があった。
タイガーウッズの手形に手を当ててみた。
ウッズの手は指が太くて大きい。 -
そして歴代チャンピオンが使ったドライバー、アイアンなどの
クラブが飾ってあった。
すごい!お宝!
クラブはパーシモンからメタルになっていて、歴史を感ずる。
これらのクラブで300ヤード近い距離を飛ばしていたんだ! -
コースに出てみる。
プレーをしないでコースに出るのは初めて。
クラブハウス前の黒松はどれも良く手入れされ、素晴らしい。 -
FBS女子プロチャレンジゴルフの大会をやっていた。
テレビ局のインタビューを受けていたプレヤー。
トッププロの華やかな姿を目指して頑張るのだろう。 -
ティショットを見る。
球筋がすごい。
女子とはいえプロを目指す選手だ。 -
クラブハウス前で巡回バスを待つ。
クラブハウス前で掃除をしていたおじさんが
我々の写真を撮ってくれた。親切。さすがリゾートだ。
バスでシェラトンホテルに戻る。
ホテル最上階からゴルフコースを観たいと
42階までエレベーターで昇る。素晴らしい眺めだ。
今日は良い天気で日向灘まで良く見渡せる。
このフロアーにはレストランがある。
イタリアンレストランに入る。
レストラン内の左側は大きなガラス窓があり、
眼下にきれいな松林に囲まれたゴルフコースが良く見える。
日の光が窓いっぱいに差し込みまぶしい。
でも日向灘、美しい海岸線、ゴルフコースを
日よけのカーテンで遮るのは惜しい。 -
店内の客は我々を含めて数組。
明るく日差しを浴びた店内でイタリアン料理をを楽しむ。
味は悪くはない。
ホテルからバスで宮崎駅に戻る。
宮崎駅からバスで鹿児島空港に行く。
宮崎空港があるのになぜ鹿児島空港まで行くのかというと、
宮崎空港から成田空港までの路線がない。
当方、宮崎から羽田に行くと千葉の自宅まで2時間ほどかかり、
費用も成田からに比較すると相当割高になってしまう。
さらに、鹿児島から成田へはLCCを使うので
航空運賃も相当節約できる。
宮崎から鹿児島空港へのアクセスは
JRで行く場合、費用も時間もかかり、しかも乗り換えがある。
宮崎交通の高速バス、「はまゆう」を利用すると
乗り換え無しで鹿児島空港に行ける。
16時20分、宮崎駅を出発し、高速道路を走り、
18時33分に無事鹿児島空港に到着。
バスは大型の観光バスで乗り心地はよい。
空港内で軽く夕食を取り、20寺35分宮崎空港を離陸、
22時50分成田空港着。
車を預けておいた成田ガレージの迎えの車に乗り、
ガレージで車を受け取り、30分で自宅に戻った。
今回もいろいろ経験した楽しい旅であった。
旅で撮った300枚近い写真を整理しながら、
次の旅の計画を考えている。
完
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