2014/11/29 - 2014/11/29
973位(同エリア988件中)
リュックさん
高千穂峡
第4日目 11月29(土)
今日は高千穂峡を訪れてから延岡に戻り、延岡から宮崎に行く。
09:00 Lv.岩戸屋 宿の送迎バス
09:15 バスセンター 途中荷物預け
09:30 Av.高千穂峡
11:00 Lv.高千穂峡 タクシー
11:10 Av.高千穂神社
徒歩でバスセンター
11:50 Av.バスセンター 徒歩で高千穂駅
高千穂駅跡 徒歩でバスセンター
13:10 Av.バスセンター
13:30 Lv.バスセンター 延岡行路線バス
14:49 Av.延岡
15:11 Lv.延岡 にちりん13号
16:16 Av.宮崎
16:40 Lv.宮崎 青島行 宮崎交通路線バス
17:27 Av.ANAホリデーインリゾート宮崎バス停
泊 ANAホリデーインリゾート宮崎バス停
岩戸屋で朝食を済ませ、
若女将の父親(だと思う)の運転する車で
高千穂バスセンターまで行く。
ここで、車を少し止めてもらってコインロッカーに荷物を預け、
再び車で高千穂峡まで送ってもらう。
別れ際に車のドライバーにいろいろお願いし、
気持ちよく受けてもらったので心からお礼を述べた。
-
今日が曇天で寒い。
高千穂峡直営売店に行く。
事前に高千穂町観光協会の高千穂峡スポットガイドを
10時に予約していたが、
寒いので高千穂峡でボートに乗るをやめたため
ガイドの時間を早めてもらった。
昨夜は雨だったのだろうかしっとり濡れた木々、
山間の中に建つ小屋の感じで、しんしんと冷える。
観光客は早朝のためまばら。 -
ガイドさんが来る間、
高千穂峡直営売店まえの生簀などがあるおのころ池あたりを見て回る。
深い峡谷の底の趣で両側の切り立つ岸壁、
紅葉がまばらなうっそうとした森林はいかにも古代神代の国だ。
しばらく待っていると、中年の体格の良い女性がきた。
彼女が我々のガイドさん。
これから高千穂峡を歩きながら観光スポットを説明してくれる。
他の観光客はなく、我々のみ。 -
五ヶ瀬川に沿って広い自動車道の坂道をしばらく上る。
トンネルを抜け、神橋を渡り高千穂峡谷に降りてゆく。
紅葉したもみじが美しい。道端に小鳥の死がいがあった。
見るとメジロ。
しかも外傷がない。きれいだ。
車に踏みつぶされないように道路わきに寄せてあげようとしたが、
ふと、「鳥インフルエンザ」を思い出し、
我々はメジロが可哀想だったが、
手を触れずそのままにしておいた。
後日、宮崎県で鳥インフルエンザ発生とのニュースが入ってきたが、
このメジロと何か関係があるかも知れない。 -
神橋を渡り、深く切り込んだ谷に降りてゆき、峡谷に沿って進む。
ここはやや平らな部分だがあちこちに大きな甌穴がある。
ここはかつて川底であった。
水の力と砕けた岩石が長い間にこのように深い峡谷を作り上げてきた。
このあたりの峡谷は深い青一色の瀞。 -
ここから峡谷の上に架かる橋がみられる。高千穂は橋の多いところだ。
-
ここは五ヶ瀬」川の中でも一番川幅の狭いところ。
1591 年、今の延岡の領主高橋元種に高干穂が攻められた時、
三田井城が落ち、城から家来たちは逃げ出した。
しかし、 ここまで逃げてきたものの橋がなく、
槍の柄を手前についた ものは飛ぴ渡ることができ、
向うについたものは」llの中に落ちたと伝えられている。 -
仙人の屏風岩(せんにんのびょうぶいわ)
高さは約70m。対岸に広がる仙人の屏風岩。
不老不死の術を得、神通力を持つ仙人の屏風岩は
垂直に切り立った柱状節理の岩壁は
阿蘇山の溶岩流が柱状節理になったもので、
下側、縦の柱状節理が12万年前の噴火で
上側は9万年前の噴火の際の溶岩流とのこと。 -
鬼八の力石(きはちのちからいし)
高干穂神社の神様で三毛入野命という神様が悪さばかりして、
みん なを困らせていた鬼八を退治し、
高干穂の地を治めたとされとのこと。
この時、鬼八が三毛入野命に投げ、
力自慢をしたという石 がこの石だといわれている。
重さは約200t。
この岩にはしめ縄がかけてある。
しめ縄の下がりは3本、5本、7本。
現代まで続いている七五三の起源らしい。 -
遊歩道を進むと日本の滝百選に選ばれている真名井の滝が見えてくる。
滝の落差は約17m。ボートに乗ると滝壷近くまで行くことができらしい。 -
おのころ池にシロチョウザメとベステルが飼われていた。
チョウザメは姿がサメに似ていて、
背中の鱗が蝶の形に見えることかららしい。
この魚は淡水魚で池の中で悠々と泳いである。
シーラカンスと同じ古代魚。 -
出発地点、高千穂峡直営売店がある御橋に戻った。
ゆっくり散策して一時間程度。 -
高千穂峡直営売店近くに若山牧水歌碑と北原白秋歌碑があった。
若山牧水は日向市東郷町出身で、明治34年に高干穂を訪れている。
碑には
「幾山河越えてさり行かば寂しさのはてなむ国ぞ 今日も旅行く」とある。 -
北原白秋歌碑
昭和16年3月に高干 穂を訪れた。
白秋は病気でほとんど目が見えなくなっ ていた。
神話の里高干穂で最後の長歌を詠んだ。
天孫降臨の際、
水の種を移した所とされる天真名井と
その そばを流れる神代川で麻の皮を水に浸して洗う
「おこぎ小屋」 の夜の情景を
「引く水に麻のをひてて月待つは清き河原 の天地根元づくりの家」
と詠んでいる。 白秋はこの1年半後の昭和17年に亡くなった。 -
東九州 309高千穂峡をゆっくりガイドさんと散策してから
高千穂神社に行く。
ここで問題!高千穂峡の御橋から高千穂神社まで可なり距離があり、
歩いてゆくには急な坂道を上ってゆかねばならない。
それは無理。
バスなどの公共の交通の便が悪い。
御橋前にあるタクシー乗り場は空。
乗り場に書かれてあった連絡先に電話。5分ほどで来た。
御橋から急坂をタクシーが上ってゆく。
やっぱり歩いては無理だ。
10分ほど走り高千穂神社に着いた。
昨夜は夜神楽を見学するために真っ暗な神社に行ったので、
周囲の様子が分からなかった。
こんもりとした森の中にあり、正面には石段。
足腰が弱くなると石段が気になる。登りはきつい。下りは危ない。 -
石段の上がり口の両側に一対の狛犬。
この狛犬は今まで見てきた狛犬と違う。
子犬を抱えている。
狛犬はふさふさした毛で覆われ、まるで獅子の様。
ここ高千穂神社には重要文化財(国指定)の 鉄造狛犬1対 が
奉納されている。 伝源頼朝奉納の鋳鉄製の狛犬とのこと。
像高およそ55cmで、
一般に鉄像は銅像に比べて複雑な形の鋳造や細部の仕上げが
困難であるとされるが、
同時代(鎌倉時代)の木彫のものと比較しても遜色がなく、
その鋳造技術は鉄造遺品中出色のものとされ、
昭和46年6月22日重要文化財に指定されたとある。
この一対の狛犬はそのレプリカだろうか。 -
気温が低いところに境内はひんやりとして、さらに冷える。
境内には、800年程前、
鎌倉将軍源頼朝の命で秩父の畠山重忠が代参し植えたとされる
「秩父杉」(町の天然記念物・みやざきの巨樹百選)がある。
畠山重忠は高千穂神社への参拝だけを目的に高千穂を訪れたという。
樹齢800年、幹周715cm、樹高55m -
本殿東側の脇障子に彫刻された
鬼八を退治する三毛入野命の神像といった当地の伝説や祭礼に関する
彫物を施し、西側脇障子の部分には稲荷社を設ける独特の形式などの
地方色も顕著に表していることから、国の重要文化財に指定。
ところで、この鬼八とんでもない悪党で、
かつて16歳になる生娘を
生贄として鬼神鬼八の慰霊のために捧げていたが、
天正年間(1573-93年)に三田井氏の家臣甲斐宗摂が
これを悪習と嘆き、
高城山で巻狩を行って獲た16頭の猪(しし)を代わりに捧げた。
以後「鬼餌の狩」と称する狩りで獲た猪を
捧げるようになったとのこと。
祭礼では、鬼八塚に氏子等が供物をするなどの慰霊祭を行った後、
社頭で笹振り神事を行う。
笹振り神事は神前に1頭の猪を丸ごと献饌し、
鬼八の魂を鎮める「鬼八眠らせ歌」を歌いながら
笹を左右に振る「笹振り神楽」を舞う。
これによって鬼八は神へと昇華し、
霜害を防ぐ「霜宮」に転生するという。
「笹振り神楽」は一に「地祇(ちぎ)の舞」とも呼ばれ、
高千穂神楽の祖型であるとのこと。
昨夜、夜神楽を堪能いした社殿を見学し、バスセンターに向かう。
高千穂神社に向かう時の乗ったタクシーのドライバーに
バスセンターに行き時には連絡してくださいと言われたが、
緩い登り坂で、時間に余裕があるので、
ぶらぶら街中を見学しながら歩いた。
バスセンターに着いたが、
バスの到着時間までかなりあるので
JR高千穂駅跡の見学に行く。
今度は緩い登り坂。ゆっくり歩いても息が切れる。
近いと思ったがかなり歩かされる。
後ろから、我々よりさらに年配の夫婦が歩いてきた。
歩き方はゆっくりだが休まない。
いつの間にか抜かれた。
やっと高千穂駅跡に着いた。
振り返って見ると大した距離ではない。体力がないね。 -
高千穂駅跡に着いた。
駅は道路からかなり下の方にある。
駅舎はもうかなり傷んでいる。廃屋だ。
しかし、線路はまだしっかりしていつでも使えるように見える。
この高千穂鉄道は旧国鉄高千穂線廃止を受け、
高千穂鉄道として設立したが、
2005年9月6日の台風14号による暴風雨で鉄道設備に
大きな被害を受け全線運転休止となった。
当時2007年に宮崎県知事の東国原英夫は
自らのマニフェストである
「高千穂地域の交通基盤整備の支援」に沿って「鉄路は残っている。
高千穂再生のためには観光鉄道として生かすことも大切だ」と
運行再開の意欲を述べた。
しかし、2007年9月6日に延岡 - 槇峰間が廃止され、
翌2008年12月28日には槇峰 - 高千穂間(全線)が
廃止され宮崎県からJR線以外の民営鉄道がなくなる。
高千穂鉄道廃止後の延岡 - 高千穂間の公共交通機関は
宮崎交通を中心とするバスに九産交バスにみ。
高千穂へのバスは一時間に一本で不便。
ここを訪れる観光客は車かツアーの観光バスが多いのではないだろうか。
高千穂駅を後に坂道をぶらぶら下ってバスセンターに着く。
バスセンターでコインロッカーから荷物を取り出し、バスを待っ。
なかなか来ない。センターに中型のバスが先ほどから停車している。
「もしかして、あのバス?」
カミさん、バスのドライバーに確認に行く。
我々が乗るバスはこのバスだった。
来るときは大型のバスであったので、
帰りも大型バスとの先入観でまさか
中型バスが来るとは思ってもみなかった。先入観は恐ろしい。
かみさんの機転でバスに乗り損なわず済んだ。
延岡駅からにちりん13号に乗り宮崎に到着。
ここから路線バスで今宵の宿、
ANAホリデーインリゾート宮崎に向かう。
なぜ、このホテルを選んだかというと、
翌日参加する現地ツアーがこのホテル前に止まること。
また、ツアーは宮崎駅からくるので、
ツアーバスが来るまでホテルでゆっくりできると判断した。
ところが、宮崎駅からこのホテルへのアクセスがはっきりしない。
ホテルの説明では宮崎駅からホテルまではJRを使い、
こどもの国駅で下車。
この駅は無人駅で、タクシーも止まっていない。
そこから歩いてホテルに行くのが一番便利との事。
地図で調べると結構距離がある。
荷物を持って夕方とぼとぼ歩きたくはない。
インターネットで調べると宮崎交通が
海岸線経由青島行のバスがあり、
このバスなんとホテル前で止まるではないか。時間帯もよし。
ホテルのフロントはこのことを知らなかったのか。
勉強不足というか問題だ。
16時40分に宮崎駅から青島行の路線バスで
市内のあちこちに停車しながらやがて市街を抜け、
海が時々見える広い道を走る。夕日が美しい。 -
17時27分ホテル前に予定通り到着。
若い女性のベルボーイが我々の荷物を抱え、
ホテル2階のフロントまで運んでくれた。
ホテルは白を基調とした大きなホテルでマーマーの混みよう。 -
我々は海が見える9階のプレミアツインを予約しておいた。
部屋はきれいでゆったり。大きな窓から日向灘が見渡せる。
ホテルの大浴場に行った。
かなりの混雑。
浴室は広くゆったりしていたが、銭湯のようだ。
落ち着かない。
早々に引き揚げ、部屋の風呂に入り直した。
夕食はあれこれ迷ったが中華料理を選んだ。
値段が張るが味は良かった。
明日現地ツアーに参加してはにちりん海岸と古都飫肥を訪ねる。
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